2007-04-21

ハートにシュート "裸足の理由"編




眠い。。

頭が割れるように痛い。。

そんな状態でマチャコス男子更生院に向かう。

ナイロビからマタトゥで1時間30分。
そこからトゥクトゥクで10分ほどで到着。

グランドはかなりの傾斜があり、芝と言うよりサバンナ状態。
ゴールは木の柱が立っているだけ。
子供たちはみな裸足。

予想はしていたのであまり気にはしなかった。


ここでケニアのサッカー事情を簡単に説明しておく。

サッカーはやはりケニアでも一番の人気スポーツで、
空き地と言う空き地で老若男女がサッカーをしているのを良く見る。

ケニアのサッカーのレベルはとても低い。

とにかくみんなボールを持ったらロングキック。

そのボールをとにかく追いかけるだけ。

高校生や地元のクラブチームの試合を見ていてもあまりのレベルの低さに
俺は"日本の小学生の方がうまいなぁ。。"と思っていた。


だから、いくら体力の無い協力隊チームでも負けることは無いと思ってた。
しかも俺はベッカム仕様のスパイクを購入したしね(約1500円)。
裸足のガキどもに負けるはずは無いと思ってた。
(小学校・中学校とサッカーやってたしね)




【試合結果】
第一試合

JOCV 3 - 6 MACHAKOS


第二試合

JOCV 3 - 4 MACHAKOS


完敗でした。


まず、体力の無さは想像以上だった。
標高の高さもあるけど全く走れない。
加えて前日の酒。

ハーフタイムでゲロ吐いているチームメイトを見ながら

"こりゃ勝てねぇなぁ・・・" と思わざるを得なかった。


しかし、それ以上に思ったのは彼らは決してヘタではないということ。

あのグラウンド状況ではドリブルは不可能。
細かいパスも繋げない。
結果としてロングパスが効果的なことに気づいた。

スパイクなんかより裸足の方がボールを蹴れる。

彼らは彼らの状況の中でベストを知っているんだ・・・。

これってサッカーに限ったことではないと思う。
そこに住んでるものにしか理解できない彼らのベストがあるんだと思う。

とにかく、次は必ず勝つぞ!!

負けるのは悔しいーーー



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2007-04-20

ハートにシュート "前日の夜"編

ケニアの隊員では更生院で青少年に体育などを教えている隊員が数名いる。
彼らはみなサッカーが好きで、子供たちにサッカーを教えていたりする。

更生院の子供たちは8歳から18歳くらい。

犯罪を犯して収容された子供たちの他にエイズ孤児、ストリートチルドレンなどが
収容されていて日本の更生院とはちょっと意味あいが違う。

心に深い傷を持った子供たちも多く、落ち着きの無い子供や集団行動がとれない
子供たちも多い。

"そんな彼らと一緒にサッカーをしようじゃないか!"

ということでケニア隊員の間で作られたサッカーチームの第一戦が
マチャコス男子更生院で開催された。


金曜日の夕方からナイロビに集合し真剣にサッカーの戦術を確認しあう。

"やるからには勝つ!"

何よりも大事なのはスポーツの素晴らしさを彼らに伝えることだ。

真剣に勝利を狙うこと。
チームメイトとのチームワーク。

そんな姿勢を子供たちに見せて何かを感じ取ってもらいたい。

そんな熱い俺たちのミーティングは酒も入り気がつくと朝5時。。

あぁ、二日酔い、睡眠不足・・・

大丈夫なのか??

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2007-04-18

毒殺

ケニアの呪いについては今までも何度か書いてきた。

実際の魔力も俺はあると信じているが、やはり毒を用いた呪いも多い。

人に恨みを買われると毒を盛られて殺されるのだ。


実際にケニアにはまだまだ解明されていないであろう薬草がたくさんある。

ビールやソーダのビンは必ず飲む人の前で開封される。

決して人と同じグラスを使うことをしない。


ケニアの隊員で同僚とうまく行っておらず毒殺の噂が流れ任地変更を
迫られている人もいる。


俺がケルーニョ追放を考えていることを話すとみな

"毒殺されるかもよ" って真剣にアドバイスしてくれる。



だけど俺はケルーニョを追い出すのが狙いじゃないんだ。
彼のやる気を高めたいだけ。

結果として彼が左遷されたとしても彼が俺を毒殺したいと思うような
やり方はしないつもり。

どうやって?

うまく説明できないけれど、こういうの結構得意なんです。
ケニア人に通用するかわかんないけど、要は誠意だと思うんだ。

誠意でケニアの毒が解毒されるかお楽しみに~


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2007-04-15

ようやく雨が降ったので

今年も異常気象のようで雨季のはずなのになかなか雨が降らない。
本当ならイースター休みに俺の家の畑を耕す予定だったんだけど
全く雨が降らないので酒飲んでた。

で、今週からようやく雨が降り始めたので畑を耕しました。

去年は大家さんがやってくれたんだけど今年は大家もいないので
自分でやってみることに。


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10m×5mとたいした大きさではないのだけど、
雑草が生い茂って石ばかりの畑を一人で耕すのは並大抵じゃない。

コンピューターしかいじってない俺の手はあっという間にマメが潰れて血だらけ。

土より石の方が多いんじゃないの?っていいたくなるような畑。

腰は痛むし、日差しも強い。

第一、ケニアでは野菜は5円とか10円で山ほど買える。
水も十分にあるわけじゃないし、草むしりできる時間も限られてる。
つまりそんなに良い野菜が育つわけじゃない。

買った方が安くて美味い。

じゃあ、なんで畑をやるのか?

"面白いんだよね"

雨が降るのが嬉しくなる。

太陽が愛しくなる。

食事が楽しみになる。

日本でもやれるならやりたいけど時間も土地もない。

だったらここでやるっきゃないでしょ?

去年の経験を活かして今年はおいしい野菜を作ろうっと!



