2006-12-23

先進国は進んでいるのか?

アメリカのCDCと呼ばれる国立の疾病機関が独自にデータを集めるという
理由で我がオフィスにインターネットがやってきた。




衛星でつながるインターネットで月額US$700。
今の世の中、途上国であろうとやっぱりインターネットは必要だ。

今まで職場にはアナログモデムによるダイアルアップ接続が一本あるだけだった。
電話代も馬鹿にならないし、いろんなオフィサーがうちのオフィスに来ては
ピーヒャラピーヒャラ言わせている状況を改善させたかった。

そこで、現在のインターネットサービスプロバイダーに支払っている金額と
最近出回り始めたADSLの費用対効果を計算しADSL導入計画を実行し始めていた
矢先のことだった。

そんなとき突然彼らはやってきた。

「こんちわー。CDCでーす。インターネット持ってきましたー」
と言っていきなりアンテナを組み立て始めた。

「この1年インターネット繋ぎ放題ですよ!」

なんて言ってるけど来年は自分で払ってくれとのこと。

こっちは100ドル程度で予算組もうと必死になってんだ!
そんな金あるわけない。

「ついでにWindows2003サーバーとプリンター2台も置いてきますよ」

おい!うちはすでにWindows2000サーバ持ってんだよ!

しかも、プリンターはネットワーク共有するためにネットワーク対応プリンター
購入の提案書を書いたところなんだ。

そんなところでネットワーク非対応のプリンター2台も置いてかれたら俺の提案書の
ポイントがずれちまうだろ!

(ちなみにスペースとセキュリティの問題で2003サーバをプリントサーバ
にするってのもあんまりやりたくない)

保健の世界だけではないにしろ、世界の援助合戦は目に余る物がある。
今回、ワイナイナと一緒に予算内で収まるような提案書をせっせと書いていたところに
突然のドネーション。

今までの計画、全く無意味。

こうやって

"計画立てても無意味だ。そのうち誰かが何かくれるでしょ"

っていう援助漬けの構図が成り立っていくんだ。

援助漬けにしているのは俺達先進国。
援助漬けの体質に文句言ってるのも俺達先進国。
勝手なことばかりやってるよね。

へい。先進国さんよ。
サーバのパスワード設定したんならパスワードを教えていけよ。
何を設定したのかも教えていけよ。
インストールCDくらい置いてけよ。

どうすりゃいいんだこのサーバ。。。

もっとスマートなやりかたあるでしょ?

"先進国"って言うくらいならさ。







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2006-12-21

人間の防衛機能

人間には何重もの防衛機能が働いていると思う。

例えば、人は悲しいことがあると涙を流す。
涙はその悲しさまで流してくれる。



例えば、人は悲しいことがあると誰かのせいにする。
"俺のせいじゃないんだ"と言うことでその悲しみが偽物になってくれる。

例えば、人は悲しいことがあると自分を悲劇の主人公に仕立てあげる。
他人からの同情はその悲しみを優越感に変えてくれる。

例えば、人は悲しいことがあると全てをリセットしようとする。
新しい環境はその悲しみを遠い過去にしてくれる。

時に泣き崩れ、当たり散らして、笑い飛ばしてその悲しみを過去にする。
そうやって人は自分が崩壊することを防ぐのだ。

でも、そういう防衛本能の機能を一つ一つ解除していくとどうなるんだろう。
本当に自我が崩壊して精神的に破壊されてしまうのだろうか。

その先に本当の強さがあるんじゃないか?
そんな風に思うことがある。

ちょっと冒険してみようかな?・・・なんてね。



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2006-12-20

空巣の後遺症その2

防犯グリルも取り付けてようやく悪夢を見ないようになった。
だけど、空巣の本当の嫌なところが見えてきたんだ。



今回の犯行は明らかに学校内に住む者の仕業だとみんなが言う。
確かに犯行時刻や状況から考えるとその可能性は高い。

そして、みんな俺の事件を知っていてこう言ってくる。

「お前の知合いの犯行だ」
「お前の知合いを疑え」
「お前の知合いを信じるな」

いかにケニア人が人を信じていないのかを思い知る。
治安が悪いと言うことはこうやって人の心を腐らせて新たな犯罪を生むんだ。
治安が悪いと言うことの本当の意味はそこに住んだ人でないとわからない。

