2008-07-29

ケニアのエイズ対策レポート





ケニアのエイズ感染率は下がってきてた。
一時は13%と言われていたけど5%台まで落ちていると信じられていた。

だから、誇らしげにケニアのエイズ対策がうまくいっていることを国内外で公表していた。

でも保健情報の現場で働く身から言わせてもらうと"そのデータはどんだけ信用できるの?"

たとえ信頼できたとしても感染率が大幅に下がってるってことはそれだけ死んでるってことじゃないの?

でも、ケニアではなんとなくエイズは撲滅が近い病気だという雰囲気が漂っていた。


確かにこの2・3年でケニアのエイズに関する環境は激変したと思う。

国内には1000を超えるVCTがありARVもすべて無料で配布されている。

いたるところにICTマテリアルが目に付きコンドームもいたるところで無料で手に入る。


こんなタイミングで新しいエイズに関するデータが本日公表された。

Kenya Aids Indicate Survey (KAIS)と呼ばれるそのサーベイは今までとは比較に
ならないほどの資金と時間を投入して作ったデータ。

その公表がKICCと呼ばれるナイロビで一際目立つ国際会議場で行われた。

俺はそのデータ作成にはノータッチだったけれど設営や受付などを手伝った。

Prime Ministorをはじめとした大臣たち。
UNやCDCなどの超巨大NGOのダイレクターたち。
大勢のメディア。

そんななかで最新のケニアのエイズ感染率が公表された。

7.8%





前回のデータは6.7%(2003)

確かに前回のデータとはデータの取り方が違うから一概には比較できない。
今回のデータが完璧とも思えない。
ARVが広まってる結果だという人もいる。

個人的にはケニアのエイズ対策はそれなりに効果はあるのだとおもう。
だけどそれに追いつかないほどの病気なのだとおもう。

地方の貧しい場所にもVCTやARVクリニックもかなりの数ができているけど
そこまで行く交通費もない人。
そこに行く時間が取れない人。
まだまだ差別が根強い地域の人。

女性や若者など社会的地位の低い者の感染率の増加がエイズ対策を上回っているんだと思う。

今回のデータは本当にインパクトがあった。

翌日の新聞にも大きく取り上げられたし、メディアもケニアのエイズ対策の問題点を指摘している。
同僚に限らずケニア人も"ケニア人はエイズを忘れかけていた。。"と言っている。

このデータによりケニアのエイズ対策がもう一段階上のレベルに行くことを願う。


(下の写真は大臣たちに会えて興奮しているスタッフたち)


追記:
このデータ結果によりケニアの保健関係の人事が一掃されました。
わがNASCOPのダイレクターも更迭されました。
ケニアは本気になろうとしています。








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2008-07-26

Night Out

ナイロビでは夜遊びをほとんどしてない。

治安のこともあるけど遊び仲間がいないのが大きい。

同僚は酒を飲まない人が多い。飲む人もいるけど家が遠い。

近所はケニア人より中国人や日本人が多い。

このアパートでケニア人との交流はほぼゼロ。

アパートの外に出たら他人と会うこともない。
一人でふらりと顔を出せるような飲み屋もない。


勉強するには良い環境なんだけどやっぱり物足りない。。

そんな時めずらしく同僚のSteveが「今夜は遊びに行こう!」と誘ってきた。

カーニボアでルオーナイトがあるというので彼と二人で行ってきた。

その車中でSteveがポツリと言った。

「俺、彼女と別れたよ。女って何であんなにめんどくせーんだ?」

今夜はトコトンSteveに付きあおう!と覚悟を決めた。






カーニボアではルオーミュージックが鳴り響きみな楽しく踊っている。

ルオーの音楽はやっぱりいいねぇ。

だけど、Steveは黙って音楽を聴いている。酒も飲まずに。。

やっぱ彼女と別れたのが相当応えてるのかな?