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2007-04-14

のるかそるか

今日はワイナイナと週末デート。

毎日職場で顔合わせてるのに週末まで会う必要はないでしょ?
なんて思うんだけど俺もワイナイナもやることないようでタウンで酒を飲む。

でも、本当は俺には狙いがあった。

オフィスでは聞けないことを彼に聞きたかったんだ。

それはケルーニョのこと。


俺の直属のカウンターパートである彼はほとんど職場に顔を出さない。

サイドビジネスに精を出しているか、酒を飲んでいるのだ。

俺が来たときから彼はそういう態度だったけれど、俺が何を言っても
"俺は外回りして働いているんだ。"って言われて終わりだった。

ボスに告げ口すれば彼に何らかの処置が行われるだろうことはわかっていたけれど
外国人である俺がそれをすることにためらいがあった。

彼にも家族がいるし生活がある。
働かないのは彼だけじゃない。

2年しかケニアにいない俺が彼の人生を狂わせていいものか?

そんな風に考えていた。

でも、今もって考えると俺の活動がなかなか進まない最大の理由は彼だ。
そして、彼に対して不満を抱いている人は俺だけではない。

そんな想いをワイナイナに相談してみた。

"あいつは、最悪だ"

ワイナイナによると彼のせいで我々の州の保健情報のクオリティは
ケニアで最低だという。

県の保健情報担当者もケルーニョに対する不満は爆発寸前だと言う。

そこで俺も最後の切り札をワイナイナに出した。

"俺の後任は来ない。来るとしてもRiftvalleyじゃなくてNyanzaに来るだろう。
Nyanzaの保健情報担当者はとても優秀らしいからね。"


ワイナイナはそれを聞いて興奮しながらこう言った。

"コージ。こうなったらミソレ(ボス)に言いつけるしかない。
これ以上あいつに任せてたらダメだ。
やってくれるな?コージ。"


え?俺?

なんて思ったけど、そのうち帰る外国人である俺にしかできないことってあるよね。

いっちょ、やってみようかな!?



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2007-04-13

ケニア流の酒の飲み方



ケニアで仲間同士で酒を飲むときはたいてい順番に
酒を奢り合うのがルール。

3人で飲んでたらまず3本の酒をオーダーし、それがなくなると
次の人がまた3本オーダーする。

誰かが飲み終わると自動的に追加でオーダーされるので
ペースが遅れると自分のテーブルに未開封の酒がたまって行く。

帰るタイミングは自分の番が来たときに

"これで最後にしようか?"

と、それとなく切り出すのがスマートなやり方。


だけど、相手が金持ちだったりすると順番は関係なくてその人が
全部おごってくれることになる。

そうなると、帰るタイミングを切り出すことが難しい。

次々に酒がやってきて、どんどんテーブルにビールがたまって行く。
そんな状況で"じゃあ、帰るね"とは言えない。

言ったとしても

"それ、全部飲んでから帰りなよ。"

って優しく言ってくれる。。

それでがんばって全部飲んだら、やっぱりもう一本追加される。

こんな感じでいつまでたっても帰れなくなるのだ。。


昨日は5時から飲み始めて12時過ぎまで帰れなかった。。

治安さえ良ければ最高な文化なんだけどねぇぇ。。。




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2007-04-11

skypeで大はしゃぎ

職場にドネーションで常時接続高速インターネットがやってきて数ヶ月。
みなインターネットでメールを見たり、ニュースを読んだり。

でも、思ったより利用状況は高くない。

そんなにメールがくるわけじゃないし、メール出す相手がそんなにいないから。
ネットで読めるケニアのニュースは少ないから。

おじさん、おばさんばかりのこの職場ではやはりインターネットより
リアルなおしゃべりの方が魅力的な様子。


ネットより仲間とおしゃべりしてる方が楽しい。
昼飯を食べる金はなくても高い携帯電話を使っておしゃべりする。


そんなある日ナイロビからやってきた人がSkypeをインストールしていった。

目的はナイロビとビデオ会議をするため。

無料で電話ができると聞いて彼らは大興奮。
テスト通話でも子供のようにはしゃいでた。

めちゃくちゃデカイ声で

"もしもし?""もしもし?""もしもし?""もしもし?""もしもし?""もしもし?"

とずっと繰り返してる。
何となくほほえましい光景。


でも、次の日には彼らは気づいてしまった。

"電話をかける人がいない。。"

ケニアでSkype使えるネット環境なんてほとんどないからね。

結局、その日以来Skypeは使われていない。。





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2007-04-09

イースターホリデイ

ケニアは休日が少ない。
連休はクリスマスとイースターだけ。

で、そのイースター休みがやってきた。
役所勤めの俺にとってはかなり貴重な4連休。

でも、どこにも行く気がしなくて任地でのんびりしようと思った。

気がつくと近所の専門家の人と昼から毎日飲み明かしてた。

"さすがに体に良くないでしょ?"ってことになって、
山賊が出るって言われてる近くの山へピクニックに行った。


実際はすごく美しいところで巨大なクレーターとフラミンゴに染まる湖を
見ながら汗でアルコールを吹き飛ばした。

結局すごく気に入って次の日も行ってしまった。

日曜の夜は近所のケニア人の友達の家で酒飲んで大騒ぎした。
デイダンと"結局女ってのはよぉ・・"って話しながら酒飲んで
ケニアも日本も恋愛に関しては大体おんなじだって通じ合った。
それからデイダンがどっかで手に入れた日本のエロビデオを見ながらみんなで大爆笑。

最後の日は5時間の散歩を終えてから家の庭の草むしりした。
死ぬほど蚊に刺されながら、もはや雑草とは呼べないほど巨大な草たちを刈り取った。


そんなこんなで4日間という休みは終わった。
使った金額ゼロ。(奢ってもらってばかりいた)

何だかよくわからない過ごし方だったけど、悪くなかった。
旅行もいいけど、こんなのもいいな。


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2007-04-06

将来のことを考えている


"あんな世界を作りたいんだ"


俺にそれができるの?

俺に足りないのは何?

俺にできるのは何?

今俺がすべきことは何?


