2007-02-15

おいらも出張に連れてって


同僚たちは頻繁に州内の病院関係施設を訪問し
M&E(Monitering & Evaluation) している。

この業務は彼らの最も重要な業務であり、言うまでもなく
保健のプロフェッショナルによって遂行される業務である。
なので俺が彼らについていっても保健の素人である俺にできることは何もない。

そこで俺は州内の保健施設におけるITの調査ということで何度か
提案してきたんだけどずっと

“考えとくよ” で終わってきた。




だけど、前回のWORKSHOPの成果が出たのか今回ようやくOKが出ました。

Reproductive Health Survey Teamと同行させてもらって
前回のワークショップで紹介したLANのニーズアセスメントってのが建前上の目的。

だけどホントはケニアの田舎を見てみたかっただけ。

月曜から5間の予定だったけどやっぱりここはケニア。
出発したのは木曜の朝。。

初日の今日はナクルから車で4時間ほどのサンブル に行きました。

サンブルはサンブル族の住む地区でケニア北部の半乾燥地域。
ちなみに民族抗争などもまれに発生する地域であるため
JICA的には移動禁止の地域である。(だから、内緒ね)

サンブル族はあの有名なマサイ族とほぼ同じ文化圏に属し
遊牧生活を送る誇り高い戦士たちの部族である。

とにかく驚きの連続だった。
まず、見渡す限りがナショナルパークのような景色。

もちろんそこはナショナルパークではなくマララル(サンブルの都市)
に続く唯一の幹線道路なのだけどナショナルパークより動物に遭遇した。

シマウマ、ラクダ、インパラ、アミメキリン、ダチョウなどは
本当に牛のように普通にいる。
ジャッカルといった肉食動物もすぐ横を歩いていた。

伝統的な生活を守ることで有名なマサイだけど彼らも
普段の生活ではマサイ柄の布をまとってるくらいで
戦士の格好をしている姿は観光客向けのホテルくらいでしか見かけない。
タウンで見るマサイは洋服を着てるしね。

でも、サンブルは違った。
みんな戦士の格好をしていた。
タウンでもどこでも男性は短剣を腰に挿していて
(マサイの槍と違ってサンブルは短剣なのだ)
原色を派手に使った布と装飾品で着飾り髪の毛は赤い泥で塗り固めている。

女性は巨大なビーズの首飾りをしてマサイとは微妙に違う色使いの布で身を隠していた。

ちなみにマララルには何もない。
小さなお店と役所の建物が数件あるだけ。
そんなところの病院にLAN作りましょう。
なんて俺は言いに行ったのだ。

まぁ、わかってたことだけどLANより必要なものが
世の中には腐るほどあるってことをこの目で見れたことはよかったな。









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2007-02-14

今日の言葉(ガーナ)

The heart that truly loves has no room for grudges.

Ghanaian proverb




Yes, indeed.
True love makes us humble, right?

what do you think?

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2007-02-13

Do not go back to the bad habid

禁煙して1カ月がたつ。
実は去年の誕生日にも禁煙をしてみた。

理由は喫煙して10年が経つからというだけ。
当然続かなかった。


酒を呑む時はOKと決めていたことで
結局毎日飲んでしまい、毎日吸うことになった。

別に本気で禁煙したいと思っているわけではない。
俺の中でタバコはとても大切なものだし。
喫煙を機に手に入れた大切な友達もたくさんいる。
タバコは一生吸い続けると思ってた。

でも、ケニアにきてふと気づいた。
最近の俺はタバコに支配されている。と。

吸えない時間が続くとイライラする。
タバコが吸いたくて人の話に集中できなかったり。
朝、目を覚ましてすぐにタバコに火をつけていたり。

そんな自分がとても弱く感じたんだ。

だからケニア山の山頂で宣言した。

今回は続いた。
酒の席でも吸わないようにした。

そんな生活が1カ月。
何かが変わるかと期待していた。

飯がうまくなる。
体が軽くなる。とかね。

でも、相変わらず食欲は無いし、体が軽くなるようなこともない。
ニコチンの禁断症状はなくなったけどやっぱりいつまで経っても
タバコを吸いたいという欲望はなくならない。

インターネットで調べてみたら、吸いたいという欲望は何十年経っても
無くならないらしい。

だからこそ、やめたい。という強い意志が必要らしい。

知らなかった。。

この苦しみと一生つき合っていくのか。
タバコって恐ろしいな。

俺は吸ってもいいかなって今も思ってるくらいだから、きっとこの先また
吸ってしまうことだろう。

でも、タバコに支配されるような生活には戻りたくない。

吸いたいって思ってる時点で支配されているってことは一度タバコを吸ってしまったら
完全に逃れることはできないということだろうか。

だとしたら、やっぱりやめた方がいいのか?吸った方がいいのか?

よくわからないが、自分にとって意味の無いタバコ。
ただの習慣になってる喫煙は辞めよう。
もう一度タバコとうまくつき合っていける自分を取り戻そう。


はい。ここに禁煙失敗者がまた一人生まれました!




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2007-02-12

戦争と想像力

たまに耳にする言葉

「なんでもやってみりゃいいじゃん」

その言葉を完全に否定するつもりはない。

でも、人間には知恵があるはずだ。


本能だけでいきている動物とは違うからこそ自制する知恵が必要だと思う。
自分の行動が何をもたらすか想像する力をもっと使うべきだ。

もちろん、全てを予測することはできないし、先のことを考えてばかりいて
何も行動できない人は見ていて哀れだ。

だけど、

「とりあえずやってみたらたくさん人が死にました」

ってことを笑ってすませてはならない。

"戦争反対。戦争は絶対にダメ。"

そりゃ正しい。
でも、戦争したくて戦争している人って世の中にどれだけいるんだろう?

想像して欲しい。

自分の愛する家族が殺されても復讐をしないと言い切れるか?

自分が最も大切にしているものを故意に破壊されたらどうするか?

自分のことで精一杯な時にでも友人のために時間をさくことができるか?

好きになれない人にたいしていつも手を差し述べられると言い切れるか?


どうして戦争がなくならないのか?
自分の中で一人一人が見つめあう必要があると思う。
きっと、素直に戦争反対なんて言えないと思う。

でも、戦争は良くない。誰が何と言おうと。

人間のなかにはそうした矛盾があることを理解すべきだ。
だからこそ、想像力が必要なんだ。

これをやったらこうなる。だから、

「なんでもやってみりゃいいじゃん」

なんて言葉を気楽に使って欲しくない。

常に冷静にそして熱く考えて行動できるようになりたい。



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2007-02-11

言葉と思考

ケニアの国語はスワヒリ語である。
そしてケニアの公用語は英語である。
そしてケニアには50以上の部族語が存在する。

俺が日常使用している言葉は英語が80%、スワヒリ語が15%、残りは現地語。
(日本語除く)



どれも完全なコミュニケーションに至るにはほど遠く、現地語は挨拶しかしらない。
外国語でコミュニケートする時は二つのモードがある。

1)外国語で物を考えて外国語で伝えるモード。
2)日本語で物を考えて外国語で伝えるモード。

1)の場合感じるのは語学力に自分の思考能力も比例するということ。

どういうことかというと俺の英語はネイティブの小学生くらいのレベルなわけだが
俺の思考能力もそのレベルにまで落ちてしまうということ。

ケニアの人にとってスワヒリ語も英語も学校で習う。
多くの家庭では部族語が話されている。

日常の会話ではスワヒリ語が話され、仕事では英語が話される。
彼らの英語は文法的にも正しいし、ネイティブのようにすらすら話すし、聞き取っている。

だけど、彼らがどれだけ英語で物を考えているかということは??だ。
新聞やテレビで聞いたことのあるフレーズを使い回しているだけのように軽い会話。
ちょっと質問しても、回答はいつも教科書通り。
スワヒリ語にしても同じ。

現地語については俺が現地語を話せないから理解できないが、
言語を支配されるということは思考を支配されるということだ。

俺は英語は彼らよりヘタクソだが、言語を支配されなくて本当によかったと思う。


2)の場合感じるのはこの日本語の微妙なニュアンスを完全に伝えることは不可能だということ。

逆にいうと、ネイティブの話す微妙なニュアンスを俺がどれほど英語を勉強しようと
不可能だということ。

つまり、外国語を完全に理解することはできないということ。
これは認識することはとても重要なことだと思う。

理解できないからこそ、伝えなければならないし、組みとろうとしなければならない
ってことを忘れてはならない。
(そういう意味ではネイティブどうしでも同じことだね)

いずれにしろ、俺はもっと語学の訓練が必要である事には間違いない。
頑張ります。



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2007-02-09

WORKSHOPしよう!

