2007-03-31

Nilikwa na wageni kutoka Zanbia!

ケニアでの研修に参加するためにザンビアから理数科教師の協力隊員が3名やってきた。
内2名は同期で、久しぶりの再開を果たすためにナイロビに行ってきた。

内陸国のザンビアから来た彼らはナイロビの日本料理屋の刺身と寿司に大興奮。
ちなみに俺も滅多にナイロビで寿司なんて食べないので大興奮。

そのあとはナイロビのクラブへ出かけてトーク・トーク&ダンス・ダンス。


訓練中の思い出話から、任国での活動など。
たわいもないことから、真剣な話まで。

すっげー辛かった経験も酒飲んで、踊ってしまえばあっという間に笑い話さ。

やっぱり仲間はいいですね。
そしてやっぱり都会はいいですね。

あぁ、ケニアにみんな遊びに来られればいいのになぁ。。





"・・・続きを読む!"

2007-03-30

今日の言葉(タンザニア)


"Respect little things"
Tnazanian proverb

いかにも途上国って感じのところで、
いかにも協力隊って感じの活動をしている。

そんな隊員は取材を受けることも多い。
なかには、マスコミに大々的に取り上げられるような人もいる。

そんな隊員の活動を見て協力隊に憧れる人がたくさんいる。

俺はそんなことを狙ってたわけじゃないけど、そんなことをするんだと思ってた。


俺の人生はいつもそうだった。
いつも何かをしようと思ったときに物事がうまい方向に進んでいった。

俺は幸運の星の下に生まれたんだと思ってたようなところがあった。


で、今の俺。

"・・・"

"なんてちっぽけなんだろう。。"

"こんなことしか俺にはできないんだろうか。。"

取材なんか絶対来ないだろうし、
俺の活動を見て協力隊になりたいって思う人なんていないだろう。

なんて考えたりして、
しばらくは自分を情けなく思ったり、
相手が求めていない活動に手を伸ばそうとしたときもあった。

きっと、俺がいなくたって彼らは困らないし、
俺がいなくなったらきっとすぐに俺のことを忘れてしまうだろう。

まったく俺のことに興味を示さないし、期待もしてない。
やることなすこと全てがうまく行かない。

そんななかで、できることを辛抱強くやってきた。
ちっぽけだなぁって今でも思う。


でも、最近はそんなちっぽけなことに俺はプライドをもてるようになってきたんだ。

ちっぽけながらも、作り上げた俺の地位と仕事。
ちっぽけながらも、ちょっとずつ変わりだした彼らの態度。

そんなものがどれほどケニアのためになるのか、彼らのためになるか?
それは自信はない。

でも、今は負け惜しみでなくてこう思える。

この配属先でよかったな。。

自分の弱さを知れたから。
人の痛みを知れたから。
今までの俺の人生は気づかないところでいろんな人が支えてくれてたってことに気づけたから。


ちっぽけなことからでっかいことを学ぶことができる。
ちっぽけなことがでっかいことに繋がる。


これからの自分がちょっとだけ楽しみになってきた。



"・・・続きを読む!"

2007-03-28

ブンカカイはエエンカイ その2

分科会のことをいろいろ書いたけど、一つ理想とする形態を知ってました。

それはケニアの"エイズ対策プロジェクト"。


JICAには専門家というボランティアではなく給与とプロジェクト予算を与えられた
特別な専門性を持った人が数多く派遣されている。

また、ボランティアを調整する仕事としてフィールドコーディネーター(FC)
という人もいる。

このプロジェクトでは
エイズの国家機関に専門家を配置し、
州機関にFCを配置し、
県機関に隊員を配置している。

(ちなみに俺もそのメンバーの一人)

JICAの予算を国のトップからボトムまで効果的に使うことができるし、
それぞれが自分の立場を理解して活動することができる。

そして、各レベルでの情報を共有すると言う目的で数カ月おきに集まっている。

これなら自分の活動にもメリットがあるし、何日も配属先を留守にする必要はない。

でも、それを隊員だけでやることなんかできないよね。
これにしたって、文句を言っている人少なくないし。。

俺の場合はこのプロジェクトからちょっとはみ出てて活動の幅が広がるような
情報はほとんどないしね。


現実として今、自分が考えていることは

"同じ任地の隊員で任地の住民のために自分たちができることをやる"

ってことです。

同じ任地(もしくはご近所)の隊員は全然職種も活動内容も違う人ばかりだけど
街の住民にお世話になっているのは共通している。

なんか恩返しできるような活動ができないか、近いうちにみんなに相談してみよーっと。




"・・・続きを読む!"

2007-03-27

ブンカカイはエエンカイ?