そんなことを考えてる。



人生とは "何をするのか"

ではなくて "どう生きるか" 

なのであれば俺はおそらくその世界のために死ぬまで
もがき続けることになるんだと思う。

苦しい生き方かもしれない。
もっと簡単な生き方、自分の身の丈に合った生き方があるとは思う。

かつて俺はそんな生き方を選んだ。

"自分の生きたいように生きるなんて自分勝手なだけだ"
"世の中は夢語ってるほど甘くはないんだ"


そんな風に自分を追いこんで、
作られた社会のなかで必死に働いて
自分の本当の心を閉じ込めて生きてきた。

でも俺は知ってたんだ。

"自分に嘘をついて生きていくことはできやしない"って。

運命とかいう言葉は使いたくはないけれど、
ガキのころから知ってたんだ。

自分がどう生きていくかってことを。

だけど自信がなかった。
だから自分を見ようとしなかった。

でも、恥ずかしいくらいに、痛いくらいに、自分の心をさぐっているうちに
自信なんてあんまり関係ないってことがわかってきた。

自分の心が見えてればそれに従うしかないんだ。

必要なのは自分の心を見ようとする勇気。
そして、それに負けないだけの強さ。

そこから自信は生まれるのかな。


正直言ってメチャメチャ怖いよ。
今でも逃げ出したいくらいさ。
だけど、楽しみなんだ。ワクワクするんだ。

そんな気持ちわかるでしょ?



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2007-04-02

Uongo ni spice(嘘はスパイス)




エイプリルフールで嘘をついた。

そしたら

笑ってくれた人がいた。

心配してくれた人がいた。

怒ってくれた人がいた。

叱ってくれた人がいた。


嘘は良くない。
それは間違いない。

でも、ケニア人はよくこんなことを言う。

"嘘はスパイス"

嘘をうまく使うことで物事が、人生が素晴らしいものにもなる。


ユーモアを笑う心は心を豊かにする。

人を心配する思いやりは心を優しくする。

悪いことに怒ることは心を清くする。

友を叱ることは心を強くする。


でも、スパイスの使いすぎは良くないよね。
もう嘘はつかないっす。


みんな愛してるよ~。
ごめんね~。


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2007-04-01

きょうはなんの日?

普段、正直に生きてる俺だもん。
この日くらいはいいでしょ?
今日は4月1日。

そう、えいぷりるふーる。

誰が決めたのか知らんけど、俺はこういうの大好き。

嘘をつくことで誰かがハッピーになれることがあるのなら
俺は本気で嘘をつくさ。

ということで、しばらくケニアで踏ん張ります。
へへへ~。




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2007-03-31

Nilikwa na wageni kutoka Zanbia!

ケニアでの研修に参加するためにザンビアから理数科教師の協力隊員が3名やってきた。
内2名は同期で、久しぶりの再開を果たすためにナイロビに行ってきた。

内陸国のザンビアから来た彼らはナイロビの日本料理屋の刺身と寿司に大興奮。
ちなみに俺も滅多にナイロビで寿司なんて食べないので大興奮。

そのあとはナイロビのクラブへ出かけてトーク・トーク&ダンス・ダンス。


訓練中の思い出話から、任国での活動など。
たわいもないことから、真剣な話まで。

すっげー辛かった経験も酒飲んで、踊ってしまえばあっという間に笑い話さ。

やっぱり仲間はいいですね。
そしてやっぱり都会はいいですね。

あぁ、ケニアにみんな遊びに来られればいいのになぁ。。





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2007-03-30

今日の言葉(タンザニア)


"Respect little things"
Tnazanian proverb

いかにも途上国って感じのところで、
いかにも協力隊って感じの活動をしている。

そんな隊員は取材を受けることも多い。
なかには、マスコミに大々的に取り上げられるような人もいる。

そんな隊員の活動を見て協力隊に憧れる人がたくさんいる。

俺はそんなことを狙ってたわけじゃないけど、そんなことをするんだと思ってた。


俺の人生はいつもそうだった。
いつも何かをしようと思ったときに物事がうまい方向に進んでいった。

俺は幸運の星の下に生まれたんだと思ってたようなところがあった。


で、今の俺。

"・・・"

"なんてちっぽけなんだろう。。"

"こんなことしか俺にはできないんだろうか。。"

取材なんか絶対来ないだろうし、
俺の活動を見て協力隊になりたいって思う人なんていないだろう。

なんて考えたりして、
しばらくは自分を情けなく思ったり、
相手が求めていない活動に手を伸ばそうとしたときもあった。

きっと、俺がいなくたって彼らは困らないし、
俺がいなくなったらきっとすぐに俺のことを忘れてしまうだろう。

まったく俺のことに興味を示さないし、期待もしてない。
やることなすこと全てがうまく行かない。

そんななかで、できることを辛抱強くやってきた。
ちっぽけだなぁって今でも思う。


でも、最近はそんなちっぽけなことに俺はプライドをもてるようになってきたんだ。

ちっぽけながらも、作り上げた俺の地位と仕事。
ちっぽけながらも、ちょっとずつ変わりだした彼らの態度。

そんなものがどれほどケニアのためになるのか、彼らのためになるか?
それは自信はない。

でも、今は負け惜しみでなくてこう思える。

この配属先でよかったな。。

自分の弱さを知れたから。
人の痛みを知れたから。
今までの俺の人生は気づかないところでいろんな人が支えてくれてたってことに気づけたから。


ちっぽけなことからでっかいことを学ぶことができる。
ちっぽけなことがでっかいことに繋がる。


これからの自分がちょっとだけ楽しみになってきた。



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2007-03-28

ブンカカイはエエンカイ その2

分科会のことをいろいろ書いたけど、一つ理想とする形態を知ってました。

それはケニアの"エイズ対策プロジェクト"。


JICAには専門家というボランティアではなく給与とプロジェクト予算を与えられた
特別な専門性を持った人が数多く派遣されている。

また、ボランティアを調整する仕事としてフィールドコーディネーター(FC)
という人もいる。

このプロジェクトでは
エイズの国家機関に専門家を配置し、
州機関にFCを配置し、
県機関に隊員を配置している。

(ちなみに俺もそのメンバーの一人)

JICAの予算を国のトップからボトムまで効果的に使うことができるし、
それぞれが自分の立場を理解して活動することができる。

そして、各レベルでの情報を共有すると言う目的で数カ月おきに集まっている。

これなら自分の活動にもメリットがあるし、何日も配属先を留守にする必要はない。

でも、それを隊員だけでやることなんかできないよね。
これにしたって、文句を言っている人少なくないし。。

俺の場合はこのプロジェクトからちょっとはみ出てて活動の幅が広がるような
情報はほとんどないしね。


現実として今、自分が考えていることは

"同じ任地の隊員で任地の住民のために自分たちができることをやる"

ってことです。

同じ任地(もしくはご近所)の隊員は全然職種も活動内容も違う人ばかりだけど
街の住民にお世話になっているのは共通している。

なんか恩返しできるような活動ができないか、近いうちにみんなに相談してみよーっと。




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2007-03-27

ブンカカイはエエンカイ?

