‎

2008-06-29

Lost and Found

ナイロビの旅行会社に勤め始めた知り合いの知り合いがトレッキングシューズを
探してるということでギコンバというケニア最大のマーケットに行きました。

そこはナイロビのヘソと呼ばれ"無いものは無い"と言われるほど物資が揃ってます。
たいていは中古の服でゴミのような服の山に稀にお宝が混じっています。
でも治安があまりよくないので外国人はあまり近づかないし一人で行動するのはあまり良くありません。
(広いので歩いてるうちに危険な地域に踏み込んでしまうことがあるので)

そんなギコンバに彼女を案内して彼女も無事にトレッキングシューズを入手したので
俺は奥へ奥へと宝物を探しに行きました。

そんな時にとあるケニア人に声をかけられました。

「日本人だろ?こいつを知ってるか?」

見ると日本人のIDと銀行のATMカードが掘っ立て小屋の柱に吊るされていたのです。

俺はその人のことは知らなかったけれど何となく気になるところがあったので
それをポケットに入れて持ち帰りました。

家に帰りそのことを思い出して知り合いの日本人に持ち主を知らないか聞きに行きました。

「すいませーん。△△△さんって人ですけど。。」

「そうそう!△△△さん大変だったんだよ~。」

「え?知ってるんですか△△△さん?」

「彼女、今朝強盗に遭って大変だったんだよねぇ。可哀そうに。。」

「ひょっとしてこの人ですか?」

「うん。。なんで君が持ってるの?」




朝7時に強盗に遭った彼女。
その日のうちに彼女の荷物はギコンバに売りさばかれた。
そして同じ日に俺がその荷物の中のIDとATMカードを受け取ったということです。


で、彼女に連絡を取って会ってみてさらにびっくり。

「ジーコ?」

「あー!あの時の!!」


2年位前に知り合いの知り合いってかんじで紹介されて一緒にインジェラを食べたことがある人でした。

彼女とこんな形で再会するなんて驚きです。

世の中いろんな形で繋がってるんだと改めて思います。

強盗にあった彼女には本当に気の毒ですけどやっぱりギコンバは面白いです。
今回もいろいろFoundがありました。


写真はギコンバで買った1upキノコのTシャツと革ジャン。






"・・・続きを読む!"

2008-06-28

芸術で身を救うのさ

今日もGoDownに行ってきた。

スラムの女の子たちが撮影した写真展を見てきた。


デジカメで撮った写真をプリンタで印刷した展示会でその写真を販売して
彼女たちのプロジェクトに役立てようという写真展。
画素数の低いその写真を無理やり大きく印刷してるので写真の質はすこぶる低い。
それを10000Ksh(約1万6000円)ほどで販売しているのでおそらく購入した人はいない。

彼女たちはダンスも披露してくれた。

小学生から中学生ほどの子供たちのダンスはお遊戯会のようなものでかわいらしい物では
あったがダンスとしてはすこぶるレベルが低い。


だけどこのプロジェクトの可能性はすこぶる高いと思った。

GoDownが企画しているこのプロジェクトの概要はこうだ。


1.Life Skills Training:

Sexual/Reproductive health and HIV/AIDS education, gender and women's rights education, confidence building, team building, leadership building and facilitation training.

2. Arts and Action-based Programming:

theatre, photography, yoga, dance, creative writing, artistic expression, self-defense, and jewelry making.

3. Social Enterprise:

Training in financial literacy, project management, graphic design.

4.Ctiywide Exchanges:

Space to meet and exchange ideas with other female led programs around Nairobi, to share best practices and learn from each other's experiences in the urban slum context.

5.Mentorship and Role Modeling:

Monthly invitations for young Kenyan female professionals to connect with the girls, expose them to new career oppotunities, and help to set goals for the girls future success.



思うに芸術というのは見て楽しむものではない。
もちろんプロのそれは見て楽しめるものでなければならない。

でも芸術はプロのためのものではない。

芸術を通して最も社会的に弱いスラムの少女たちが自信を持って生きていけるようになるという可能性をこのプロジェクトで強く感じた。


彼女たちの写真やダンスは正直言って金になる物ではない。

だけど彼女たちに写真について質問したときの活き活きとした表情で答える姿を見て
芸術の本来の意味が見えたような気がする。


こうしたプロジェクトが数多く実施されていくことを願う。
アフリカだけでなく日本においても。。






"・・・続きを読む!"