ケニアのコンピュータ技術隊員の間で分科会が作られようとしている。
それは広域研修の前後あたりから話には出ていた。

俺は今のところ参加を見送っている。

理由はナイロビに行くのが大変だから。
平日に配属先を休んで行くほどの理由が見つからないから。


"分科会活動(ブンカカイ・カツドウ)"

主に隊員が持っている技術を集結して自分ひとりではできない
活動をやろうって会の活動。

俺はこういうの嫌いではない。




会社員時代も勉強会とかよく開いてた。
それにみんなで何かするってやっぱ楽しいじゃん。


でも、協力隊の場合は "任国の人と共に" ってのが重くのしかかって
隊員だけの活動に対して毛嫌いする人もいたりする。

俺は日本人だけでやる活動が悪いことばかりだとも思ってない。
日本人(外国人)にしかできないことってやっぱあると思う。

だけど、以前書いたように最初の1年はこうした活動はすべきじゃないと
思ってるから今までは"見ざる、聞かざる"で通してきた。

だけど、もう俺も1年経ってるわけだし、分科会ってのをやってもいいかとは思ってる。


でも、それをやるのって簡単なことじゃない。
地方の隊員と連絡取ることだけでも難しいしね。

でも、それ以上に難しいのは
"なんでそれをやるの?"っていうconsensusを取ることだと思う。

隊員はそれぞれにそれぞれの活動を持っているわけだし、
それぞれにメリットがなければ続かないだろう。

任地での活動のウップンを晴らすかのようにド派手な活動になってしまったり、
仲間といろんなところ行けて楽しい!で終わってしまったり。

配属先の同僚を巻き込んでいければいいのだけれど、
交通費や日当なんかの問題で挫折してしまう。

そういうことに知恵や時間を費やしている時間があったらやっぱり
配属先で時間を費やしたい。

配属先での活動と分科会の活動の両立はやっぱり難しい。

仕事なんてそれほどあるわけじゃないけれど、
途上国では何が起きるか予想もつかないから、
常に職場で人の行動に目を光らせていないとならない。

それで自分の活動が大きく進んだり、全てがダメになったりするから。
それを考えるとやっぱりそんなに職場を留守にはできない。

そんなこんなで分科会はあまりうまくは行かないもの。

じゃぁ、やらなきゃいいじゃん。
ってことになるけれど、それもつまんないよなぁ。

それぞれが持ってる技術を持ち寄って自分ひとりでは到底できないような
"きっかけ"を途上国の人たちに与えられるのなら素晴らしいよね。

職場を留守にした分、職場に還元できるような活動になればいいけれど
それを作り上げるには相当の犠牲を払わないとならないもの。

う~ん。
やっぱり難しいなぁ。
他の国の分科会の活動ってどうなんだろう?

そんな難しいこと考えてないのかな?
それとも俺の思いもよらないステキなやり方が存在するのだろうか?




"・・・続きを読む!"

2007-03-24

分析するまでもない夢

標高の高いところでは睡眠が浅くなるらしい。
俺のマットレスはケニア人も"要らない"って言うくらいベッコベッコで眠りにくい。
酒の力を借りないと寝付けないことも多いから眠りはさらに浅くなる。

だから、いろんな夢を見る。
それも自分の精神状況をわかりやすいほどに映し出すような夢を。。

こないだ見た夢はこんなかんじだった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ラグビーの大事な試合がある。
負けたら引退。

集合時間に遅れそうな俺は急いでいた。

そんなときに俺は道でばったりケニア人と出会って話し込んでしまう。

そのうちに俺は試合のことをすっかり忘れてしまってケニア人と
散歩に出かけてしまうのだ。

そして試合のことを思い出した。
時計を見るともう試合終了の時間。

あわてて会場に向かった。

チームのメンバーは俺と目を合わそうともしない。

俺は正直に"ケニア人と遊んでた"って謝ろうと決めていたんだけど

俺の口から出た言葉は

"いやー、困ってるケニア人がいたんで助けてたんだよ~。ごめんごめん。"


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

俺はいろんなものを犠牲にしてケニアにやって来た。
その覚悟もあったし、なんかをやってやるってみんなに言いきってやってきた。

そんな彼らに嘘をつくようなことはしたくない。

でも、俺は彼らに胸を張って言えるようなことをしているだろうか?
いつか俺はケニアでの時間を美化してしまうんじゃないか?

そんな焦りのようなものを感じてたんだろう。

今は多少無理したっていいと思ってる。
ケニアのため。自分のため。みんなのために胸を張れなくても
嘘をつかないですむ程度のことはやってやろうと思う。




"・・・続きを読む!"