ケニアのコンピュータ技術隊員の間で分科会が作られようとしている。
それは広域研修の前後あたりから話には出ていた。

俺は今のところ参加を見送っている。

理由はナイロビに行くのが大変だから。
平日に配属先を休んで行くほどの理由が見つからないから。


"分科会活動(ブンカカイ・カツドウ)"

主に隊員が持っている技術を集結して自分ひとりではできない
活動をやろうって会の活動。

俺はこういうの嫌いではない。




会社員時代も勉強会とかよく開いてた。
それにみんなで何かするってやっぱ楽しいじゃん。


でも、協力隊の場合は "任国の人と共に" ってのが重くのしかかって
隊員だけの活動に対して毛嫌いする人もいたりする。

俺は日本人だけでやる活動が悪いことばかりだとも思ってない。
日本人(外国人)にしかできないことってやっぱあると思う。

だけど、以前書いたように最初の1年はこうした活動はすべきじゃないと
思ってるから今までは"見ざる、聞かざる"で通してきた。

だけど、もう俺も1年経ってるわけだし、分科会ってのをやってもいいかとは思ってる。


でも、それをやるのって簡単なことじゃない。
地方の隊員と連絡取ることだけでも難しいしね。

でも、それ以上に難しいのは
"なんでそれをやるの?"っていうconsensusを取ることだと思う。

隊員はそれぞれにそれぞれの活動を持っているわけだし、
それぞれにメリットがなければ続かないだろう。

任地での活動のウップンを晴らすかのようにド派手な活動になってしまったり、
仲間といろんなところ行けて楽しい!で終わってしまったり。

配属先の同僚を巻き込んでいければいいのだけれど、
交通費や日当なんかの問題で挫折してしまう。

そういうことに知恵や時間を費やしている時間があったらやっぱり
配属先で時間を費やしたい。

配属先での活動と分科会の活動の両立はやっぱり難しい。

仕事なんてそれほどあるわけじゃないけれど、
途上国では何が起きるか予想もつかないから、
常に職場で人の行動に目を光らせていないとならない。

それで自分の活動が大きく進んだり、全てがダメになったりするから。
それを考えるとやっぱりそんなに職場を留守にはできない。

そんなこんなで分科会はあまりうまくは行かないもの。

じゃぁ、やらなきゃいいじゃん。
ってことになるけれど、それもつまんないよなぁ。

それぞれが持ってる技術を持ち寄って自分ひとりでは到底できないような
"きっかけ"を途上国の人たちに与えられるのなら素晴らしいよね。

職場を留守にした分、職場に還元できるような活動になればいいけれど
それを作り上げるには相当の犠牲を払わないとならないもの。

う~ん。
やっぱり難しいなぁ。
他の国の分科会の活動ってどうなんだろう?

そんな難しいこと考えてないのかな?
それとも俺の思いもよらないステキなやり方が存在するのだろうか?




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2007-03-24

分析するまでもない夢

標高の高いところでは睡眠が浅くなるらしい。
俺のマットレスはケニア人も"要らない"って言うくらいベッコベッコで眠りにくい。
酒の力を借りないと寝付けないことも多いから眠りはさらに浅くなる。

だから、いろんな夢を見る。
それも自分の精神状況をわかりやすいほどに映し出すような夢を。。

こないだ見た夢はこんなかんじだった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ラグビーの大事な試合がある。
負けたら引退。

集合時間に遅れそうな俺は急いでいた。

そんなときに俺は道でばったりケニア人と出会って話し込んでしまう。

そのうちに俺は試合のことをすっかり忘れてしまってケニア人と
散歩に出かけてしまうのだ。

そして試合のことを思い出した。
時計を見るともう試合終了の時間。

あわてて会場に向かった。

チームのメンバーは俺と目を合わそうともしない。

俺は正直に"ケニア人と遊んでた"って謝ろうと決めていたんだけど

俺の口から出た言葉は

"いやー、困ってるケニア人がいたんで助けてたんだよ~。ごめんごめん。"


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

俺はいろんなものを犠牲にしてケニアにやって来た。
その覚悟もあったし、なんかをやってやるってみんなに言いきってやってきた。

そんな彼らに嘘をつくようなことはしたくない。

でも、俺は彼らに胸を張って言えるようなことをしているだろうか?
いつか俺はケニアでの時間を美化してしまうんじゃないか?

そんな焦りのようなものを感じてたんだろう。

今は多少無理したっていいと思ってる。
ケニアのため。自分のため。みんなのために胸を張れなくても
嘘をつかないですむ程度のことはやってやろうと思う。




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2007-03-20

フォトグラファー その3

以前いっしょに食事してゲームサファリをした写真家が他の隊員と
トラブルを起こしていたことを知った。

http://tef-tef.blogspot.com/2007/01/blog-post_27.html
http://tef-tef.blogspot.com/2007/01/blog-post_28.html