2008-06-22

ハートにシュート in ドコダッケ?

再び参加できることを心からうれしく思う。

このハートにシュートの企画。


今回は初めての試みで普通の高校生との試合。

田舎にあるその学校の隣の空き地で試合をしたんだけど学校内じゃないから村人が
大勢集まっていた。

俺たちは大歓声とともに迎えられた。
まるでスーパーヒーローのように。

それを見た高校生たちはそうとうビビッてしまったという。
だけど1試合目の知り合いの子供たちとの試合で3-0の惨敗。

そしてその高校生たちは一気にやる気をなくしてしまったという。

その高校で働く協力隊からそれを聞いて俺は怒りを覚えた。

その彼女は一生懸命に生徒たちに声をかけるがやる気をなくした生徒たちは
一向に彼女に耳を傾けない。。

わめき散らす彼女を見て俺は”絶対に負けられない”と思った。


俺は走りまくった。

ボールを犬のように追っかけた。

倒されても、転んでも立ち上がってボールを追っかけた。


結果は0-1で負けた。

悔しかった。ホントに悔しかった。

ほとんど泣きそうだった。




試合が終わってしばらくたって思い出した。

「そう言えば、生徒たちも必死だったよなぁ。。」


やる気をなくしてた彼らだったけど俺たちの本気の姿勢で彼らも必死でボールを追っかけてたんだ。

そういう意味では今回のハートにシュートも成功だったんだろう。

でも、やっぱり勝ちたかったなぁ。
今回で帰ってしまう二人のためにも、この学校で活動を続ける彼女のためにも。
そして旨いビールのためにも!!




"・・・続きを読む!"

2008-06-21

Kwaheriパーティ

今日はクワヘリパーティがあった。

彼らは俺より後にケニアに来たわけだけど俺より先に帰るわけです。
まぁ、俺が2回ケニアに来ただけのことだけどね。


いろいろあった隊次で8人いたけどその場にいれたのは5人。
2年間ケニアにいれたのは2人だけ。

それぞれにそれぞれの想いを持って今後の人生を全うして欲しいものです。

そしてケニアでのことを彼らなりにつなげて行って欲しいものです。



俺も、ね。



"・・・続きを読む!"

2008-06-19

コンピュータ クラス

かねてから計画していた職場でのコンピュータ クラスが今週からようやく始まった。

週3回、1日30分のコンピュータクラス。講師は同僚と持ち回りで今週は俺。

今回の内容は"コンピュータって何?"みたいなもの。


外出が多いこの職場でどれほど人が集まるかドキドキだったけど結構人は集まった。
だけど本当に来て欲しい人が来てないんだよね。。

このクラスの目的はスタッフのIT技術レベルの底上げ。
それによってITオフィサーの負荷を下げて彼らの本来の仕事(システム管理)に
もっと時間を割けるようにすること。

だから普段コンピュータで文書が書けなくてITオフィサーに代筆を依頼してるような
スタッフに参加してもらいたいのです。

でも、彼らは忙しいしプライドも高くって参加しないんだよねぇ。




だから参加してるのは受付のおばちゃんだったり掃除のおばちゃんとか。。

彼らは自分のコンピュータ持ってないし。。

とはいえ学ぶ姿勢を持つ人たちを断るわけにも行かない。


しばらく続けて評判があがればもっと人が来てくれると信じてやっていくしかないですな。





"・・・続きを読む!"

2008-06-18

隊員総会

隊員総会が開催された。

以前俺がケニアに来たばかりの時に一度開催されたけれど"意味あんの?"という理由で
開催は見送られていた。

で、2年ほど隊員総会がなかったわけだけどやはりいろんな問題も生じていた。

隊員の意思決定機関がないため大小さまざまな問題が宙ぶらりんになり決まる物も決まらない。

そんな状況のなか俺が帰国したあとに再び隊員総会が開催されたのです。

で今回がその2回目。





いやー、よくやりました。

幹事の人たちは相当大変だったことだろうけどこれが数回続けば後はスムーズに行くんじゃないかな?

でも肝心なのは議論する内容。
今後の隊員がどれだけ協力隊のため、ケニアのために本気になれるかにかかっていることでしょう。

陰ながら見守って行きたいものです。


"・・・続きを読む!"

