2006-12-31

本当のケニアへ その1"途上国に住む事。田舎に住むということ"編



近所に住んでるJICA専門家は20年前にもケニアに協力隊として派遣されていた。
そこで年末年始はその専門家のかつての任地に行くことになった。

以前から彼からよくその任地のことは耳にしていた。

「とんでもない田舎なんだ」



そんな話を聞くたびに羨ましいと思っていた。

田舎の隊員は確かに生活が苦しい。
電気も水もない生活がいかに大変か。
それは住んでみないとわからない。

だからこそ住んでみたいのだ。
だからこそ俺は協力隊を受けたようなもんだから。


彼の運転する車でしばらく幹線道路を走り抜ける。
そして「あそこが任地だよ」と彼が言う先には山。山。山。

20年前は車が通れるような道ではなかったのだが今は乾期なら車は通れる。
ゆっくりゆっくり山道を車で抜けてその目的地 Walakwa Secondary School
にたどり着いた。

途中、途中住民が彼のことを見て「シャトー」(佐藤)と言って
興奮して走りよってくる。

彼も「お前は、ひょっとしてマイナか?」と名前を覚えているのだからすごい。

20年経っても覚えてくれる人がアフリカにいるということの凄さ。

俺はどうだろう。

今の職場の人はみんな地方から来た人だから地元に帰ってしまうだろう。
というより来月には転勤になってるかも知れない。

20年後どころか1年後に帰ってきたって知っている人はいないかも知れない。
そもそも俺のことを覚えてくれる人がいるのだろうか。。

何だか淋しくなった。

もちろん20年経っても覚えているというのは彼の人徳による部分が大きい。
でも、田舎というファクターも大きい。

なんせ村の歴史において外国人が踏み入れたのは彼と俺だけかも知れないのだから。

生活は苦しい。
生きていくだけで一日が終る。

そんななかで生きる事を経験するのが古き良き協力隊だ。

それは日本の若者にとってはいい経験だがケニアにとってはどうだろうか?