その写真家はエイズ対策隊員の活動をサラーと見てこう言ったらしい。

「瀕死のエイズ患者の写真が撮りたいんだけど・・・」

その発言に隊員は怒りを抑えられなかったという。


自分の活動は末期のエイズ患者のケアではないし、
エイズと言う病気をろくに知らない人が突然やってきて
エイズで苦しんでいる写真を撮って日本で公表するという。

エイズは確かに怖い。
でも、知識と行動によって防げる病気なんだ。
だからこそ、隊員が必死になってエイズの拡大を防ごうとしている。

瀕死の患者の写真を見て無知な人は
「エイズってコワーイ!」、「アフリカってかわいそう。。」
なんて思うかもしれない。

エイズは日本にもあるし、ネガティブなイメージを抱くことは
結果としてエイズ予防にはマイナスになる。
それはアフリカではもはや常識。

アフリカではエイズ患者は希望を持って生きようと多くの人と
(本当に多くの人と)ともにいろいろな活動をしている。

そんな姿を見てもらいたかった彼女はその写真家に対して
怒りを感じると共に日本のエイズに対する知識の低さを嘆いていた。



写真ってなんだろう。

写真に写るものに嘘はない。
でも、真実であるかどうかは判断つかない。

写真家は写真で表現するわけだし、
瀕死のエイズ患者で表現することは彼女の自由であるかもしれない。

希望を持って生きているエイズ患者も嘘じゃないし、
瀕死のエイズ患者も嘘じゃない。

写真は撮る者の自由だし、どう解釈するかは観る者の自由。
真実は一つだけじゃないかもしれない。

"撮られる者の表現"と"撮る者の表現"、
そして"観る者の解釈"が一致する写真なんてあるのかな?

とにかく、せっかくがんばってる隊員のところに一流の写真家が
訪れたんだから十分に話し合って納得できる写真を撮ってもらいたかったな。

写真家も今回の取材にエイズが含まれているんだから多少は勉強してきてほしかったな。
感性だけで撮った写真に付き合わされるなんてまっぴらごめんですから。






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2007-03-19

アフリカナイズド

俺がアフリカに来て最もイライラするのは
日本人が日本人の良いところを失い、
アフリカの悪いところばかりを吸収しているのを見ること。

それでアフリカの悪口なんか言われたら俺はそいつとは口もききたくない。

日本人なのに平気で時間に遅れたり、
約束を守らなかったり、
計画も持たずに仕事をしたり。

現地に溶け込むことはとても大切だけど自分が日本人であるという
意識は忘れちゃダメだと俺は思ってる。



で、何が言いたいかというとセルゴンのこと。

彼はちょっと前まで同じオフィスで働いていたんだけどナイロビに転勤になった。
今回トレーニングでナイロビに来ていたので彼に会いに行った。

彼はEpidemiology(疫病学)の修士号を持ち、まだ若いのだがその働きが
認められて異例の昇進をとげて保健省でかなりのポストを与えられた。

彼はもちろんケニア人でケニア生まれのケニア育ち。
でも、時間を守る。約束も守る。計画どおりに仕事をこなす。
論理的に物事を進めていく。

でも、やっぱりケニア人だから挨拶は大事にするし、
家族や友人をとても大切にする。
人に対してとてもやさしいし、誰かを正面きって批判することもない。

そんな彼は俺の悩みについても親身にそして適切にアドバイスしてくれる。

"ケルーニョが酒ばっか飲んで仕事に来ないんだよ。
でも俺が注意するのってどうなんだろう?"

"酒を飲んで仕事に来ないことがいいことか?
誰かが言ってあげないと職場のためにも彼のためにもならないだろ。"


"CDCがくれたサーバーなんだけどパスワード知らないから置いたままだよ。
別に必要ないし、CDCの私欲だから俺はどうでもいいや。"

"確かにそうかもしれないけど、誰かのお金が使われているんだよ。
そのお金を最大限に利用することが俺たちの仕事じゃないのかい?
コージにしかできないならお前がやらないでどうするんだ?"


いろんな人のいろんな良い所を吸収していければステキだよね。
だからステキな人ともっと出会いたいし、
自分がもっとステキな人になって誰かが俺から何かを学んでくれたら
すごく嬉しいと思う。




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2007-03-17

"がんばれ"って意味

いつの頃からか"がんばれ"っていう言葉がネガティブな意味を持つようになってしまった。

それは、"がんばれ"って言われることでその人が
"もっとがんばらないと・・・"と思って無理をしてしまうから。

それはわかる。
会社員時代に多忙とプレッシャーにより鬱病にかかる人を何人も見てきた。


でも、俺は"がんばれ"って言葉が好きだ。


好きな人にはやっぱりがんばってもらいたいからね。
大切な友達にはやっぱり"がんばれ"って言うよ。

それで相手が

"自分のことをわかってくれない"

なんて考えてしまうかもしれないけど
やっぱり他人のことはわかりあえっこないんだから
俺は"がんばれ"って言うよ。

その"がんばれ"ってのに含まれた意味を感じてくれる相手ならね。


"俺はあんたに輝いていてほしいんだ!"

"俺はあんたのやり方でがんばってほしいんだ!"

"だけど、俺はあんたが出来る限りを尽くしたうえで諦めるんならどんな結果でも受け入れるさ!"


そんな思いがこもった"がんばれ"って言葉。
好きな人にだから使いたい。

そして自分もがんばって生きていたい。


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2007-03-16

データマネージメント トレーニング

ケニアのエイズ対策はだいぶ進んできてて
ARTと呼ばれる免疫力を維持する薬も無料で配布されている。

(ART:病気を治すことはできないけど進行を抑える薬。
感染者はこの薬を一生飲み続けることでエイズの発症を抑えることができる。)


この薬は一生飲み続けなければならないから薬が途絶えることはあってはならない。
いかに効率的に薬を感染者に配布するか?
といったロジスティックなレベルの対策が今ケニアでは重要視されている。


それにはいかに正確に迅速に状況を把握することが必要。

どんなデータが必要で、
どうやって集計して、
どうやって分析して、
どうやってデータを利用するか?

そんなことを目的としたトレーニングに参加した。

Epi-Infoと呼ばれる無料で配布されている疫学用の統計ソフトウェアを使用した
高度な分析技術を学んだ。




確かに便利だけど、どうやって同僚たちに伝えていけばいいのだろう?

データベースを使用したこのソフト。
エクセルと違ってデータそのものを視覚的に操れないぶん、きちんと利用方法を
身につけないとデータの分析はおろかデータの蓄積もできなくなる可能性がある。

難しい課題だけど、やる価値はあるかな。

がんばってみます。



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2007-03-10

人間というもの

よく聞く言葉。

"途上国の人は怠け者"

確かにそうだ。
ろくに働きもせずに不満ばかり言ってる人が多い。


でも、もう少し広い視野でものを見てみる。


仕事をしても金なんかたまらない。
仕事をしなくても何とか食える。

やりがいのない仕事。
人に感謝されない仕事。

どれだけ頑張ったって先進国にはなれない世の中の仕組み。
先進国が今の富を手に入れるために自分たちから搾取してきた事実。

そんななかでどれだけの人が生きがいを持ちながら働けるだろう?

