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2007-04-13

ケニア流の酒の飲み方



ケニアで仲間同士で酒を飲むときはたいてい順番に
酒を奢り合うのがルール。

3人で飲んでたらまず3本の酒をオーダーし、それがなくなると
次の人がまた3本オーダーする。

誰かが飲み終わると自動的に追加でオーダーされるので
ペースが遅れると自分のテーブルに未開封の酒がたまって行く。

帰るタイミングは自分の番が来たときに

"これで最後にしようか?"

と、それとなく切り出すのがスマートなやり方。


だけど、相手が金持ちだったりすると順番は関係なくてその人が
全部おごってくれることになる。

そうなると、帰るタイミングを切り出すことが難しい。

次々に酒がやってきて、どんどんテーブルにビールがたまって行く。
そんな状況で"じゃあ、帰るね"とは言えない。

言ったとしても

"それ、全部飲んでから帰りなよ。"

って優しく言ってくれる。。

それでがんばって全部飲んだら、やっぱりもう一本追加される。

こんな感じでいつまでたっても帰れなくなるのだ。。


昨日は5時から飲み始めて12時過ぎまで帰れなかった。。

治安さえ良ければ最高な文化なんだけどねぇぇ。。。




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2007-04-11

skypeで大はしゃぎ

職場にドネーションで常時接続高速インターネットがやってきて数ヶ月。
みなインターネットでメールを見たり、ニュースを読んだり。

でも、思ったより利用状況は高くない。

そんなにメールがくるわけじゃないし、メール出す相手がそんなにいないから。
ネットで読めるケニアのニュースは少ないから。

おじさん、おばさんばかりのこの職場ではやはりインターネットより
リアルなおしゃべりの方が魅力的な様子。


ネットより仲間とおしゃべりしてる方が楽しい。
昼飯を食べる金はなくても高い携帯電話を使っておしゃべりする。


そんなある日ナイロビからやってきた人がSkypeをインストールしていった。

目的はナイロビとビデオ会議をするため。

無料で電話ができると聞いて彼らは大興奮。
テスト通話でも子供のようにはしゃいでた。

めちゃくちゃデカイ声で

"もしもし?""もしもし?""もしもし?""もしもし?""もしもし?""もしもし?"

とずっと繰り返してる。
何となくほほえましい光景。


でも、次の日には彼らは気づいてしまった。

"電話をかける人がいない。。"

ケニアでSkype使えるネット環境なんてほとんどないからね。

結局、その日以来Skypeは使われていない。。





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2007-04-09

イースターホリデイ

ケニアは休日が少ない。
連休はクリスマスとイースターだけ。

で、そのイースター休みがやってきた。
役所勤めの俺にとってはかなり貴重な4連休。

でも、どこにも行く気がしなくて任地でのんびりしようと思った。

気がつくと近所の専門家の人と昼から毎日飲み明かしてた。

"さすがに体に良くないでしょ?"ってことになって、
山賊が出るって言われてる近くの山へピクニックに行った。


実際はすごく美しいところで巨大なクレーターとフラミンゴに染まる湖を
見ながら汗でアルコールを吹き飛ばした。

結局すごく気に入って次の日も行ってしまった。

日曜の夜は近所のケニア人の友達の家で酒飲んで大騒ぎした。
デイダンと"結局女ってのはよぉ・・"って話しながら酒飲んで
ケニアも日本も恋愛に関しては大体おんなじだって通じ合った。
それからデイダンがどっかで手に入れた日本のエロビデオを見ながらみんなで大爆笑。

最後の日は5時間の散歩を終えてから家の庭の草むしりした。
死ぬほど蚊に刺されながら、もはや雑草とは呼べないほど巨大な草たちを刈り取った。


そんなこんなで4日間という休みは終わった。
使った金額ゼロ。(奢ってもらってばかりいた)

何だかよくわからない過ごし方だったけど、悪くなかった。
旅行もいいけど、こんなのもいいな。


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2007-04-06

将来のことを考えている


"あんな世界を作りたいんだ"


俺にそれができるの?