遠慮して「帰ろうか?」って聞いたら「もう一軒行こう!」と言うので
今度はWest landに行ってきた。

そこは渋谷のクラブ街のようなところで街一帯がクラブだらけ。
Steveと俺が入ったのはResourusというところ。

そこにはナイロビ近郊の若者たちが出会いと音楽を求めて詰め掛ける。

売春婦ばかりの他のクラブとは違って純粋に音楽を楽しめる。
もちろん音楽と酒があれば若者は異性を求めて狂ったように踊り狂うのは
万国共通。

いたるところでケンカや酔いつぶれて眠ってるやからがいる。

DJもかなりレベルが高くて俺のテンションも否応なくあがる。

だけどSteve。相変わらずポツーンと突っ立ってる。

朝方帰る車中でSteveはこう言った。

「女ってのはわからんなぁ。」


Steve。俺も女はわからんよ。でも、突っ立ってるよりは踊ったほうが楽しいのは間違いねぇよ。






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2008-07-12

すべて忘れてしまえ!!

同じアパートに住んでる協力隊仲間とこんな企画。

ナイロビ隊員を集合させてパーティーをしよう!
で、俺たち3人のうち誰のカレーが一番旨いか決めようじゃないか!!


最近カレーにはまってるうちら。
ナイロビ隊員は同じ街に住みながらも交流が希薄になってしまうので
一石二鳥のこの企画。


で、前日。

全然人が集まらなーい。

えー?俺たち3人だけ??


急遽、予定を変えてナイロビ隊員に限定しないで協力隊じゃない友達や
ナイロビに来てた地方隊員を呼んでパーティー開始。


気づかないところでストレスが溜まってたのかな??

久しぶりに大爆発してしまいました。





飲んでるうちに楽しくなりすぎて裸で踊りまくってしまった。

でも、みんなもついてきてくれたからいっか。

たまには何もかも忘れてしまう時間も大切だ。






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2008-07-08

It's a small world

知り合いの日本人から電話がありました。

"今コージの知り合いにばったり会ったから代るね"

"はじめまして。わたしはフランシスです。"

そこで電波が悪くなり通話が切れた。


なぜナイロビから150km離れたニィエリに俺の知り合いがいるんだろう?
フランシス??
そもそもフランシスはどうして日本語を話してるんだ???

いたずら好きなその知り合いの新たなネタかと思い忘れようと思った。
だけどやっぱり気になる。


ネタだとしてもかなり上質じゃないか!

ということでその子を褒めてあげようと折り返し電話した。

するとその電話に出たのは"フランシス"。

"わかる?わたし△△△さんのお友達です。"

"おぉぉぉぉ!ひょっとして ワンジュキ!?"


話は4ヶ月ほどさかのぼる。
バングラデシュで活動していた同期の隊員が日本でIT会社に就職し一緒に飲んだときの話。





「わたしの会社にケニア人がいて日本語ペラペラなんだよ~。でも、彼ケニアに帰っちゃうんだぁ。。」

「じゃぁ、俺がケニアで会うから連絡先教えてよ。」


ということでケニアに来て彼にメールを送ったんだけど返事がなくってすっかり忘れてた。

その彼がニィエリの街で俺の知り合いにばったり会って何かの弾みで俺の話題になって
こうして彼と電話で話すことができたわけです。

さっそくナイロビで会う約束をとりこないだ彼と彼の兄とその俺の知り合いの4人で飲みました。

日本語、英語、スワヒリ語、キクユ語がごっちゃになりながら飲んで踊ってとっても楽しかったです。

それにしてもこのところこういう巡り合せが多い。
まるでサラリーマン金太郎のようで生きてて楽しいです。

そのワンジュキも日本に戻ってアルバイトするって言ってるので俺が日本に帰ったら
彼と皿洗いでもしようかな??