2007-03-20

フォトグラファー その3

以前いっしょに食事してゲームサファリをした写真家が他の隊員と
トラブルを起こしていたことを知った。

http://tef-tef.blogspot.com/2007/01/blog-post_27.html
http://tef-tef.blogspot.com/2007/01/blog-post_28.html

その写真家はエイズ対策隊員の活動をサラーと見てこう言ったらしい。

「瀕死のエイズ患者の写真が撮りたいんだけど・・・」

その発言に隊員は怒りを抑えられなかったという。


自分の活動は末期のエイズ患者のケアではないし、
エイズと言う病気をろくに知らない人が突然やってきて
エイズで苦しんでいる写真を撮って日本で公表するという。

エイズは確かに怖い。
でも、知識と行動によって防げる病気なんだ。
だからこそ、隊員が必死になってエイズの拡大を防ごうとしている。

瀕死の患者の写真を見て無知な人は
「エイズってコワーイ!」、「アフリカってかわいそう。。」
なんて思うかもしれない。

エイズは日本にもあるし、ネガティブなイメージを抱くことは
結果としてエイズ予防にはマイナスになる。
それはアフリカではもはや常識。

アフリカではエイズ患者は希望を持って生きようと多くの人と
(本当に多くの人と)ともにいろいろな活動をしている。

そんな姿を見てもらいたかった彼女はその写真家に対して
怒りを感じると共に日本のエイズに対する知識の低さを嘆いていた。



写真ってなんだろう。

写真に写るものに嘘はない。
でも、真実であるかどうかは判断つかない。

写真家は写真で表現するわけだし、
瀕死のエイズ患者で表現することは彼女の自由であるかもしれない。

希望を持って生きているエイズ患者も嘘じゃないし、
瀕死のエイズ患者も嘘じゃない。

写真は撮る者の自由だし、どう解釈するかは観る者の自由。
真実は一つだけじゃないかもしれない。

"撮られる者の表現"と"撮る者の表現"、
そして"観る者の解釈"が一致する写真なんてあるのかな?

とにかく、せっかくがんばってる隊員のところに一流の写真家が
訪れたんだから十分に話し合って納得できる写真を撮ってもらいたかったな。

写真家も今回の取材にエイズが含まれているんだから多少は勉強してきてほしかったな。
感性だけで撮った写真に付き合わされるなんてまっぴらごめんですから。






"・・・続きを読む!"

2007-03-19

アフリカナイズド

俺がアフリカに来て最もイライラするのは
日本人が日本人の良いところを失い、
アフリカの悪いところばかりを吸収しているのを見ること。

それでアフリカの悪口なんか言われたら俺はそいつとは口もききたくない。

日本人なのに平気で時間に遅れたり、
約束を守らなかったり、
計画も持たずに仕事をしたり。

現地に溶け込むことはとても大切だけど自分が日本人であるという
意識は忘れちゃダメだと俺は思ってる。



で、何が言いたいかというとセルゴンのこと。

彼はちょっと前まで同じオフィスで働いていたんだけどナイロビに転勤になった。
今回トレーニングでナイロビに来ていたので彼に会いに行った。

彼はEpidemiology(疫病学)の修士号を持ち、まだ若いのだがその働きが
認められて異例の昇進をとげて保健省でかなりのポストを与えられた。

彼はもちろんケニア人でケニア生まれのケニア育ち。
でも、時間を守る。約束も守る。計画どおりに仕事をこなす。
論理的に物事を進めていく。

でも、やっぱりケニア人だから挨拶は大事にするし、
家族や友人をとても大切にする。
人に対してとてもやさしいし、誰かを正面きって批判することもない。

そんな彼は俺の悩みについても親身にそして適切にアドバイスしてくれる。

"ケルーニョが酒ばっか飲んで仕事に来ないんだよ。
でも俺が注意するのってどうなんだろう?"

"酒を飲んで仕事に来ないことがいいことか?
誰かが言ってあげないと職場のためにも彼のためにもならないだろ。"


"CDCがくれたサーバーなんだけどパスワード知らないから置いたままだよ。
別に必要ないし、CDCの私欲だから俺はどうでもいいや。"

"確かにそうかもしれないけど、誰かのお金が使われているんだよ。
そのお金を最大限に利用することが俺たちの仕事じゃないのかい?
コージにしかできないならお前がやらないでどうするんだ?"


いろんな人のいろんな良い所を吸収していければステキだよね。
だからステキな人ともっと出会いたいし、
自分がもっとステキな人になって誰かが俺から何かを学んでくれたら
すごく嬉しいと思う。




"・・・続きを読む!"