2008-06-14

ミニW杯





Soccerのワールドカップに参加した。

相手はイギリス領バージニア諸島。ベネルクス。ジャーマニー。そしてガーナ。

結果は全敗。

みんなでっかいんです。というより俺らが小さいんです。




情けないねぇ。でも、やっぱアジア人が彼らにスポーツで勝つってのは大変なことだ。

ユニフォームだけは立派だけどやっぱり恥ずかしかったです。













"・・・続きを読む!"

2008-06-12

EMRワークショップ レポートPartIII



レイク・バリンゴ

淡水湖で魚がいる。ワニがいる。カバがいる。そして悪魔がいる湖だ。


そんな湖にボートに乗って周遊してみた。

ケニア人は総じて水を怖がる。とくに男性陣は一同びびっていて頑として
船に乗ることを拒んだ。

結局船に乗り込んだのは俺と女性二人、そして海岸部出身の男性一名。(水には慣れてる)

季節的なのか異常気象なのかわからないけど水面が上昇していて水際が通常より
20m近く上がっていた。

そのロッジにはカバよけの柵があるのでカバはもちろんワニも敷地内には入ってこない。
だけど隣のキャンプ場にはテントから5mほどにワニがいた。

カバは時間が悪かったらしく出会えなかった。

ガイドの兄ちゃんは湖の中の島で生まれ育った人で湖の水をガブガブと飲んで見せた。

湖には7つの島があり全部で450人ほどが住んでいるという。
島には学校も教会もあるのだそうだ。


そういえば思い出した。

2006年のクリスマスにオーストラリア人のベンからバリンゴ湖のデビル島で
キャンプしないか?と誘われたことを。。



ガイドに聞いてみた。

"Devil's islandがあるって聞いたけどホント?"

ガイドはしばらく黙ってからゆっくりと頷いた。

でも語ろうとはしない。


聞かないほうがいいのかな?っと思ったときにケニア人のひとりが食いついた。

"なに、それ?なに、それ?"

ガイドはしばらくためらった後にえらく明るい表情で語り始めた。

"悪魔が住んでると信じられてる島さ。住民は恐れていて誰も住んでいないんだ。"

"悪魔って何?"

"よく、わからない。だけど夜になると炎が見えたり何かの音が聞こえてくるんだ。"

"・・・それはどこにあるの?"

"あの大きな島の向こうだよ。ここからは見えない。"

"行ってみたいわねぇ。襲っては来ないんでしょ?"

"あぁ、明るい時間は大丈夫さ。でも、もう遅い。やめといた方がいい。。"


多くを語ろうとしないガイド。

悪魔はいるんだと思う。

それは火山性のガスといった科学的に証明できるものかもしれないし、
もっとスピリチュアルなものかもしれない。

とにかくいるんだと思う。

そんな島もあっていい。いや、ないとダメさ。
人間が畏れる土地がこれ以上なくなってはイカン。


機会があればバリンゴのキャンプ場でカバとワニと魚でも焼いて食べよう。






"・・・続きを読む!"

2008-06-11

EMRワークショップ レポートPartII

EMRと簡単に言うけれどこれほど難しい物はない。

電気もないような診療所にもコンピュータを置いてネットワーク化しようって話だからね。
コンピュータを揃えられたとしたってそれを扱える人はいないだろうし、トラブル対応
できる人もいない。チェックする体制もないから私物化するか売りさばかれてしまうだろう。

だからといって”無理だから何もしない”ってわけにも行かないのです。


ガイドラインだけなら机上の理論で作れるわけだし"あるべき姿"を抱くことは実現への
第一歩だと俺も考えている。それにこのプロジェクトも5年計画だそうだし。

でも正直しんどいねぇ。なんだか空に絵を描いてる様な気分。

ワークショップの後半はITチームとインフォメーションチームに分かれてのグループワーク。

ITチームとの討論はなかなか面白かったかな。



知ってる知識を自慢げにひたすら話す人。

知ったかぶりを突き通す人。

どうでもいい話を延々と話す人。

やたら細かい人。

やる気のない人。

めちゃくちゃ冷静な人。



インフラ、
プラットフォーム、
セキュリティ対策、
バックアップシステム、
データベース設計、
ユーザーサポート体制、


そんな彼らと夢物語のようなシステム構築を現実的に検討していくプロセスは
むなしさ半分と楽しさ半分だった。


偉い人がワークショップでこんなこと言ってた。

"どんな田舎にでもコカコーラは売ってる。じゃぁなんで薬が行き届かないんだ?"