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2008-07-03

オバマニア




ご存知の通りアメリカの民主党大統領候補のオバマのお父さんはケニア人だ。

ここケニアでは連日のようにオバマのことが新聞に取り上げられている。

写真はオバマが民主党の予備選挙に勝った日の翌日の新聞。

表紙だけでなくてオバマの記事が15ページほど取り上げられてる。


で、俺の同僚のスティーブ。

彼はいち早くこのオバママニアをターゲットとしたビジネスを開始。

オバマのTシャツを刷って1枚800シルとTシャツとしては破格で売り始めた。

でも、それが売れる売れる。

で、彼は仕事そっち抜けでTシャツ販売に没頭。

俺の仕事、進まない。。




オバマはケニア人じゃない。期待しちゃいけない。

って冷静なケニア人は言ってる。

でも、わかるよ。ケニア人がオバマに夢中になるのも。

いままでずーっと虐げられてきた黒人、アフリカ人が世界のリーダーに
なるかもしれない。それが自分と同じ国の人の血が入ってるんだもんね。

俺もTシャツ買いました!特注でケニアの国旗を入れてもらったよ~。




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2008-07-01

The President of STJ

俺がケニアに再びやってきたその日に帰国した元協力隊員がケニアにやってきた。

彼の目的はビジネス。


協力隊を終えてその国でビジネスをする隊員も少なくはないだろう。

強力な人脈を持つ協力隊員だからこそ行えるビジネスチャンスは少なくない。

でも、やっぱり途上国でのビジネスはリスクも大きい。
リスクの大きさを考えるとリターンはあまりにも少ない。

そんなこんなで長続きする人はあまりいない。
いたとしてもそれはビジネスと呼ぶにはあまりにも規模の小さい物であったりする。
だから副業に留まってしまったり、ほとんどボランティアになってしまったりする。


だけど彼は覚悟を決められる男だ。


"協力隊時代にできなかったことを超えるためにはビジネスしかない"


本気でケニアのことを考えた上での彼の答えがビジネスなのだ。





彼は熱く語る。

その一言一言に彼の自信と不安が見え隠れする。

だけど彼は楽しくて仕方がないようだ。

そんな彼を見て俺もうれしくて仕方がない。


ケニア人が怠惰だなんて言う奴はケニアを知らないだけだ。
協力隊からの視線しか持ててない奴のセリフだ。

ケニア人が本気になったときの覚悟と姿勢を見て欲しい。


2回目のケニアも残すところ3ヶ月となったときに彼とケニアで再会できたことをとてもうれしく思う。

俺も彼に負けないぐらいに走らなければならない。





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2008-06-29

Lost and Found

ナイロビの旅行会社に勤め始めた知り合いの知り合いがトレッキングシューズを
探してるということでギコンバというケニア最大のマーケットに行きました。

そこはナイロビのヘソと呼ばれ"無いものは無い"と言われるほど物資が揃ってます。
たいていは中古の服でゴミのような服の山に稀にお宝が混じっています。
でも治安があまりよくないので外国人はあまり近づかないし一人で行動するのはあまり良くありません。
(広いので歩いてるうちに危険な地域に踏み込んでしまうことがあるので)

そんなギコンバに彼女を案内して彼女も無事にトレッキングシューズを入手したので
俺は奥へ奥へと宝物を探しに行きました。

そんな時にとあるケニア人に声をかけられました。

「日本人だろ?こいつを知ってるか?」

見ると日本人のIDと銀行のATMカードが掘っ立て小屋の柱に吊るされていたのです。

俺はその人のことは知らなかったけれど何となく気になるところがあったので
それをポケットに入れて持ち帰りました。

家に帰りそのことを思い出して知り合いの日本人に持ち主を知らないか聞きに行きました。

「すいませーん。△△△さんって人ですけど。。」

「そうそう!△△△さん大変だったんだよ~。」

「え?知ってるんですか△△△さん?」

「彼女、今朝強盗に遭って大変だったんだよねぇ。可哀そうに。。」

「ひょっとしてこの人ですか?」

「うん。。なんで君が持ってるの?」




朝7時に強盗に遭った彼女。
その日のうちに彼女の荷物はギコンバに売りさばかれた。
そして同じ日に俺がその荷物の中のIDとATMカードを受け取ったということです。


で、彼女に連絡を取って会ってみてさらにびっくり。

「ジーコ?」

「あー!あの時の!!」


2年位前に知り合いの知り合いってかんじで紹介されて一緒にインジェラを食べたことがある人でした。

彼女とこんな形で再会するなんて驚きです。

世の中いろんな形で繋がってるんだと改めて思います。

強盗にあった彼女には本当に気の毒ですけどやっぱりギコンバは面白いです。
今回もいろいろFoundがありました。


写真はギコンバで買った1upキノコのTシャツと革ジャン。






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2008-06-28

芸術で身を救うのさ

今日もGoDownに行ってきた。

スラムの女の子たちが撮影した写真展を見てきた。


デジカメで撮った写真をプリンタで印刷した展示会でその写真を販売して
彼女たちのプロジェクトに役立てようという写真展。
画素数の低いその写真を無理やり大きく印刷してるので写真の質はすこぶる低い。
それを10000Ksh(約1万6000円)ほどで販売しているのでおそらく購入した人はいない。