2007-03-17

"がんばれ"って意味

いつの頃からか"がんばれ"っていう言葉がネガティブな意味を持つようになってしまった。

それは、"がんばれ"って言われることでその人が
"もっとがんばらないと・・・"と思って無理をしてしまうから。

それはわかる。
会社員時代に多忙とプレッシャーにより鬱病にかかる人を何人も見てきた。


でも、俺は"がんばれ"って言葉が好きだ。


好きな人にはやっぱりがんばってもらいたいからね。
大切な友達にはやっぱり"がんばれ"って言うよ。

それで相手が

"自分のことをわかってくれない"

なんて考えてしまうかもしれないけど
やっぱり他人のことはわかりあえっこないんだから
俺は"がんばれ"って言うよ。

その"がんばれ"ってのに含まれた意味を感じてくれる相手ならね。


"俺はあんたに輝いていてほしいんだ!"

"俺はあんたのやり方でがんばってほしいんだ!"

"だけど、俺はあんたが出来る限りを尽くしたうえで諦めるんならどんな結果でも受け入れるさ!"


そんな思いがこもった"がんばれ"って言葉。
好きな人にだから使いたい。

そして自分もがんばって生きていたい。


"・・・続きを読む!"

2007-03-16

データマネージメント トレーニング

ケニアのエイズ対策はだいぶ進んできてて
ARTと呼ばれる免疫力を維持する薬も無料で配布されている。

(ART:病気を治すことはできないけど進行を抑える薬。
感染者はこの薬を一生飲み続けることでエイズの発症を抑えることができる。)


この薬は一生飲み続けなければならないから薬が途絶えることはあってはならない。
いかに効率的に薬を感染者に配布するか?
といったロジスティックなレベルの対策が今ケニアでは重要視されている。


それにはいかに正確に迅速に状況を把握することが必要。

どんなデータが必要で、
どうやって集計して、
どうやって分析して、
どうやってデータを利用するか?

そんなことを目的としたトレーニングに参加した。

Epi-Infoと呼ばれる無料で配布されている疫学用の統計ソフトウェアを使用した
高度な分析技術を学んだ。




確かに便利だけど、どうやって同僚たちに伝えていけばいいのだろう?

データベースを使用したこのソフト。
エクセルと違ってデータそのものを視覚的に操れないぶん、きちんと利用方法を
身につけないとデータの分析はおろかデータの蓄積もできなくなる可能性がある。

難しい課題だけど、やる価値はあるかな。

がんばってみます。



"・・・続きを読む!"

2007-03-10

人間というもの

よく聞く言葉。

"途上国の人は怠け者"

確かにそうだ。
ろくに働きもせずに不満ばかり言ってる人が多い。


でも、もう少し広い視野でものを見てみる。


仕事をしても金なんかたまらない。
仕事をしなくても何とか食える。

やりがいのない仕事。
人に感謝されない仕事。

どれだけ頑張ったって先進国にはなれない世の中の仕組み。
先進国が今の富を手に入れるために自分たちから搾取してきた事実。

そんななかでどれだけの人が生きがいを持ちながら働けるだろう?

俺がケニアで生まれてケニアで育ってたらきっと今のようには働けない。
きっと昼から酒飲んでふらふらしてるんだと思う。

どれほどの人間が”自分は怠け者ではない”と言い切れるだろうか?

人間はそんなに強くない。

人を動かしたいと思うなら人間というものをもっと知る必要があると思う。



よく聞く言葉。

"途上国の汚職はひどい"


確かにそう見える。
ケニアでは何兆円というお金が個人の懐に消えている。
国中に貧しい人がいて、われわれやケニア人の税金が個人の肥やしになっている。


でも、もう少し広い視野でものを見てみる。

日本に不正はないのか?

書類を一つ書き換えるだけで欲しい物が手に入る。
真面目に働いていては絶対に手に入らないお金が手に入る。

それで逮捕されるような制度もない。
それをチェックするシステムがないから。
だから多かれ少なかれみんなやってる。

確かに人々は貧しい。
でも、先進国はみんな金持ちじゃないか!
どうして俺が金持ちになっちゃいけないんだ?

そんななかでどれだけの人が目の前の大金に手をつけないで入れるだろう?

俺がケニアで生まれてケニアで育ってたらきっと不正をしてただろう。
それが悪いことだと言うことにすら気づかずに。

人間はそんなに強くない。

世の中を良くしたいと思うなら人間というものをもっと知る必要がある。






"・・・続きを読む!"

