2006-11-30

1周年旅行 その2"夢の国ケニア"編

朝方まで飲んでたので二日酔いというより、まだ泥酔と言う状況で早朝サファリへ。
正直、動物どころではなかったんだけど俺は運が悪かったのか良かったのか朝から
ライオンの狩りに出くわした。


ライオンがヌーを食べてる。
そして、ハイエナがそのおこぼれを狙ってる。
まるで、わくわく動物ランドの世界。





相変わらず天気は悪くてキリマンジャロは見えないのだけれど、
象やライオンを間近に見ることができた。

ちなみにアンボセリのライオンはマサイマラと比べるとタテガミが短くて
高倉健みたいな感じだった。


二日目はロッジにご宿泊。
午後もゲームサファリの予定だったけど、みんな疲れてたのでマサイと
ウォーキングサファリするチームと周辺ドライブの組に分かれた。

俺は周辺をドライブ組。

マサイの村を抜けてしばらく走るうちにだんだんと雲が晴れてきて、
とうとう顔を出したアイツ。


マサイとアフリカゾウとキリマンジャロに3ショットなんて本当に世界で
ここしか見れない景色だと思う。




本当に夢の国みたいに美しい国。ケニア。

あと1年ケニアを思いっきり楽しんでやろうと誓わずにはいられない景色だった。



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2006-11-29

1周年旅行その1 "最高の夜"編




今日でケニアに来てちょうど1年がたった。
ということで俺は同期のメンバーと1年を祝って旅行に出た。



目的地はヘミングウェイとキリマンジャロで有名なアンボセリナショナルパーク。
車に揺られること数時間。マサイの村を抜けてそのパークに入った。
あいにくの曇り空でキリマンジャロは見えない。

だけど、何だこの壮大な景色は。。

ナショナルパークは動物を見るところだと思ってる人も多いけど
ケニアに住んでるとやっぱり動物も飽きてくる。
だから、動物だけを追いかけて写真撮って、動物いない間は寝てるっていう
最低なパーク巡りツアーに陥る人も少なくない。

確かに動物もすばらしいけど、この壮大な景色を前にすれば動物も人間もちっぽけなもんだ。


夜はキャンプ。

といってもポーターが食事もテントも用意してくれるんだけどね。
ナショナルパークの中で焚き火を囲んで朝方まで同期の隊員と語り合った。

途中ハイエナがすぐ近くでうなり声をあげていた。
ナイロビのスーパーで買ったカニを味噌汁にして食べた。
マシュマロを焼いて食べた。
テキーラを吐くまで飲んだ。

ケニアに来て1年。
ハイエナの鳴き声のなかでカニ汁飲んでテキーラで吐いて朝まで語り合った
この夜は一生忘れられない夜になることだろう。





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2006-11-24

WBS

World Business SatelliteではなくてWork Breakdown structureの略。
プロジェクトマネージメントの技術で使われる用語。



要するに、プロジェクトを完遂させるために必要となる仕事を細かく分解して
誰が、いつ、どれだけの予算でやるかという計画を立てていくことである。

コンピュータの広域研修でWBSを知った私の同僚ワイナイナは得意気に
「コージ、早くWBS完成させようぜ!」と言ってくる。

"言っとくけど俺はWBSにはこだわるぜ"

ってことでワイナイナとみっちり3日かけてWBSを作り上げた。
ワイナイナも半ベソ状況になりながらも、よくついてこれたと思う。
俺も日本でよく泣かされそうになったり泣かせそうになったりしながらやったもんだ。

でも、WBSに日付は入れなかった。アフリカでは無理だと思ったから。

日付を入れないWBSに意味があるのか?とおっしゃる方々もいることでしょう。

私としてはまず計画表を立てて、それを意識しながら仕事をすることだけで十分だと思うんです。

だって、本当に計画なんてないんだから。
というより、計画立てたってそれ通りに進むわけないんだから。

一言で"LANを構築しましょう"と言うけれど実際にはこれだけやらなければならない
ことがあると言うことを知ってもらいたかっただけかもしれない。

でも、最大の成果はワイナイナがそのWBSを見てやる気満々になったことだ。
IN CHARGEのところにワイナイナの名前を入れるたびに
"任せとけ"と言うワイナイナ。