"コンピュータだってケニア中に行き届いていいはずだ。"


道は遠い。しかし先が全く見えない話でもない。

万里の道も一歩から。その一歩であることを願おう。



"・・・続きを読む!"

2008-06-10

EMRワークショップ レポートPartI

EMR (Electronic Medical Report)のワークショップに参加した。

EMRというのは要するに保健情報をコンピュータ化しましょう。
ということのようで現在ケニアの一部でドナー主体で実施されているものがあるものの
ケニア全体で統一されたコンピュータシステムは存在しない。

今あるものは残しつつ、ケニア全体のEMRのガイドラインを作っていこう!
というワークショップだ。

参加者はケニアの政府組織代表として保健省とわれらNASCOP。
そして私立病院やすでにEMRを利用しているNGOのマネージャーとIT担当者。

でも、保健省のHIMSマネージャー(Drセルゴン。ナクル時代からの友人)は欠席だった。。

ケニアのお偉い方々やトップクラスのITエンジニア、そしてドナー側からも数名のアメリカ人が参加。
日本人は俺一人。というかボランティアが参加するようなワークショップじゃない。
(ナショナルレベルのガイドライン作成プロジェクトだからね)

でも、セルゴンのご指名により参加することになったわけです。

場所はナクル、ボンタナ ホテル。


ナクル時代も何度かワークショップで利用した高級ホテルです。

月曜の午後にナイロビを出発して夕方にボンタナに到着。
そしたらホテルのマネージャーが

"ごっめーん。オーバーブッキングでさぁ。近い良いホテル紹介するから勘弁して。"

彼が言うには車で1時間とのことだったが実際は2時間半。
このままトゥルカナにまで連れてかれるのかと思いかけた時に到着したのは
レイク・バリンゴ湖畔のロッジ。

おぉ、ケニアで唯一行けていなかった湖にこんなタイミングで出会えるとは!!

カンプ・ヤ・サマキという集落から程近い真新しいロッジで湖を眺めながらの
3日間のワークショップでした。



"・・・続きを読む!"

2008-06-08

マゴソ



キベラスラムの小学生の子供とユースクラブ、そして海岸地域に住む音楽家たちの
コンサートに行った。

彼らの演奏を聴くのはこれが三回目。

今回ケニアに来てからは初めて。

やっぱりいい。

でも、日本人にとってそれは音楽ではなくて"アフリカ"なんだと思う。

聞いてた人たちはそのダンスを写真にとってるだけ。

そんなんじゃねぇんだよ!


伝統的な踊りを踊り自らのアイデンティティを感じ取り
恍惚状態で踊り歌い叫ぶ。

そんな幸せなことがあるだろうか?


日本では俺が小学生のころまでは地元で盆踊り大会をやってたけど今はやってない。

日本で盛んなヨサコイは伝統的な踊りではない。

楽しけりゃいいってだけの踊りならクラブで踊ってりゃいい。
そうじゃない踊りがアフリカにはあって日本にもあったんだ。

そんなアフリカの踊りを博物館の展示のように見てしまう日本人が悲しかった。



"・・・続きを読む!"

2008-06-06

ドライバー

今週はサーバーの備品の値段調査をしててタウンのコンピューターショップを見て回ってた。

やっぱナイロビのショップは違うね。しっかりしてるよ。

それにしてもPCのアクセサリーの値段は安くはなってるけどやっぱり
サーバー関連はまだ高いね。
(値下がり率で言えばサーバーの方がうーーんと安くはなってるけど)

この予算が下りなかったら俺の計画はまた変わっちゃうな。。


まぁ、そんなことより今回書きたいのは職場のドライバーたち。

職場にはかなりの車があってドライバーもたくさんいる。

ドライバーに必要な資質

・運転が上手い

・安全運転、交通ルールの遵守

・車のメンテナンスができる

・車を大事にする。大切にする運転をする

・酒を飲まない


などだろう。

一番最後のなんて当たり前だと思うけどそうでもないんだよね。
ケニアのドライバー全員がそうという訳ではないけどうちの職場のドライバーは
全部失格。



・ホントに免許持ってるのか?ってほど運転が下手だったり

・いまホントに通行人を轢く気だったでしょ?

・だからバッテリーだけでそんなに音楽聴いてたらエンジンかからないって。。

・そんな運転してたらすぐ車が壊れるって。。

・お前なんで朝から酒臭いの??