俺がケニアで生まれてケニアで育ってたらきっと今のようには働けない。
きっと昼から酒飲んでふらふらしてるんだと思う。

どれほどの人間が”自分は怠け者ではない”と言い切れるだろうか?

人間はそんなに強くない。

人を動かしたいと思うなら人間というものをもっと知る必要があると思う。



よく聞く言葉。

"途上国の汚職はひどい"


確かにそう見える。
ケニアでは何兆円というお金が個人の懐に消えている。
国中に貧しい人がいて、われわれやケニア人の税金が個人の肥やしになっている。


でも、もう少し広い視野でものを見てみる。

日本に不正はないのか?

書類を一つ書き換えるだけで欲しい物が手に入る。
真面目に働いていては絶対に手に入らないお金が手に入る。

それで逮捕されるような制度もない。
それをチェックするシステムがないから。
だから多かれ少なかれみんなやってる。

確かに人々は貧しい。
でも、先進国はみんな金持ちじゃないか!
どうして俺が金持ちになっちゃいけないんだ?

そんななかでどれだけの人が目の前の大金に手をつけないで入れるだろう?

俺がケニアで生まれてケニアで育ってたらきっと不正をしてただろう。
それが悪いことだと言うことにすら気づかずに。

人間はそんなに強くない。

世の中を良くしたいと思うなら人間というものをもっと知る必要がある。






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2007-03-09

アフリカの国々



キーゲン君と話すと必ずこの話題になる

「コージ。ケニアはダメな国だよ。」

「でも、お前の国だろ?もっとプライドを持ちなよ。」

「プライド?どうやったらこんな国にプライドをもてるんだい?
みんなケニア人に生まれたことを後悔してるんだぜ。」


全員がキーゲン君のようなことを言うわけじゃないけど、
少数の意見ではないと思う。

これじゃぁ、だめだ。。



なんて思うけど、アフリカってものを考えるとキーゲン君が言うことも
簡単には否定はできない。


サハラ砂漠によって遮断された大陸。
そして獰猛な巨大野生動物に支配された大陸。

農業したって収穫前にきっと全て象に食べられちゃうさ。
おっきい家を建てようったって工事してる間にライオンに食べられちゃうさ。


国家というものは富の集約と配分のシステムだと思う。
それにはまず誰かが富を得なければならない。

それによって食料調達という労働から解放された集団が生まれ、
彼らが国家というシステムを作り出し、科学や芸術を生み出す。

そして巨大な脳みそを持った人類はそれがビッグバンであるかのように飛躍的な進歩を見せる。
だけど国家を持たない国はいつまでたっても石器時代のまま。

結局アフリカにおいてヨーロッパ列強に支配されるまで国家を作り出せなかった。

※もちろん、植民地以前にもアフリカにもいろいろあったけど
ヨーロッパはもちろんアジアの国と比べても遅れてたのは間違いない。
価値観があまりにも違いすぎた。。


そして、アフリカは植民地として国家が作り上げられた。
勝手に引かれた国境。
勝手に作られた国家システム。
それはアフリカ人のためのものなんかじゃ決してない。

きっとアフリカの人たちは
"独立したらきっと夢の世界が待ってる"って思ったことと思う。

でも、実際に待っていたのは先進国が作り上げた世界的な弱肉強食のシステムだった。

圧倒的な差を持った状態で熾烈な競争を繰り広げる世界のシステムに追いつけるはずがない。
他の国が数千年もかけて作り上げてきたシステムを独立して50年もたたない国が作れるはずがない。

でも、未来はないのか?なんては思わない。
ちょっとずつちょっとずつ良くなってると思うんだ。

植民地時代を知らない世代が国家を担う時代がもうじき来る。
ケニアと言う国家に生まれて育った世代が国家を担う時代がもうじき来る。
ケニアで教育を受けた世代が国家を担う時代がもうじき来る。


時間はかかるかもしれないけれど、キーゲン君の子供や孫の世代は少なくとも
ケニア人として生まれて後悔しているなんて言葉を聞かずに住む国になっていてほしいと思う。




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2007-03-03

本当の友ならば

人生の先輩であり、よき友でもある人と酒を飲みながら話してた。


"あんたの人生だから俺は何も言わない"

"人生いろいろ、人それぞれ"

相手の価値観を尊重するという名のもとに他人に干渉することが少なくなってる気がする。


人と人の関係は価値観の押し付け合いさ。



本当の友達なら誰がなんと言おうと自分が間違ってると思ったら
ぶん殴ってでも自分の価値観を押し付けるべきだ。

そして友達なら一度くらいの過ちは許せ。
でも、決して裏切りは許すな。
そして友を裏切るな。

良い友を持ちたいなら自分を磨け。
魅力ある人間に魅力ある友達が集まるのだから。


もっと泥臭い人間関係を築いたっていいんじゃない?

そんな男くさい会話を男くさい二人で止むことなく続けた。
この人と出会えて良かったって思えた夜。





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2007-03-02

出張レポート6 ”呪いのメカニズム”

以前mixiの日記でケニアの呪いについて書いたけど、今回もいろいろ感じたので。

それはエルドレットのモーテルで朝食を取り車に戻ろうとしていた時だった。

車を洗っている男が突然、悲鳴を上げて倒れた。
倒れたときに頭を打って血を流しながら、痙攣してる。
その男はその場にいた人の車で病院に連れて行かれた。

おそらく、癲癇の発作。あるいは心臓発作なんだろうけど俺はそういうの
見たこともなかったからかなり衝撃を受けた。

ドライバーのキーゲン君はそれを見てこう言った。

"彼はここのモーテルのオーナーの息子だ。
きっとオーナーはこのモーテルを建てるときに悪いことをしたんだ。
だから、その呪いが彼の息子にかかったんだな。"




呪い。

ケニア人には呪いが確かに息づいている。
彼らはそれによって人に恨まれることを避けようとする。
呪いが社会的規範となっているのだ。

"呪いにかかるから悪いことをしてはいけない"

それってとてもわかりやすい理論だ。
でも、呪いってのは呪い返すこともできる。
呪いを破ることもできる。

そして何より、

"悪いことをしてはいけないのは人に迷惑をかけるから"

といった倫理観が欠落している。
だから、呪いが効かなくなっときその社会は恐ろしい状況になりかねない。

全てが呪いのせいとは言わないけれど今のケニア。やっぱりおかしい。

国民の半分以上が貧困に苦しんでいるというのに金持ちがいっぱいいる。
なかには世界の富豪トップ10にランクインしたことがある人がいる。
ケニアの大統領の給料はアメリカの大統領より日本の首相より高い。

おかしいでしょ?