以前からやりたいと言っていた県のHealth Record Officer向けのWORKSHOPが実現した。
当初自分が考えていた壮大な構想はあきらめて自分ができる範囲での内容をやらせてもらった。

題して"IT In Health Records"。



ITを使ったらどういう事ができるのかをプレゼンテーションし、自分とワイナイナは
そのお手伝いをしますよというのを伝えるのが趣旨。

その準備もワイナイナと一緒にしていた。
ワイナイナの作成したプレゼンテーションは不十分だけど、まあまあのできだと思う。
プレゼンターはワイナイナにして俺は黒子に徹する予定だった。

残る二人の同僚も保健情報がいかに重要か、どうすべきかと言う内容の
プレゼンテーションをすることになっていた。

いろいろと俺も口出したい事はあったけど、彼らのプレゼン資料を見ると特に
俺が付け足す事はなかった。

*実はここが一番の問題なんだ。
みんな頭ではどうしたらいいかわかってるけど、実現できない。
その問題を探る事がもっとも重要な事。
でも、今回は俺はそこにまでタッチする時間的余裕もなかったのでお預け。

さて、ワークショップの当日。
ワイナイナがいない。

ワイナイナガイナイナ。。。

電話すると、リプロダクティブヘルスの調査に呼ばれてしまった。とのこと。
ケルーニョもいない。彼はいつもいないのだが、今日は大事な日だ。
電話すると、別のプロジェクトの出張に呼ばれたとの事。

おい、おい。
キプトーンに言うと

「お前なら大丈夫だ。俺が手助けしてやるから大丈夫だ」

できるできないじゃなくて、ケニア人がやることが大事なんだ。
と言ってもいないんんだから仕方が無い。

ということで俺がプレゼンテーションすることに。
もともと英語が下手な事はみんな知っているからそんなに問題もなかったけど
キプトーンもほかのオフィサーに呼ばれてその場にいなかった。

何のためのワークショップなんだ?

ホントにマネージメントがなっていない。
でも、ケニアってこんなもんなんだよね。
でも、このままじゃいかんよね。

あんたらの仕事が州内の住民の命を救う事になるんだ!
そのプライドを持って仕事をしよう!

って言おうと思ったら同じ事を言い出した人がいた。
ちょっと感動した。

*実はここが一番の問題なんだ。
みんな頭ではどうしたらいいかわかってるけど、(以下同文)。



先は長いです。




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2007-02-07

寿司とSUSHI。空手とKARATE。

例えば10年日本で修行を積んだとしてもフランス人は寿司職人にはなれないと思う。
おいしい寿司を握ることはできるだろう。

でも、寿司カウンターでフランス人が「らっしゃい!」って言って握ってくれても
それは寿司じゃないと思う。

それはSUSHIだ。


文化は空間を含むのだ。


先日、住んでいる学校の生徒が空手クラブを始めたのでぜひ教えてくれと頼まれた。

「俺、空手なんてやったことないよ」

って言っても全然信じてくれない。

とりあえず行ってみると高校時代に空手をやったことのあるという生徒が
他の生徒に空手を教えていた。

破れた空手着を着て(それが空手着ではないとは決して彼には言えない・・・)
パンツ丸見えで

「マエゲリィ」(前蹴り)
「マワシュゲリィ」(回し蹴り)
「ウォッシ」(オッス)
(注:声裏返ってる)

とか言いながらの真剣に空手をやっている。
以前どこかで見たケニアの空手道場よりは全然うまい。

でも、やっぱりどこかにアフリカンダンスのリズムが入っていて
空手というよりはダンスのようだ。

俺は日本で空手を見たことはない。無論やったこともない。
だけど、これは空手ではないと思った。

でも、真剣に取り組む彼らを見て俺はある決断を下した。

「KARATEでいいじゃないか・・・」

ということで私、毎日1時間30分みっちりとケニア人とKARATEしてます。

日本人としてケニア人にKARATEを習うことは正直情けないことだと思う。

でも、ケニア人にだってダンスを踊れない奴がいるようにありのままの日本人を
知ってもらうことも大事だよね。

いいエクササイズになってることは間違いないしね。
代わりに日本語教えてるしさ。
でも、あくまでKARATEだから声は裏返らせて教えてる。へへへ。






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2007-02-06

今日の言葉(ナイジェリア)

自分に自信がもてなくなって

自分の気持ちがわからなくなって

自分のことをを好きになれなくなって

相手のことも好きになれなくなって

そんな自分がもっと嫌になって

これ以上自分に嘘をつきたくないとかで

これ以上相手を傷つけたくないとかで

本当のことを捨ててしまう。




本当のことが見えているなら、その想いを消さないで。。


Do not burn your house down just because a rat annoyed you

Nigerian proverb



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2007-02-04

自分は途上国が合わない

1年以上アフリカに住んでいるとこんな言葉を耳にする事がある。

「やっぱり自分には途上国は向いていない。。」

途上国の生活。
不便。不潔。不快。

確かにこうした生活を何とも思わないような人、
むしろ楽しめる人もいる。

でも、週末のキャンプじゃないんだよ。
不便な生活しながら朝から晩まで働くんだ。



汗だくになって働いても、シャワーもない。
どれだけ疲れてても洗濯は手洗い。
メシも作らなきゃならない。
虫はウジャウジャでるし、刺されると命に関わるような虫もいる。
娯楽なんてなんもないさ。

そんな生活を楽しめる人ってどれだけいるんだろ?

たいていの人はみんな便利で清潔で快適な生活がいいに決まってる。

でも、それは途上国の人だって同じさ。
決して途上国の人が不便で不潔な生活に向いているわけじゃない。

みんな不便で不潔で不快な生活が嫌に決まってる。

だけど
そういう状況を変えたい。何とかしたい。
と思ったから俺たちは途上国にいるんでしょ。

世界中の人が快適に住めるほど地球の資源がないってことを
理解して持続可能な世界をつくり出したい。
と思ったから俺たちは途上国にいるんでしょ。

自分だけ快適な生活できたらいいと言うなら先進国で快適に過ごしてればいい。
俺達にはそれができるんだから。

でも、そんな世の中に疑問をもったから今途上国にいるんでしょ。

初心を忘れがちなこの時期。
もう一度あの頃の自分の気持ちを取り戻してもう一度できる事にチャレンジしたい。









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2007-02-03

映画を撮ろう!