俺に足りないのは何?

俺にできるのは何?

今俺がすべきことは何?


そんなことを考えてる。



人生とは "何をするのか"

ではなくて "どう生きるか" 

なのであれば俺はおそらくその世界のために死ぬまで
もがき続けることになるんだと思う。

苦しい生き方かもしれない。
もっと簡単な生き方、自分の身の丈に合った生き方があるとは思う。

かつて俺はそんな生き方を選んだ。

"自分の生きたいように生きるなんて自分勝手なだけだ"
"世の中は夢語ってるほど甘くはないんだ"


そんな風に自分を追いこんで、
作られた社会のなかで必死に働いて
自分の本当の心を閉じ込めて生きてきた。

でも俺は知ってたんだ。

"自分に嘘をついて生きていくことはできやしない"って。

運命とかいう言葉は使いたくはないけれど、
ガキのころから知ってたんだ。

自分がどう生きていくかってことを。

だけど自信がなかった。
だから自分を見ようとしなかった。

でも、恥ずかしいくらいに、痛いくらいに、自分の心をさぐっているうちに
自信なんてあんまり関係ないってことがわかってきた。

自分の心が見えてればそれに従うしかないんだ。

必要なのは自分の心を見ようとする勇気。
そして、それに負けないだけの強さ。

そこから自信は生まれるのかな。


正直言ってメチャメチャ怖いよ。
今でも逃げ出したいくらいさ。
だけど、楽しみなんだ。ワクワクするんだ。

そんな気持ちわかるでしょ?



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2007-04-02

Uongo ni spice(嘘はスパイス)




エイプリルフールで嘘をついた。

そしたら

笑ってくれた人がいた。

心配してくれた人がいた。

怒ってくれた人がいた。

叱ってくれた人がいた。


嘘は良くない。
それは間違いない。

でも、ケニア人はよくこんなことを言う。

"嘘はスパイス"

嘘をうまく使うことで物事が、人生が素晴らしいものにもなる。


ユーモアを笑う心は心を豊かにする。

人を心配する思いやりは心を優しくする。

悪いことに怒ることは心を清くする。

友を叱ることは心を強くする。


でも、スパイスの使いすぎは良くないよね。
もう嘘はつかないっす。


みんな愛してるよ~。
ごめんね~。


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2007-04-01

きょうはなんの日?

普段、正直に生きてる俺だもん。
この日くらいはいいでしょ?
今日は4月1日。

そう、えいぷりるふーる。

誰が決めたのか知らんけど、俺はこういうの大好き。

嘘をつくことで誰かがハッピーになれることがあるのなら
俺は本気で嘘をつくさ。

ということで、しばらくケニアで踏ん張ります。
へへへ~。




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2007-03-31

Nilikwa na wageni kutoka Zanbia!

ケニアでの研修に参加するためにザンビアから理数科教師の協力隊員が3名やってきた。
内2名は同期で、久しぶりの再開を果たすためにナイロビに行ってきた。

内陸国のザンビアから来た彼らはナイロビの日本料理屋の刺身と寿司に大興奮。
ちなみに俺も滅多にナイロビで寿司なんて食べないので大興奮。

そのあとはナイロビのクラブへ出かけてトーク・トーク&ダンス・ダンス。


訓練中の思い出話から、任国での活動など。
たわいもないことから、真剣な話まで。

すっげー辛かった経験も酒飲んで、踊ってしまえばあっという間に笑い話さ。

やっぱり仲間はいいですね。
そしてやっぱり都会はいいですね。

あぁ、ケニアにみんな遊びに来られればいいのになぁ。。





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2007-03-30

今日の言葉(タンザニア)


