2007-07-29

古着天国KENYA


アフリカというとみんなド派手な服を着てると思う人もいるだろう。
写真なんかでよく見るああいう服をみんな着て仕事したり、街を歩いている。って。

たぶん、そういう国もあるんだろうね。
特に西アフリカでは。行ったことないけどさ。

とにかくここケニアでは伝統衣装を着ている人を見かけることは無い。

理由はいくつか考えられる。


理由1:伝統衣装がもはや服ではなかった。

ケニアの伝統衣装というのはとても服とは呼べるものではなくて
動物の皮や葉っぱをまとってただけというのがケニアの伝統衣装。
とても現代の社会では着れません。。


理由2:服飾技術の低さ

実はマサイの布も有名なカンガという布も全てインド産。
インド洋経由で輸入したもので、ケニア人が布を編んだり染色したり
服を作るということはできなかった。
今もなお。。


理由3:イギリス文化の影響

以前の宗主国であるイギリスの紳士文化というのか、とにかく
シャツ、スラックスというのが非常に重要視されている。
おそらくケニアがケニアとして発展して行ったならケニア独自の
服装が作られていたことだろう。


理由4:古着の存在

これが最大の理由かもしれない。
援助物資と思われる大量の古着がケニアでは格安で手に入る。
そのため布を織ったり、服を作ったりしても古着に値段的に
かなわなくって商売にならないから誰も造ろうとしない。


こんな感じでケニアの伝統的衣装は絶滅したのです。

とても残念なことだと思う。



でも最近は「ケニアって古着天国じゃん!」って感じで買い物しまくってます。

たとえばこのLevie's(501)のジーンズは700円。
DIESELのジーンズは600円。
そしてBarbourのジャケットは200円で買える!
(思いっきり洗濯されてオイルは落ちてしまってるけど。。)

#ちなみに値切ろうと思えば値切れるけど最近は俺のなかで値切らないのが主流。
#これが俺の国際貢献です。

でも、みんな。
「途上国の人に古着を寄付しよう!」なんてのはもう少し考えた方がいいよ。

まぁ、日本にもMaid in Japanの服はほとんどないんだろうけど。。


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2007-07-28

結婚する人々

俺の大切な仲間が二人結婚した。

どちらも高校時代のラグビー部の仲間。

ひとりは家も近くて毎日一緒に泥んこになってラグビーして
一緒に帰ってた。

そいつとはホントにバカみたいなことして、
ケンカもしょっちゅうした。
でも、絶対に裏切らない。そんな仲間。

結婚の相手も何度か顔をあわせたことがあってとってもいい子。
俺が日本を発つ数日前にも一緒に会った。
ほんとにお似合いのカップルでとても嬉しい。

きっと良い家庭を築くことだろう。

そしてこれからも一緒にアホみたいにつき合って行くことだろう。



もう一人も高校のラグビー部のマネージャー。

とってもかわいい子で部員のアイドルだった。
他校との練習試合でもちょっとした自慢のマネージャーだった。

アホばっかりの部員を子供のように扱ってくれた。
特に俺の話はいつも本気にしてくれなくて何を言っても
届いていないような感じ。

だからこそ俺もいろんなことを話せたのかも。



「お前は俺らの一生のアイドルだ。だから誰とも結婚しないでね。」

「私は結婚なんてしないよ。」

「うそだ~」

「ほんとよ。結婚なんて興味ないよ。」

「でも、それはそれで淋しいじゃん。
もし、30歳になってもお互い独身だったら結婚しようよ!」

「そうね。それもいいかもね。」

そんな会話はきっと高校生なら一度はしたことある会話だろう。

もちろんお互い本気にしてたわけではないけど、たまに会って酒飲むと

「あと、5年だね。」

なんて言ってたっけ。

そんな彼女が30歳を目前にして結婚した。

相手は俺の一つ上のラグビー部の先輩。

一つ飲みの席のネタがなくなってしまったのは淋しいけれど
ほんとにめでたい話だね。


腐れ縁のラグビー部の仲間は最近まで全く結婚する気配も無かったのに
俺がケニアに来てから続々と結婚して行く。

全員結婚するまで続けようと約束した正月麻雀も気がつくと半分が結婚。
嬉しいような、淋しいような。。

でも、残る二人の結婚はしばらく無いかもねぇ。。


とにかくみんな、おめでとう!