同期の中で映画撮影が趣味の隊員がいる。
彼曰く、脚本や演出をみんなでつくり出す過程が醍醐味とのこと。

ということで、彼が俺の家に撮影しに来た。

名目は同期隊員の誕生日ムービーということだがショートコントを撮りまくる。

彼は酒は全く飲まないので俺は一人で飲み続けて勝手にいい気持ちになって
撮影は順調に進んだ。

何だか映画作りって楽しいな。
同期みんなで帰国前に一本撮ろうということになった。

主役はもちろん「俺」ね。







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2007-01-29

ワイナイナ復帰

2カ月の休暇からあいつがようやく帰ってきた。



やることはものすごくたくさんある。

休暇中にドネーションされたインターネットの設定。
WBSの計画の遂行。
そして、来週末に予定されている重要な会議の準備。
それと、出張の準備。

こっちの方は2カ月も待ってたくらいだから準備は完璧。
でも、俺がやっちゃったら意味がないから温めておいただけ。

「ワイナイナ。お帰り。
さて、俺達が最初にやるべきことはなんでしょうか?」

「何だっけ?それより家に電気を引こうと思ってるんだ。
電力会社に10分だけ行ってきていい?」

「・・・いいよ。」

彼が帰ってきたのは16:30。
10分が6時間になるのだ。
その後も彼の電気を引くための戦いはしばらく続き、ろくに仕事になっていない。

休暇中にやっとけよ。。。






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2007-01-28

フォトグラファーその2

昨日会った大石さんが今日はナショナルパークを回ると言う。
俺は参加する予定はなかったのだけれどパークで働いている隊員の家に
泊まっていたので俺も合流させてもらうことに。


動物カメラマンではない大石さんだが、そこはフォトグラファー。

200mmの望遠レンズを持って生まれて初めてというサファリに
興奮を隠し切れていないように見えた。

「あれがシロサイですよ。」
「どれ?」
「あの、遠くの方に見えるやつです。」

レンズを向ける大石さん。
でも200mmのレンズでは動物写真を撮るには足りない。

「ダメだわ。写らない。次行きましょ。」

サファリでいい写真を撮るのは難しい。

300mm以上の望遠レンズは必須だし、三脚を使うのも難しいから
高感度フィルムで高速シャッターを使わないと手ぶれでまともに写らない。

そうなるとデジタルの方が断然有利なんだけど、サファリは埃がひどい。
デジタルは埃に弱いからすぐに壊れる。

そもそもサファリは動物を楽しむ物だけではない。
無論、写真を撮って楽しむ物だけでもない。

あんな壮大な風景を小さなフィルムに切りとること自体素人には無理なんだ。

だったら、思いっきりその風景を体で感じて体に刻むことの方が大事なことだと思う。

でも、彼女はプロ。
それで飯を食っているんだ。

サファリの風を感じるそぶりは全くなくその200mmのレンズに写る世界が彼女の
サファリの世界のように見えた。


彼女の撮った写真を見てみたい。
世界各地でいろいろな物や風景を切り取ってきた人があの景色を、
俺が毎日歩いているあの街をどうやって切り取ったのか見てみたい。

俺が感じている景色と彼女が感じた景色はどう違うんだろう?


俺もカメラは持ってる。
日本にいる時から旅先には必ずカメラを持っていった。
でも、人物はほとんど撮ったことがない。

レンズを通すことによって俺とその人物のなかにへんな緊張が入るから。

風景もほとんど撮らない。

本当にきれいな景色はレンズを通さないほうがやっぱり美しいから。

だから、実際ほとんど写真は撮らない。

ここケニアでも治安の問題もあるけどフィルム写真は数えるほども撮っていない。

あんまり写真が好きじゃないんだと思う。

でも、写真を撮る目を持つことで今まで目に入らなかったものが見えてくることがある。
毎日見ている風景が突然違った物のように見えるときがある。
ありきたりの景色が突然不思議なほど感動的に見えるときがある。
ふとした表情にその人の全てが現れてるように見えるときがある。

だから、写真を撮る目で物を見るのは好きだ。

ケニアでも心の中で下ろしたシャッターの数は数え切れない。






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2007-01-27

フォトグラファー

前回の副大臣のようにフラミンゴが有名なナクルにはお客が多い。
その度に隊員が呼ばれて接待じみたことをする。
接待は本当に好きじゃない。断ることもできる。


だけど、自分が協力隊じゃなかったら会うことも難しい人に会えるんだから
こういうチャンスを逃すのはもったいない。

人生は人脈作りだ。

どこの出会いがどこでつながるかわかりゃしない。
だからこそ、一つ一つの出会いを大切にしたい。

で、今回はフォトグラファーの大石芳野さん。
女性フォトグラファーとしては珍しくずーっとフリーで
紛争地域の写真を撮り続けている方。

正直、お会いするまでは知らなかった。
JICAの2007年度のカレンダーにも使われてるし、
マンスリーJICAに裏表紙で特集もされている人。

そんな大石さんがHIV/AIDSの取り組みの取材ということでケニアにやってきたのだ。

小柄などこにでもいそうな中年の女性といった感じで、
有名なフォトグラファーというオーラは全く感じない。
(でも品の良さというか、可憐な感じがした)

食事の途中もなんとなく取材モードで僕らの活動の内容を聞いては
ノートにメモをしている。

昼食会くらい和やかにしたいし、仕事ではない出会いを求めている
俺としては嫌なムード。

フォトグラファーとしてのサガなんでしょうかね。
逆にこっちから質問するとうまく誤魔化して会話にならない。

昼食が終り、予定を尋ねると街の写真を撮りたいとのこと。


「ストリートチルドレンはどこで見られるの?」

「そこらじゅうにいますよ。。。」

なんとなく気が滅入って同期の隊員の家に飲みにいった。




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2007-01-23

今日の言葉(スワヒリ)

Words without actions are useless

Swahili proverb




言葉なんてしょせん言葉だ。



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2007-01-19

人の弱さ

かつての俺は弱者にたいして冷たかった。

「お前の努力が足りないからだ」


お前にできなくて俺にできるのは俺が努力して勝ち取ったからであって、
元から俺に備わっていた能力じゃない。

そんな甘えている人を容赦なく切り捨ててきた。
それが彼らのためでもあると思ったし、
彼らのせいで自分が足を引っ張られるのは勘弁してもらいたかったから。

ビジネスやスポーツといった真剣な世界ではそれが正しいことだったし、
そうしないと生き残れなかった。

でも、会社を辞めていろんな人達と出会うなかで、
そしてここケニアでもいろいろな人たちと出会って、
いろんな経験をして、いつのころからかこう思うようになった。

俺が努力できたのは誰かが俺を支えてくれたからだ。
彼らができなくて俺ができるなら、
俺が彼らを支えてあげるべきだったんじゃないのか?

人は強く生まれるんではなく強くなる生き物。
であれば弱い人間を突き放すのではなく、強くさせる。
ともに強くなる姿勢が必要なんじゃないか。

正しいことは正しい。
でも、正しいことが全てじゃないこともある。

今まで正しいと思っていた世界がいかに狭い世界であるかをここアフリカで痛感している。




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2007-01-17

風邪ひいた。

あんなに余裕かましたケニア山登山だったけど、
家についたら熱が出た。
情けないね。。。


でも、ワイナイナもまだ休暇中だしゆっくりするか。
ってことで今週は自宅でのんびりしていた。

まだ、自炊をする気にはなれないけれどゆで卵を作るまでには復活した。
ゆで卵とパンをほうばって少しだけ、人間らしい生活を取り戻したような気がした。

嫌なこともケニア山登れば少しは忘れられるかな。。。
なんて期待してたけどやっぱ無理。

忘れることなんかできるわけないんだから、しっかり見つめあって自分の中で消化しきんないといつまでたってもひきずってしまうだろうからここはどれほど辛くとも向かい合っていこうと改めて決意を固める。

なんとなく、前向きになれてきた気がする。

たまには風邪引いてみるのも悪くないかもね?