みたいな奴ら。

全員クビにしちゃえ!!って思うけどこうした職業が一番コネクションで決まってる
からそう簡単にはクビにできないんだろうなぁ。。


で、今日のドライバー。

初めての運転?って本気で聞きたくなるほどの運転がヘタ。
ギアチェンジのたびにガックンガックンしてる。
坂道発進とか平気で50cmくらい下がってるし。

そんでマタトゥの事故を見て

"あいつらはいっつも事故ばっかり起こして渋滞を起こすからダメだ!"

って言ってる。それを聞いて俺はマジでやばいと思った。

"こいつは自分の運転の下手さに気づいていない。。"


帰り道。
ものすごい渋滞に巻き込まれていた。
反対車線は空き空きでいくつかの車が反対車線を走り始めた。

俺は "ああいうのを Selfish と言うのだ。" と話した数秒後にそのドライバーは
反対車線を走り始めた。

"お前も Selfish なのか?政府の車でこんなことをしてもいいと思ってるのか?"

俺の発言を無視してるのか聞いてないのかわからんがひたすら反対車線を走る彼。

しばらくすると反対車線にも車がやってきてドライバーは元の車線に戻ろうとしたの
だけどホントにそいつは下手くそだから死界にいた車を思いっきり巻き込んだ。

被害者のおばちゃんはメチャクチャ怒ってる。

通行人もドライバーを指して"お前が悪い!"と叫ぶ。

俺も"お前が悪い!"と言った。

ドライバーもショックを受けてたようだけど彼の職業から考えれば決して犯しては
ならないミスだ。


警察が来るまでの2時間その場で待つ。

被害者のおばちゃんが何気なく言った言葉。

"あんた、ここがナイロビじゃなかったらあんたはみんなに投石されて死んでるわよ。"

事実だ。


ホントにドライバーを変えて欲しい。それかマタトゥに乗ったほうがましだ。




"・・・続きを読む!"

2008-06-03

アイロン生活




毎日アイロンがけをしている。

日本にいるときもしたことはなかった。
形状記憶シャツを好んで用いていたこともあるけどやっぱりシャツのしわとか気にした
ことがなかった。

そんな時間もなかったし、みんなしわしわのシャツだったし、女性の視線とか会社で
気にしたことなかったからね。


で、なぜケニアで?

前回も役所でみんなぴっちりとアイロンされたシャツを着てるわけです。
俺だけヨレヨレ。
しかもケニアで買ったシャツだからホントにみすぼらしいシャツだったわけです。

今回はナイロビだしもっと大きい役所。6ヶ月という期間を考えたら決して見た目で
舐められては行けない!と考えたのです。

それで日本からこぎれいなシャツを持参して毎日アイロンをかけて出勤してるのです。




はじめは難しくて”続かないかなぁ”って思ってたけど慣れてくると楽しいもんです。

綿100%のシャツがアイロンによってピシーっとなる瞬間はなんとも言えない気分です。

それとシャツってホントに奥が深いよね。
シャツのデザインにも興味がわいてきました。


昔、近所のクリーニング屋さんが毎日(冬でも)ランニングシャツでタオルを頭に巻いて
ひたすらアイロンをかけていた姿を思い出します。

プロのアイロン掛けを見てみたいと思う今日この頃です。





"・・・続きを読む!"

2008-06-01

炎は香りとともに夜空を焦がす。



今週末は3連休。

ケニアの連休は稀少。お役所勤めの俺にとってはなおさら稀少な連休。

いくつかプランを考えてた。

プラン1:ナイロビのミュージックフェスティバルに行く

プラン2:ライノーチャージというサファリラリーを見に行く

プラン3:どこかの隊員のところに遊びに行く


プラン1はナイロビで毎年開催されている無料の音楽祭で東アフリカ最大とも言われている。
今年はBlack Ufuruがメインイベンター。知ってはいるがいまいち乗り気はしない。
しかも大きなスタジアムで開催されるそのイベントには車のない俺が行くのはちょっと大変そう。