彼女たちはダンスも披露してくれた。

小学生から中学生ほどの子供たちのダンスはお遊戯会のようなものでかわいらしい物では
あったがダンスとしてはすこぶるレベルが低い。


だけどこのプロジェクトの可能性はすこぶる高いと思った。

GoDownが企画しているこのプロジェクトの概要はこうだ。


1.Life Skills Training:

Sexual/Reproductive health and HIV/AIDS education, gender and women's rights education, confidence building, team building, leadership building and facilitation training.

2. Arts and Action-based Programming:

theatre, photography, yoga, dance, creative writing, artistic expression, self-defense, and jewelry making.

3. Social Enterprise:

Training in financial literacy, project management, graphic design.

4.Ctiywide Exchanges:

Space to meet and exchange ideas with other female led programs around Nairobi, to share best practices and learn from each other's experiences in the urban slum context.

5.Mentorship and Role Modeling:

Monthly invitations for young Kenyan female professionals to connect with the girls, expose them to new career oppotunities, and help to set goals for the girls future success.



思うに芸術というのは見て楽しむものではない。
もちろんプロのそれは見て楽しめるものでなければならない。

でも芸術はプロのためのものではない。

芸術を通して最も社会的に弱いスラムの少女たちが自信を持って生きていけるようになるという可能性をこのプロジェクトで強く感じた。


彼女たちの写真やダンスは正直言って金になる物ではない。

だけど彼女たちに写真について質問したときの活き活きとした表情で答える姿を見て
芸術の本来の意味が見えたような気がする。


こうしたプロジェクトが数多く実施されていくことを願う。
アフリカだけでなく日本においても。。






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2008-06-22

ハートにシュート in ドコダッケ?

再び参加できることを心からうれしく思う。

このハートにシュートの企画。


今回は初めての試みで普通の高校生との試合。

田舎にあるその学校の隣の空き地で試合をしたんだけど学校内じゃないから村人が
大勢集まっていた。

俺たちは大歓声とともに迎えられた。
まるでスーパーヒーローのように。

それを見た高校生たちはそうとうビビッてしまったという。
だけど1試合目の知り合いの子供たちとの試合で3-0の惨敗。

そしてその高校生たちは一気にやる気をなくしてしまったという。

その高校で働く協力隊からそれを聞いて俺は怒りを覚えた。

その彼女は一生懸命に生徒たちに声をかけるがやる気をなくした生徒たちは
一向に彼女に耳を傾けない。。

わめき散らす彼女を見て俺は”絶対に負けられない”と思った。


俺は走りまくった。

ボールを犬のように追っかけた。

倒されても、転んでも立ち上がってボールを追っかけた。


結果は0-1で負けた。

悔しかった。ホントに悔しかった。

ほとんど泣きそうだった。




試合が終わってしばらくたって思い出した。

「そう言えば、生徒たちも必死だったよなぁ。。」


やる気をなくしてた彼らだったけど俺たちの本気の姿勢で彼らも必死でボールを追っかけてたんだ。

そういう意味では今回のハートにシュートも成功だったんだろう。

でも、やっぱり勝ちたかったなぁ。
今回で帰ってしまう二人のためにも、この学校で活動を続ける彼女のためにも。
そして旨いビールのためにも!!




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2008-06-21

Kwaheriパーティ

今日はクワヘリパーティがあった。

彼らは俺より後にケニアに来たわけだけど俺より先に帰るわけです。
まぁ、俺が2回ケニアに来ただけのことだけどね。


いろいろあった隊次で8人いたけどその場にいれたのは5人。
2年間ケニアにいれたのは2人だけ。

それぞれにそれぞれの想いを持って今後の人生を全うして欲しいものです。

そしてケニアでのことを彼らなりにつなげて行って欲しいものです。



俺も、ね。



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2008-06-19

コンピュータ クラス

かねてから計画していた職場でのコンピュータ クラスが今週からようやく始まった。

週3回、1日30分のコンピュータクラス。講師は同僚と持ち回りで今週は俺。

今回の内容は"コンピュータって何?"みたいなもの。


外出が多いこの職場でどれほど人が集まるかドキドキだったけど結構人は集まった。
だけど本当に来て欲しい人が来てないんだよね。。

このクラスの目的はスタッフのIT技術レベルの底上げ。
それによってITオフィサーの負荷を下げて彼らの本来の仕事(システム管理)に
もっと時間を割けるようにすること。