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2007-01-16

今日の言葉(アフリカ)

Do not separate your mind from your tongue

African proverb



ケニア山で誓った禁煙。
守んないとね。


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2007-01-15

今日の言葉(ガーナ)

Having no one to be with is worse than poverty.

Ghanaian proverb


この言葉を貧乏人のひがみと捉えるか、
貧乏の意味を知らない人が言ったたわごとと捉えるか。

それは人それぞれだけど一緒にいる人がいないというのが
淋しいことには間違いない。

来年の今日、俺は砂丘で大切な仲間と会うことになってる。

金はやっぱり必要だと思う。
貧乏は罪だとも思う。
人の心まで貧しくしてしまうから。

でも、やっぱりそれだけじゃないよね。

砂丘で砂は語ってくれると信じてる。

“お金なんてただの紙切れさ”ってね。



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2007-01-13

今日の言葉 (南部アフリカ)


A wise man adapts to his surroundings but a fool expects his surroundings to adapt to him.

South African proverb



日めくりアフリカ諺カレンダーを購入した。
ちょっと高かったけど1日3円と考えると決して無駄使いでもないだろう。

そして、朝そのカレンダーをめくるのが楽しみでもある。

知らない英単語を覚えられたり、ハッとするような言葉に出会ったりと
本当に買って良かったと思う。

そして、今日1月13日は南部アフリカの諺。

隊員に限らずともこの言葉に多くの物を感じることだろう。

これからもみなに伝えたいと思うような言葉に出会ったら伝えていきたいと思ってます。


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2007-01-12

Mt.ケニア 登頂記録 その3 "感謝感激"編

ケニア山登山3か目。

朝3時。まだ真っ暗な中を懐中電灯を頼りに登っていく。
なんで、こんな朝早くから?

それは、日の出を山頂で見るから。

でも、登ってみてわかった。
本当の理由は、

”明るいと恐くて登れないから”

太陽が出ると山頂付近の雪が融けてカツラクの危険も高い。
写真で伝わるかわからないけど、本当に直角のような崖を登っていくんだ。

捕まるところなんて何もない。
一歩足を滑らせたら確実に死ぬ。
そんなところを登っていくのは体力よりも勇気が必要だった。

そんなこんなで何とか山頂に到着。
山頂からは年に数回しか見えないというキリマンジャロが見えた。

初めての登山。そして、いきなりの5000m級。
感想は

"登山よりハイキングの方が楽しいね。"

でも、本当にきれいだった。登って良かったって心から思う。

この日は15時間歩き続けてヘタヘタになった。
でも、とにかく無事だ。

重い荷物をもってくれたポーターさん。
本当にありがとう。

おいしい料理を作ってくれたコックさん。
本当にありがとう。

安全にガイドしてくれたガイドさん。
本当にありがとう。

自分のペースを守りつつ、みんなを気遣いあったパーティのメンバー。
本当にありがとう。

3日も晴天が続くことは滅多にないと言われるケニア山での好天。
本当にありがとう。

そして、こんなに不摂生な生活をしながらも登頂できるほどの健康な体を
与えてくれた両親に感謝。
本当にありがとう。


山頂でとりあえず禁煙を誓ってみました。

感謝、感謝、感謝。








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2007-01-11

Mt.ケニア 登頂記録 その2 "Is this 天国?"編

ケニア山登山2日目。

個人的には今日がBESTだった。
ありえないような美しい景色のなかをぐんぐんと進む。

天国ってこんなところかな?


なんて真剣に考えてしまう。
見たことのない植生とケニア山の頂が俺達を取り囲み、
きれいなセセラギの麓でお昼ご飯。

俺のテンションは最高潮。

山登りって気持ちいいー!!

朝7時から15時くらいまで歩き続けたけど全然疲れてない。
スッゴい天気がいいからね。

富士山より高いところでTシャツ一枚なんだもん。
赤道だなーって感じる。

標高は4000mを越えていて、なかには高山病の症状が出始めた人もいる。
でも俺は1年以上標高2000mのところに住んでるから全然平気。
(ヘモグロビンの数が倍以上に増えてるしね)

2か目のハットからは山頂が目の前に見える。
ケニア山はなだらかな丘のようなところに突然針のような山頂が
つき出ているような形をしている山だ。
昨日、今日はハイキングみたいなもんだったけど明日は違う。

あの崖のようなところを登るのだ。。
ちょっとビビッテます。







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2007-01-10

Mt.ケニア 登頂記録 その1 "Is this 登山?"編

前々から企画に上がっていたケニア山登山。
標高は5199m。アフリカ第2の高さ。
経験者に言わせるとキリマンジャロよりも登るのがハードとも言われるケニア山。



俺は登山なんてしたことない。
しかも今の俺は人生でもっとも体力に自信がない。
体重は50Kgを下回っている。

絶対に無理だと思ってたから参加しないつもりだった。
仕事もあるしね。

だけどワイナイナから電話が。

"やっぱ、1月いっぱいは休むわ"

"・・・"

よし、登ってやろうじゃないの。そのケニア山とやらを。


ということで初日。
ナイロビから車で赤道を越えてナニュキという街まで移動して、
そこから初日のハットまで3時間ほどのハイキング。

象が出る森を抜けて、鼻歌交じりでテクテク歩いて到着。
標高は3000mくらい。

楽勝です。

でも、よく見てください。


我々の荷物は小さい。

そう、タオルやカメラといった物以外はすべてポーターが運んでくれる。
食事もコックが作ってくれる。
俺達はちいちゃいリュック背負って作られた飯を食べて

"きれーい"
"うまーい"

とか言ってるだけ。
これは登山なのか?

とにかく、満点の星空を見ながら初日は終了。






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2007-01-06

副大臣がナクルへやってきた。

日本から某省の副大臣さんがナクルにやってきた。
年度末になるとこうした意味のわからない訪問が増える。
JICA的にはこういう時に協力隊は使える接待のネタになる。

ということでナクルの隊員が副大臣との昼食会に参加することに。


場所はナクルで一、二を争う高級ホテル。
でも、しょせんはナクル。
サービスも味も大したことはない。
そこに大使やJICA所長、そして副大臣とそのお連れの方々が集まった。

副大臣もさすがそこまで上り詰めただけあって話術は巧みだった。
当たり触りなく、うまくその場をまとめていく能力は素晴らしいと思った。

でも、なかにはやはり心に響く言葉もあった。

"日本がここまで豊になったのもここ数十年の話なんです。

ちょっと豊になっただけで日本はあっというまにどこか

おかしくなってしまった。

私は途上国よりも日本の未来の方が心配です。

どうか、日本も途上国もその差はほとんどないということを

忘れないでください。"


と、だいたいこんなような内容。
常々自分もこういうことを考えていただけに拍手を送りたくなった。

援助してあげる。なんて傲慢な態度さ。

今の日本があるのも今の日本人が偉いわけでもなんでもない。
ご先祖さまが作り上げてくれた歴史とちょっとした好運が重なっただけのこと。
そして、自分が日本人として生まれてきたことだってただの偶然さ。




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2007-01-02

ショッピングも悪くはないね。



ケニアにはたいしたお土産物はない。
どこ行ったってガラクタみたいな物しか売っていない。
それもケニア産じゃなかったりするから買う気もしない。


たまに、"欲しいな"って思う物があっても

"自分は2年もケニアにいるんだからもっといい物が他にあるだろ・・・"

と思って買ってこなかった。

でも、任期も残り10カ月ほどになってくると

"今買わないともう二度と買えないかも・・・"

と思ってくるから不思議。

ということで今回は思いっきりショッピング。
今までサップウケイだった自分の家もケニアっぽくなってきました。かな?