2007-03-09

アフリカの国々



キーゲン君と話すと必ずこの話題になる

「コージ。ケニアはダメな国だよ。」

「でも、お前の国だろ?もっとプライドを持ちなよ。」

「プライド?どうやったらこんな国にプライドをもてるんだい?
みんなケニア人に生まれたことを後悔してるんだぜ。」


全員がキーゲン君のようなことを言うわけじゃないけど、
少数の意見ではないと思う。

これじゃぁ、だめだ。。



なんて思うけど、アフリカってものを考えるとキーゲン君が言うことも
簡単には否定はできない。


サハラ砂漠によって遮断された大陸。
そして獰猛な巨大野生動物に支配された大陸。

農業したって収穫前にきっと全て象に食べられちゃうさ。
おっきい家を建てようったって工事してる間にライオンに食べられちゃうさ。


国家というものは富の集約と配分のシステムだと思う。
それにはまず誰かが富を得なければならない。

それによって食料調達という労働から解放された集団が生まれ、
彼らが国家というシステムを作り出し、科学や芸術を生み出す。

そして巨大な脳みそを持った人類はそれがビッグバンであるかのように飛躍的な進歩を見せる。
だけど国家を持たない国はいつまでたっても石器時代のまま。

結局アフリカにおいてヨーロッパ列強に支配されるまで国家を作り出せなかった。

※もちろん、植民地以前にもアフリカにもいろいろあったけど
ヨーロッパはもちろんアジアの国と比べても遅れてたのは間違いない。
価値観があまりにも違いすぎた。。


そして、アフリカは植民地として国家が作り上げられた。
勝手に引かれた国境。
勝手に作られた国家システム。
それはアフリカ人のためのものなんかじゃ決してない。

きっとアフリカの人たちは
"独立したらきっと夢の世界が待ってる"って思ったことと思う。

でも、実際に待っていたのは先進国が作り上げた世界的な弱肉強食のシステムだった。

圧倒的な差を持った状態で熾烈な競争を繰り広げる世界のシステムに追いつけるはずがない。
他の国が数千年もかけて作り上げてきたシステムを独立して50年もたたない国が作れるはずがない。

でも、未来はないのか?なんては思わない。
ちょっとずつちょっとずつ良くなってると思うんだ。

植民地時代を知らない世代が国家を担う時代がもうじき来る。
ケニアと言う国家に生まれて育った世代が国家を担う時代がもうじき来る。
ケニアで教育を受けた世代が国家を担う時代がもうじき来る。


時間はかかるかもしれないけれど、キーゲン君の子供や孫の世代は少なくとも
ケニア人として生まれて後悔しているなんて言葉を聞かずに住む国になっていてほしいと思う。




"・・・続きを読む!"

2007-03-03

本当の友ならば

人生の先輩であり、よき友でもある人と酒を飲みながら話してた。


"あんたの人生だから俺は何も言わない"

"人生いろいろ、人それぞれ"

相手の価値観を尊重するという名のもとに他人に干渉することが少なくなってる気がする。


人と人の関係は価値観の押し付け合いさ。



本当の友達なら誰がなんと言おうと自分が間違ってると思ったら
ぶん殴ってでも自分の価値観を押し付けるべきだ。

そして友達なら一度くらいの過ちは許せ。
でも、決して裏切りは許すな。
そして友を裏切るな。

良い友を持ちたいなら自分を磨け。
魅力ある人間に魅力ある友達が集まるのだから。


もっと泥臭い人間関係を築いたっていいんじゃない?

そんな男くさい会話を男くさい二人で止むことなく続けた。
この人と出会えて良かったって思えた夜。





"・・・続きを読む!"

2007-03-02

出張レポート6 ”呪いのメカニズム”

以前mixiの日記でケニアの呪いについて書いたけど、今回もいろいろ感じたので。

それはエルドレットのモーテルで朝食を取り車に戻ろうとしていた時だった。

車を洗っている男が突然、悲鳴を上げて倒れた。
倒れたときに頭を打って血を流しながら、痙攣してる。
その男はその場にいた人の車で病院に連れて行かれた。

おそらく、癲癇の発作。あるいは心臓発作なんだろうけど俺はそういうの
見たこともなかったからかなり衝撃を受けた。

ドライバーのキーゲン君はそれを見てこう言った。

"彼はここのモーテルのオーナーの息子だ。
きっとオーナーはこのモーテルを建てるときに悪いことをしたんだ。
だから、その呪いが彼の息子にかかったんだな。"




呪い。

ケニア人には呪いが確かに息づいている。
彼らはそれによって人に恨まれることを避けようとする。
呪いが社会的規範となっているのだ。

"呪いにかかるから悪いことをしてはいけない"

それってとてもわかりやすい理論だ。
でも、呪いってのは呪い返すこともできる。
呪いを破ることもできる。

そして何より、

"悪いことをしてはいけないのは人に迷惑をかけるから"

といった倫理観が欠落している。
だから、呪いが効かなくなっときその社会は恐ろしい状況になりかねない。

全てが呪いのせいとは言わないけれど今のケニア。やっぱりおかしい。

国民の半分以上が貧困に苦しんでいるというのに金持ちがいっぱいいる。
なかには世界の富豪トップ10にランクインしたことがある人がいる。
ケニアの大統領の給料はアメリカの大統領より日本の首相より高い。

おかしいでしょ?