"Respect little things"
Tnazanian proverb

いかにも途上国って感じのところで、
いかにも協力隊って感じの活動をしている。

そんな隊員は取材を受けることも多い。
なかには、マスコミに大々的に取り上げられるような人もいる。

そんな隊員の活動を見て協力隊に憧れる人がたくさんいる。

俺はそんなことを狙ってたわけじゃないけど、そんなことをするんだと思ってた。


俺の人生はいつもそうだった。
いつも何かをしようと思ったときに物事がうまい方向に進んでいった。

俺は幸運の星の下に生まれたんだと思ってたようなところがあった。


で、今の俺。

"・・・"

"なんてちっぽけなんだろう。。"

"こんなことしか俺にはできないんだろうか。。"

取材なんか絶対来ないだろうし、
俺の活動を見て協力隊になりたいって思う人なんていないだろう。

なんて考えたりして、
しばらくは自分を情けなく思ったり、
相手が求めていない活動に手を伸ばそうとしたときもあった。

きっと、俺がいなくたって彼らは困らないし、
俺がいなくなったらきっとすぐに俺のことを忘れてしまうだろう。

まったく俺のことに興味を示さないし、期待もしてない。
やることなすこと全てがうまく行かない。

そんななかで、できることを辛抱強くやってきた。
ちっぽけだなぁって今でも思う。


でも、最近はそんなちっぽけなことに俺はプライドをもてるようになってきたんだ。

ちっぽけながらも、作り上げた俺の地位と仕事。
ちっぽけながらも、ちょっとずつ変わりだした彼らの態度。

そんなものがどれほどケニアのためになるのか、彼らのためになるか?
それは自信はない。

でも、今は負け惜しみでなくてこう思える。

この配属先でよかったな。。

自分の弱さを知れたから。
人の痛みを知れたから。
今までの俺の人生は気づかないところでいろんな人が支えてくれてたってことに気づけたから。


ちっぽけなことからでっかいことを学ぶことができる。
ちっぽけなことがでっかいことに繋がる。


これからの自分がちょっとだけ楽しみになってきた。



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2007-03-28

ブンカカイはエエンカイ その2

分科会のことをいろいろ書いたけど、一つ理想とする形態を知ってました。

それはケニアの"エイズ対策プロジェクト"。


JICAには専門家というボランティアではなく給与とプロジェクト予算を与えられた
特別な専門性を持った人が数多く派遣されている。

また、ボランティアを調整する仕事としてフィールドコーディネーター(FC)
という人もいる。

このプロジェクトでは
エイズの国家機関に専門家を配置し、
州機関にFCを配置し、
県機関に隊員を配置している。

(ちなみに俺もそのメンバーの一人)

JICAの予算を国のトップからボトムまで効果的に使うことができるし、
それぞれが自分の立場を理解して活動することができる。

そして、各レベルでの情報を共有すると言う目的で数カ月おきに集まっている。

これなら自分の活動にもメリットがあるし、何日も配属先を留守にする必要はない。

でも、それを隊員だけでやることなんかできないよね。
これにしたって、文句を言っている人少なくないし。。

俺の場合はこのプロジェクトからちょっとはみ出てて活動の幅が広がるような
情報はほとんどないしね。


現実として今、自分が考えていることは

"同じ任地の隊員で任地の住民のために自分たちができることをやる"

ってことです。

同じ任地(もしくはご近所)の隊員は全然職種も活動内容も違う人ばかりだけど
街の住民にお世話になっているのは共通している。

なんか恩返しできるような活動ができないか、近いうちにみんなに相談してみよーっと。




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2007-03-27

ブンカカイはエエンカイ?