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新年のご挨拶

みなさん、明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。


本来なら年賀状を書くべきところですがBLOGにて失礼させていただきます。

ケニアに来て1年以上が過ぎ、ケニアで新年を迎えるのも今回が最後になりそうです。

なりそうです。なんて言ったのは任期の延長も真剣に考えているからです。
でも、最近は任期延長はかなり厳しい条件らしいのでどうなることやらわかりません。

昨年は自分にとって試練の一年でした。

苦しかった。

でも、その度に自分を支えてくれる皆様の存在に助けられたような気がします。
いつか、必ず恩返ししなければならないな。
そんな思いを噛みしめた一年でした。

今年もきっと苦しいことは続くでしょう。
でも、きっといいこともそれ以上にあると思ってます。

その恩返しの第一歩を始められる1年となればいいなと思う新年です。







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2007-01-01

本当のケニアへ その2 "生きてるという事がニュースになるのだ"編



今日は専門家の働いていた学校のスタッフの家に遊びに行った。
一人目はGizeeと呼ばれる学校の元アスカリ(警備員)の家。

彼は素手で豹をしとめた地元の英雄でもある。らしい。。



そんな彼の家は車の入れないところにあるのでひたすら歩く。

真っ赤な土と真っ青な空と真っ白な雲。そしてバナナ、コーヒー、お茶の緑。
そんないかにもアフリカという景色の中を歩くこと小一時間。
ツギハギだらけのトタンの家が彼の家だった。


途中、途中「シャトー」と声をかけてくる村人との会話の中で

「あいつは何してる?」
「生きてるよ!」

っていうやりとりが気になってはいた。
でも、ギゼーの家に行くまでは「変わった挨拶だな」としか思ってなかった。

「ギゼー元気?」
「元気だよ。シャトーは?」
「元気。元気。子どもたちは元気?」
「あいつは死んだ。そいつも死んだ。その嫁も死んだ。
残ったのはこの孫とわしら夫婦だけさ。」

その後も行く先々で死んだというニュースを多く耳にした。

そう、「生きてる」ということがニュースなんだ。


事故、病気、他殺、自殺。。。
死因はたくさんあるが彼らは多くは語ろうとはしない。
AIDSで死んだ人もたくさんいるだろう。

でも、それ以外で死ぬ人もたくさんいる。
先進国ではAIDSが話題になっているが途上国ではAIDSは死因の一つに過ぎない。

ギゼーの家の畑のなかに作られた子どもたちの墓はバナナの木とハイビスカスの花
に囲まれて不思議なほど美しく光輝いていた。

夕方は学校のスタッフを30年続けているミノルの家に行った。

夜、ちょっとそこまで飲みに行こうと山を二つ越えてバーに行く。
真っ暗ななか崖のような道を月と蛍の灯りをたよりに歩いていく。

前日に「泊まる場所はあるから」と聞いていた私たちなので
今夜はミノルの家に泊まることにしていた。
用意されたベッドはシングルベッド。

幅1メートルあるかないかのベッドに専門家と二人で眠ることに。
そういえば、今夜は大晦日。

年越しの瞬間はケニアの山奥のシングルベッドでイェール大学のPHD持ってる人と
一緒に寝てるなんてなかなか素敵じゃないか。


どこからか太鼓の音が聞こえてくる。
それは次第に大きくなり、歌声も聞こえてきた。
いくつ山を越えたところでそのリズムが刻まれているのだろうか?

とにかくそのリズムは本当のケニア人のケニア人のためのリズムだった。
朝まで続いたそのリズムは2007年の始まりを告げるには十分過ぎる演出であった。

しかし、それだけでは終らなかった。
朝、外に出てみるとそこには巨大なケニア山が朝日に映し出されて真っ赤に燃えていた。

今年はいい年になるに違いない。

そんな1年の始まりだった。








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2006-12-31

本当のケニアへ その1"途上国に住む事。田舎に住むということ"編



近所に住んでるJICA専門家は20年前にもケニアに協力隊として派遣されていた。
そこで年末年始はその専門家のかつての任地に行くことになった。

以前から彼からよくその任地のことは耳にしていた。

「とんでもない田舎なんだ」



そんな話を聞くたびに羨ましいと思っていた。

田舎の隊員は確かに生活が苦しい。
電気も水もない生活がいかに大変か。
それは住んでみないとわからない。

だからこそ住んでみたいのだ。
だからこそ俺は協力隊を受けたようなもんだから。


彼の運転する車でしばらく幹線道路を走り抜ける。
そして「あそこが任地だよ」と彼が言う先には山。山。山。

20年前は車が通れるような道ではなかったのだが今は乾期なら車は通れる。
ゆっくりゆっくり山道を車で抜けてその目的地 Walakwa Secondary School
にたどり着いた。

途中、途中住民が彼のことを見て「シャトー」(佐藤)と言って
興奮して走りよってくる。

彼も「お前は、ひょっとしてマイナか?」と名前を覚えているのだからすごい。

20年経っても覚えてくれる人がアフリカにいるということの凄さ。

俺はどうだろう。

今の職場の人はみんな地方から来た人だから地元に帰ってしまうだろう。
というより来月には転勤になってるかも知れない。

20年後どころか1年後に帰ってきたって知っている人はいないかも知れない。
そもそも俺のことを覚えてくれる人がいるのだろうか。。

何だか淋しくなった。

もちろん20年経っても覚えているというのは彼の人徳による部分が大きい。
でも、田舎というファクターも大きい。

なんせ村の歴史において外国人が踏み入れたのは彼と俺だけかも知れないのだから。

生活は苦しい。
生きていくだけで一日が終る。

そんななかで生きる事を経験するのが古き良き協力隊だ。

それは日本の若者にとってはいい経験だがケニアにとってはどうだろうか?