彼らのお金が少しでも国民に渡ればたいていのことは自分でできる国なのにさ。。

呪いの文化はそれが崩壊したときに全ての人に呪いが降りかかる結末なのかもしれない。。



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2007-03-01

出張レポート5 ”リプロダクティブ”

今回の出張の本来の目的はリプロダクティブヘルスのスーパーヴィジョン。
(そこに俺が付いてっただけ)

今まで大きな怪我も病気もしたことがない俺は病院自体あまり縁がない。
しかも出産なんてなおさら。

今回いろんな病院のリプロダクティブヘルス施設を見て回った。

”え!ここで出産?”

って思うような気がするけど、たいていのケニア人は自宅で出産する。
家ったって野外みたいなもんだから、それに比べれば安全なんだろう。

そこで俺の同僚が一つ一つの処理や道具の使い方をチェックしていく。
そんな同僚の知識には敬服するのだがそこはケニア人。
話がながーーーーい。

一つの病院をチェックするのに4時間から5時間。
その間患者は待ち続けることになる。

お金のかかる病院に来るほどだからよっぽどひどい患者も多いだろう。
しかも車なんか持ってないから何十キロも歩いてきたんだろう。

どうにかしたいけど、彼らがやっていることも大切なことだしね。。







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2007-02-28

出張レポート4 ”ケニアITレポート”

今回の出張の目的は前にも書いたようにIT調査。
特にLANのニーズアセスメント。

はっきり言ってLANが県レベルで必要だとはこれぽっちも考えていない。
それに現実的に無理だから。


まず、田舎にある県病院は土地が余ってるから大きい建物を作るんじゃなくて
小さい建物をポコポコ建てる。

その距離もすごく離れてたりするから技術的にネットワーク化するのが難しい。
コンピュータも数台しかないからコストに見合わない。


現実のところ今ケニアのコンピュータはウィルスによって全滅しかねない状況にある。
インターネットアクセスがないのがほとんどだけど今はUSBメモリーを媒介にして
ウィルスが猛烈な勢いで広がっている。


俺が来たと知るとコージが全て解決してくれると思って大歓迎される。
でも、一度ウィルスに感染されたら無理な場合がほとんど。

アンチウィルス買うお金ないし、アップデートするインターネットもない。
無防備なコンピュータ達はあっという間に感染して息も絶え絶え。
もしくはご臨終。

時間もツールも限られた今回の出張で俺にできることはほとんどなくて
結局そのままにするしかないんだけど彼らは落胆の目で俺を見る。

そんな時俺は

”コンピュータウィルスにはHIVのような治癒不可能なものもある。
予防がもっとも大切なんだ!”

と言っている。

きっと今後の活動はウィルスに対する予防啓発が中心となることだろう。
エイズ対策隊員みたいだねぇ。





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2007-02-27

出張レポート3 "貧しさとは"



ツルカナへの移動は危険に満ちている。
JICAは移動を禁止しているし、ツルカナで働いている知り合いのWHOの職員に
聞いてみたら銃を持った警備を連れて行っていると言う。

ケニア人の友達にツルカナへ行くと言ったら「死ぬなよ」って言われた。


ロドワーの街は安全だ。
でも、そこに向かうまでの道が危険なのだ。

ツルカナ族とポコット族のボーダーで家畜の奪い合いを発端とした部族抗争が
盛んでそこの住民はみな銃器を持っている。

公共移動手段のほとんど無いその地域では移動は徒歩かヒッチハイクに限られる。
だから、道中何度もヒッチハイクを求められた。

俺が乗ってる車は定員ギリギリ乗ってるから断るんだけど
なかにはライフルを持ってる人にヒッチハイクされる。

これは怖いよ。

乗せたって何されるかわからないから無視して通り過ぎるしかない。
全速力で駆け抜ける。
いつ撃たれるかわからない。
でも、道はデコボコですっげー揺れるし、パンクしたら囲まれるだろう。。
マジで怖かった。


そんなところを通り抜けたところで俺はキーゲン君に質問をした。

”ねぇ、キーゲン。彼らは銃を買う金あるならもっと良い生活できると思わない?”

”コージ。ここの人らは貧乏のように見えるけど俺なんかよりずっと金持ちなんだよ”

キーゲン君の理論はこうだ。

ここに住む人たちは遊牧を営んでいる。
彼らのなかには1000頭を超える牛を保有している人も少なくない。
牛は1頭3万円くらいの値段になる。
つまり3000万円の資産を持っているんだ。
でも、彼らはそれを現金にすることは無い。

金よりも牛が大切だから。


水もないし、病院も少ない。
食べ物も限られてるから栄養も偏っている。
とても健康とは言えない彼らを見て先進国の人たちは
援助という名の下に病院を作ったり、薬を届けたりしている。

でも、先進国の人で3000万円も資産持っている人ってほとんどいないよね。

ちなみにキーゲン君は月に1万円も稼いでない。
牛も1頭も持っていない。


貧しさってのはお金だけでは判断できない。
でも、彼らがお金より牛を選んだからといって薬が要らないってことにはならない。

いろいろなことを考えさせられたツルカナでした。






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2007-02-26

出張レポート2 "呪われた湖"



出張2日目。
今日はロドワー付近の病院に行った。

サンブルとは違ってロドワーのタウンにいる人は洋服を着ている人と
伝統衣装着ている人が半々くらい。
でも、なかには全裸のひともいた。

街の中をネクタイ締めた人と布を羽織った人、全裸の人が普通に歩いている
光景は不思議なもんだった。

でも、全裸ってのはやっぱりおかしいよねぇ?