ケニアのコンピュータ技術隊員の間で分科会が作られようとしている。
それは広域研修の前後あたりから話には出ていた。

俺は今のところ参加を見送っている。

理由はナイロビに行くのが大変だから。
平日に配属先を休んで行くほどの理由が見つからないから。


"分科会活動(ブンカカイ・カツドウ)"

主に隊員が持っている技術を集結して自分ひとりではできない
活動をやろうって会の活動。

俺はこういうの嫌いではない。




会社員時代も勉強会とかよく開いてた。
それにみんなで何かするってやっぱ楽しいじゃん。


でも、協力隊の場合は "任国の人と共に" ってのが重くのしかかって
隊員だけの活動に対して毛嫌いする人もいたりする。

俺は日本人だけでやる活動が悪いことばかりだとも思ってない。
日本人(外国人)にしかできないことってやっぱあると思う。

だけど、以前書いたように最初の1年はこうした活動はすべきじゃないと
思ってるから今までは"見ざる、聞かざる"で通してきた。

だけど、もう俺も1年経ってるわけだし、分科会ってのをやってもいいかとは思ってる。


でも、それをやるのって簡単なことじゃない。
地方の隊員と連絡取ることだけでも難しいしね。

でも、それ以上に難しいのは
"なんでそれをやるの?"っていうconsensusを取ることだと思う。

隊員はそれぞれにそれぞれの活動を持っているわけだし、
それぞれにメリットがなければ続かないだろう。

任地での活動のウップンを晴らすかのようにド派手な活動になってしまったり、
仲間といろんなところ行けて楽しい!で終わってしまったり。

配属先の同僚を巻き込んでいければいいのだけれど、
交通費や日当なんかの問題で挫折してしまう。

そういうことに知恵や時間を費やしている時間があったらやっぱり
配属先で時間を費やしたい。

配属先での活動と分科会の活動の両立はやっぱり難しい。

仕事なんてそれほどあるわけじゃないけれど、
途上国では何が起きるか予想もつかないから、
常に職場で人の行動に目を光らせていないとならない。

それで自分の活動が大きく進んだり、全てがダメになったりするから。
それを考えるとやっぱりそんなに職場を留守にはできない。

そんなこんなで分科会はあまりうまくは行かないもの。

じゃぁ、やらなきゃいいじゃん。
ってことになるけれど、それもつまんないよなぁ。

それぞれが持ってる技術を持ち寄って自分ひとりでは到底できないような
"きっかけ"を途上国の人たちに与えられるのなら素晴らしいよね。

職場を留守にした分、職場に還元できるような活動になればいいけれど
それを作り上げるには相当の犠牲を払わないとならないもの。

う~ん。
やっぱり難しいなぁ。
他の国の分科会の活動ってどうなんだろう?

そんな難しいこと考えてないのかな?
それとも俺の思いもよらないステキなやり方が存在するのだろうか?




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2007-03-24

分析するまでもない夢

標高の高いところでは睡眠が浅くなるらしい。
俺のマットレスはケニア人も"要らない"って言うくらいベッコベッコで眠りにくい。
酒の力を借りないと寝付けないことも多いから眠りはさらに浅くなる。

だから、いろんな夢を見る。
それも自分の精神状況をわかりやすいほどに映し出すような夢を。。

こないだ見た夢はこんなかんじだった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ラグビーの大事な試合がある。
負けたら引退。

集合時間に遅れそうな俺は急いでいた。

そんなときに俺は道でばったりケニア人と出会って話し込んでしまう。

そのうちに俺は試合のことをすっかり忘れてしまってケニア人と
散歩に出かけてしまうのだ。

そして試合のことを思い出した。
時計を見るともう試合終了の時間。

あわてて会場に向かった。

チームのメンバーは俺と目を合わそうともしない。

俺は正直に"ケニア人と遊んでた"って謝ろうと決めていたんだけど

俺の口から出た言葉は

"いやー、困ってるケニア人がいたんで助けてたんだよ~。ごめんごめん。"


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

俺はいろんなものを犠牲にしてケニアにやって来た。
その覚悟もあったし、なんかをやってやるってみんなに言いきってやってきた。

そんな彼らに嘘をつくようなことはしたくない。

でも、俺は彼らに胸を張って言えるようなことをしているだろうか?
いつか俺はケニアでの時間を美化してしまうんじゃないか?