税金を使う限り両者にとって良い経験になるべきということで協力隊も田舎より
都市に多く派遣されるようになった。

そこには電気も水道もあるけれど、ケニア人が生きるだけでどれほど大変な
エネルギーを消費しているか知る由もない。

だから

「なんで時間通りに出勤しないんだ」、
「ケニア人はやる気無いな。」

と思ってしまう。

言うなれば野球の試合があったとして、俺達は睡眠バッチりで時間通りに車で到着。
ケニア人は朝まで徹夜で仕事していたうえに、何キロも走ってきたから遅刻した。

でも、俺達はそんな事全然知らないから遅れてきたケニア人に文句を言ってしまう。
そんな感じだ。

実際途上国では、特に田舎ではいろんな事が起こるんだ。
人はすぐ死ぬし、家畜の世話が最優先だし、水を得るのに必死だし、
火を起こす事だって本当に大変。

そういう事を俺はもっと知りたいから協力隊受けたんだけどな。。

今日は専門家の元生徒の家に泊めさせてもらった。
腹いっぱいのメシを食わせてもらって。。

大変だったでしょう。
こんなにたくさんのご飯を用意するの。

ほんとにありがとうございます。






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2006-12-26

崖。クラブ。今夜はクリスマス。

ナイバシャから戻りデイダンの実家へ。
そこはナクルからマタツ(バス)で30分ほどの村。



以前にHIV予防啓発の活動で行ったことのあった村だけど、
彼の実家はそこから更に車で20分ほど奥に行ったところにあった。

裕福な家らしく、広い庭に子どもたちとヤギ、牛、ニワトリが自由に走り回ってる。
そこでニャマチョマとシャンパンをご馳走になって昼寝していた。

まるで大草原の小さな家のような場所。
ほんとうに気持ちよく昼寝ができた。

デイダンが「コージ。崖行こうぜ。」と言うので行くことに。

彼の家の畑は「あの山からあの崖までだ」というその崖を見に行くのだ。
歩いて30分くらいでそこに着いた。

確かに崖だ。

でも、ただの崖じゃない。
めちゃくちゃ美しい。
天空の城から見下ろしているかのような景色がそこに広がっている。

普段女の事しか考えていないデイダンもその景色を久しぶりに眺めて
何かを感じていたようだった。

ナクルに戻っていつものクラブへ。
今夜もデイダンはいつものようにchick探しで忙しい。








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2006-12-25

クリスマス。やっぱキャンプでしょ。その2"天敵がいないとキリンも座る"編


キャンプ2か目。

キャンプ場の近くにあるHell's gate National Parkへ行ってみることに。




前からそのパークは気になっていた。
名前もさることながら、肉食動物がいないとされている(?)ので
ケニアで唯一自転車で入ることのできるパークなのだ。

キャンプ場で自転車を借りていざ"地獄の門"へ。


・・・すっげー。


アンボセリでケニアの美しさは知ってたつもりだけど、
またここの素晴らしさも格別だった。

普段、普通に見てるシマウマやキリンも自転車から見ると本当に生命を感じる。
ダイナミックで不自然とも思える地形のなかを走り抜ける野性動物。
そこを自転車で思いっきり走り抜けるヒト。

映画のセットようにも見える嘘のような本当の世界を駆け抜けた。


激痩せしたの今の俺には30Kmのサイクリングは相当コタエタ。
途中、よくわからない虫にさされて全身がカブレて大変だったけど
その信じられないくらい美しい景色と同志のバレーボーラーに励まされて
何とかキャンプ場に戻った。

そして、夜はディスコでクリスマスカウントダウン!
盛り上がってたけど、疲れちゃってすぐ寝ちゃった。

メリークリスマス!!




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2006-12-24

クリスマス。やっぱキャンプでしょ。その1"カバに気をつけろ"編

クリスマス。

どっか行ったことのないところに行こうと思った。



ボゴリアという湖でキャンプしよう!
と言い出したのはオーストラリア人のベン。

彼の計画はこうだ。

レイクボゴリアにはデヴィルズアイランドと呼ばれる住民も恐れて近付かない島がある。
そこでキャンプをしてカバと一緒に打ち上げ花火をあげて朝まで踊り明かそう!

最高じゃないか!ベン。
で、誰が行くんだい?

「俺とジミーと俺の彼女とジミーの彼女。・・・コージも行く?」

おいおい、俺はそんな野暮なことしませんよ。


ということで、クリスマスの計画を練り直した。
ナイロビからナクルに来る時にいつも目にしてはその美しさに感動している山と湖。
ロンゴノットとナイバシャ湖。
そこに行ってみよう。

って話をしてたら友達のデイダンが俺の友達も行くから一緒に行きなよ。ってことで
クリスマスは俺と協力隊の友達1名とケファという家族と一緒にナイバシャ湖でキャンプとなった。

マタツに揺られて1時間30分。
そこはビクトリア湖、ツルカナ湖に次ぐ大きさを持つナイバシャ湖。

淡水湖でフラミンゴはいないけれどカバはいる。
キャンプ場は湖のすぐそばでカバ注意という看板があちこちにある。

クリスマスということでテントがフジロックのように並んでいた。
ケニアではキャンプといってもアウトドアっていう感覚はない。
安く泊まれる手段といったところだ。

だから、そのキャンプ場の中にはバーもディスコもある。
明け方まで大音量で音楽が流れている。
眠れない俺達は明け方まで燃え盛る火を見ていた。。





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2006-12-23

先進国は進んでいるのか?

アメリカのCDCと呼ばれる国立の疾病機関が独自にデータを集めるという
理由で我がオフィスにインターネットがやってきた。




衛星でつながるインターネットで月額US$700。
今の世の中、途上国であろうとやっぱりインターネットは必要だ。

今まで職場にはアナログモデムによるダイアルアップ接続が一本あるだけだった。
電話代も馬鹿にならないし、いろんなオフィサーがうちのオフィスに来ては
ピーヒャラピーヒャラ言わせている状況を改善させたかった。

そこで、現在のインターネットサービスプロバイダーに支払っている金額と
最近出回り始めたADSLの費用対効果を計算しADSL導入計画を実行し始めていた
矢先のことだった。

そんなとき突然彼らはやってきた。

「こんちわー。CDCでーす。インターネット持ってきましたー」
と言っていきなりアンテナを組み立て始めた。

「この1年インターネット繋ぎ放題ですよ!」

なんて言ってるけど来年は自分で払ってくれとのこと。

こっちは100ドル程度で予算組もうと必死になってんだ!
そんな金あるわけない。

「ついでにWindows2003サーバーとプリンター2台も置いてきますよ」

おい!うちはすでにWindows2000サーバ持ってんだよ!

しかも、プリンターはネットワーク共有するためにネットワーク対応プリンター
購入の提案書を書いたところなんだ。

そんなところでネットワーク非対応のプリンター2台も置いてかれたら俺の提案書の
ポイントがずれちまうだろ!

(ちなみにスペースとセキュリティの問題で2003サーバをプリントサーバ
にするってのもあんまりやりたくない)

保健の世界だけではないにしろ、世界の援助合戦は目に余る物がある。
今回、ワイナイナと一緒に予算内で収まるような提案書をせっせと書いていたところに
突然のドネーション。

今までの計画、全く無意味。

こうやって

"計画立てても無意味だ。そのうち誰かが何かくれるでしょ"

っていう援助漬けの構図が成り立っていくんだ。

援助漬けにしているのは俺達先進国。
援助漬けの体質に文句言ってるのも俺達先進国。
勝手なことばかりやってるよね。

へい。先進国さんよ。
サーバのパスワード設定したんならパスワードを教えていけよ。
何を設定したのかも教えていけよ。
インストールCDくらい置いてけよ。

どうすりゃいいんだこのサーバ。。。

もっとスマートなやりかたあるでしょ?

"先進国"って言うくらいならさ。







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2006-12-21

人間の防衛機能

人間には何重もの防衛機能が働いていると思う。

例えば、人は悲しいことがあると涙を流す。
涙はその悲しさまで流してくれる。



例えば、人は悲しいことがあると誰かのせいにする。
"俺のせいじゃないんだ"と言うことでその悲しみが偽物になってくれる。

例えば、人は悲しいことがあると自分を悲劇の主人公に仕立てあげる。
他人からの同情はその悲しみを優越感に変えてくれる。

例えば、人は悲しいことがあると全てをリセットしようとする。
新しい環境はその悲しみを遠い過去にしてくれる。

時に泣き崩れ、当たり散らして、笑い飛ばしてその悲しみを過去にする。
そうやって人は自分が崩壊することを防ぐのだ。

でも、そういう防衛本能の機能を一つ一つ解除していくとどうなるんだろう。
本当に自我が崩壊して精神的に破壊されてしまうのだろうか。

その先に本当の強さがあるんじゃないか?
そんな風に思うことがある。

ちょっと冒険してみようかな?・・・なんてね。



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2006-12-20

空巣の後遺症その2

防犯グリルも取り付けてようやく悪夢を見ないようになった。
だけど、空巣の本当の嫌なところが見えてきたんだ。



今回の犯行は明らかに学校内に住む者の仕業だとみんなが言う。
確かに犯行時刻や状況から考えるとその可能性は高い。

そして、みんな俺の事件を知っていてこう言ってくる。

「お前の知合いの犯行だ」
「お前の知合いを疑え」
「お前の知合いを信じるな」

いかにケニア人が人を信じていないのかを思い知る。
治安が悪いと言うことはこうやって人の心を腐らせて新たな犯罪を生むんだ。
治安が悪いと言うことの本当の意味はそこに住んだ人でないとわからない。