税金を使う限り両者にとって良い経験になるべきということで協力隊も田舎より
都市に多く派遣されるようになった。

そこには電気も水道もあるけれど、ケニア人が生きるだけでどれほど大変な
エネルギーを消費しているか知る由もない。

だから

「なんで時間通りに出勤しないんだ」、
「ケニア人はやる気無いな。」

と思ってしまう。

言うなれば野球の試合があったとして、俺達は睡眠バッチりで時間通りに車で到着。
ケニア人は朝まで徹夜で仕事していたうえに、何キロも走ってきたから遅刻した。

でも、俺達はそんな事全然知らないから遅れてきたケニア人に文句を言ってしまう。
そんな感じだ。

実際途上国では、特に田舎ではいろんな事が起こるんだ。
人はすぐ死ぬし、家畜の世話が最優先だし、水を得るのに必死だし、
火を起こす事だって本当に大変。

そういう事を俺はもっと知りたいから協力隊受けたんだけどな。。

今日は専門家の元生徒の家に泊めさせてもらった。
腹いっぱいのメシを食わせてもらって。。

大変だったでしょう。
こんなにたくさんのご飯を用意するの。

ほんとにありがとうございます。






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2006-12-26

崖。クラブ。今夜はクリスマス。

ナイバシャから戻りデイダンの実家へ。
そこはナクルからマタツ(バス)で30分ほどの村。



以前にHIV予防啓発の活動で行ったことのあった村だけど、
彼の実家はそこから更に車で20分ほど奥に行ったところにあった。

裕福な家らしく、広い庭に子どもたちとヤギ、牛、ニワトリが自由に走り回ってる。
そこでニャマチョマとシャンパンをご馳走になって昼寝していた。

まるで大草原の小さな家のような場所。
ほんとうに気持ちよく昼寝ができた。

デイダンが「コージ。崖行こうぜ。」と言うので行くことに。

彼の家の畑は「あの山からあの崖までだ」というその崖を見に行くのだ。
歩いて30分くらいでそこに着いた。

確かに崖だ。

でも、ただの崖じゃない。
めちゃくちゃ美しい。
天空の城から見下ろしているかのような景色がそこに広がっている。

普段女の事しか考えていないデイダンもその景色を久しぶりに眺めて
何かを感じていたようだった。

ナクルに戻っていつものクラブへ。
今夜もデイダンはいつものようにchick探しで忙しい。








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2006-12-25

クリスマス。やっぱキャンプでしょ。その2"天敵がいないとキリンも座る"編


キャンプ2か目。

キャンプ場の近くにあるHell's gate National Parkへ行ってみることに。




前からそのパークは気になっていた。
名前もさることながら、肉食動物がいないとされている(?)ので
ケニアで唯一自転車で入ることのできるパークなのだ。

キャンプ場で自転車を借りていざ"地獄の門"へ。


・・・すっげー。


アンボセリでケニアの美しさは知ってたつもりだけど、
またここの素晴らしさも格別だった。

普段、普通に見てるシマウマやキリンも自転車から見ると本当に生命を感じる。
ダイナミックで不自然とも思える地形のなかを走り抜ける野性動物。
そこを自転車で思いっきり走り抜けるヒト。

映画のセットようにも見える嘘のような本当の世界を駆け抜けた。


激痩せしたの今の俺には30Kmのサイクリングは相当コタエタ。
途中、よくわからない虫にさされて全身がカブレて大変だったけど
その信じられないくらい美しい景色と同志のバレーボーラーに励まされて
何とかキャンプ場に戻った。

そして、夜はディスコでクリスマスカウントダウン!
盛り上がってたけど、疲れちゃってすぐ寝ちゃった。

メリークリスマス!!




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2006-12-24

クリスマス。やっぱキャンプでしょ。その1"カバに気をつけろ"編

クリスマス。

どっか行ったことのないところに行こうと思った。



ボゴリアという湖でキャンプしよう!
と言い出したのはオーストラリア人のベン。

彼の計画はこうだ。

レイクボゴリアにはデヴィルズアイランドと呼ばれる住民も恐れて近付かない島がある。
そこでキャンプをしてカバと一緒に打ち上げ花火をあげて朝まで踊り明かそう!

最高じゃないか!ベン。
で、誰が行くんだい?

「俺とジミーと俺の彼女とジミーの彼女。・・・コージも行く?」

おいおい、俺はそんな野暮なことしませんよ。


ということで、クリスマスの計画を練り直した。
ナイロビからナクルに来る時にいつも目にしてはその美しさに感動している山と湖。
ロンゴノットとナイバシャ湖。
そこに行ってみよう。

って話をしてたら友達のデイダンが俺の友達も行くから一緒に行きなよ。ってことで
クリスマスは俺と協力隊の友達1名とケファという家族と一緒にナイバシャ湖でキャンプとなった。

マタツに揺られて1時間30分。
そこはビクトリア湖、ツルカナ湖に次ぐ大きさを持つナイバシャ湖。

淡水湖でフラミンゴはいないけれどカバはいる。
キャンプ場は湖のすぐそばでカバ注意という看板があちこちにある。

クリスマスということでテントがフジロックのように並んでいた。
ケニアではキャンプといってもアウトドアっていう感覚はない。
安く泊まれる手段といったところだ。

だから、そのキャンプ場の中にはバーもディスコもある。
明け方まで大音量で音楽が流れている。
眠れない俺達は明け方まで燃え盛る火を見ていた。。





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2006-12-23

先進国は進んでいるのか?

アメリカのCDCと呼ばれる国立の疾病機関が独自にデータを集めるという
理由で我がオフィスにインターネットがやってきた。




衛星でつながるインターネットで月額US$700。
今の世の中、途上国であろうとやっぱりインターネットは必要だ。

今まで職場にはアナログモデムによるダイアルアップ接続が一本あるだけだった。
電話代も馬鹿にならないし、いろんなオフィサーがうちのオフィスに来ては
ピーヒャラピーヒャラ言わせている状況を改善させたかった。

そこで、現在のインターネットサービスプロバイダーに支払っている金額と
最近出回り始めたADSLの費用対効果を計算しADSL導入計画を実行し始めていた
矢先のことだった。

そんなとき突然彼らはやってきた。

「こんちわー。CDCでーす。インターネット持ってきましたー」
と言っていきなりアンテナを組み立て始めた。

「この1年インターネット繋ぎ放題ですよ!」

なんて言ってるけど来年は自分で払ってくれとのこと。

こっちは100ドル程度で予算組もうと必死になってんだ!
そんな金あるわけない。

「ついでにWindows2003サーバーとプリンター2台も置いてきますよ」

おい!うちはすでにWindows2000サーバ持ってんだよ!

しかも、プリンターはネットワーク共有するためにネットワーク対応プリンター
購入の提案書を書いたところなんだ。

そんなところでネットワーク非対応のプリンター2台も置いてかれたら俺の提案書の
ポイントがずれちまうだろ!