俺も疑いたくないけどやっぱり近所の人と挨拶してもどこかで
「こいつか?」と思ってしまう自分が悲しい。

そして、最近知った本当に悲しい噂。

あの時俺の世話をしてくれたあのモーゼスがみんなから疑われている。

「あの時お前はモーゼスと一緒に飲んでたろ?あいつを信じるな。」

「彼はいい奴だよ。俺を警察にまでつれてってくれたし。」

「いいか。お前があの時バーにいたって知ってるのは誰だ?あの時お前の家が留守だと知ってるのは誰だ?」

「だけど、モーゼスは俺と一緒にいたんだよ。どうやって?」

「電話して知りあいにお前の家を襲わせたんだよ。最近あいつテレビ買ったらしいぜ。その金どこから手に入れたと思う?」

憤慨した。
モーゼスに会いに行った。

「大丈夫だよ。言わせておけ。」と言った彼の目には確かに悲しみがあった。

盗まれたコンピュータなんてどうでもいい。
俺が悪夢を見ることだってどうでもいい。
人を疑いながら生きていかなければならない世の中がこんなに悲しいこととは知らなかった。



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2006-12-19

危ないところだった その2

ケニアでの夜遊びはリスクが高い。
ナイロビはもちろん俺の住む街ナクルはナイロビに次ぐ治安の悪さ。
だから、夜の移動はたとえ100mの距離でもタクシーになる。



タクシー運転手だって夜中は運転したがらない。
仲のいいタクシードライバーもここ数ヶ月で立て続けにカージャックに遭った。

当然タクシー料金も高くなるし、信頼できないタクシーは余計に危険だったりもする。
(どこに連れてかれるかわからないから。)

だから、信頼できるタクシーを使用するしかない。
その彼が仕事をしているかどうかも事前に確認する必要もある。

そんな状況だから夜タウンで飲むときは帰りの余力を意識しなければならない。
当然、テンションは最高潮にはあがらない。

”楽しくなってきた。ちょっと酔っ払ったかな?”
ってあたりで帰らないといけないから。。


でも、こないだは違った。
なんかどうでもよくなってた。

「おい!デイダン。テキーラ飲もーぜ。」

で始まったケニア人とのテキーラ大会。
当然、テキーラは裏切らない。

どんどん高まる俺のテンションは抑え切れなかった。

繰り返される”アミーゴ!”の掛け声。


気がつくともう朝で俺は自分がどこにいるかもわからなかった。
一瞬、天国かと思った。

でも、そこは自分の家だった。

デイダンに電話してみたら気がついたら俺はいなくなってたらしい。

どうやって帰ったんだろ?

危ないところだった。。




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2006-12-18

危ないところだった

昨夜は空巣の後遺症でほとんど眠れなかった。
本当にリアルで恐い夢を見た。
忘れられそうだったとっても嫌なことをまた思い出してしまった。



ここんところビールしか体に入れていないこともあり気分も体調も最悪だ。
でも、警察に盗難証明書を書いてもらわなければならない。

警察に行く前にメールをチェックした。
そしたらすっごい嫌な知らせが来てた。

もう、頭の中真っ白になった。
警察でのやりとりはほとんど覚えていない。

警察から帰る途中に車が俺の方に突っ込んできた。
ケニアではよくあるんだけどそれは「ドケ!」の意味。
中には本気で引いてやろうという勢いで突っ込んでくる車もある。

いつもは細心の注意で道を横断するからそんな車もひょいっとかわすんだけど
その時はダメだった。
というより頭がどうかしてた。

"あー、車が突っ込んでくる。"

"よけないとね。"

"・・・めんどくせーな"

"このスピードなら死なないだろ"