プラン2は毎年ケニアのどっかで開催されているチャリティのサファリラリーで興味が
あったけれどどうやら開催地が当日まで公表されないらしく諦める。


で、プラン3。

やってきたのはツァボ東国立公園内で自動車整備隊員として活動している同期の隊員の家。

ナイロビのコンクリートジャングルを抜け、デコボコ道を抜けてバスは延々と東へと走り続ける。

アカシアの草原からバオバブの草原へと変わり始めてからしばらくすると草原の中に
突如現れる街が Voi と呼ばれるツァボ国立公園へのベースとなる街だ。

ツァボ国立公園は東と西を合わせると東アフリカ最大の国立公園でケニアの地図で見ると
その大きさに驚かされる。

彼の家は国立公園の中にあった。
庭からは見渡す限りの地平線を望むことができる。
すぐそこで象が草を食んでいた。





翌日の昼は公園内をゲームドライブした。

象、象、象。

広大なこの国立公園では動物たちと遭遇する確立も他の公園と比べると低い。

そこで出会えたのは象ばかり。
あとはシマウマとダチョウとゲルヌク。イボイノシシ。そして遠めにライオン。


ゲームドライブを終えて俺は我慢ができなくて焚き火を始めた。
公園の中にあるその家では夜の外出は動物の危険が高いので外出ができないのだ。
だけど、これだけの景色の中で家の中にいることがとても我慢できなかった。


そしてその焚き火はまさにパーフェクトなものになった。


満天の星空にミルキーウェイと流れ星。

適当に拾ってきた焚き木が香木だったらしく燃やせば燃やすほどなんとも言えない
香りが広がっていく。

近くに落ちてたバッファローの頭の骨が焚き火の灯りで浮き上がっている。

ボンドセブンを飲む。

カレーを食べているとヒヒがやってくる。

インパラが飛び跳ねている。


最高だ~。。


でも、あれだけいたインパラがピョンピョンと逃げていくのを見て一堂顔がこわばる。

"もしかして。。"

と誰もが思ったときあまり遠くは無いところでライオンの吠声が聞こえてきた。

"撤収したほうがいいのでは?"

という声もあがったが俺は "火があれば襲ってこないでしょ?" と言ってかまわず宴を続けた。


結局ライオンはやってこなかったけど何だか燃え盛る炎を見てるうちに何かが俺の
魂に入り込んだのか俺は気絶するように寝てしまった。


やっぱいいなぁ。ケニア。


写真は香木がワニのような形に燃え上がってバッファローの骨を照らし出しているところ。
このあとにこの気はお釈迦様の手のひらのようになり俺を包み込んでしまったのです。





新種の動物?



"・・・続きを読む!"

2008-05-30

旅人よ、道を見失うなかれ

旅人と出会った。

彼は旅を続けて9年余り。
世界中を旅しながら世界のマッサージを身につけているとのこと。

旅人の話がいつもそうであるように彼の話は俺を想像の旅へと誘い、
自分が今まで辿ってきた旅と照らし合わさせてくれる。
そんな時間がまた俺と旅人の旅の1ページとなっていくのだ。


しかし残念なことにときに旅人は自分を見失い、流されていく。

自分が流されていることを自覚していればそれは悪いことではない。
流されることを楽しむこともまた旅の醍醐味でもある。

だが、流されていることに気がつかずに流されるのは危険だ。


"この道が俺の進むべき道である。なぜならそこに道があるから"


ときとして旅人は道なき道を進まなければならない。
道がないのなら道を作らなければならない。
目的地へと辿りつくための道を。


目的地の無い旅は旅ではない。
帰るところが無い旅は旅ではない。






彼は今アフリカで協力隊を巡る旅をしている。

彼が見せてくれた写真には俺の知った顔が多数あった。

ほとんどの国で彼は協力隊に歓迎され、その活動を間近に経験し、
その友人をまた訪ねては歓迎されてきたという。

その旅はガイドブックにも載ってない小さな村を巡りアフリカの人々と
触れ合う旅であったことであろう。

しかしそれは彼が切り開いた旅でもなければ彼がアフリカ人と触れ合ってるわけでもない。
彼にとってのアフリカは決して彼のアフリカではなく協力隊としてのアフリカだ。


彼が協力隊に甘えてしまったのか、協力隊が彼を甘えさせてしまったのか。

とにかく彼は今、道を誤っているのだ。

旅人よ、道を見失うなかれ。己から目を背くなかれ。
さもなくば旅をやめたまえ。

旅をして見えてくるものはたくさんあるけれど
その全てが旅をしなければ見えないものではないはずだ。








"・・・続きを読む!"

