
今日は専門家の働いていた学校のスタッフの家に遊びに行った。
一人目はGizeeと呼ばれる学校の元アスカリ(警備員)の家。
彼は素手で豹をしとめた地元の英雄でもある。らしい。。
そんな彼の家は車の入れないところにあるのでひたすら歩く。
真っ赤な土と真っ青な空と真っ白な雲。そしてバナナ、コーヒー、お茶の緑。
そんないかにもアフリカという景色の中を歩くこと小一時間。
ツギハギだらけのトタンの家が彼の家だった。
途中、途中「シャトー」と声をかけてくる村人との会話の中で
「あいつは何してる?」
「生きてるよ!」
っていうやりとりが気になってはいた。
でも、ギゼーの家に行くまでは「変わった挨拶だな」としか思ってなかった。
「ギゼー元気?」
「元気だよ。シャトーは?」
「元気。元気。子どもたちは元気?」
「あいつは死んだ。そいつも死んだ。その嫁も死んだ。
残ったのはこの孫とわしら夫婦だけさ。」
その後も行く先々で死んだというニュースを多く耳にした。
そう、「生きてる」ということがニュースなんだ。
事故、病気、他殺、自殺。。。
死因はたくさんあるが彼らは多くは語ろうとはしない。
AIDSで死んだ人もたくさんいるだろう。
でも、それ以外で死ぬ人もたくさんいる。
先進国ではAIDSが話題になっているが途上国ではAIDSは死因の一つに過ぎない。
ギゼーの家の畑のなかに作られた子どもたちの墓はバナナの木とハイビスカスの花
に囲まれて不思議なほど美しく光輝いていた。
夕方は学校のスタッフを30年続けているミノルの家に行った。
夜、ちょっとそこまで飲みに行こうと山を二つ越えてバーに行く。
真っ暗ななか崖のような道を月と蛍の灯りをたよりに歩いていく。
前日に「泊まる場所はあるから」と聞いていた私たちなので
今夜はミノルの家に泊まることにしていた。
用意されたベッドはシングルベッド。
幅1メートルあるかないかのベッドに専門家と二人で眠ることに。
そういえば、今夜は大晦日。
年越しの瞬間はケニアの山奥のシングルベッドでイェール大学のPHD持ってる人と
一緒に寝てるなんてなかなか素敵じゃないか。
どこからか太鼓の音が聞こえてくる。
それは次第に大きくなり、歌声も聞こえてきた。
いくつ山を越えたところでそのリズムが刻まれているのだろうか?
とにかくそのリズムは本当のケニア人のケニア人のためのリズムだった。
朝まで続いたそのリズムは2007年の始まりを告げるには十分過ぎる演出であった。
しかし、それだけでは終らなかった。
朝、外に出てみるとそこには巨大なケニア山が朝日に映し出されて真っ赤に燃えていた。
今年はいい年になるに違いない。
そんな1年の始まりだった。

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