"死なないくらいに引かれたい気分さ。ベイベー"


ということで俺はその車に向かっていった。
数センチのところでその車は止まって、何事もなかったように走り去った。
俺も、何事もなかったかのよう職場に戻った。

本当に危ないところだった。





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2006-12-16

空巣の後遺症

空巣に入られた。
ガラスはまだ割れたまま。

警察は来たけれど、なんの調査もせずにただこう言って帰っていった。



「アスカリ(警備員)を増やした方がいいな」
「この学校にはアスカリ2人もいるけど?」
「2人じゃ足りない」
「じゃあ何人?」
「そーだな。30人かな?」
「・・・」


JICAのセキュリティ担当もナイロビからやってきてくれた。
そしてこう言って帰っていった。

「すぐに防犯グリルをつけろ」
「はい。」
「それから、窓際に物を置くな。例えばこのギターも窓際に置いたら狙われるぞ。」
「はい。」
「で、お前はいつ日本に帰るんだ?」
「来年です。」
「そうか、じゃあその時このギター俺にくれ。」
「・・・」


盗られたのはパソコンだけ。盗難保険にも入ってるし、バックアップもある。
窓際に置いておいた俺も悪い。

ただの空巣ならケニアだけじゃなくて世界中で起こりうる犯罪だ。
気にする必要はない。
そう思ってた。

だけど、眠れないんだ。
ちょっとした物音で目を覚ます。
強盗に襲われてナタで頭を割られる夢を見る。

本当に恐いんだ。





アスカリのオティエノ君。
陽気で頼りない奴。
でも、とってもいい奴。



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2006-12-15

空き巣で見えたケニアという国

こないだ書いたとおり、晩飯食べずにバーで飲んでる生活をしばらくしていた。

"ケニアでは毎日同じ行動をしてはいけない"

それは生活パターンを知られると、犯罪に遭う確立が高くなるから。




今日もいつもの通りバーで飲んでいた。
今日の相手はモーゼス。

彼はまだ若いけどストリートチルドレンのための保護施設の
運営をしていて新しい施設が明日オープンするという。
その式典には俺も呼ばれていて彼とストリートチルドレンのため
にできることを語り合っていた。

「コージは毎日みんなに無視されながら生きている彼らのために何ができる?」

「・・・わかんない。だけど、俺にできることなんてあるのかな?」

「コージがやりたいと思ったことがコージの使命だよ」


彼は熱心なクリスチャンで、神の話をよくする。
こういう人はたくさんいるんだけど彼の場合は少し度を越えている
というか何というか、とにかくケニア人からもちょっとうっとおしがられている。

だから、俺が彼と一緒に飲んでいると
「あいつ、お前に迷惑かけてないか?」なんて言われたりもする。

確かに彼が言っていることは少しうっとおしい。
だけど、今の俺には彼の言葉がすごく試されているように思えるんだ。


"本当にお前には人を愛し抜く勇気があるのか?"


とにかく、俺は彼のことを信じてみようと思ってるし彼の施設の子どものために
できることをしてみようと思ってる。

そんなこんなで今夜も気持ちよく酔っ払って家に戻った。


”???”


何か違う。

あるべきものがない。何がない?

パソコンがない。。

無いはず無い。
ドアには鍵がかかってたし、確実にここに置いたんだから。。。

”???”

なんだ、このガラスの破片は?