(ちなみにスペースとセキュリティの問題で2003サーバをプリントサーバ
にするってのもあんまりやりたくない)

保健の世界だけではないにしろ、世界の援助合戦は目に余る物がある。
今回、ワイナイナと一緒に予算内で収まるような提案書をせっせと書いていたところに
突然のドネーション。

今までの計画、全く無意味。

こうやって

"計画立てても無意味だ。そのうち誰かが何かくれるでしょ"

っていう援助漬けの構図が成り立っていくんだ。

援助漬けにしているのは俺達先進国。
援助漬けの体質に文句言ってるのも俺達先進国。
勝手なことばかりやってるよね。

へい。先進国さんよ。
サーバのパスワード設定したんならパスワードを教えていけよ。
何を設定したのかも教えていけよ。
インストールCDくらい置いてけよ。

どうすりゃいいんだこのサーバ。。。

もっとスマートなやりかたあるでしょ?

"先進国"って言うくらいならさ。







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2006-12-21

人間の防衛機能

人間には何重もの防衛機能が働いていると思う。

例えば、人は悲しいことがあると涙を流す。
涙はその悲しさまで流してくれる。



例えば、人は悲しいことがあると誰かのせいにする。
"俺のせいじゃないんだ"と言うことでその悲しみが偽物になってくれる。

例えば、人は悲しいことがあると自分を悲劇の主人公に仕立てあげる。
他人からの同情はその悲しみを優越感に変えてくれる。

例えば、人は悲しいことがあると全てをリセットしようとする。
新しい環境はその悲しみを遠い過去にしてくれる。

時に泣き崩れ、当たり散らして、笑い飛ばしてその悲しみを過去にする。
そうやって人は自分が崩壊することを防ぐのだ。

でも、そういう防衛本能の機能を一つ一つ解除していくとどうなるんだろう。
本当に自我が崩壊して精神的に破壊されてしまうのだろうか。

その先に本当の強さがあるんじゃないか?
そんな風に思うことがある。

ちょっと冒険してみようかな?・・・なんてね。



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2006-12-20

空巣の後遺症その2

防犯グリルも取り付けてようやく悪夢を見ないようになった。
だけど、空巣の本当の嫌なところが見えてきたんだ。



今回の犯行は明らかに学校内に住む者の仕業だとみんなが言う。
確かに犯行時刻や状況から考えるとその可能性は高い。

そして、みんな俺の事件を知っていてこう言ってくる。

「お前の知合いの犯行だ」
「お前の知合いを疑え」
「お前の知合いを信じるな」

いかにケニア人が人を信じていないのかを思い知る。
治安が悪いと言うことはこうやって人の心を腐らせて新たな犯罪を生むんだ。
治安が悪いと言うことの本当の意味はそこに住んだ人でないとわからない。

俺も疑いたくないけどやっぱり近所の人と挨拶してもどこかで
「こいつか?」と思ってしまう自分が悲しい。

そして、最近知った本当に悲しい噂。

あの時俺の世話をしてくれたあのモーゼスがみんなから疑われている。

「あの時お前はモーゼスと一緒に飲んでたろ?あいつを信じるな。」

「彼はいい奴だよ。俺を警察にまでつれてってくれたし。」

「いいか。お前があの時バーにいたって知ってるのは誰だ?あの時お前の家が留守だと知ってるのは誰だ?」

「だけど、モーゼスは俺と一緒にいたんだよ。どうやって?」

「電話して知りあいにお前の家を襲わせたんだよ。最近あいつテレビ買ったらしいぜ。その金どこから手に入れたと思う?」

憤慨した。
モーゼスに会いに行った。

「大丈夫だよ。言わせておけ。」と言った彼の目には確かに悲しみがあった。

盗まれたコンピュータなんてどうでもいい。
俺が悪夢を見ることだってどうでもいい。
人を疑いながら生きていかなければならない世の中がこんなに悲しいこととは知らなかった。



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2006-12-19

危ないところだった その2

ケニアでの夜遊びはリスクが高い。
ナイロビはもちろん俺の住む街ナクルはナイロビに次ぐ治安の悪さ。
だから、夜の移動はたとえ100mの距離でもタクシーになる。



タクシー運転手だって夜中は運転したがらない。
仲のいいタクシードライバーもここ数ヶ月で立て続けにカージャックに遭った。

当然タクシー料金も高くなるし、信頼できないタクシーは余計に危険だったりもする。
(どこに連れてかれるかわからないから。)