俺も疑いたくないけどやっぱり近所の人と挨拶してもどこかで
「こいつか?」と思ってしまう自分が悲しい。

そして、最近知った本当に悲しい噂。

あの時俺の世話をしてくれたあのモーゼスがみんなから疑われている。

「あの時お前はモーゼスと一緒に飲んでたろ?あいつを信じるな。」

「彼はいい奴だよ。俺を警察にまでつれてってくれたし。」

「いいか。お前があの時バーにいたって知ってるのは誰だ?あの時お前の家が留守だと知ってるのは誰だ?」

「だけど、モーゼスは俺と一緒にいたんだよ。どうやって?」

「電話して知りあいにお前の家を襲わせたんだよ。最近あいつテレビ買ったらしいぜ。その金どこから手に入れたと思う?」

憤慨した。
モーゼスに会いに行った。

「大丈夫だよ。言わせておけ。」と言った彼の目には確かに悲しみがあった。

盗まれたコンピュータなんてどうでもいい。
俺が悪夢を見ることだってどうでもいい。
人を疑いながら生きていかなければならない世の中がこんなに悲しいこととは知らなかった。



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2006-12-19

危ないところだった その2

ケニアでの夜遊びはリスクが高い。
ナイロビはもちろん俺の住む街ナクルはナイロビに次ぐ治安の悪さ。
だから、夜の移動はたとえ100mの距離でもタクシーになる。



タクシー運転手だって夜中は運転したがらない。
仲のいいタクシードライバーもここ数ヶ月で立て続けにカージャックに遭った。

当然タクシー料金も高くなるし、信頼できないタクシーは余計に危険だったりもする。
(どこに連れてかれるかわからないから。)

だから、信頼できるタクシーを使用するしかない。
その彼が仕事をしているかどうかも事前に確認する必要もある。

そんな状況だから夜タウンで飲むときは帰りの余力を意識しなければならない。
当然、テンションは最高潮にはあがらない。

”楽しくなってきた。ちょっと酔っ払ったかな?”
ってあたりで帰らないといけないから。。


でも、こないだは違った。
なんかどうでもよくなってた。

「おい!デイダン。テキーラ飲もーぜ。」

で始まったケニア人とのテキーラ大会。
当然、テキーラは裏切らない。

どんどん高まる俺のテンションは抑え切れなかった。

繰り返される”アミーゴ!”の掛け声。


気がつくともう朝で俺は自分がどこにいるかもわからなかった。
一瞬、天国かと思った。

でも、そこは自分の家だった。

デイダンに電話してみたら気がついたら俺はいなくなってたらしい。

どうやって帰ったんだろ?

危ないところだった。。




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2006-12-18

危ないところだった

昨夜は空巣の後遺症でほとんど眠れなかった。
本当にリアルで恐い夢を見た。
忘れられそうだったとっても嫌なことをまた思い出してしまった。



ここんところビールしか体に入れていないこともあり気分も体調も最悪だ。
でも、警察に盗難証明書を書いてもらわなければならない。

警察に行く前にメールをチェックした。
そしたらすっごい嫌な知らせが来てた。

もう、頭の中真っ白になった。
警察でのやりとりはほとんど覚えていない。

警察から帰る途中に車が俺の方に突っ込んできた。
ケニアではよくあるんだけどそれは「ドケ!」の意味。
中には本気で引いてやろうという勢いで突っ込んでくる車もある。

いつもは細心の注意で道を横断するからそんな車もひょいっとかわすんだけど
その時はダメだった。
というより頭がどうかしてた。

"あー、車が突っ込んでくる。"

"よけないとね。"

"・・・めんどくせーな"

"このスピードなら死なないだろ"

"死なないくらいに引かれたい気分さ。ベイベー"


ということで俺はその車に向かっていった。
数センチのところでその車は止まって、何事もなかったように走り去った。
俺も、何事もなかったかのよう職場に戻った。

本当に危ないところだった。





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2006-12-16

空巣の後遺症

空巣に入られた。
ガラスはまだ割れたまま。

警察は来たけれど、なんの調査もせずにただこう言って帰っていった。



「アスカリ(警備員)を増やした方がいいな」
「この学校にはアスカリ2人もいるけど?」
「2人じゃ足りない」
「じゃあ何人?」
「そーだな。30人かな?」
「・・・」


JICAのセキュリティ担当もナイロビからやってきてくれた。
そしてこう言って帰っていった。

「すぐに防犯グリルをつけろ」
「はい。」
「それから、窓際に物を置くな。例えばこのギターも窓際に置いたら狙われるぞ。」
「はい。」
「で、お前はいつ日本に帰るんだ?」
「来年です。」
「そうか、じゃあその時このギター俺にくれ。」
「・・・」


盗られたのはパソコンだけ。盗難保険にも入ってるし、バックアップもある。
窓際に置いておいた俺も悪い。

ただの空巣ならケニアだけじゃなくて世界中で起こりうる犯罪だ。
気にする必要はない。
そう思ってた。

だけど、眠れないんだ。
ちょっとした物音で目を覚ます。
強盗に襲われてナタで頭を割られる夢を見る。

本当に恐いんだ。





アスカリのオティエノ君。
陽気で頼りない奴。
でも、とってもいい奴。



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2006-12-15

空き巣で見えたケニアという国

こないだ書いたとおり、晩飯食べずにバーで飲んでる生活をしばらくしていた。

"ケニアでは毎日同じ行動をしてはいけない"

それは生活パターンを知られると、犯罪に遭う確立が高くなるから。




今日もいつもの通りバーで飲んでいた。
今日の相手はモーゼス。

彼はまだ若いけどストリートチルドレンのための保護施設の
運営をしていて新しい施設が明日オープンするという。
その式典には俺も呼ばれていて彼とストリートチルドレンのため
にできることを語り合っていた。

「コージは毎日みんなに無視されながら生きている彼らのために何ができる?」

「・・・わかんない。だけど、俺にできることなんてあるのかな?」

「コージがやりたいと思ったことがコージの使命だよ」


彼は熱心なクリスチャンで、神の話をよくする。
こういう人はたくさんいるんだけど彼の場合は少し度を越えている
というか何というか、とにかくケニア人からもちょっとうっとおしがられている。

だから、俺が彼と一緒に飲んでいると
「あいつ、お前に迷惑かけてないか?」なんて言われたりもする。

確かに彼が言っていることは少しうっとおしい。
だけど、今の俺には彼の言葉がすごく試されているように思えるんだ。


"本当にお前には人を愛し抜く勇気があるのか?"


とにかく、俺は彼のことを信じてみようと思ってるし彼の施設の子どものために
できることをしてみようと思ってる。

そんなこんなで今夜も気持ちよく酔っ払って家に戻った。


”???”


何か違う。

あるべきものがない。何がない?

パソコンがない。。

無いはず無い。
ドアには鍵がかかってたし、確実にここに置いたんだから。。。

”???”

なんだ、このガラスの破片は?