そんな焦りのようなものを感じてたんだろう。

今は多少無理したっていいと思ってる。
ケニアのため。自分のため。みんなのために胸を張れなくても
嘘をつかないですむ程度のことはやってやろうと思う。




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2007-03-20

フォトグラファー その3

以前いっしょに食事してゲームサファリをした写真家が他の隊員と
トラブルを起こしていたことを知った。

http://tef-tef.blogspot.com/2007/01/blog-post_27.html
http://tef-tef.blogspot.com/2007/01/blog-post_28.html

その写真家はエイズ対策隊員の活動をサラーと見てこう言ったらしい。

「瀕死のエイズ患者の写真が撮りたいんだけど・・・」

その発言に隊員は怒りを抑えられなかったという。


自分の活動は末期のエイズ患者のケアではないし、
エイズと言う病気をろくに知らない人が突然やってきて
エイズで苦しんでいる写真を撮って日本で公表するという。

エイズは確かに怖い。
でも、知識と行動によって防げる病気なんだ。
だからこそ、隊員が必死になってエイズの拡大を防ごうとしている。

瀕死の患者の写真を見て無知な人は
「エイズってコワーイ!」、「アフリカってかわいそう。。」
なんて思うかもしれない。

エイズは日本にもあるし、ネガティブなイメージを抱くことは
結果としてエイズ予防にはマイナスになる。
それはアフリカではもはや常識。

アフリカではエイズ患者は希望を持って生きようと多くの人と
(本当に多くの人と)ともにいろいろな活動をしている。

そんな姿を見てもらいたかった彼女はその写真家に対して
怒りを感じると共に日本のエイズに対する知識の低さを嘆いていた。



写真ってなんだろう。

写真に写るものに嘘はない。
でも、真実であるかどうかは判断つかない。

写真家は写真で表現するわけだし、
瀕死のエイズ患者で表現することは彼女の自由であるかもしれない。

希望を持って生きているエイズ患者も嘘じゃないし、
瀕死のエイズ患者も嘘じゃない。

写真は撮る者の自由だし、どう解釈するかは観る者の自由。
真実は一つだけじゃないかもしれない。

"撮られる者の表現"と"撮る者の表現"、
そして"観る者の解釈"が一致する写真なんてあるのかな?

とにかく、せっかくがんばってる隊員のところに一流の写真家が
訪れたんだから十分に話し合って納得できる写真を撮ってもらいたかったな。

写真家も今回の取材にエイズが含まれているんだから多少は勉強してきてほしかったな。
感性だけで撮った写真に付き合わされるなんてまっぴらごめんですから。






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2007-03-19

アフリカナイズド

俺がアフリカに来て最もイライラするのは
日本人が日本人の良いところを失い、
アフリカの悪いところばかりを吸収しているのを見ること。

それでアフリカの悪口なんか言われたら俺はそいつとは口もききたくない。

日本人なのに平気で時間に遅れたり、
約束を守らなかったり、
計画も持たずに仕事をしたり。

現地に溶け込むことはとても大切だけど自分が日本人であるという
意識は忘れちゃダメだと俺は思ってる。



で、何が言いたいかというとセルゴンのこと。

彼はちょっと前まで同じオフィスで働いていたんだけどナイロビに転勤になった。
今回トレーニングでナイロビに来ていたので彼に会いに行った。

彼はEpidemiology(疫病学)の修士号を持ち、まだ若いのだがその働きが
認められて異例の昇進をとげて保健省でかなりのポストを与えられた。

彼はもちろんケニア人でケニア生まれのケニア育ち。
でも、時間を守る。約束も守る。計画どおりに仕事をこなす。
論理的に物事を進めていく。

でも、やっぱりケニア人だから挨拶は大事にするし、
家族や友人をとても大切にする。
人に対してとてもやさしいし、誰かを正面きって批判することもない。

そんな彼は俺の悩みについても親身にそして適切にアドバイスしてくれる。

"ケルーニョが酒ばっか飲んで仕事に来ないんだよ。
でも俺が注意するのってどうなんだろう?"