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2007-07-22

もしかして恋

その女。シーラ。

イェローの家のパーティで出会った。

ケニア人。

ひと目見てかわいいと思った。

一緒に踊ってその日は終わりだった。

また、会いたいって思った。

電話番号は聞けなかったけどナクルはそう大きな街じゃないから
週末にタウンに行けば会えると思った。

だから熱いうちに今週もタウンへ行こうと思ってた。

でも、お金なくなっちゃってナイロビへ行くことに。

あぁ、もうシーラとは会えないのかな。。
なんて思ってナイロビ行きのマタトゥに乗り込む。

おや?

シーラじゃないか!


彼女は途中のナイバシャまで行くという。

やっぱかわいい。


シーラとはそれっきりだったけどナクルに戻ってデイダンと酒飲みながら
シーラについてそれとなく聞いてみる。

「シーラはナイバシャにドイツ人の彼氏がいるんだよ。それもすっげーおっさん。」


なるほど。。


負ける気がしねぇな。


待っててね。シーラ!!


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やっぱナクルが好き

銀行のATMカードが使い物にならなくて結局ナイロビに行ってお金を下ろす破目に。

あぁ、この悪路。何とかならないの?

砂漠のようなところをラリーのように土埃を上げて走ること3時間。

ドミには人があまりいなくてやることもない。

いっちょ、ナイロビの夜を遊ぶか!

と気合を入れて準備をして出かけようとした瞬間。

「パン、パン!」

銃声ですか!?

かなり近いですよね?



もう、嫌になってドミでサラリーマン金太郎全30巻を読破(2回目)。

翌日どこにも寄らずにナクルへ直行。

もう、残り少なくなってきた週末を無駄にしてしまったよ。。

そんな時にデイダンから電話がかかってきて呑みに行く。

くだらない会話の中で繰り広げられる重要な情報。

こいつとは一生付き合っていくのかもしれないなぁ。なんて思う。

やっぱ、ナクルが一番いいや。



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2007-07-19

アースクエイク

ケニアではほとんど地震がないのだけれどここ数日地震が続いている。

こんなことはケニアでは滅多にないらしいし、ケニアでも大きく報道されている
新潟の地震と同日に発生してることもあってどこに行っても話題は地震の話ばかり。

噂もドンドンでかくなる。

「明日、すっげーのが来るらしい。アメリカが言ってたらしい。」

という噂が広まりラジオやテレビで

「落ち着いてください。噂を信じないでください。」

なんてしきりに言っている。

※ケニア人の噂はこういうのが多い。
※HIVもアメリカが作ったと信じてる人も多い。
※ありえない話ではないけど。。

ジェットコースターや飛行機などに乗ったことのない彼らにとって
地震の揺れは相当ショックなようでワイナイナは地震の直後こう言った。


「俺の頭を誰かが掴んで引っ張った。。」

夜も眠れないらしくSMSを送ってくるワイナイナ。

「また、地震だ。いったい何が起こってるんだ?」

日本人の俺にとってこの地震はたいした揺れではないのだけれど
耐震構造のないケニアの建物にいると震度2でもかなり怖いです。

おそらく震度3で俺のオフィスは崩れることでしょう。。


浅草の花屋敷で乗ったジェットコースターのような感覚ですね。


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2007-07-18

本日の言葉(ケニア)

"He who has not reached his destination never gets tired"

Kenyan Proverb


あせらずにゆっくりと時は過ぎるから。
君の顔を見てたのさ。
太ったタバコをくわえながら。

難しい顔はもういらない。
眠たそうに笑ってる君に拍手を送るのさ。

やーやーやーやー

疲れない人を呼んでるさ。
疲れない人を待ってるさ。




俺の目的地はケニアじゃないのさ。

疲れたなんて言ってらんないのよ。


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2007-07-17

惚れてる男の扱い方

その男の名はジョン。


彼はスコットランド人で俺と同じ学校内に住んでる。
というか住み着いてる。

歳は50代後半。もしくは60代といったところでかなりのおっさん。
おじいちゃんと言ってもいい。

ボランティアでもなければ仕事もしていない様子。

ケニア人の彼女の家に住み着いていてゾッコンといった様子。

いつも彼女の仕事の帰りをバーに座って待っている。

俺が話しかけても彼女の帰りが気になって話にもならない。

彼女が帰ってくるとホントに嬉しそうに

"スランジバール!" (スコットランド語で乾杯)

と言って俺に抱きついてくる。


惚れている男はどこか危うい。

それは惚れた女のためになら躊躇なく命を捧げてしまうような危うさか。



そんなジョンが今日、嬉しそうに言ってきた。

"結婚したんだぜー!!"