やられた。。。


モーゼスに電話した。

「やられちゃった。。」

「どうした?」

「空巣に入られてパソコン盗まれちゃったよ。」

「今すぐいくから、待ってろ」


結局モーゼスは明日式典で忙しいのにも関わらず警察にまでつき合ってくれて
最後にまたバーで一杯つき合ってくれた。

そこにいたケニア人が俺の話を聞いて同情してくれたのか、俺を慰めようとしたのか
”私の犯罪被害自慢大会”が始まった。

「俺は携帯電話7個めだぜ!」

「俺なんて強盗にあって全て盗られたんだ。トイレットペーパーまでもってかれたんだぜ!」

「俺は、車を盗まれた。俺の職業しってるか?タクシー運転手だよ。しかも3回盗まれたんだぜ。」

そんな話が延々と続く。
なんて国なんだ。

そんなことよりモーゼス。明日早いのにつき合ってくれてありがとう。
俺にできることを考えてみるよ。



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2006-12-10

ゲキヤセしちゃった



広域研修が終った辺りから俺の中で何かが抜け落ちてしまった。
活動は順調に進み始めているけど(ワイナイナが休暇を取ってしまったけど)、
生活はひどいもんだ。



引越して以降、自炊をしたことがない。
前にも言ったかも知れないけど基本的にケニアには外食文化はない。
じゃあ、食事どうしてるの?ってことになるけど
その答えは・・・

「食べない」

正確に言うと「飲んでる」だ。
家のすぐ近くにローカルのバーがある。

そこで数本のTusker(ケニアのビール)を飲んで夕食としている。
ちなみにケニアのバーに"つまみ"は無い。

あるのはニャマチョマと呼ばれる肉の塊をただ焼いただけのもの。
毎日そんなもの食ってたら痛風になること間違い無し。

平日は昼飯を職場の近くで食べてるからまだいい。
でも、週末はきつい。
一日ビールだけになるから。。

何かを食べにいくとか、何かを作ろうとかいう意識は全くない。

食べるものがない。だから食べない

といういたってシンプルな図式。

家に体重計がないから気づいてなかったんだけどナイロビで計ってびっくり。

すっげー痩せてた。
ここで書くとみんな引くくらいの体重しかなくなってた。

さすがに食わねばならぬと思いました。

それでも風邪一つ引かないこの俺。
そんな丈夫な体を与えてくれた親に感謝です。






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2006-12-07

隊員総会の意義

各国の協力隊員の間で年に1度、あるいは年に2度隊員総会なるものが
開催されていることと思う。

まじめに総会を開いている国もあれば運動会をするような国もあるという。
そして、ここケニアはどうかというと“実施していない”



前回の大統領選挙の際に隊員の派遣を一時中断したため、
隊員総会の実施も取り止めていた。
それが数年続いた後に昨年、数年ぶりに隊員総会が実施された。

数年ぶりに開催されたとはいえ、当時の隊員にとってはそれが初めての総会になる。
そんな総会は我々に素朴な疑問をもたらした。

「何のために総会をするんだろう」

交通手段の乏しい途上国では首都に移動するだけで数日かかる隊員も多い。
総会を準備する隊員の負担も相当なものだ。
また、治安状況やドミトリのキャパシティの関係から隊員全員ホテル宿泊となる。

これほどまでに金を使い、隊員の活動を犠牲にしてまで総会をする意味があるのか?
という疑問が全員のなかに浮かんだ。

そこで、みなで話し合った結果「隊員総会は実施しない」ことになった。

個人的には難しい判断だった。
確かに隊員総会をやる意味がそれほどあるとは思わない。
税金の無駄使いはいけない。
でも、こういう機会がなければ一度も顔を会わせないような隊員もたくさんいるだろう。
やりかたによってはそれほど負担にならない、金も使わない隊員総会もできるだろう。

問題は隊員のなかに意志決定の組織がないことだと思った。

このままでは、JICAの思いのままにルールが策定されてしまうかも知れない。
本当に有益なアイデアがあってもそれを形にする装置が隊員のなかにないのはもったいない。

そう考えた俺は隊員組織化計画をこっそりと立てた。
隊長および執行部をつくり、連絡網を整備する。

そしてその隊長はもちろん「俺」ね。

でもそこでふと考えた。
隊員は2年で帰る。
隊員の使命は任地で地元の人と共に活動することだ。

"・・・やめておこう"

今ではそれで良かったと思ってる。
俺がケニアに来たばかりの頃、以前いた調整員(ボランティア要請を開拓する人)
がめちゃくちゃだったらしく仕事のない隊員が多くいた。

そんな彼らが活動の場を見出したのはその隊員総会であったり分科会であったり
インカムジェネレーションを目的としたマーケットであったり、
日本人祭りであったりした。

そうした活動を否定するつもりはない。実際、素晴らしい内容であったと思う。
こうした活動は華やかでもありJICAの広報誌にも取り上げられたりもした。
だけど、任地で地道に目立たずに活動している隊員の方が注目されるべきだと思った。

少なくとも赴任して1年はこうした活動は行なわずに任地で踏ん張り続けるべきだと思う。

それなりにやりがいもあり、華やかでもあるこうした活動は任地での活動のチャンスを見失うことになりうる。

そういう意味で、ケニア隊が隊員総会の実施を否決したこと。
分科会活動が下火になったことは喜ばしいことといえるかも知れない。
それだけみなが任地で活動する場所を見出せているということだから。


でも、誰かが言ってた。
隊員総会やらないことになって予算が余ったからこないだの40周年式典やったらしいよ。。

税金の無駄使いをなくすことは難しいです。



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2006-12-06

援助されることは喜ばしいことか

ケニアで協力隊が始まって今年で40年だそうだ。
そこで40周年記念式典なるものが日本大使館で開催された。



ケニアの日本大使館は最近新しく建てられたとても立派な建物。
そこに全隊員を招集し、ケニア大統領および財務大臣なども招待して盛大に
40周年を祝おうという企画。

はたして、40年間も援助されなければならない状況は祝うべきことなのか?

そんな思いはみなのなかにあったと思う。
“この式典になんの意味があるのか?”

そんな思いはケニア側にもあったのだろう。
大統領および財務大臣のドタキャン。
式はあっけなく、そして虚しく終った。

大使館から出された盛大な昼食がさほどおいしく感じなかったのは俺だけだろうか。。


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2006-12-03

オーノー ワイナイナ!

ケニアの公務員は1年で1カ月から2カ月の長期休暇を取ることができる。
たいていの人はクリスマスから年末年始にかけてその休暇を使うらしい。

ということでワイナイナに聞いてみた。


「年末年始は休むの?」
「おいおい コージ。あのWBSの計画表見てないのかい?
俺達はカレンダー通り働いてこのLANを完成させるんじゃないか。」

お前がその気なら俺もとことんやってやろうじゃないか。

ってのがついこないだの会話。
で、今日。

「コージ。そういえば俺、去年もおととしも休暇取ってないから疲れちゃったよ。
だから、明日から1カ月休むね。」

去年とおととしの疲れが突然今日になって出たというのかい?
前もって言ってくれれば俺だって遊ぶ予定立てたのに。。

しかも、気がつくとやっぱりワイナイナだけでなくみーんな休みを取るらしい。

俺も遊ぼう。。。

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2006-12-01

1周年旅行 その3"ナイロビ満喫"編

アンボセリからナイロビへ。
今日は女性陣の買いものにつき合うことに。
「ケニアでいいもんなんかねーよ!」なんて言ってた俺だけど、探せばあるもんだ。






サイザルという麻で編まれたカバン の卸問屋でしこたま買い込んだ。
なかなかいいでしょ?


ほんとはその後にダチョウファームに行ってダチョウレースする予定だったんだけど
サイザルのお店で時間を使い過ぎたため予定変更で噂のパナリホテルへ向かった。

そこはインド資本のホテルですごいものがあるらしい。




そうです。アイススケート!!
赤道直下でアイススケートできるなんて世界中でここくらいでしょ?

遊びまくったこの3日。
明日からまた1年がんばろー!って思いました。




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