やられた。。。


モーゼスに電話した。

「やられちゃった。。」

「どうした?」

「空巣に入られてパソコン盗まれちゃったよ。」

「今すぐいくから、待ってろ」


結局モーゼスは明日式典で忙しいのにも関わらず警察にまでつき合ってくれて
最後にまたバーで一杯つき合ってくれた。

そこにいたケニア人が俺の話を聞いて同情してくれたのか、俺を慰めようとしたのか
”私の犯罪被害自慢大会”が始まった。

「俺は携帯電話7個めだぜ!」

「俺なんて強盗にあって全て盗られたんだ。トイレットペーパーまでもってかれたんだぜ!」

「俺は、車を盗まれた。俺の職業しってるか?タクシー運転手だよ。しかも3回盗まれたんだぜ。」

そんな話が延々と続く。
なんて国なんだ。

そんなことよりモーゼス。明日早いのにつき合ってくれてありがとう。
俺にできることを考えてみるよ。



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2006-12-10

ゲキヤセしちゃった



広域研修が終った辺りから俺の中で何かが抜け落ちてしまった。
活動は順調に進み始めているけど(ワイナイナが休暇を取ってしまったけど)、
生活はひどいもんだ。



引越して以降、自炊をしたことがない。
前にも言ったかも知れないけど基本的にケニアには外食文化はない。
じゃあ、食事どうしてるの?ってことになるけど
その答えは・・・

「食べない」

正確に言うと「飲んでる」だ。
家のすぐ近くにローカルのバーがある。

そこで数本のTusker(ケニアのビール)を飲んで夕食としている。
ちなみにケニアのバーに"つまみ"は無い。

あるのはニャマチョマと呼ばれる肉の塊をただ焼いただけのもの。
毎日そんなもの食ってたら痛風になること間違い無し。

平日は昼飯を職場の近くで食べてるからまだいい。
でも、週末はきつい。
一日ビールだけになるから。。

何かを食べにいくとか、何かを作ろうとかいう意識は全くない。

食べるものがない。だから食べない

といういたってシンプルな図式。

家に体重計がないから気づいてなかったんだけどナイロビで計ってびっくり。

すっげー痩せてた。
ここで書くとみんな引くくらいの体重しかなくなってた。

さすがに食わねばならぬと思いました。

それでも風邪一つ引かないこの俺。
そんな丈夫な体を与えてくれた親に感謝です。






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2006-12-07

隊員総会の意義

各国の協力隊員の間で年に1度、あるいは年に2度隊員総会なるものが
開催されていることと思う。

まじめに総会を開いている国もあれば運動会をするような国もあるという。
そして、ここケニアはどうかというと“実施していない”



前回の大統領選挙の際に隊員の派遣を一時中断したため、
隊員総会の実施も取り止めていた。
それが数年続いた後に昨年、数年ぶりに隊員総会が実施された。

数年ぶりに開催されたとはいえ、当時の隊員にとってはそれが初めての総会になる。
そんな総会は我々に素朴な疑問をもたらした。

「何のために総会をするんだろう」

交通手段の乏しい途上国では首都に移動するだけで数日かかる隊員も多い。
総会を準備する隊員の負担も相当なものだ。
また、治安状況やドミトリのキャパシティの関係から隊員全員ホテル宿泊となる。

これほどまでに金を使い、隊員の活動を犠牲にしてまで総会をする意味があるのか?
という疑問が全員のなかに浮かんだ。

そこで、みなで話し合った結果「隊員総会は実施しない」ことになった。

個人的には難しい判断だった。
確かに隊員総会をやる意味がそれほどあるとは思わない。
税金の無駄使いはいけない。
でも、こういう機会がなければ一度も顔を会わせないような隊員もたくさんいるだろう。
やりかたによってはそれほど負担にならない、金も使わない隊員総会もできるだろう。

問題は隊員のなかに意志決定の組織がないことだと思った。

このままでは、JICAの思いのままにルールが策定されてしまうかも知れない。
本当に有益なアイデアがあってもそれを形にする装置が隊員のなかにないのはもったいない。

そう考えた俺は隊員組織化計画をこっそりと立てた。
隊長および執行部をつくり、連絡網を整備する。

そしてその隊長はもちろん「俺」ね。

でもそこでふと考えた。
隊員は2年で帰る。
隊員の使命は任地で地元の人と共に活動することだ。

"・・・やめておこう"

今ではそれで良かったと思ってる。
俺がケニアに来たばかりの頃、以前いた調整員(ボランティア要請を開拓する人)
がめちゃくちゃだったらしく仕事のない隊員が多くいた。