彼らのお金が少しでも国民に渡ればたいていのことは自分でできる国なのにさ。。

呪いの文化はそれが崩壊したときに全ての人に呪いが降りかかる結末なのかもしれない。。



"・・・続きを読む!"

2007-03-01

出張レポート5 ”リプロダクティブ”

今回の出張の本来の目的はリプロダクティブヘルスのスーパーヴィジョン。
(そこに俺が付いてっただけ)

今まで大きな怪我も病気もしたことがない俺は病院自体あまり縁がない。
しかも出産なんてなおさら。

今回いろんな病院のリプロダクティブヘルス施設を見て回った。

”え!ここで出産?”

って思うような気がするけど、たいていのケニア人は自宅で出産する。
家ったって野外みたいなもんだから、それに比べれば安全なんだろう。

そこで俺の同僚が一つ一つの処理や道具の使い方をチェックしていく。
そんな同僚の知識には敬服するのだがそこはケニア人。
話がながーーーーい。

一つの病院をチェックするのに4時間から5時間。
その間患者は待ち続けることになる。

お金のかかる病院に来るほどだからよっぽどひどい患者も多いだろう。
しかも車なんか持ってないから何十キロも歩いてきたんだろう。

どうにかしたいけど、彼らがやっていることも大切なことだしね。。







"・・・続きを読む!"

2007-02-28

出張レポート4 ”ケニアITレポート”

今回の出張の目的は前にも書いたようにIT調査。
特にLANのニーズアセスメント。

はっきり言ってLANが県レベルで必要だとはこれぽっちも考えていない。
それに現実的に無理だから。


まず、田舎にある県病院は土地が余ってるから大きい建物を作るんじゃなくて
小さい建物をポコポコ建てる。

その距離もすごく離れてたりするから技術的にネットワーク化するのが難しい。
コンピュータも数台しかないからコストに見合わない。


現実のところ今ケニアのコンピュータはウィルスによって全滅しかねない状況にある。
インターネットアクセスがないのがほとんどだけど今はUSBメモリーを媒介にして
ウィルスが猛烈な勢いで広がっている。


俺が来たと知るとコージが全て解決してくれると思って大歓迎される。
でも、一度ウィルスに感染されたら無理な場合がほとんど。

アンチウィルス買うお金ないし、アップデートするインターネットもない。
無防備なコンピュータ達はあっという間に感染して息も絶え絶え。
もしくはご臨終。

時間もツールも限られた今回の出張で俺にできることはほとんどなくて
結局そのままにするしかないんだけど彼らは落胆の目で俺を見る。

そんな時俺は

”コンピュータウィルスにはHIVのような治癒不可能なものもある。
予防がもっとも大切なんだ!”

と言っている。

きっと今後の活動はウィルスに対する予防啓発が中心となることだろう。
エイズ対策隊員みたいだねぇ。





"・・・続きを読む!"

2007-02-27

出張レポート3 "貧しさとは"



ツルカナへの移動は危険に満ちている。
JICAは移動を禁止しているし、ツルカナで働いている知り合いのWHOの職員に
聞いてみたら銃を持った警備を連れて行っていると言う。

ケニア人の友達にツルカナへ行くと言ったら「死ぬなよ」って言われた。


ロドワーの街は安全だ。
でも、そこに向かうまでの道が危険なのだ。

ツルカナ族とポコット族のボーダーで家畜の奪い合いを発端とした部族抗争が
盛んでそこの住民はみな銃器を持っている。

公共移動手段のほとんど無いその地域では移動は徒歩かヒッチハイクに限られる。
だから、道中何度もヒッチハイクを求められた。

俺が乗ってる車は定員ギリギリ乗ってるから断るんだけど
なかにはライフルを持ってる人にヒッチハイクされる。

これは怖いよ。

乗せたって何されるかわからないから無視して通り過ぎるしかない。
全速力で駆け抜ける。
いつ撃たれるかわからない。
でも、道はデコボコですっげー揺れるし、パンクしたら囲まれるだろう。。
マジで怖かった。


そんなところを通り抜けたところで俺はキーゲン君に質問をした。

”ねぇ、キーゲン。彼らは銃を買う金あるならもっと良い生活できると思わない?”

