2008-07-29

ケニアのエイズ対策レポート





ケニアのエイズ感染率は下がってきてた。
一時は13%と言われていたけど5%台まで落ちていると信じられていた。

だから、誇らしげにケニアのエイズ対策がうまくいっていることを国内外で公表していた。

でも保健情報の現場で働く身から言わせてもらうと"そのデータはどんだけ信用できるの?"

たとえ信頼できたとしても感染率が大幅に下がってるってことはそれだけ死んでるってことじゃないの?

でも、ケニアではなんとなくエイズは撲滅が近い病気だという雰囲気が漂っていた。


確かにこの2・3年でケニアのエイズに関する環境は激変したと思う。

国内には1000を超えるVCTがありARVもすべて無料で配布されている。

いたるところにICTマテリアルが目に付きコンドームもいたるところで無料で手に入る。


こんなタイミングで新しいエイズに関するデータが本日公表された。

Kenya Aids Indicate Survey (KAIS)と呼ばれるそのサーベイは今までとは比較に
ならないほどの資金と時間を投入して作ったデータ。

その公表がKICCと呼ばれるナイロビで一際目立つ国際会議場で行われた。

俺はそのデータ作成にはノータッチだったけれど設営や受付などを手伝った。

Prime Ministorをはじめとした大臣たち。
UNやCDCなどの超巨大NGOのダイレクターたち。
大勢のメディア。

そんななかで最新のケニアのエイズ感染率が公表された。

7.8%





前回のデータは6.7%(2003)

確かに前回のデータとはデータの取り方が違うから一概には比較できない。
今回のデータが完璧とも思えない。
ARVが広まってる結果だという人もいる。

個人的にはケニアのエイズ対策はそれなりに効果はあるのだとおもう。
だけどそれに追いつかないほどの病気なのだとおもう。

地方の貧しい場所にもVCTやARVクリニックもかなりの数ができているけど
そこまで行く交通費もない人。
そこに行く時間が取れない人。
まだまだ差別が根強い地域の人。

女性や若者など社会的地位の低い者の感染率の増加がエイズ対策を上回っているんだと思う。

今回のデータは本当にインパクトがあった。

翌日の新聞にも大きく取り上げられたし、メディアもケニアのエイズ対策の問題点を指摘している。
同僚に限らずケニア人も"ケニア人はエイズを忘れかけていた。。"と言っている。

このデータによりケニアのエイズ対策がもう一段階上のレベルに行くことを願う。


(下の写真は大臣たちに会えて興奮しているスタッフたち)


追記:
このデータ結果によりケニアの保健関係の人事が一掃されました。
わがNASCOPのダイレクターも更迭されました。
ケニアは本気になろうとしています。








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2008-07-26

Night Out

ナイロビでは夜遊びをほとんどしてない。

治安のこともあるけど遊び仲間がいないのが大きい。

同僚は酒を飲まない人が多い。飲む人もいるけど家が遠い。

近所はケニア人より中国人や日本人が多い。

このアパートでケニア人との交流はほぼゼロ。

アパートの外に出たら他人と会うこともない。
一人でふらりと顔を出せるような飲み屋もない。


勉強するには良い環境なんだけどやっぱり物足りない。。

そんな時めずらしく同僚のSteveが「今夜は遊びに行こう!」と誘ってきた。

カーニボアでルオーナイトがあるというので彼と二人で行ってきた。

その車中でSteveがポツリと言った。

「俺、彼女と別れたよ。女って何であんなにめんどくせーんだ?」

今夜はトコトンSteveに付きあおう!と覚悟を決めた。






カーニボアではルオーミュージックが鳴り響きみな楽しく踊っている。

ルオーの音楽はやっぱりいいねぇ。

だけど、Steveは黙って音楽を聴いている。酒も飲まずに。。

やっぱ彼女と別れたのが相当応えてるのかな?

遠慮して「帰ろうか?」って聞いたら「もう一軒行こう!」と言うので
今度はWest landに行ってきた。

そこは渋谷のクラブ街のようなところで街一帯がクラブだらけ。
Steveと俺が入ったのはResourusというところ。

そこにはナイロビ近郊の若者たちが出会いと音楽を求めて詰め掛ける。

売春婦ばかりの他のクラブとは違って純粋に音楽を楽しめる。
もちろん音楽と酒があれば若者は異性を求めて狂ったように踊り狂うのは
万国共通。

いたるところでケンカや酔いつぶれて眠ってるやからがいる。

DJもかなりレベルが高くて俺のテンションも否応なくあがる。

だけどSteve。相変わらずポツーンと突っ立ってる。

朝方帰る車中でSteveはこう言った。

「女ってのはわからんなぁ。」


Steve。俺も女はわからんよ。でも、突っ立ってるよりは踊ったほうが楽しいのは間違いねぇよ。






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2008-07-12

すべて忘れてしまえ!!

同じアパートに住んでる協力隊仲間とこんな企画。

ナイロビ隊員を集合させてパーティーをしよう!
で、俺たち3人のうち誰のカレーが一番旨いか決めようじゃないか!!