"酒を飲んで仕事に来ないことがいいことか?
誰かが言ってあげないと職場のためにも彼のためにもならないだろ。"


"CDCがくれたサーバーなんだけどパスワード知らないから置いたままだよ。
別に必要ないし、CDCの私欲だから俺はどうでもいいや。"

"確かにそうかもしれないけど、誰かのお金が使われているんだよ。
そのお金を最大限に利用することが俺たちの仕事じゃないのかい?
コージにしかできないならお前がやらないでどうするんだ?"


いろんな人のいろんな良い所を吸収していければステキだよね。
だからステキな人ともっと出会いたいし、
自分がもっとステキな人になって誰かが俺から何かを学んでくれたら
すごく嬉しいと思う。




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2007-03-17

"がんばれ"って意味

いつの頃からか"がんばれ"っていう言葉がネガティブな意味を持つようになってしまった。

それは、"がんばれ"って言われることでその人が
"もっとがんばらないと・・・"と思って無理をしてしまうから。

それはわかる。
会社員時代に多忙とプレッシャーにより鬱病にかかる人を何人も見てきた。


でも、俺は"がんばれ"って言葉が好きだ。


好きな人にはやっぱりがんばってもらいたいからね。
大切な友達にはやっぱり"がんばれ"って言うよ。

それで相手が

"自分のことをわかってくれない"

なんて考えてしまうかもしれないけど
やっぱり他人のことはわかりあえっこないんだから
俺は"がんばれ"って言うよ。

その"がんばれ"ってのに含まれた意味を感じてくれる相手ならね。


"俺はあんたに輝いていてほしいんだ!"

"俺はあんたのやり方でがんばってほしいんだ!"

"だけど、俺はあんたが出来る限りを尽くしたうえで諦めるんならどんな結果でも受け入れるさ!"


そんな思いがこもった"がんばれ"って言葉。
好きな人にだから使いたい。

そして自分もがんばって生きていたい。


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2007-03-16

データマネージメント トレーニング

ケニアのエイズ対策はだいぶ進んできてて
ARTと呼ばれる免疫力を維持する薬も無料で配布されている。

(ART:病気を治すことはできないけど進行を抑える薬。
感染者はこの薬を一生飲み続けることでエイズの発症を抑えることができる。)


この薬は一生飲み続けなければならないから薬が途絶えることはあってはならない。
いかに効率的に薬を感染者に配布するか?
といったロジスティックなレベルの対策が今ケニアでは重要視されている。


それにはいかに正確に迅速に状況を把握することが必要。

どんなデータが必要で、
どうやって集計して、
どうやって分析して、
どうやってデータを利用するか?

そんなことを目的としたトレーニングに参加した。

Epi-Infoと呼ばれる無料で配布されている疫学用の統計ソフトウェアを使用した
高度な分析技術を学んだ。




確かに便利だけど、どうやって同僚たちに伝えていけばいいのだろう?

データベースを使用したこのソフト。
エクセルと違ってデータそのものを視覚的に操れないぶん、きちんと利用方法を
身につけないとデータの分析はおろかデータの蓄積もできなくなる可能性がある。

難しい課題だけど、やる価値はあるかな。

がんばってみます。



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2007-03-10

人間というもの

よく聞く言葉。

"途上国の人は怠け者"

確かにそうだ。
ろくに働きもせずに不満ばかり言ってる人が多い。


でも、もう少し広い視野でものを見てみる。


仕事をしても金なんかたまらない。
仕事をしなくても何とか食える。

やりがいのない仕事。
人に感謝されない仕事。

どれだけ頑張ったって先進国にはなれない世の中の仕組み。
先進国が今の富を手に入れるために自分たちから搾取してきた事実。

そんななかでどれだけの人が生きがいを持ちながら働けるだろう?