そんなジョンを子供のように扱っている彼女。

惚れてる男の扱い方を知ってる女のようだ。

おめでとう。ジョン。

男は惚れてるくらいがちょうどいいのさ。

人生どこで幸せを手に入れるかわからないもんだね。


スコットランドで会いましょう。


スランジバール!


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2007-07-14

パーリーナイト

銀行のカードをようやく手に入れたのでもうお金を下ろすために
ナイロビに行く必要がなくなった。

ということでお金がなくなったのでナクルの街のATMでお金を下ろす。

"Transaction failed.."

何度やってもお金は出てこない。。

あぁ、やっぱりここはケニアなんだ。。


アニータと一緒に飲みに行く予定なのにお金がない。

仕方ないから今日は家にいるしかないとアニータに断りの電話を入れる。

しばらくするとデイダンから電話が。

「今日はイェローの家でパーティーだ。DJは俺だぜ!」


行くしかないでしょ。。



ということで情けないけど近所の日本人にお金を借りてイェローの家に行った。

そこはナクル湖を見下ろす巨大な一軒家でナクルの金持ちの若者たちが集まっていた。

デイダンが新しく買ったというスピーカーシステムからは大音量で音楽が流れていて
みんな楽しそうに酔っ払ってる。

ケニア人、オーストラリア人、アメリカ人、日本人が全部で20人くらいいたかな。
(日本人は俺だけ)

みんなアメリカンイングリッシュでケニアじゃ聞かないような下品な言葉も出てて
ホントにアメリカのドラマで出てくるパーティーそのものって感じだった。

俺も楽しくなっちゃって気がつくと大はしゃぎしてた。

酒飲んで楽しくなると輪になって踊りだすのは万国共通だね!

新しい友達もいっぱいできたし、ケニアの違った一面が見えて面白かった。

ケニアってホントに全てがあるって感じ。

きっと帰国したらみんなに聞かれるんだろうこの質問。

「ケニアってどんな国?」

一言じゃ答えられないなぁ。。

ツルカナで裸同然で牛追っかけてるのもケニアだし、
豪邸で乱痴気騒ぎしてるのもケニアだ。


この国は奥が深いのです。。




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ケニアのディズニーランド





ケニアの主要都市ではAgriculture Showと呼ばれる農業祭が年に一度開催される。

農業省が主催するその祭りは新しい農業技術の普及を目的としているのだけど
いろんな出店やアトラクションがあって子供たちにとっては年に一度のお祭り。

いろんな企業がブースを出して自分の商品をプロモーションしていて
なんとなくしょぼーい万博みたい。


子供はみんな顔にペイントしてもらって大はしゃぎ。

大人数人が人力で押しているゴーカート。
モーターで動く観覧車。
ラクダに乗れたり、お化け屋敷があったり。。

新隊員を連れて行くのが目的だったんだけど俺と同期のGT隊員が一番はしゃいでいた。




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2007-07-13

国境なき飲み団

新しくナクルにやってくる隊員が任地訪問ということでナクルにやってきた。

彼女が働くのはナクル県の保健局。
俺が働いてるのはリフトバレー州の保健局。
どちらもナクルのタウンにあって彼女の同僚とも顔見知り。

ということで3人で軽く酒を飲んだ。

新隊員は英語もスワヒリ語も苦手ということで会話に入ってこない。
で、俺とその同僚の会話中心になる。

何だか懐かしいなぁ。

俺も来たばっかりの時は全然会話できなかったもんなぁ。

英語力が伸びたってよりは度胸がついたというか、
話しのツボがわかってきたって言うのかな。

ほんとくだらない会話しかできないんだけど
それでも良いんだって気づいた。

会話なんか多少噛み合ってなくたって良いんです。
ツボさえ押さえておけばね。

そんなこんなで楽しくビールを飲んで家に帰ったんだけど
なんとなく物足りなくって近所のバーに行った。

するとそこには珍しい顔が。


韓国系デンマーク人の彼女がケニア人の彼氏と一緒に飲んでて
俺も一緒に飲むことに。

ちょうど帰りがけだった彼らも俺に付き合って"もう1本!"ってことに。

だけど、それが1本で終わるわけなくって結局何本飲んだか覚えてない。

ケニアに来て初めてゲロ吐いた。

いろんな肌の人といろんな国籍の人といろんな話をしながら酒飲んで
ゲロ吐いてとても幸せな金曜日だった。

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2007-07-11

気にするなと言われても。。

年末に控えてるケニアの大統領選挙。
Barで飲んでても話題はやっぱりこの選挙。

みんなで政治談議に花が咲き、だんだんとヒートアップしてきて
殴り合いになるんじゃないかってくらいエキサイトする。

でも、ケニア人って爆発寸前のラインをよく知っているみたいで
ふっとガス抜きするのが上手い。

「だから、キクユはダメなんだ!」
「なんだと?ルオーだって最悪じゃないか!」
・・・

「まぁ、ケニヤがダメってことだな。」
(全員大爆笑)