2008-05-28

MPESA




ケニアの携帯は進んでる。

良いか悪いかは別にして、おそらく日本より便利。

登録制度がないからいつでも誰でも簡単に番号を買える。変えられる。

使う分だけ入金するから基本料金もない。


で、一番便利だと思うのがM-Pesaと呼ばれるサービス。

Mobile Pesa(Money) とは携帯を利用してお金のやりとりができるサービスのこと。

銀行のアカウントを持ってない人にとっては離れた人とお手軽にお金の貸し借りが
できるのだ。




日本でもできたらいいのにねぇ。

EddyとかSuicaのチャージを携帯で簡単にやりとりするのは技術的には簡単なはず。
でも、色々な問題があるんでしょうね。

とりあえずケニアの携帯電話事情通信でした。




"・・・続きを読む!"

2008-05-24

SPICE!SPICE!SPICE!!



最近はまってるのがカレー。

前のケニアの二年では毎日スパゲッティばかり食べてた。

俺が作るスパゲッティは正直おいしいから飽きもしなかったし体調を崩すこともなかった。

だけどせっかくもう一度ケニアに行くなら何か新しい料理も身につけたいと思って
考えたのがカレー。


ケニアにはインド人が多くいてスパイスは種類も多く手ごろな値段でどのスーパーでも手に入る。

だから日本から本格カレーの本を持っていって時間があるときにカレーを作っている。


スパイスを足していくたびに味が変わるのが楽しい。

こんな料理を創り出したインドはやっぱりすごいと思う。





でも気がついた。

カレーってスパイスを入れるまでの過程がほぼスパゲッティと同じだってこと。

あまり料理のレパートリーが増えたようには思えない。。




"・・・続きを読む!"

2008-05-23

Hidyo Noguchi Africa Prize





第1回野口英世アフリカ賞の受賞者ウェレさんとの日本の援助の可能性を探るという
目的の会議に参加した。

外務省主催で大使や外務省職員、JICA所長や職員、そしてウェレさんとウェレさんが所属
するNACCのダイレクター、ウェレさんが運営するNGOのスタッフなどが集まった。

協力隊からはナイロビ近郊で保健活動を行う隊員2名が招集された。

事前に簡単な活動紹介をして欲しい。
と言われていたけど座談会のような物だと聞いていた。
でも、実際はめっちゃ堅い空気の中でのプレゼンテーションだった。

事前に準備をしておいてよかった。。


ウェレさんはアメリカの超一流大学で公衆衛生の博士号を持ってる人でケニアでも相当偉い人。

だけど実際はとても気さくな人でいわゆるケニアのママといった感じ。

俺たちを息子と呼び、協力隊の活動もすごく評価してくれた。

だけど彼女が言ってた言葉。

「もっと村で活動しなさい。そこではまだ日本人のことを知らない人がたくさんいる。」

その通りだと思う。




協力隊が何年、何人と派遣したってケニアが劇的に変わるわけはない。
それはJICAや外務省がどれだけお金をかけたって同じだってことを彼女はよく知ってるんだ。
だから彼女は協力隊活動を文化交流としてとらえているのかもしれない。
俺のプレゼンを聞いてすごく評価してくれたけどそれはやはり草の根レベルでの活動
としての評価だと思う。
NASCOPといった組織ではなくてもっと草の根で技術協力をして欲しい。文化交流をして欲しい。
というのが彼女の本音だったように思えた。

俺もそう思う。
大きな組織ではもうケニア人でできるようになってきてるし彼らの自信を培うには
やはり援助機関の存在は邪魔でもあると思う。


賞金で1億円をもらう彼女だけどその使い道は彼女次第。
何に使おうと知ったこっちゃない。

でも、きっと彼女はケニアのために使うんじゃないかと何となく思った。


そんな彼女から野口英世賞受賞記念Tシャツのケニアの国旗柄のレッドリボンのピンをもらいました。

アリガトー!





"・・・続きを読む!"