俺がケニアで生まれてケニアで育ってたらきっと今のようには働けない。
きっと昼から酒飲んでふらふらしてるんだと思う。

どれほどの人間が”自分は怠け者ではない”と言い切れるだろうか?

人間はそんなに強くない。

人を動かしたいと思うなら人間というものをもっと知る必要があると思う。



よく聞く言葉。

"途上国の汚職はひどい"


確かにそう見える。
ケニアでは何兆円というお金が個人の懐に消えている。
国中に貧しい人がいて、われわれやケニア人の税金が個人の肥やしになっている。


でも、もう少し広い視野でものを見てみる。

日本に不正はないのか?

書類を一つ書き換えるだけで欲しい物が手に入る。
真面目に働いていては絶対に手に入らないお金が手に入る。

それで逮捕されるような制度もない。
それをチェックするシステムがないから。
だから多かれ少なかれみんなやってる。

確かに人々は貧しい。
でも、先進国はみんな金持ちじゃないか!
どうして俺が金持ちになっちゃいけないんだ?

そんななかでどれだけの人が目の前の大金に手をつけないで入れるだろう?

俺がケニアで生まれてケニアで育ってたらきっと不正をしてただろう。
それが悪いことだと言うことにすら気づかずに。

人間はそんなに強くない。

世の中を良くしたいと思うなら人間というものをもっと知る必要がある。






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2007-03-09

アフリカの国々



キーゲン君と話すと必ずこの話題になる

「コージ。ケニアはダメな国だよ。」

「でも、お前の国だろ?もっとプライドを持ちなよ。」

「プライド?どうやったらこんな国にプライドをもてるんだい?
みんなケニア人に生まれたことを後悔してるんだぜ。」


全員がキーゲン君のようなことを言うわけじゃないけど、
少数の意見ではないと思う。

これじゃぁ、だめだ。。



なんて思うけど、アフリカってものを考えるとキーゲン君が言うことも
簡単には否定はできない。


サハラ砂漠によって遮断された大陸。
そして獰猛な巨大野生動物に支配された大陸。

農業したって収穫前にきっと全て象に食べられちゃうさ。
おっきい家を建てようったって工事してる間にライオンに食べられちゃうさ。


国家というものは富の集約と配分のシステムだと思う。
それにはまず誰かが富を得なければならない。

それによって食料調達という労働から解放された集団が生まれ、
彼らが国家というシステムを作り出し、科学や芸術を生み出す。

そして巨大な脳みそを持った人類はそれがビッグバンであるかのように飛躍的な進歩を見せる。
だけど国家を持たない国はいつまでたっても石器時代のまま。

結局アフリカにおいてヨーロッパ列強に支配されるまで国家を作り出せなかった。

※もちろん、植民地以前にもアフリカにもいろいろあったけど
ヨーロッパはもちろんアジアの国と比べても遅れてたのは間違いない。
価値観があまりにも違いすぎた。。


そして、アフリカは植民地として国家が作り上げられた。
勝手に引かれた国境。
勝手に作られた国家システム。
それはアフリカ人のためのものなんかじゃ決してない。

きっとアフリカの人たちは
"独立したらきっと夢の世界が待ってる"って思ったことと思う。

でも、実際に待っていたのは先進国が作り上げた世界的な弱肉強食のシステムだった。

圧倒的な差を持った状態で熾烈な競争を繰り広げる世界のシステムに追いつけるはずがない。
他の国が数千年もかけて作り上げてきたシステムを独立して50年もたたない国が作れるはずがない。

でも、未来はないのか?なんては思わない。
ちょっとずつちょっとずつ良くなってると思うんだ。

植民地時代を知らない世代が国家を担う時代がもうじき来る。
ケニアと言う国家に生まれて育った世代が国家を担う時代がもうじき来る。
ケニアで教育を受けた世代が国家を担う時代がもうじき来る。