だから、信頼できるタクシーを使用するしかない。
その彼が仕事をしているかどうかも事前に確認する必要もある。

そんな状況だから夜タウンで飲むときは帰りの余力を意識しなければならない。
当然、テンションは最高潮にはあがらない。

”楽しくなってきた。ちょっと酔っ払ったかな?”
ってあたりで帰らないといけないから。。


でも、こないだは違った。
なんかどうでもよくなってた。

「おい!デイダン。テキーラ飲もーぜ。」

で始まったケニア人とのテキーラ大会。
当然、テキーラは裏切らない。

どんどん高まる俺のテンションは抑え切れなかった。

繰り返される”アミーゴ!”の掛け声。


気がつくともう朝で俺は自分がどこにいるかもわからなかった。
一瞬、天国かと思った。

でも、そこは自分の家だった。

デイダンに電話してみたら気がついたら俺はいなくなってたらしい。

どうやって帰ったんだろ?

危ないところだった。。




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2006-12-18

危ないところだった

昨夜は空巣の後遺症でほとんど眠れなかった。
本当にリアルで恐い夢を見た。
忘れられそうだったとっても嫌なことをまた思い出してしまった。



ここんところビールしか体に入れていないこともあり気分も体調も最悪だ。
でも、警察に盗難証明書を書いてもらわなければならない。

警察に行く前にメールをチェックした。
そしたらすっごい嫌な知らせが来てた。

もう、頭の中真っ白になった。
警察でのやりとりはほとんど覚えていない。

警察から帰る途中に車が俺の方に突っ込んできた。
ケニアではよくあるんだけどそれは「ドケ!」の意味。
中には本気で引いてやろうという勢いで突っ込んでくる車もある。

いつもは細心の注意で道を横断するからそんな車もひょいっとかわすんだけど
その時はダメだった。
というより頭がどうかしてた。

"あー、車が突っ込んでくる。"

"よけないとね。"

"・・・めんどくせーな"

"このスピードなら死なないだろ"

"死なないくらいに引かれたい気分さ。ベイベー"


ということで俺はその車に向かっていった。
数センチのところでその車は止まって、何事もなかったように走り去った。
俺も、何事もなかったかのよう職場に戻った。

本当に危ないところだった。





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2006-12-16

空巣の後遺症

空巣に入られた。
ガラスはまだ割れたまま。

警察は来たけれど、なんの調査もせずにただこう言って帰っていった。



「アスカリ(警備員)を増やした方がいいな」
「この学校にはアスカリ2人もいるけど?」
「2人じゃ足りない」
「じゃあ何人?」
「そーだな。30人かな?」
「・・・」


JICAのセキュリティ担当もナイロビからやってきてくれた。
そしてこう言って帰っていった。

「すぐに防犯グリルをつけろ」
「はい。」
「それから、窓際に物を置くな。例えばこのギターも窓際に置いたら狙われるぞ。」
「はい。」
「で、お前はいつ日本に帰るんだ?」
「来年です。」
「そうか、じゃあその時このギター俺にくれ。」
「・・・」


盗られたのはパソコンだけ。盗難保険にも入ってるし、バックアップもある。
窓際に置いておいた俺も悪い。

ただの空巣ならケニアだけじゃなくて世界中で起こりうる犯罪だ。
気にする必要はない。
そう思ってた。

だけど、眠れないんだ。
ちょっとした物音で目を覚ます。
強盗に襲われてナタで頭を割られる夢を見る。

本当に恐いんだ。





アスカリのオティエノ君。
陽気で頼りない奴。
でも、とってもいい奴。



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2006-12-15

空き巣で見えたケニアという国

こないだ書いたとおり、晩飯食べずにバーで飲んでる生活をしばらくしていた。

"ケニアでは毎日同じ行動をしてはいけない"

それは生活パターンを知られると、犯罪に遭う確立が高くなるから。




今日もいつもの通りバーで飲んでいた。
今日の相手はモーゼス。

彼はまだ若いけどストリートチルドレンのための保護施設の
運営をしていて新しい施設が明日オープンするという。
その式典には俺も呼ばれていて彼とストリートチルドレンのため
にできることを語り合っていた。

「コージは毎日みんなに無視されながら生きている彼らのために何ができる?」

「・・・わかんない。だけど、俺にできることなんてあるのかな?」

「コージがやりたいと思ったことがコージの使命だよ」


彼は熱心なクリスチャンで、神の話をよくする。
こういう人はたくさんいるんだけど彼の場合は少し度を越えている
というか何というか、とにかくケニア人からもちょっとうっとおしがられている。

だから、俺が彼と一緒に飲んでいると
「あいつ、お前に迷惑かけてないか?」なんて言われたりもする。

確かに彼が言っていることは少しうっとおしい。
だけど、今の俺には彼の言葉がすごく試されているように思えるんだ。


"本当にお前には人を愛し抜く勇気があるのか?"