だから普段コンピュータで文書が書けなくてITオフィサーに代筆を依頼してるような
スタッフに参加してもらいたいのです。

でも、彼らは忙しいしプライドも高くって参加しないんだよねぇ。




だから参加してるのは受付のおばちゃんだったり掃除のおばちゃんとか。。

彼らは自分のコンピュータ持ってないし。。

とはいえ学ぶ姿勢を持つ人たちを断るわけにも行かない。


しばらく続けて評判があがればもっと人が来てくれると信じてやっていくしかないですな。





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2008-06-18

隊員総会

隊員総会が開催された。

以前俺がケニアに来たばかりの時に一度開催されたけれど"意味あんの?"という理由で
開催は見送られていた。

で、2年ほど隊員総会がなかったわけだけどやはりいろんな問題も生じていた。

隊員の意思決定機関がないため大小さまざまな問題が宙ぶらりんになり決まる物も決まらない。

そんな状況のなか俺が帰国したあとに再び隊員総会が開催されたのです。

で今回がその2回目。





いやー、よくやりました。

幹事の人たちは相当大変だったことだろうけどこれが数回続けば後はスムーズに行くんじゃないかな?

でも肝心なのは議論する内容。
今後の隊員がどれだけ協力隊のため、ケニアのために本気になれるかにかかっていることでしょう。

陰ながら見守って行きたいものです。


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2008-06-14

ミニW杯





Soccerのワールドカップに参加した。

相手はイギリス領バージニア諸島。ベネルクス。ジャーマニー。そしてガーナ。

結果は全敗。

みんなでっかいんです。というより俺らが小さいんです。




情けないねぇ。でも、やっぱアジア人が彼らにスポーツで勝つってのは大変なことだ。

ユニフォームだけは立派だけどやっぱり恥ずかしかったです。













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2008-06-12

EMRワークショップ レポートPartIII



レイク・バリンゴ

淡水湖で魚がいる。ワニがいる。カバがいる。そして悪魔がいる湖だ。


そんな湖にボートに乗って周遊してみた。

ケニア人は総じて水を怖がる。とくに男性陣は一同びびっていて頑として
船に乗ることを拒んだ。

結局船に乗り込んだのは俺と女性二人、そして海岸部出身の男性一名。(水には慣れてる)

季節的なのか異常気象なのかわからないけど水面が上昇していて水際が通常より
20m近く上がっていた。

そのロッジにはカバよけの柵があるのでカバはもちろんワニも敷地内には入ってこない。
だけど隣のキャンプ場にはテントから5mほどにワニがいた。

カバは時間が悪かったらしく出会えなかった。

ガイドの兄ちゃんは湖の中の島で生まれ育った人で湖の水をガブガブと飲んで見せた。

湖には7つの島があり全部で450人ほどが住んでいるという。
島には学校も教会もあるのだそうだ。


そういえば思い出した。

2006年のクリスマスにオーストラリア人のベンからバリンゴ湖のデビル島で
キャンプしないか?と誘われたことを。。



ガイドに聞いてみた。

"Devil's islandがあるって聞いたけどホント?"

ガイドはしばらく黙ってからゆっくりと頷いた。

でも語ろうとはしない。


聞かないほうがいいのかな?っと思ったときにケニア人のひとりが食いついた。

"なに、それ?なに、それ?"

ガイドはしばらくためらった後にえらく明るい表情で語り始めた。

"悪魔が住んでると信じられてる島さ。住民は恐れていて誰も住んでいないんだ。"

"悪魔って何?"

"よく、わからない。だけど夜になると炎が見えたり何かの音が聞こえてくるんだ。"

"・・・それはどこにあるの?"

"あの大きな島の向こうだよ。ここからは見えない。"

"行ってみたいわねぇ。襲っては来ないんでしょ?"