広域研修やってよかったな。



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2006-11-19

メシよりミュージックな街キタレ

エルゴン山を見にやってきたこのキタレという街で一泊することにした。

旧式のマタツ(乗り合いバス)で知り合ったやさしいお姉さんに宿を
教えてもらって空腹の腹を埋めようと街を散策する。


ナイロビ並みにでかいスーパーマーケットもありこれは食事も期待できるかな?
と思って街を歩くのだが、なぜか食事できるところがない。

しかたなく、PUBでニャマチョマ(ケニア式焼肉)を食べようということになり
PUBに入る。

「ハクナ ニャマチョマ」(ニャマチョマ売り切れ)

と言われ途方にくれた俺たちは仕方なくウガリと肉の切れ端を炒めたものを
5人で食べた。

もちろん空腹は満たされるはずもない。

みんな疲れが出始め、ホテルに帰って寝ると言う始末。

俺は決して眠れない。

なぜなら、このバー 生バンド演奏なんです。

ケニアの伝統楽器ニャチチとバンド構成でいわゆるリンガラと伝統音楽が
フュージョンされてかつエフェクターを使いまくったアンビエントな音楽が
バリバリに流れてる。

まだ時間は7時前だと言うのにみんなアホみたいに踊り狂ってる。

なんだ、なんだ、この街は。。

見渡すともう一つ生バンドのバーがあることに気づく。

食事する場所は一軒もないのに生バンドのバーが2軒もあるなんて。
なんだ、なんなんだ、この街は。。

ということでもう1軒をのぞいてみる事に。

"?"

おかしいだろ。とまず思う。

みな、バンドに背を向けて座っているんだ。
よく見ると、みなテレビのプレミアリーグ(イングランドのサッカー)に夢中でバンドの演奏は誰も聞いていない。

バンドの方を見てるのは俺たちだけ。。
音楽は悪くないのに。。

何だか気分が悪くなり、さっきの店に戻る。

酔っ払いに絡まれたり、10分おきに停電が起きて音楽が止まる。
それでも、ケニアで久しぶりに音楽と一緒になれた夜だった。

雨はいっこうに止まず、この2日間で一度もエルゴン山を見ることができなかった。
だけど、不思議な街キタレとEndevessは最高だった。



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2006-11-18

東アフリカ最大の観光名所"Endevess"

エルゴン山って知ってるだろうか。
ケニアで2番目に高い山。標高4321m。
象が塩を求めて洞窟に集まってくる山。
スワヒリ語で「胸の山」と呼ばれる山。



ふと、見てみたいと思った。

「明日、エルゴン山行かない?」
と声をかけたのは一人だけなんだけどなぜか5人集まってた。

みんなエルゴン山がどこにあるか知らない。
とりあえずキタレという街から見れるらしいので行って見る。
予想よりも大きなキタレという街でその街の存在を入手した。

Endevess

後に伝説となるこの町は俺らの中では東アフリカ最大の観光名所となっている。

なぜ?なぜ?なぜ?
の連続の街Endevess
もう一度行こうと思う。




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2006-11-03

異国の地に住むということ

意地悪なケニア人に家を追い出されて引越しをするはめになった。
ケニア人は良い人が多いけどもちろん嫌な人だっている。(当たり前だね)



その人はケニア人にしては本当に珍しいくらいに嫌な人でいろいろと意地悪をされた。
最初から出ていってくれと言えばまだこっちも気持ちがいい。
だけど、嘘に嘘を重ねられ、金も取られ、挙げ句の果てに家を追い出された。

ちょうど配属変更で駆け回ってるときで精神的にもコタエタ。
そして、広域研修で最高に忙しい時に引越しをするはめに。
(研修の前の日に荷物を引き払い、研修終了直後に引越し。。)


新しい家も同じ学校の敷地内にあって間取りも同じ。
(言い忘れてたけど俺は学校職員じゃないけど、とある学校の職員住宅の
使用人小屋に間借りしている)

だから、引越しっといっても特にインパクトがあるわけじゃないんだけど
途上国で家を探すということの大変さを思い知った。

「あそこ住んでいいから、ここ出てって」(そこに住んでいいっていうのは嘘)