”コージ。ここの人らは貧乏のように見えるけど俺なんかよりずっと金持ちなんだよ”

キーゲン君の理論はこうだ。

ここに住む人たちは遊牧を営んでいる。
彼らのなかには1000頭を超える牛を保有している人も少なくない。
牛は1頭3万円くらいの値段になる。
つまり3000万円の資産を持っているんだ。
でも、彼らはそれを現金にすることは無い。

金よりも牛が大切だから。


水もないし、病院も少ない。
食べ物も限られてるから栄養も偏っている。
とても健康とは言えない彼らを見て先進国の人たちは
援助という名の下に病院を作ったり、薬を届けたりしている。

でも、先進国の人で3000万円も資産持っている人ってほとんどいないよね。

ちなみにキーゲン君は月に1万円も稼いでない。
牛も1頭も持っていない。


貧しさってのはお金だけでは判断できない。
でも、彼らがお金より牛を選んだからといって薬が要らないってことにはならない。

いろいろなことを考えさせられたツルカナでした。






"・・・続きを読む!"

2007-02-26

出張レポート2 "呪われた湖"



出張2日目。
今日はロドワー付近の病院に行った。

サンブルとは違ってロドワーのタウンにいる人は洋服を着ている人と
伝統衣装着ている人が半々くらい。
でも、なかには全裸のひともいた。

街の中をネクタイ締めた人と布を羽織った人、全裸の人が普通に歩いている
光景は不思議なもんだった。

でも、全裸ってのはやっぱりおかしいよねぇ?

ということでドライバーのキーゲン君に聞いてみた。

”ねぇねぇ、キーゲン。何であのひと裸なの?”


”アイツは呪術師に呪いをかけられて精神を壊されたんだ”

”ちなみにさっき歩いていたロープをケツに食い込ませて歩いてたのは呪術師だぜ”


キーゲン君が言うにはこの地域にはまだまだ呪術が横行しているとのこと。
呪いを解くには呪いが封じ込まれたキジーツというものを見つけ出さなければ
ならないのだがここの呪術師はキジーツをツルカナ湖に捨ててしまうから
決して見つからないという。


そんな呪いがたくさん捨てられた湖に行ってきました。

ビクトリア湖、タンガニカ湖、マラウィ湖、ボルタ湖に続いてアフリカで
5番目にでかい湖。

海のようにでかい湖でティラピアなんかが獲れる。

ここにキジーツが捨てられたらもう呪いなんか解けないよねぇ。。

HIVといった病気も呪いとされてしまいがちだけれどそこは援助で支えられている
とも言えるツルカナ。
HIVのテストに来る人は少なくない。

写真はツルカナ湖に程近い病院。
みんなしっかりと働いていました。





"・・・続きを読む!"

2007-02-25

出張レポート1 "暑いのと寒いのどっちがお好き?"



こないだの出張の続きということで
今回は州の北部の4県を回ることになった。

ツルカナ、ウェストポコット、トランスンゾイア、ウアシンギシュの4県。

ちなみにウアシンギシュ以外は全てJICA的に渡航禁止区域です。
(だから内緒ね)



今日はその初日。

ナクルからエルダマラビーン、カリオバンギを超えてエルドレットでランチ。
そしてキタレ、カペングリアを抜けてツルカナの首都ロドワーへ。
行程11時間。500kmの旅。
道は最悪で何度も頭をぶつけながらようやくたどり着いたロドワー。

(ケニアの地名ってなんかカッコいいでしょ?だから敢えて地名を全て書いてみた)

ロドワーは人がほとんど住み着かないような乾燥地域で、半砂漠。
物乞いも”金くれー”じゃなくて”水くれー”と言ってくる。

昼は40度を超え夜も30度を下回ることは無い。

暑い。。。

久しぶりに感じる暑さ。
じっとしてるだけで汗が出る。
何かをするたびに汗が吹き出る。

暑い国で活動をしている協力隊員ってのは大変だなぁ。。

なんて思ったけど不思議とテンションがあがるんだよな。
暑さって不思議と開放的な気分にさせてくれるんだよね。

俺の住んでるナクルは昼は30度を超えるけど夜は10度を下回る。
治安もかなり悪いから夜はテンションがあがんない。
ビールも何となくおいしくない。

でも、ここロドワーで飲むビールはうまい。
住んでる人なんてほとんどいないから街にいるのは
トラック運転手とか俺らみたいな役人とか国際援助団体の人たちばかり。

いろんな人がごっちゃになって何となくアジアの安宿に
入り込んだみたいだった。

ロドワーの夜が眠れなかったのは暑さだけではなかった。



"・・・続きを読む!"