そんな彼らが活動の場を見出したのはその隊員総会であったり分科会であったり
インカムジェネレーションを目的としたマーケットであったり、
日本人祭りであったりした。

そうした活動を否定するつもりはない。実際、素晴らしい内容であったと思う。
こうした活動は華やかでもありJICAの広報誌にも取り上げられたりもした。
だけど、任地で地道に目立たずに活動している隊員の方が注目されるべきだと思った。

少なくとも赴任して1年はこうした活動は行なわずに任地で踏ん張り続けるべきだと思う。

それなりにやりがいもあり、華やかでもあるこうした活動は任地での活動のチャンスを見失うことになりうる。

そういう意味で、ケニア隊が隊員総会の実施を否決したこと。
分科会活動が下火になったことは喜ばしいことといえるかも知れない。
それだけみなが任地で活動する場所を見出せているということだから。


でも、誰かが言ってた。
隊員総会やらないことになって予算が余ったからこないだの40周年式典やったらしいよ。。

税金の無駄使いをなくすことは難しいです。



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2006-12-06

援助されることは喜ばしいことか

ケニアで協力隊が始まって今年で40年だそうだ。
そこで40周年記念式典なるものが日本大使館で開催された。



ケニアの日本大使館は最近新しく建てられたとても立派な建物。
そこに全隊員を招集し、ケニア大統領および財務大臣なども招待して盛大に
40周年を祝おうという企画。

はたして、40年間も援助されなければならない状況は祝うべきことなのか?

そんな思いはみなのなかにあったと思う。
“この式典になんの意味があるのか?”

そんな思いはケニア側にもあったのだろう。
大統領および財務大臣のドタキャン。
式はあっけなく、そして虚しく終った。

大使館から出された盛大な昼食がさほどおいしく感じなかったのは俺だけだろうか。。


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2006-12-03

オーノー ワイナイナ!

ケニアの公務員は1年で1カ月から2カ月の長期休暇を取ることができる。
たいていの人はクリスマスから年末年始にかけてその休暇を使うらしい。

ということでワイナイナに聞いてみた。


「年末年始は休むの?」
「おいおい コージ。あのWBSの計画表見てないのかい?
俺達はカレンダー通り働いてこのLANを完成させるんじゃないか。」

お前がその気なら俺もとことんやってやろうじゃないか。

ってのがついこないだの会話。
で、今日。

「コージ。そういえば俺、去年もおととしも休暇取ってないから疲れちゃったよ。
だから、明日から1カ月休むね。」

去年とおととしの疲れが突然今日になって出たというのかい?
前もって言ってくれれば俺だって遊ぶ予定立てたのに。。

しかも、気がつくとやっぱりワイナイナだけでなくみーんな休みを取るらしい。

俺も遊ぼう。。。

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2006-12-01

1周年旅行 その3"ナイロビ満喫"編

アンボセリからナイロビへ。
今日は女性陣の買いものにつき合うことに。
「ケニアでいいもんなんかねーよ!」なんて言ってた俺だけど、探せばあるもんだ。






サイザルという麻で編まれたカバン の卸問屋でしこたま買い込んだ。
なかなかいいでしょ?


ほんとはその後にダチョウファームに行ってダチョウレースする予定だったんだけど
サイザルのお店で時間を使い過ぎたため予定変更で噂のパナリホテルへ向かった。

そこはインド資本のホテルですごいものがあるらしい。




そうです。アイススケート!!
赤道直下でアイススケートできるなんて世界中でここくらいでしょ?