時間はかかるかもしれないけれど、キーゲン君の子供や孫の世代は少なくとも
ケニア人として生まれて後悔しているなんて言葉を聞かずに住む国になっていてほしいと思う。




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2007-03-03

本当の友ならば

人生の先輩であり、よき友でもある人と酒を飲みながら話してた。


"あんたの人生だから俺は何も言わない"

"人生いろいろ、人それぞれ"

相手の価値観を尊重するという名のもとに他人に干渉することが少なくなってる気がする。


人と人の関係は価値観の押し付け合いさ。



本当の友達なら誰がなんと言おうと自分が間違ってると思ったら
ぶん殴ってでも自分の価値観を押し付けるべきだ。

そして友達なら一度くらいの過ちは許せ。
でも、決して裏切りは許すな。
そして友を裏切るな。

良い友を持ちたいなら自分を磨け。
魅力ある人間に魅力ある友達が集まるのだから。


もっと泥臭い人間関係を築いたっていいんじゃない?

そんな男くさい会話を男くさい二人で止むことなく続けた。
この人と出会えて良かったって思えた夜。





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2007-03-02

出張レポート6 ”呪いのメカニズム”

以前mixiの日記でケニアの呪いについて書いたけど、今回もいろいろ感じたので。

それはエルドレットのモーテルで朝食を取り車に戻ろうとしていた時だった。

車を洗っている男が突然、悲鳴を上げて倒れた。
倒れたときに頭を打って血を流しながら、痙攣してる。
その男はその場にいた人の車で病院に連れて行かれた。

おそらく、癲癇の発作。あるいは心臓発作なんだろうけど俺はそういうの
見たこともなかったからかなり衝撃を受けた。

ドライバーのキーゲン君はそれを見てこう言った。

"彼はここのモーテルのオーナーの息子だ。
きっとオーナーはこのモーテルを建てるときに悪いことをしたんだ。
だから、その呪いが彼の息子にかかったんだな。"




呪い。

ケニア人には呪いが確かに息づいている。
彼らはそれによって人に恨まれることを避けようとする。
呪いが社会的規範となっているのだ。

"呪いにかかるから悪いことをしてはいけない"

それってとてもわかりやすい理論だ。
でも、呪いってのは呪い返すこともできる。
呪いを破ることもできる。

そして何より、

"悪いことをしてはいけないのは人に迷惑をかけるから"

といった倫理観が欠落している。
だから、呪いが効かなくなっときその社会は恐ろしい状況になりかねない。

全てが呪いのせいとは言わないけれど今のケニア。やっぱりおかしい。

国民の半分以上が貧困に苦しんでいるというのに金持ちがいっぱいいる。
なかには世界の富豪トップ10にランクインしたことがある人がいる。
ケニアの大統領の給料はアメリカの大統領より日本の首相より高い。

おかしいでしょ?

彼らのお金が少しでも国民に渡ればたいていのことは自分でできる国なのにさ。。

呪いの文化はそれが崩壊したときに全ての人に呪いが降りかかる結末なのかもしれない。。



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2007-03-01

出張レポート5 ”リプロダクティブ”

今回の出張の本来の目的はリプロダクティブヘルスのスーパーヴィジョン。
(そこに俺が付いてっただけ)

今まで大きな怪我も病気もしたことがない俺は病院自体あまり縁がない。
しかも出産なんてなおさら。

今回いろんな病院のリプロダクティブヘルス施設を見て回った。

”え!ここで出産?”

って思うような気がするけど、たいていのケニア人は自宅で出産する。
家ったって野外みたいなもんだから、それに比べれば安全なんだろう。

そこで俺の同僚が一つ一つの処理や道具の使い方をチェックしていく。
そんな同僚の知識には敬服するのだがそこはケニア人。
話がながーーーーい。

一つの病院をチェックするのに4時間から5時間。
その間患者は待ち続けることになる。

お金のかかる病院に来るほどだからよっぽどひどい患者も多いだろう。
しかも車なんか持ってないから何十キロも歩いてきたんだろう。

どうにかしたいけど、彼らがやっていることも大切なことだしね。。







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