とにかく、俺は彼のことを信じてみようと思ってるし彼の施設の子どものために
できることをしてみようと思ってる。

そんなこんなで今夜も気持ちよく酔っ払って家に戻った。


”???”


何か違う。

あるべきものがない。何がない?

パソコンがない。。

無いはず無い。
ドアには鍵がかかってたし、確実にここに置いたんだから。。。

”???”

なんだ、このガラスの破片は?

やられた。。。


モーゼスに電話した。

「やられちゃった。。」

「どうした?」

「空巣に入られてパソコン盗まれちゃったよ。」

「今すぐいくから、待ってろ」


結局モーゼスは明日式典で忙しいのにも関わらず警察にまでつき合ってくれて
最後にまたバーで一杯つき合ってくれた。

そこにいたケニア人が俺の話を聞いて同情してくれたのか、俺を慰めようとしたのか
”私の犯罪被害自慢大会”が始まった。

「俺は携帯電話7個めだぜ!」

「俺なんて強盗にあって全て盗られたんだ。トイレットペーパーまでもってかれたんだぜ!」

「俺は、車を盗まれた。俺の職業しってるか?タクシー運転手だよ。しかも3回盗まれたんだぜ。」

そんな話が延々と続く。
なんて国なんだ。

そんなことよりモーゼス。明日早いのにつき合ってくれてありがとう。
俺にできることを考えてみるよ。



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2006-12-10

ゲキヤセしちゃった



広域研修が終った辺りから俺の中で何かが抜け落ちてしまった。
活動は順調に進み始めているけど(ワイナイナが休暇を取ってしまったけど)、
生活はひどいもんだ。



引越して以降、自炊をしたことがない。
前にも言ったかも知れないけど基本的にケニアには外食文化はない。
じゃあ、食事どうしてるの?ってことになるけど
その答えは・・・

「食べない」

正確に言うと「飲んでる」だ。
家のすぐ近くにローカルのバーがある。

そこで数本のTusker(ケニアのビール)を飲んで夕食としている。
ちなみにケニアのバーに"つまみ"は無い。

あるのはニャマチョマと呼ばれる肉の塊をただ焼いただけのもの。
毎日そんなもの食ってたら痛風になること間違い無し。

平日は昼飯を職場の近くで食べてるからまだいい。
でも、週末はきつい。
一日ビールだけになるから。。

何かを食べにいくとか、何かを作ろうとかいう意識は全くない。

食べるものがない。だから食べない

といういたってシンプルな図式。

家に体重計がないから気づいてなかったんだけどナイロビで計ってびっくり。

すっげー痩せてた。
ここで書くとみんな引くくらいの体重しかなくなってた。

さすがに食わねばならぬと思いました。

それでも風邪一つ引かないこの俺。
そんな丈夫な体を与えてくれた親に感謝です。






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2006-12-07

隊員総会の意義

各国の協力隊員の間で年に1度、あるいは年に2度隊員総会なるものが
開催されていることと思う。

まじめに総会を開いている国もあれば運動会をするような国もあるという。
そして、ここケニアはどうかというと“実施していない”



前回の大統領選挙の際に隊員の派遣を一時中断したため、
隊員総会の実施も取り止めていた。
それが数年続いた後に昨年、数年ぶりに隊員総会が実施された。

数年ぶりに開催されたとはいえ、当時の隊員にとってはそれが初めての総会になる。
そんな総会は我々に素朴な疑問をもたらした。

「何のために総会をするんだろう」

交通手段の乏しい途上国では首都に移動するだけで数日かかる隊員も多い。
総会を準備する隊員の負担も相当なものだ。
また、治安状況やドミトリのキャパシティの関係から隊員全員ホテル宿泊となる。

これほどまでに金を使い、隊員の活動を犠牲にしてまで総会をする意味があるのか?
という疑問が全員のなかに浮かんだ。

そこで、みなで話し合った結果「隊員総会は実施しない」ことになった。

個人的には難しい判断だった。
確かに隊員総会をやる意味がそれほどあるとは思わない。
税金の無駄使いはいけない。
でも、こういう機会がなければ一度も顔を会わせないような隊員もたくさんいるだろう。
やりかたによってはそれほど負担にならない、金も使わない隊員総会もできるだろう。