"あぁ、明るい時間は大丈夫さ。でも、もう遅い。やめといた方がいい。。"


多くを語ろうとしないガイド。

悪魔はいるんだと思う。

それは火山性のガスといった科学的に証明できるものかもしれないし、
もっとスピリチュアルなものかもしれない。

とにかくいるんだと思う。

そんな島もあっていい。いや、ないとダメさ。
人間が畏れる土地がこれ以上なくなってはイカン。


機会があればバリンゴのキャンプ場でカバとワニと魚でも焼いて食べよう。






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2008-06-11

EMRワークショップ レポートPartII

EMRと簡単に言うけれどこれほど難しい物はない。

電気もないような診療所にもコンピュータを置いてネットワーク化しようって話だからね。
コンピュータを揃えられたとしたってそれを扱える人はいないだろうし、トラブル対応
できる人もいない。チェックする体制もないから私物化するか売りさばかれてしまうだろう。

だからといって”無理だから何もしない”ってわけにも行かないのです。


ガイドラインだけなら机上の理論で作れるわけだし"あるべき姿"を抱くことは実現への
第一歩だと俺も考えている。それにこのプロジェクトも5年計画だそうだし。

でも正直しんどいねぇ。なんだか空に絵を描いてる様な気分。

ワークショップの後半はITチームとインフォメーションチームに分かれてのグループワーク。

ITチームとの討論はなかなか面白かったかな。



知ってる知識を自慢げにひたすら話す人。

知ったかぶりを突き通す人。

どうでもいい話を延々と話す人。

やたら細かい人。

やる気のない人。

めちゃくちゃ冷静な人。



インフラ、
プラットフォーム、
セキュリティ対策、
バックアップシステム、
データベース設計、
ユーザーサポート体制、


そんな彼らと夢物語のようなシステム構築を現実的に検討していくプロセスは
むなしさ半分と楽しさ半分だった。


偉い人がワークショップでこんなこと言ってた。

"どんな田舎にでもコカコーラは売ってる。じゃぁなんで薬が行き届かないんだ?"

"コンピュータだってケニア中に行き届いていいはずだ。"


道は遠い。しかし先が全く見えない話でもない。

万里の道も一歩から。その一歩であることを願おう。



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2008-06-10

EMRワークショップ レポートPartI

EMR (Electronic Medical Report)のワークショップに参加した。

EMRというのは要するに保健情報をコンピュータ化しましょう。
ということのようで現在ケニアの一部でドナー主体で実施されているものがあるものの
ケニア全体で統一されたコンピュータシステムは存在しない。

今あるものは残しつつ、ケニア全体のEMRのガイドラインを作っていこう!
というワークショップだ。

参加者はケニアの政府組織代表として保健省とわれらNASCOP。
そして私立病院やすでにEMRを利用しているNGOのマネージャーとIT担当者。

でも、保健省のHIMSマネージャー(Drセルゴン。ナクル時代からの友人)は欠席だった。。

ケニアのお偉い方々やトップクラスのITエンジニア、そしてドナー側からも数名のアメリカ人が参加。
日本人は俺一人。というかボランティアが参加するようなワークショップじゃない。
(ナショナルレベルのガイドライン作成プロジェクトだからね)

でも、セルゴンのご指名により参加することになったわけです。

場所はナクル、ボンタナ ホテル。


ナクル時代も何度かワークショップで利用した高級ホテルです。

月曜の午後にナイロビを出発して夕方にボンタナに到着。
そしたらホテルのマネージャーが

"ごっめーん。オーバーブッキングでさぁ。近い良いホテル紹介するから勘弁して。"

彼が言うには車で1時間とのことだったが実際は2時間半。
このままトゥルカナにまで連れてかれるのかと思いかけた時に到着したのは
レイク・バリンゴ湖畔のロッジ。

おぉ、ケニアで唯一行けていなかった湖にこんなタイミングで出会えるとは!!

カンプ・ヤ・サマキという集落から程近い真新しいロッジで湖を眺めながらの
3日間のワークショップでした。



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2008-06-08

マゴソ



キベラスラムの小学生の子供とユースクラブ、そして海岸地域に住む音楽家たちの
コンサートに行った。

彼らの演奏を聴くのはこれが三回目。

今回ケニアに来てからは初めて。

やっぱりいい。

でも、日本人にとってそれは音楽ではなくて"アフリカ"なんだと思う。

聞いてた人たちはそのダンスを写真にとってるだけ。

そんなんじゃねぇんだよ!