遊びまくったこの3日。
明日からまた1年がんばろー!って思いました。




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2006-11-30

1周年旅行 その2"夢の国ケニア"編

朝方まで飲んでたので二日酔いというより、まだ泥酔と言う状況で早朝サファリへ。
正直、動物どころではなかったんだけど俺は運が悪かったのか良かったのか朝から
ライオンの狩りに出くわした。


ライオンがヌーを食べてる。
そして、ハイエナがそのおこぼれを狙ってる。
まるで、わくわく動物ランドの世界。





相変わらず天気は悪くてキリマンジャロは見えないのだけれど、
象やライオンを間近に見ることができた。

ちなみにアンボセリのライオンはマサイマラと比べるとタテガミが短くて
高倉健みたいな感じだった。


二日目はロッジにご宿泊。
午後もゲームサファリの予定だったけど、みんな疲れてたのでマサイと
ウォーキングサファリするチームと周辺ドライブの組に分かれた。

俺は周辺をドライブ組。

マサイの村を抜けてしばらく走るうちにだんだんと雲が晴れてきて、
とうとう顔を出したアイツ。


マサイとアフリカゾウとキリマンジャロに3ショットなんて本当に世界で
ここしか見れない景色だと思う。




本当に夢の国みたいに美しい国。ケニア。

あと1年ケニアを思いっきり楽しんでやろうと誓わずにはいられない景色だった。



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2006-11-29

1周年旅行その1 "最高の夜"編




今日でケニアに来てちょうど1年がたった。
ということで俺は同期のメンバーと1年を祝って旅行に出た。



目的地はヘミングウェイとキリマンジャロで有名なアンボセリナショナルパーク。
車に揺られること数時間。マサイの村を抜けてそのパークに入った。
あいにくの曇り空でキリマンジャロは見えない。

だけど、何だこの壮大な景色は。。

ナショナルパークは動物を見るところだと思ってる人も多いけど
ケニアに住んでるとやっぱり動物も飽きてくる。
だから、動物だけを追いかけて写真撮って、動物いない間は寝てるっていう
最低なパーク巡りツアーに陥る人も少なくない。

確かに動物もすばらしいけど、この壮大な景色を前にすれば動物も人間もちっぽけなもんだ。


夜はキャンプ。

といってもポーターが食事もテントも用意してくれるんだけどね。
ナショナルパークの中で焚き火を囲んで朝方まで同期の隊員と語り合った。

途中ハイエナがすぐ近くでうなり声をあげていた。
ナイロビのスーパーで買ったカニを味噌汁にして食べた。
マシュマロを焼いて食べた。
テキーラを吐くまで飲んだ。

ケニアに来て1年。
ハイエナの鳴き声のなかでカニ汁飲んでテキーラで吐いて朝まで語り合った
この夜は一生忘れられない夜になることだろう。





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2006-11-24

WBS

World Business SatelliteではなくてWork Breakdown structureの略。
プロジェクトマネージメントの技術で使われる用語。



要するに、プロジェクトを完遂させるために必要となる仕事を細かく分解して
誰が、いつ、どれだけの予算でやるかという計画を立てていくことである。

コンピュータの広域研修でWBSを知った私の同僚ワイナイナは得意気に
「コージ、早くWBS完成させようぜ!」と言ってくる。

"言っとくけど俺はWBSにはこだわるぜ"

ってことでワイナイナとみっちり3日かけてWBSを作り上げた。
ワイナイナも半ベソ状況になりながらも、よくついてこれたと思う。
俺も日本でよく泣かされそうになったり泣かせそうになったりしながらやったもんだ。

でも、WBSに日付は入れなかった。アフリカでは無理だと思ったから。

日付を入れないWBSに意味があるのか?とおっしゃる方々もいることでしょう。

私としてはまず計画表を立てて、それを意識しながら仕事をすることだけで十分だと思うんです。

だって、本当に計画なんてないんだから。
というより、計画立てたってそれ通りに進むわけないんだから。

一言で"LANを構築しましょう"と言うけれど実際にはこれだけやらなければならない
ことがあると言うことを知ってもらいたかっただけかもしれない。

でも、最大の成果はワイナイナがそのWBSを見てやる気満々になったことだ。
IN CHARGEのところにワイナイナの名前を入れるたびに
"任せとけ"と言うワイナイナ。