問題は隊員のなかに意志決定の組織がないことだと思った。

このままでは、JICAの思いのままにルールが策定されてしまうかも知れない。
本当に有益なアイデアがあってもそれを形にする装置が隊員のなかにないのはもったいない。

そう考えた俺は隊員組織化計画をこっそりと立てた。
隊長および執行部をつくり、連絡網を整備する。

そしてその隊長はもちろん「俺」ね。

でもそこでふと考えた。
隊員は2年で帰る。
隊員の使命は任地で地元の人と共に活動することだ。

"・・・やめておこう"

今ではそれで良かったと思ってる。
俺がケニアに来たばかりの頃、以前いた調整員(ボランティア要請を開拓する人)
がめちゃくちゃだったらしく仕事のない隊員が多くいた。

そんな彼らが活動の場を見出したのはその隊員総会であったり分科会であったり
インカムジェネレーションを目的としたマーケットであったり、
日本人祭りであったりした。

そうした活動を否定するつもりはない。実際、素晴らしい内容であったと思う。
こうした活動は華やかでもありJICAの広報誌にも取り上げられたりもした。
だけど、任地で地道に目立たずに活動している隊員の方が注目されるべきだと思った。

少なくとも赴任して1年はこうした活動は行なわずに任地で踏ん張り続けるべきだと思う。

それなりにやりがいもあり、華やかでもあるこうした活動は任地での活動のチャンスを見失うことになりうる。

そういう意味で、ケニア隊が隊員総会の実施を否決したこと。
分科会活動が下火になったことは喜ばしいことといえるかも知れない。
それだけみなが任地で活動する場所を見出せているということだから。


でも、誰かが言ってた。
隊員総会やらないことになって予算が余ったからこないだの40周年式典やったらしいよ。。

税金の無駄使いをなくすことは難しいです。



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2006-12-06

援助されることは喜ばしいことか

ケニアで協力隊が始まって今年で40年だそうだ。
そこで40周年記念式典なるものが日本大使館で開催された。



ケニアの日本大使館は最近新しく建てられたとても立派な建物。
そこに全隊員を招集し、ケニア大統領および財務大臣なども招待して盛大に
40周年を祝おうという企画。

はたして、40年間も援助されなければならない状況は祝うべきことなのか?

そんな思いはみなのなかにあったと思う。
“この式典になんの意味があるのか?”

そんな思いはケニア側にもあったのだろう。
大統領および財務大臣のドタキャン。
式はあっけなく、そして虚しく終った。

大使館から出された盛大な昼食がさほどおいしく感じなかったのは俺だけだろうか。。


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2006-12-03

オーノー ワイナイナ!

ケニアの公務員は1年で1カ月から2カ月の長期休暇を取ることができる。
たいていの人はクリスマスから年末年始にかけてその休暇を使うらしい。

ということでワイナイナに聞いてみた。


「年末年始は休むの?」
「おいおい コージ。あのWBSの計画表見てないのかい?
俺達はカレンダー通り働いてこのLANを完成させるんじゃないか。」

お前がその気なら俺もとことんやってやろうじゃないか。

ってのがついこないだの会話。
で、今日。

「コージ。そういえば俺、去年もおととしも休暇取ってないから疲れちゃったよ。
だから、明日から1カ月休むね。」

去年とおととしの疲れが突然今日になって出たというのかい?
前もって言ってくれれば俺だって遊ぶ予定立てたのに。。

しかも、気がつくとやっぱりワイナイナだけでなくみーんな休みを取るらしい。

俺も遊ぼう。。。

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2006-12-01

1周年旅行 その3"ナイロビ満喫"編

アンボセリからナイロビへ。
今日は女性陣の買いものにつき合うことに。
「ケニアでいいもんなんかねーよ!」なんて言ってた俺だけど、探せばあるもんだ。






サイザルという麻で編まれたカバン の卸問屋でしこたま買い込んだ。
なかなかいいでしょ?


ほんとはその後にダチョウファームに行ってダチョウレースする予定だったんだけど
サイザルのお店で時間を使い過ぎたため予定変更で噂のパナリホテルへ向かった。

そこはインド資本のホテルですごいものがあるらしい。




そうです。アイススケート!!
赤道直下でアイススケートできるなんて世界中でここくらいでしょ?

遊びまくったこの3日。
明日からまた1年がんばろー!って思いました。




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