伝統的な踊りを踊り自らのアイデンティティを感じ取り
恍惚状態で踊り歌い叫ぶ。

そんな幸せなことがあるだろうか?


日本では俺が小学生のころまでは地元で盆踊り大会をやってたけど今はやってない。

日本で盛んなヨサコイは伝統的な踊りではない。

楽しけりゃいいってだけの踊りならクラブで踊ってりゃいい。
そうじゃない踊りがアフリカにはあって日本にもあったんだ。

そんなアフリカの踊りを博物館の展示のように見てしまう日本人が悲しかった。



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2008-06-06

ドライバー

今週はサーバーの備品の値段調査をしててタウンのコンピューターショップを見て回ってた。

やっぱナイロビのショップは違うね。しっかりしてるよ。

それにしてもPCのアクセサリーの値段は安くはなってるけどやっぱり
サーバー関連はまだ高いね。
(値下がり率で言えばサーバーの方がうーーんと安くはなってるけど)

この予算が下りなかったら俺の計画はまた変わっちゃうな。。


まぁ、そんなことより今回書きたいのは職場のドライバーたち。

職場にはかなりの車があってドライバーもたくさんいる。

ドライバーに必要な資質

・運転が上手い

・安全運転、交通ルールの遵守

・車のメンテナンスができる

・車を大事にする。大切にする運転をする

・酒を飲まない


などだろう。

一番最後のなんて当たり前だと思うけどそうでもないんだよね。
ケニアのドライバー全員がそうという訳ではないけどうちの職場のドライバーは
全部失格。



・ホントに免許持ってるのか?ってほど運転が下手だったり

・いまホントに通行人を轢く気だったでしょ?

・だからバッテリーだけでそんなに音楽聴いてたらエンジンかからないって。。

・そんな運転してたらすぐ車が壊れるって。。

・お前なんで朝から酒臭いの??

みたいな奴ら。

全員クビにしちゃえ!!って思うけどこうした職業が一番コネクションで決まってる
からそう簡単にはクビにできないんだろうなぁ。。


で、今日のドライバー。

初めての運転?って本気で聞きたくなるほどの運転がヘタ。
ギアチェンジのたびにガックンガックンしてる。
坂道発進とか平気で50cmくらい下がってるし。

そんでマタトゥの事故を見て

"あいつらはいっつも事故ばっかり起こして渋滞を起こすからダメだ!"

って言ってる。それを聞いて俺はマジでやばいと思った。

"こいつは自分の運転の下手さに気づいていない。。"


帰り道。
ものすごい渋滞に巻き込まれていた。
反対車線は空き空きでいくつかの車が反対車線を走り始めた。

俺は "ああいうのを Selfish と言うのだ。" と話した数秒後にそのドライバーは
反対車線を走り始めた。

"お前も Selfish なのか?政府の車でこんなことをしてもいいと思ってるのか?"

俺の発言を無視してるのか聞いてないのかわからんがひたすら反対車線を走る彼。

しばらくすると反対車線にも車がやってきてドライバーは元の車線に戻ろうとしたの
だけどホントにそいつは下手くそだから死界にいた車を思いっきり巻き込んだ。

被害者のおばちゃんはメチャクチャ怒ってる。

通行人もドライバーを指して"お前が悪い!"と叫ぶ。

俺も"お前が悪い!"と言った。

ドライバーもショックを受けてたようだけど彼の職業から考えれば決して犯しては
ならないミスだ。


警察が来るまでの2時間その場で待つ。

被害者のおばちゃんが何気なく言った言葉。

"あんた、ここがナイロビじゃなかったらあんたはみんなに投石されて死んでるわよ。"

事実だ。


ホントにドライバーを変えて欲しい。それかマタトゥに乗ったほうがましだ。




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2008-06-03

アイロン生活




毎日アイロンがけをしている。

日本にいるときもしたことはなかった。
形状記憶シャツを好んで用いていたこともあるけどやっぱりシャツのしわとか気にした
ことがなかった。

そんな時間もなかったし、みんなしわしわのシャツだったし、女性の視線とか会社で
気にしたことなかったからね。


で、なぜケニアで?

