本当のケニアへ その1"途上国に住む事。田舎に住むということ"編
近所に住んでるJICA専門家は20年前にもケニアに協力隊として派遣されていた。
そこで年末年始はその専門家のかつての任地に行くことになった。
以前から彼からよくその任地のことは耳にしていた。
「とんでもない田舎なんだ」
そんな話を聞くたびに羨ましいと思っていた。
田舎の隊員は確かに生活が苦しい。
電気も水もない生活がいかに大変か。
それは住んでみないとわからない。
だからこそ住んでみたいのだ。
だからこそ俺は協力隊を受けたようなもんだから。
彼の運転する車でしばらく幹線道路を走り抜ける。
そして「あそこが任地だよ」と彼が言う先には山。山。山。
20年前は車が通れるような道ではなかったのだが今は乾期なら車は通れる。
ゆっくりゆっくり山道を車で抜けてその目的地 Walakwa Secondary School
にたどり着いた。
途中、途中住民が彼のことを見て「シャトー」(佐藤)と言って
興奮して走りよってくる。
彼も「お前は、ひょっとしてマイナか?」と名前を覚えているのだからすごい。
20年経っても覚えてくれる人がアフリカにいるということの凄さ。
俺はどうだろう。
今の職場の人はみんな地方から来た人だから地元に帰ってしまうだろう。
というより来月には転勤になってるかも知れない。
20年後どころか1年後に帰ってきたって知っている人はいないかも知れない。
そもそも俺のことを覚えてくれる人がいるのだろうか。。
何だか淋しくなった。
もちろん20年経っても覚えているというのは彼の人徳による部分が大きい。
でも、田舎というファクターも大きい。
なんせ村の歴史において外国人が踏み入れたのは彼と俺だけかも知れないのだから。
生活は苦しい。
生きていくだけで一日が終る。
そんななかで生きる事を経験するのが古き良き協力隊だ。
それは日本の若者にとってはいい経験だがケニアにとってはどうだろうか?
税金を使う限り両者にとって良い経験になるべきということで協力隊も田舎より
都市に多く派遣されるようになった。
そこには電気も水道もあるけれど、ケニア人が生きるだけでどれほど大変な
エネルギーを消費しているか知る由もない。
だから
「なんで時間通りに出勤しないんだ」、
「ケニア人はやる気無いな。」
と思ってしまう。
言うなれば野球の試合があったとして、俺達は睡眠バッチりで時間通りに車で到着。
ケニア人は朝まで徹夜で仕事していたうえに、何キロも走ってきたから遅刻した。
でも、俺達はそんな事全然知らないから遅れてきたケニア人に文句を言ってしまう。
そんな感じだ。
実際途上国では、特に田舎ではいろんな事が起こるんだ。
人はすぐ死ぬし、家畜の世話が最優先だし、水を得るのに必死だし、
火を起こす事だって本当に大変。
そういう事を俺はもっと知りたいから協力隊受けたんだけどな。。
今日は専門家の元生徒の家に泊めさせてもらった。
腹いっぱいのメシを食わせてもらって。。
大変だったでしょう。
こんなにたくさんのご飯を用意するの。
ほんとにありがとうございます。