俺はそういう話の流れがやっぱりわからないから
彼らがヒートアップしてくると不安になる。
こういう会話から暴動になったりもするからね。

そんな俺を見てケニア人は

「まぁ、気にするなよ。」

なんて言うんだけどね。

あんたら前々回の選挙で人を焼きまくってるじゃん!
たった10年前の話でしょ?

気にしちゃいますって・・・。


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2007-07-09

VCTのVの意味とCとDの順序

VCTという言葉を知ってますか?

Voluntary Counselling and Testingの略で自主的にカウンセリングを受けて
テストを受けるHIVの検査のことを言う。

自主的っていうところが重要なんだけどこの本当の意味をようやく知った。

エイズは主にセックスで感染するし、売春やゲイなんかと結びついてしまって
差別に繋がりやすい病気だ。

だから強制的に検査を行うことは好ましくない。

って思ってた。



ここに来てPITCという用語が使われるようになってきた。

Provider Initiated Testing and Counsellingの略で医療者側が主導権を持って
検査を行おうというもの。

ここで注意したいのはCounselling and Testingではなく
Testing and Counselling だってところ。

VCTはカウンセリングを受けてからテストするからVCT。
でもこのPITCはテストを受けてからカウンセリングを受けるのでPITC。

これまでも医師がHIV感染の可能性が強いと判断した場合は
患者にテストを受けさせることもあった。

こうした流れを一気に進めたのがこのPITC。

こうした流れは俺はようやくエイズのスティグマ(差別)が減ってきたからだと思った。

実際のところはまだまだエイズに対する差別は根強いけれどどんな差別でも根絶する
ことなんかありえない訳だから、タイミングを計らって次のステップに進もうとして
いると思った。

でも、そうじゃないんだね。

理由はもっと現実的で説得力のあることだ。


エイズは治癒できない。
ARVだってちょっと前までは途上国の人には届かない薬だった。

そんな病気だからこそ強制的に検査はできないんだ。


"あなたはHIVに感染してますよ。死にます。私には何もできません。
感染者を増やさないようにコンドームをつけてください。"


公衆衛生学上そんなことしか言えない検査を強制させるわけにはいかないのだ。

だけどこれ以上感染を広げるわけにはいかないから、

できるだけ検査を受けてもらおう。
正しい知識を持ってもらおう。
差別をなくして検査を受ける人を増やそう。

というのが今までのエイズ対策の実際だった。
大切なことだけどそれだけでは病気はなくならない。

今はARVもほとんどの国で無料で配られるようになった。
ケニアの場合は各県に最低一つは感染後のケアをする施設がある。
まだまだ十分ではないにしろかなりの田舎にも施設はできてきてる。

治癒はできないけれど上手に付き合っていけば命を失うことのない病気になった。

そんな状況になった今、待ってるだけという検査はどうだろう?

すでにエイズが発症していて"もう死んじゃう。。"
って状態でようやくテストを受ける人が少なくない。

そうした人はいくら薬を飲んでもやっぱり助からない。

できるだけ早く多くの人の感染を見つけて適切な処置をすることが求められているのだ。

そういう状況でPITCという概念が生まれてきた訳です。

納得ですよね。


だけど、やっぱりエイズは他の病気とは違う。

差別も根強いし、社会的な問題も大きく関わってくる。

WHOのPITCのガイドラインには"クライアントが拒否した場合は検査してはならない。"
ってことになってるけれどどうなんだろうか。

マラウィやボツワナのような感染率の高い国などでは

"そんなこと言ってられない!"