最近カレーにはまってるうちら。
ナイロビ隊員は同じ街に住みながらも交流が希薄になってしまうので
一石二鳥のこの企画。


で、前日。

全然人が集まらなーい。

えー?俺たち3人だけ??


急遽、予定を変えてナイロビ隊員に限定しないで協力隊じゃない友達や
ナイロビに来てた地方隊員を呼んでパーティー開始。


気づかないところでストレスが溜まってたのかな??

久しぶりに大爆発してしまいました。





飲んでるうちに楽しくなりすぎて裸で踊りまくってしまった。

でも、みんなもついてきてくれたからいっか。

たまには何もかも忘れてしまう時間も大切だ。






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2008-07-08

It's a small world

知り合いの日本人から電話がありました。

"今コージの知り合いにばったり会ったから代るね"

"はじめまして。わたしはフランシスです。"

そこで電波が悪くなり通話が切れた。


なぜナイロビから150km離れたニィエリに俺の知り合いがいるんだろう?
フランシス??
そもそもフランシスはどうして日本語を話してるんだ???

いたずら好きなその知り合いの新たなネタかと思い忘れようと思った。
だけどやっぱり気になる。


ネタだとしてもかなり上質じゃないか!

ということでその子を褒めてあげようと折り返し電話した。

するとその電話に出たのは"フランシス"。

"わかる?わたし△△△さんのお友達です。"

"おぉぉぉぉ!ひょっとして ワンジュキ!?"


話は4ヶ月ほどさかのぼる。
バングラデシュで活動していた同期の隊員が日本でIT会社に就職し一緒に飲んだときの話。





「わたしの会社にケニア人がいて日本語ペラペラなんだよ~。でも、彼ケニアに帰っちゃうんだぁ。。」

「じゃぁ、俺がケニアで会うから連絡先教えてよ。」


ということでケニアに来て彼にメールを送ったんだけど返事がなくってすっかり忘れてた。

その彼がニィエリの街で俺の知り合いにばったり会って何かの弾みで俺の話題になって
こうして彼と電話で話すことができたわけです。

さっそくナイロビで会う約束をとりこないだ彼と彼の兄とその俺の知り合いの4人で飲みました。

日本語、英語、スワヒリ語、キクユ語がごっちゃになりながら飲んで踊ってとっても楽しかったです。

それにしてもこのところこういう巡り合せが多い。
まるでサラリーマン金太郎のようで生きてて楽しいです。

そのワンジュキも日本に戻ってアルバイトするって言ってるので俺が日本に帰ったら
彼と皿洗いでもしようかな??




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2008-07-03

オバマニア




ご存知の通りアメリカの民主党大統領候補のオバマのお父さんはケニア人だ。

ここケニアでは連日のようにオバマのことが新聞に取り上げられている。

写真はオバマが民主党の予備選挙に勝った日の翌日の新聞。

表紙だけでなくてオバマの記事が15ページほど取り上げられてる。


で、俺の同僚のスティーブ。

彼はいち早くこのオバママニアをターゲットとしたビジネスを開始。

オバマのTシャツを刷って1枚800シルとTシャツとしては破格で売り始めた。

でも、それが売れる売れる。

で、彼は仕事そっち抜けでTシャツ販売に没頭。

俺の仕事、進まない。。




オバマはケニア人じゃない。期待しちゃいけない。

って冷静なケニア人は言ってる。

でも、わかるよ。ケニア人がオバマに夢中になるのも。

いままでずーっと虐げられてきた黒人、アフリカ人が世界のリーダーに
なるかもしれない。それが自分と同じ国の人の血が入ってるんだもんね。

俺もTシャツ買いました!特注でケニアの国旗を入れてもらったよ~。




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2008-07-01

The President of STJ

俺がケニアに再びやってきたその日に帰国した元協力隊員がケニアにやってきた。

彼の目的はビジネス。


協力隊を終えてその国でビジネスをする隊員も少なくはないだろう。

強力な人脈を持つ協力隊員だからこそ行えるビジネスチャンスは少なくない。

でも、やっぱり途上国でのビジネスはリスクも大きい。
リスクの大きさを考えるとリターンはあまりにも少ない。

そんなこんなで長続きする人はあまりいない。
いたとしてもそれはビジネスと呼ぶにはあまりにも規模の小さい物であったりする。
だから副業に留まってしまったり、ほとんどボランティアになってしまったりする。


だけど彼は覚悟を決められる男だ。


"協力隊時代にできなかったことを超えるためにはビジネスしかない"


本気でケニアのことを考えた上での彼の答えがビジネスなのだ。





彼は熱く語る。

その一言一言に彼の自信と不安が見え隠れする。

だけど彼は楽しくて仕方がないようだ。

そんな彼を見て俺もうれしくて仕方がない。


ケニア人が怠惰だなんて言う奴はケニアを知らないだけだ。
協力隊からの視線しか持ててない奴のセリフだ。

ケニア人が本気になったときの覚悟と姿勢を見て欲しい。


2回目のケニアも残すところ3ヶ月となったときに彼とケニアで再会できたことをとてもうれしく思う。

俺も彼に負けないぐらいに走らなければならない。





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