2008-05-20

重力ゼロ





ということでみんなで行った重力ゼロ地帯。
満員のバスに乗って遠足気分。
ワークショップ中には決して見せなかった少年のような笑顔と笑い声に囲まれたバスは
重たそうに山道を走り出した。


それはマチャコスの街から車で30分ほど行った山道にあった。

なんともない急な山道で車を降りるとそこらにたむろしていた青年たちがうれしそうに
ジェリーカンに入った水をドボドボと流し始めた。

すると水は坂をこぼれ落ちるのではなく坂を登り流れていったのである。


いわゆる目の錯覚なんだろうけどたしかに水は坂を登っていくように見えるのである。

ケニア人は意外と冷静に

「こんな所もあるんだねぇ。不思議だねぇ。」

と言っている。





その青年たちは「ここは重力が効かないんだ。だから事故も多いんだ。」とうれしそう
に話してる。

そして俺たちにガイド料をせがむ。


水が登ったり、ガイド料をせがまれたりといったことより俺はその山道から見下ろす
ケニアの大地の美しさのほうが大切に思えた。


動画も見てみてください。








"・・・続きを読む!"

IDUs ワークショップ@マチャコス Day2

ワークショップ二日目。

今日俺はケニアの嫌な部分をあからさまに目撃することになる。

何も初めて見たわけではない。以前から知っていたことだからショックはあまりない。
だけど、やっぱり嫌なものは嫌だし、これが初めての協力隊だったら受けたショックは
かなりのものであっただろうと思わずにはいられない。


このIDUのワークショップは3日間予定されていた。

初日は偉い人のプレゼンテーションで二日目はみなで討論し3日目に行動計画を立てる。

偉い人たちは二日目からは参加しない。

で、今日の二日目。

予定より1時間半遅れてスタート。

そしていきなり討論をグループごとに始める。午後に発表するからそれまで自由時間。
適当に討論を終えてみなそれぞれに遊びに出かける。

俺は日向ぼっこしてたら"メシを食いに行こう"と誘われてついて行くとそこは酒場。

ドライバーや庶務のおばちゃんたちが昼からニャマチョマ(焼肉)とビールを飲んでいた。

庶務のおばちゃんがどうしてここにいるのか不思議だったがドライバーが酒を飲んでる
のには腹が立った。

"お前の運転で俺は帰るんだぞ!!"



午後になり予定の時間より1時間遅れで発表が始まる。

たいして討論もしていないけれどありきたりの内容だからみなありきたりの発表をする。
(でも、そういうのはケニア人はとても上手。それなりの発表をする。)

で、その後驚きの発表がNdwigaから。

"えーっと、3日間の予定でしたがみなさんとてもよい発表をしてくれたので
これで終わりにします。あとは会計係が到着するまでしばらく時間があるので
みなさんで重力ゼロ地帯に行きましょう!"

※この重力ゼロ地帯は別述

みんなでバスに乗って遠足。

それから帰ってきて会計係が到着。お待ち金のアローワンスが支給される。

※アローワンス
ケニアをはじめとする途上国では研修に参加するとお小遣いがもらえるのである。
日本人の感覚ではお金を払って研修を受けるものである。あるいは会社が研修を
受けさせる場合は会社が交通費を負担してくれる程度である。
しかし、ここケニアではお金をもらって勉強するのである。

なぜか?

それは先進国の援助プロジェクトが評価を受ける際にどれだけ参加者が集まったかが
重要視されるため援助団体が人数集めにお金をばらばら撒くからである。

これはさすがに日本人としては受け入れがたくJICAも研修のアローワンスは支払わない
姿勢を貫いている。

しかし、ケニア人側からすれば"お金をもらえないなら行かない"と考えるのは自然である。
こうした先進国側の都合で途上国の”学ぶ姿勢”の根底が歪められてしまったのである。



で今回のワークショップのアローワンス。

3日間で10500Ksh!!(約1万9千円!!)




そもそも2日間しかやっていない。
3日間で月収とほぼ同じ額の小遣いがもらえるのである。
これではまともに働く意識もなくなる。
小遣いなしの研修なんか受ける気もなくなる。

そしてびっくりしたのはあの酒場でビール飲んでた庶務のおばちゃんたちも突然研修会場
に現れて何食わぬ顔でそのアローワンスをもらっていったのである。

彼女らにしたらややもすれば年収くらいある金額をだ!

帰りの車は酔っ払ったドライバーと庶務のおばちゃんたちと同僚たちと同じだった。

5人乗りのランドクルーザーに9人乗って帰る羽目に。

俺は荷台。。


こうした研修制度を作ってしまった先進国。

それをなんとも思わずに利用してしまうケニア人と不正に支給する人たちと受給する人たち。

やり場のない怒りをギュウギュウ詰めの車の中で噛みしめたワークショップだった。



"・・・続きを読む!"