前回も役所でみんなぴっちりとアイロンされたシャツを着てるわけです。
俺だけヨレヨレ。
しかもケニアで買ったシャツだからホントにみすぼらしいシャツだったわけです。

今回はナイロビだしもっと大きい役所。6ヶ月という期間を考えたら決して見た目で
舐められては行けない!と考えたのです。

それで日本からこぎれいなシャツを持参して毎日アイロンをかけて出勤してるのです。




はじめは難しくて”続かないかなぁ”って思ってたけど慣れてくると楽しいもんです。

綿100%のシャツがアイロンによってピシーっとなる瞬間はなんとも言えない気分です。

それとシャツってホントに奥が深いよね。
シャツのデザインにも興味がわいてきました。


昔、近所のクリーニング屋さんが毎日(冬でも)ランニングシャツでタオルを頭に巻いて
ひたすらアイロンをかけていた姿を思い出します。

プロのアイロン掛けを見てみたいと思う今日この頃です。





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2008-06-01

炎は香りとともに夜空を焦がす。



今週末は3連休。

ケニアの連休は稀少。お役所勤めの俺にとってはなおさら稀少な連休。

いくつかプランを考えてた。

プラン1:ナイロビのミュージックフェスティバルに行く

プラン2:ライノーチャージというサファリラリーを見に行く

プラン3:どこかの隊員のところに遊びに行く


プラン1はナイロビで毎年開催されている無料の音楽祭で東アフリカ最大とも言われている。
今年はBlack Ufuruがメインイベンター。知ってはいるがいまいち乗り気はしない。
しかも大きなスタジアムで開催されるそのイベントには車のない俺が行くのはちょっと大変そう。


プラン2は毎年ケニアのどっかで開催されているチャリティのサファリラリーで興味が
あったけれどどうやら開催地が当日まで公表されないらしく諦める。


で、プラン3。

やってきたのはツァボ東国立公園内で自動車整備隊員として活動している同期の隊員の家。

ナイロビのコンクリートジャングルを抜け、デコボコ道を抜けてバスは延々と東へと走り続ける。

アカシアの草原からバオバブの草原へと変わり始めてからしばらくすると草原の中に
突如現れる街が Voi と呼ばれるツァボ国立公園へのベースとなる街だ。

ツァボ国立公園は東と西を合わせると東アフリカ最大の国立公園でケニアの地図で見ると
その大きさに驚かされる。

彼の家は国立公園の中にあった。
庭からは見渡す限りの地平線を望むことができる。
すぐそこで象が草を食んでいた。





翌日の昼は公園内をゲームドライブした。

象、象、象。

広大なこの国立公園では動物たちと遭遇する確立も他の公園と比べると低い。

そこで出会えたのは象ばかり。
あとはシマウマとダチョウとゲルヌク。イボイノシシ。そして遠めにライオン。


ゲームドライブを終えて俺は我慢ができなくて焚き火を始めた。
公園の中にあるその家では夜の外出は動物の危険が高いので外出ができないのだ。
だけど、これだけの景色の中で家の中にいることがとても我慢できなかった。


そしてその焚き火はまさにパーフェクトなものになった。


満天の星空にミルキーウェイと流れ星。

適当に拾ってきた焚き木が香木だったらしく燃やせば燃やすほどなんとも言えない
香りが広がっていく。

近くに落ちてたバッファローの頭の骨が焚き火の灯りで浮き上がっている。

ボンドセブンを飲む。

カレーを食べているとヒヒがやってくる。

インパラが飛び跳ねている。


最高だ~。。


でも、あれだけいたインパラがピョンピョンと逃げていくのを見て一堂顔がこわばる。

"もしかして。。"

と誰もが思ったときあまり遠くは無いところでライオンの吠声が聞こえてきた。

"撤収したほうがいいのでは?"

という声もあがったが俺は "火があれば襲ってこないでしょ?" と言ってかまわず宴を続けた。


結局ライオンはやってこなかったけど何だか燃え盛る炎を見てるうちに何かが俺の
魂に入り込んだのか俺は気絶するように寝てしまった。


やっぱいいなぁ。ケニア。


写真は香木がワニのような形に燃え上がってバッファローの骨を照らし出しているところ。
このあとにこの気はお釈迦様の手のひらのようになり俺を包み込んでしまったのです。





新種の動物?



"・・・続きを読む!"