広域研修やってよかったな。



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2006-11-19

メシよりミュージックな街キタレ

エルゴン山を見にやってきたこのキタレという街で一泊することにした。

旧式のマタツ(乗り合いバス)で知り合ったやさしいお姉さんに宿を
教えてもらって空腹の腹を埋めようと街を散策する。


ナイロビ並みにでかいスーパーマーケットもありこれは食事も期待できるかな?
と思って街を歩くのだが、なぜか食事できるところがない。

しかたなく、PUBでニャマチョマ(ケニア式焼肉)を食べようということになり
PUBに入る。

「ハクナ ニャマチョマ」(ニャマチョマ売り切れ)

と言われ途方にくれた俺たちは仕方なくウガリと肉の切れ端を炒めたものを
5人で食べた。

もちろん空腹は満たされるはずもない。

みんな疲れが出始め、ホテルに帰って寝ると言う始末。

俺は決して眠れない。

なぜなら、このバー 生バンド演奏なんです。

ケニアの伝統楽器ニャチチとバンド構成でいわゆるリンガラと伝統音楽が
フュージョンされてかつエフェクターを使いまくったアンビエントな音楽が
バリバリに流れてる。

まだ時間は7時前だと言うのにみんなアホみたいに踊り狂ってる。

なんだ、なんだ、この街は。。

見渡すともう一つ生バンドのバーがあることに気づく。

食事する場所は一軒もないのに生バンドのバーが2軒もあるなんて。
なんだ、なんなんだ、この街は。。

ということでもう1軒をのぞいてみる事に。

"?"

おかしいだろ。とまず思う。

みな、バンドに背を向けて座っているんだ。
よく見ると、みなテレビのプレミアリーグ(イングランドのサッカー)に夢中でバンドの演奏は誰も聞いていない。

バンドの方を見てるのは俺たちだけ。。
音楽は悪くないのに。。

何だか気分が悪くなり、さっきの店に戻る。

酔っ払いに絡まれたり、10分おきに停電が起きて音楽が止まる。
それでも、ケニアで久しぶりに音楽と一緒になれた夜だった。

雨はいっこうに止まず、この2日間で一度もエルゴン山を見ることができなかった。
だけど、不思議な街キタレとEndevessは最高だった。



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2006-11-18

東アフリカ最大の観光名所"Endevess"

エルゴン山って知ってるだろうか。
ケニアで2番目に高い山。標高4321m。
象が塩を求めて洞窟に集まってくる山。
スワヒリ語で「胸の山」と呼ばれる山。



ふと、見てみたいと思った。

「明日、エルゴン山行かない?」
と声をかけたのは一人だけなんだけどなぜか5人集まってた。

みんなエルゴン山がどこにあるか知らない。
とりあえずキタレという街から見れるらしいので行って見る。
予想よりも大きなキタレという街でその街の存在を入手した。

Endevess

後に伝説となるこの町は俺らの中では東アフリカ最大の観光名所となっている。

なぜ?なぜ?なぜ?
の連続の街Endevess
もう一度行こうと思う。




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2006-11-03

異国の地に住むということ

意地悪なケニア人に家を追い出されて引越しをするはめになった。
ケニア人は良い人が多いけどもちろん嫌な人だっている。(当たり前だね)



その人はケニア人にしては本当に珍しいくらいに嫌な人でいろいろと意地悪をされた。
最初から出ていってくれと言えばまだこっちも気持ちがいい。
だけど、嘘に嘘を重ねられ、金も取られ、挙げ句の果てに家を追い出された。

ちょうど配属変更で駆け回ってるときで精神的にもコタエタ。
そして、広域研修で最高に忙しい時に引越しをするはめに。
(研修の前の日に荷物を引き払い、研修終了直後に引越し。。)


新しい家も同じ学校の敷地内にあって間取りも同じ。
(言い忘れてたけど俺は学校職員じゃないけど、とある学校の職員住宅の
使用人小屋に間借りしている)

だから、引越しっといっても特にインパクトがあるわけじゃないんだけど
途上国で家を探すということの大変さを思い知った。

「あそこ住んでいいから、ここ出てって」(そこに住んでいいっていうのは嘘)

「ここ住んでいいよ」(住めるように修理するのに半年はかかる)