2007-02-21

ナイロビへの道

俺はナイロビには極力行きたくない。

以下、その理由。


時間がかかる。

移動時間は3時間程度。
でも、ケニアの移動手段マタツってのはすっごく効率が悪くて非常に待たされる。


14人乗りのハイエースを改造したバスは満員にならないと出発しないシステムを採用している。
しかもそれぞれのバス会社がそれぞれに客待ちをしているのでそう簡単には満員にならない。

1~2時間は平気で待たされる。ひどい時は5時間!
しかも、その間1分おきに
「チャイナ!」と声をかけられる。
物売りがやってくる。
物乞いがやってくる。

すべて対応することは不可能でやがて無視せざるをえなくなる。
しかし、無視するたびに心が痛む。
そして、出発前に疲れ果てる。


道が悪い。

他の途上国を知ってる人がケニアに来て最初に驚くのがケニアの道路の悪さ。
俺はアフリカってこんなものでしょって思ってたから最初はなんとも思って
なかったけど、どうやらアフリカの中でも断トツに悪いらしい。
(てことは世界で最悪か?)

日本でいう東名高速みたいな超重要幹線道路がアナボコだらけ。
なんでも政治腐敗により20年ほどメンテナンスが行なわれていないらしい。
そして、今年の異常気象による大雨で道はさらに悪くなった。

だから揺れが半端じゃない。
埃が半端じゃない。
パンクもしょっちゅう。
故障で動けない車や横転しているトラックがそこら中にある。
事故で死ぬ人の多いこと多いこと。
これじゃあ土の道路のほうがよっぽどいい。


狭い。

ケニアは数年前から定員厳守の法律がひかれていて都市間を結ぶマタツが定員を
越えて走ることは滅多にない。
とはいえそれでも14名が乗り込むのだ。
みんなかなりの荷物を積み込むし、となりに大柄な人が座ったりしたら身動きが
とれない。

閉所恐怖性の俺にはかなりコタエル。
(ちなみにローカルの場合は定員は関係なし。
俺の場合は最大24名乗車を経験してる。
かなりのアクロバティックな姿勢が求められる。)


治安が悪い。

これが最大の理由。
俺が利用する道路はカージャックが頻発している。
夜間の移動なんて自殺行為だ。
あるデータによると週平均4件のカージャックが発生しているという。
被害にあった隊員もいる。しかも16時とまだ明るい時間にだ。
そして、こないだもアメリカ人2人が射殺された。。


もちろん平気で移動している隊員もいるし、深刻な被害に会った隊員はいないの
だけれど、俺はこんなリスクを負ってまでナイロビに行こうとは思わない。

そしてそのナイロビが最も治安が悪いわけで常に心のどこかに緊張感があって
変な疲労感がある。

久しぶりの仲間との再会もその緊張感のせいなのか盛り上がり切れなくて
テンションはいっこうに上がらない。

やっぱり隊員とは任地で会った方が何かとおもしろいと痛感する。

でも、ナイロビにどうしても行かなければならない用事がある。
それは「お金」。

生活手当が振り込まれる銀行はナイロビにしかない!

だからお金が無くなるとナイロビに行かないわけにはいかない。
大金持って移動したくないし、かといって小額だけではまたすぐにナイロビに
行かなければならなくなる。

どうにかしてもらいたい。切実な問題だ。









"・・・続きを読む!"

2007-02-17

チャイファームを見ながら

ここは見渡す限りのお茶畑。
あなたが今飲んでいるその紅茶もひょっとするとここから輸出されているものかもしれない。
ここはケニアのケリチョ。

ナクルの隣のディストリクトにある日本人を尋ねに行きました。




彼女はアンゴラやアフガニスタンといった戦争地域で公衆衛生の
活動をしてきたたくましい女性。

そんな彼女が今ケニアで母子保健プロジェクトの保健データ改善の活動を行なっている。
それはまさに俺がやっている活動であって是非お話を聞きたいということで
お邪魔したわけです。

でも、話したのは好きな映画のこと。好きな音楽のこと。
二人の共通の街ニューオリンズのこと。
そして、人生について。

え、保健データ?

酒飲んで語れるような楽しい話題じゃございませんね。

一つ一つの出会いを大切に、自分が輝いていられる生き方を探していく。
それが大切だよね。

お茶畑を見ながら飲んだコーヒーはとてもいい香りがしました。




"・・・続きを読む!"