っていう感じで検査がルーティン化して行く傾向にあるという。

その気持ちはよくわかる。

だけどエイズという問題は病気だけの闘いで終わらせてはならないと俺は思う。

社会問題も含めてエイズと戦わなければたとえエイズを根絶できたとしても
おそらく新たな病気が発生するんじゃないかと思うのです。

それも、もっと厄介な奴が。

エイズという病気を考えるといつも俺はガイア思想者になってしまう。

エイズは人類を試している。ってね。

PITCの行方が気になるところです。



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2007-07-08

フラミンゴが一羽、フラミンゴが二羽・・・




昨年同様に今回も参加しました。

フラミンゴ生体数調査


やっぱり数えられないよ~。

でもこんな経験そうそうできないよね。

いつ見ても、何度見ても美しい。


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2007-07-05

幽体離脱?

やっぱ、風邪ひいた。。

風邪というか、頭がぼーっとしててカラダがだるくて自分のカラダが
自分のものじゃないみたい。

これケニアに来てからよくあって、去年の今頃もよくあった。

嫌なことばかり続いてて鬱病みたいになってた。

カラダがだるくて重くて自分の意思で自分のカラダを動かせなくなる。

もちろん動かせるんだけど、一ミリでも動かすことがとってもめんどくさくって
気合を入れなければならない。

そのまま放っておくと自分の意識だけがカラダから抜け出して行くのがわかる。

幽体離脱?


だんだん自分のカラダが意識から離れて行くと怖くなって急いで自分のカラダに戻って

「危なかった・・・」とため息をつく。


去年と比べれば今は全然良いんだけどなぁ。。

なんで、また?

この頃は寒くてどんよりした日が続いてるから?


ホントの理由はわかってるんだけどね。

でも、それを受け入れてしまうと完全に幽体離脱してしまいそうだから。。。


幽体離脱して戻れなかったら死んじゃうのかな?
気をつけないとね。


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2007-07-04

あれもこれも

病み上がりのなかで怒涛のイベントをこなした。

28日。仕事をこなしてからナイロビへ移動。ナイロビで両替を済ませる。

29日。報告書のタイミングで毎回実施してきた活動報告会のアレンジと司会進行。
   その後、コンピュータ分科会の今後の方向性を調整員と話し合う。
   その後、翌日に控えた先輩隊員の送別会の企画を深夜まで考える。

30日。早朝ティカに移動しハートにシュート第3戦を先発で2試合フル出場し
   ナイロビに戻る。
   その後、間髪いれずに送別会の司会進行。
   司会者でありながら日本酒一升をラッパ飲みで完飲。
   ちなみにこの日本酒はケニア大使の差し入れでそれをラッパ飲みしたらJICAの
   所長に叱られた。
   日本酒をラッパ飲みしてるのを叱るようなおっさんにはなりたくないよね。
   みんな喜んでくれたからよかったけど。

1日。ナクルに戻る予定だったのだけど、突然月曜日のエイズ対策のミーティングに
   呼ばれて時間をつぶさなければならなくなった。
   二日酔いだったので遊ぶ気もしなくて結局迎え酒で一日中酒飲んで終わる。

2日。エイズ対策関連隊員で不定期に開催されてきたミーティングの司会進行を
   勤める。しかも、このミーティングも分科会化しようという話になってきて俺は
   期せずして二つの分科会に参加することになってしまった。
   この日の午後には任地に帰るつもりだったけど会議が長引いて明るい時間には
   帰れそうもないのでもう一泊することに。
   その夜はエイズ対策関連隊員とエチオピア料理を食べながら今後の方針について
   みんなで検討した。
   最も古株のわれわれがリードしていかなければならないのはわかるが、これ以上
   自分が活動以外に時間を割くことはできないし、いい加減俺は疲れ果ててた。
   若い隊員よ!がんばってくれ!ってことで。
   で、結局この日もまた飲んでしまった。

3日。ようやく任地へ。同じ任地に新しい隊員が来るのでその人の家探しについて配属
   先の人と話に行った。配属先の予算では安全な家は確保できないからJICAと配属
   先に交渉してなんとか安全な家を確保しようと奔走した。
   別にそんなこと俺がする必要はないんだけどね。
   でも、同じ任地で職場も州保健局と県保健局と近いこともあるし、エイズ対策隊
   員は個人的にも応援しているので。ていうか、ホントに治安が悪いから、何とか
   しないとどうにもならない状況なんだよね。



そんなこんなでヘトヘト。何だかまた風邪引きそう。
7月は一番寒い季節。
今年は本当に寒い。雪降る?ってくらい。最低気温は8度くらいだから雪は降らないだろうけど暖房がないから日本の冬以上に寒さがしみるのです。

あぁ、なんだか落ち着かない。。



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