「ここ住んでいいよ」(住めるように修理するのに半年はかかる)

「こんだけ払ってくれないとダメ」(法外な価格)

「詳しくは明日話そう」(もちろんドタキャン)

引越しを決めるのにどれほどの時間と労力を使ったことだろう。


協力隊の中では家をJICAが決めてくれる国もあるらしいがケニアは配属先が探すことになってる。
でも、配属先もいい加減なもんだからたいていは隊員が探すことに。
(JICAもいい加減だしね。。)

田舎だと外人が住むような家がほとんど無いから必然的に絞られて意外と楽。
都市の場合は本当に難しい。
不動産屋なんてないから自分で探さないとならない。
ケニア人にも金持ちはたくさんいるから良い物件はクチコミですぐに埋まってしまう。
だから良い物件は自分で探して決めないといけない。

なかには30万人ほどの都市の空き家を全て見て歩いた隊員がいる。
その間、ホテルぐらし。もちろん仕事もするから仕事の合間を縫って家探し。
一日30Kmは歩いていたらしい。

加えてケニアの場合治安の確保と予算の折り合いをつける必要もある。
(治安が守られている家は当然家賃も高い)
俺も大変だったけど、比較的安全な場所を確保できたからラッキーだったかな。

こんな経験はしなくていいのかも知れないけど、それで地元と
ネットワークができたり友達が増えたりする。
異国の地に住むということにおいて地元とのネットワークは本当に重要。
生死の問題にすらなりうる。

コミュニケーションのとりにくい都市部に住んでいることもあって今回の件で得たものは小さくない。


振り返ると、この時期はホントにしんどい時期で精神的にも肉体的にもきつくて
周りを見渡せる余裕が無かった。人を気遣う余裕が無かった。

取り返しのつかないことをしてしまったのもこの時期だった。
それで大切なものを失ってしまったのだけれど、俺はそれで強くなれた気がする。かな?










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2006-11-02

忘れられない一日






今日は俺の28回目の誕生日だった。

広域研修も終わり、ケニアに来てもう少しで1年。
ようやく活動も先が見えてきて、まさにこれから!
って感じで迎えたバースデー。

広域研修に参加していたガーナから来た同期の隊員をナイロビの
ナショナルパークへ連れて行きました。

シマウマとキリンが見たいという彼女だったけどパークの中では爆睡してた。

いろんなことがあった27歳だったなぁ。
最後の最後でとってもとっても嫌なことがあったけど、
シマウマやキリンに祝福される誕生日ってのも悪くないよね。

とにかく、今年の誕生日は一生忘れられない日になりそうです。




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2006-11-01

広域研修レポートその4 "打ち上げ"編

広域研修の全てのセッションが終了。
JICA所長から修了証明書をもらったカウンターパートたちも大喜び。

その日のうちに帰らなければならないタンザニアの方々には申し訳ないが
残った人達で打ち上げ。




ナイロビの日本料理屋で寿司、鉄板料理と豪勢にいただく。
そのあとはナイロビのクラブに出かけたり、ホテルのバーで語り合ったりと
それぞれの時間を過ごした。

久しぶりにあった同期の隊員や新たに出会う隊員。
同じような悩みや苦しみをもつ隊員との出会いは貴重なもの。

ほとんど毎日徹夜状態だったけどそういう交流だけは大切にしていた。
コンピュータ業界の人って多忙だし、コミュニケートが希薄になりがちな仕事
だからこそ、そうした時間を惜しまない人が多い。
どれだけ忙しくても必ず飲み会には参加する人が多いってのは嬉しいことだ。

でも、残念なのはカウンターパートたちとはなかなか一緒の時間を過ごせなかったこと。
それはやっぱり金銭感覚の違いの問題もある。
開催者側としてやはり親睦会のような場をセッティングすべきだったと思った。

でも、アフリカ中に知合いができたことは俺達にとっても彼らにとっても嬉しいこと
であって、それが広域研修の最大の目的であるのかも知れない。

とにかく、すっごく疲れたけれどやってよかった。
参加するだけじゃなくて、開催する側になれてラッキーだったなって思ってる。


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