「こんだけ払ってくれないとダメ」(法外な価格)

「詳しくは明日話そう」(もちろんドタキャン)

引越しを決めるのにどれほどの時間と労力を使ったことだろう。


協力隊の中では家をJICAが決めてくれる国もあるらしいがケニアは配属先が探すことになってる。
でも、配属先もいい加減なもんだからたいていは隊員が探すことに。
(JICAもいい加減だしね。。)

田舎だと外人が住むような家がほとんど無いから必然的に絞られて意外と楽。
都市の場合は本当に難しい。
不動産屋なんてないから自分で探さないとならない。
ケニア人にも金持ちはたくさんいるから良い物件はクチコミですぐに埋まってしまう。
だから良い物件は自分で探して決めないといけない。

なかには30万人ほどの都市の空き家を全て見て歩いた隊員がいる。
その間、ホテルぐらし。もちろん仕事もするから仕事の合間を縫って家探し。
一日30Kmは歩いていたらしい。

加えてケニアの場合治安の確保と予算の折り合いをつける必要もある。
(治安が守られている家は当然家賃も高い)
俺も大変だったけど、比較的安全な場所を確保できたからラッキーだったかな。

こんな経験はしなくていいのかも知れないけど、それで地元と
ネットワークができたり友達が増えたりする。
異国の地に住むということにおいて地元とのネットワークは本当に重要。
生死の問題にすらなりうる。

コミュニケーションのとりにくい都市部に住んでいることもあって今回の件で得たものは小さくない。


振り返ると、この時期はホントにしんどい時期で精神的にも肉体的にもきつくて
周りを見渡せる余裕が無かった。人を気遣う余裕が無かった。

取り返しのつかないことをしてしまったのもこの時期だった。
それで大切なものを失ってしまったのだけれど、俺はそれで強くなれた気がする。かな?










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2006-11-02

忘れられない一日






今日は俺の28回目の誕生日だった。

広域研修も終わり、ケニアに来てもう少しで1年。
ようやく活動も先が見えてきて、まさにこれから!
って感じで迎えたバースデー。

広域研修に参加していたガーナから来た同期の隊員をナイロビの
ナショナルパークへ連れて行きました。

シマウマとキリンが見たいという彼女だったけどパークの中では爆睡してた。

いろんなことがあった27歳だったなぁ。
最後の最後でとってもとっても嫌なことがあったけど、
シマウマやキリンに祝福される誕生日ってのも悪くないよね。

とにかく、今年の誕生日は一生忘れられない日になりそうです。




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2006-11-01

広域研修レポートその4 "打ち上げ"編

広域研修の全てのセッションが終了。
JICA所長から修了証明書をもらったカウンターパートたちも大喜び。

その日のうちに帰らなければならないタンザニアの方々には申し訳ないが
残った人達で打ち上げ。




ナイロビの日本料理屋で寿司、鉄板料理と豪勢にいただく。
そのあとはナイロビのクラブに出かけたり、ホテルのバーで語り合ったりと
それぞれの時間を過ごした。

久しぶりにあった同期の隊員や新たに出会う隊員。
同じような悩みや苦しみをもつ隊員との出会いは貴重なもの。

ほとんど毎日徹夜状態だったけどそういう交流だけは大切にしていた。
コンピュータ業界の人って多忙だし、コミュニケートが希薄になりがちな仕事
だからこそ、そうした時間を惜しまない人が多い。
どれだけ忙しくても必ず飲み会には参加する人が多いってのは嬉しいことだ。

でも、残念なのはカウンターパートたちとはなかなか一緒の時間を過ごせなかったこと。
それはやっぱり金銭感覚の違いの問題もある。
開催者側としてやはり親睦会のような場をセッティングすべきだったと思った。

でも、アフリカ中に知合いができたことは俺達にとっても彼らにとっても嬉しいこと
であって、それが広域研修の最大の目的であるのかも知れない。

とにかく、すっごく疲れたけれどやってよかった。
参加するだけじゃなくて、開催する側になれてラッキーだったなって思ってる。


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