ということでドライバーのキーゲン君に聞いてみた。

”ねぇねぇ、キーゲン。何であのひと裸なの?”


”アイツは呪術師に呪いをかけられて精神を壊されたんだ”

”ちなみにさっき歩いていたロープをケツに食い込ませて歩いてたのは呪術師だぜ”


キーゲン君が言うにはこの地域にはまだまだ呪術が横行しているとのこと。
呪いを解くには呪いが封じ込まれたキジーツというものを見つけ出さなければ
ならないのだがここの呪術師はキジーツをツルカナ湖に捨ててしまうから
決して見つからないという。


そんな呪いがたくさん捨てられた湖に行ってきました。

ビクトリア湖、タンガニカ湖、マラウィ湖、ボルタ湖に続いてアフリカで
5番目にでかい湖。

海のようにでかい湖でティラピアなんかが獲れる。

ここにキジーツが捨てられたらもう呪いなんか解けないよねぇ。。

HIVといった病気も呪いとされてしまいがちだけれどそこは援助で支えられている
とも言えるツルカナ。
HIVのテストに来る人は少なくない。

写真はツルカナ湖に程近い病院。
みんなしっかりと働いていました。





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2007-02-25

出張レポート1 "暑いのと寒いのどっちがお好き?"



こないだの出張の続きということで
今回は州の北部の4県を回ることになった。

ツルカナ、ウェストポコット、トランスンゾイア、ウアシンギシュの4県。

ちなみにウアシンギシュ以外は全てJICA的に渡航禁止区域です。
(だから内緒ね)



今日はその初日。

ナクルからエルダマラビーン、カリオバンギを超えてエルドレットでランチ。
そしてキタレ、カペングリアを抜けてツルカナの首都ロドワーへ。
行程11時間。500kmの旅。
道は最悪で何度も頭をぶつけながらようやくたどり着いたロドワー。

(ケニアの地名ってなんかカッコいいでしょ?だから敢えて地名を全て書いてみた)

ロドワーは人がほとんど住み着かないような乾燥地域で、半砂漠。
物乞いも”金くれー”じゃなくて”水くれー”と言ってくる。

昼は40度を超え夜も30度を下回ることは無い。

暑い。。。

久しぶりに感じる暑さ。
じっとしてるだけで汗が出る。
何かをするたびに汗が吹き出る。

暑い国で活動をしている協力隊員ってのは大変だなぁ。。

なんて思ったけど不思議とテンションがあがるんだよな。
暑さって不思議と開放的な気分にさせてくれるんだよね。

俺の住んでるナクルは昼は30度を超えるけど夜は10度を下回る。
治安もかなり悪いから夜はテンションがあがんない。
ビールも何となくおいしくない。

でも、ここロドワーで飲むビールはうまい。
住んでる人なんてほとんどいないから街にいるのは
トラック運転手とか俺らみたいな役人とか国際援助団体の人たちばかり。

いろんな人がごっちゃになって何となくアジアの安宿に
入り込んだみたいだった。

ロドワーの夜が眠れなかったのは暑さだけではなかった。



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2007-02-21

ナイロビへの道

俺はナイロビには極力行きたくない。

以下、その理由。


時間がかかる。

移動時間は3時間程度。
でも、ケニアの移動手段マタツってのはすっごく効率が悪くて非常に待たされる。


14人乗りのハイエースを改造したバスは満員にならないと出発しないシステムを採用している。
しかもそれぞれのバス会社がそれぞれに客待ちをしているのでそう簡単には満員にならない。

1~2時間は平気で待たされる。ひどい時は5時間!
しかも、その間1分おきに
「チャイナ!」と声をかけられる。
物売りがやってくる。
物乞いがやってくる。

すべて対応することは不可能でやがて無視せざるをえなくなる。
しかし、無視するたびに心が痛む。
そして、出発前に疲れ果てる。


道が悪い。

他の途上国を知ってる人がケニアに来て最初に驚くのがケニアの道路の悪さ。
俺はアフリカってこんなものでしょって思ってたから最初はなんとも思って
なかったけど、どうやらアフリカの中でも断トツに悪いらしい。
(てことは世界で最悪か?)

日本でいう東名高速みたいな超重要幹線道路がアナボコだらけ。
なんでも政治腐敗により20年ほどメンテナンスが行なわれていないらしい。
そして、今年の異常気象による大雨で道はさらに悪くなった。

だから揺れが半端じゃない。
埃が半端じゃない。
パンクもしょっちゅう。
故障で動けない車や横転しているトラックがそこら中にある。
事故で死ぬ人の多いこと多いこと。
これじゃあ土の道路のほうがよっぽどいい。


狭い。

ケニアは数年前から定員厳守の法律がひかれていて都市間を結ぶマタツが定員を
越えて走ることは滅多にない。
とはいえそれでも14名が乗り込むのだ。
みんなかなりの荷物を積み込むし、となりに大柄な人が座ったりしたら身動きが
とれない。

閉所恐怖性の俺にはかなりコタエル。
(ちなみにローカルの場合は定員は関係なし。
俺の場合は最大24名乗車を経験してる。
かなりのアクロバティックな姿勢が求められる。)


治安が悪い。

これが最大の理由。
俺が利用する道路はカージャックが頻発している。
夜間の移動なんて自殺行為だ。
あるデータによると週平均4件のカージャックが発生しているという。
被害にあった隊員もいる。しかも16時とまだ明るい時間にだ。
そして、こないだもアメリカ人2人が射殺された。。


もちろん平気で移動している隊員もいるし、深刻な被害に会った隊員はいないの
だけれど、俺はこんなリスクを負ってまでナイロビに行こうとは思わない。

そしてそのナイロビが最も治安が悪いわけで常に心のどこかに緊張感があって
変な疲労感がある。

久しぶりの仲間との再会もその緊張感のせいなのか盛り上がり切れなくて
テンションはいっこうに上がらない。

やっぱり隊員とは任地で会った方が何かとおもしろいと痛感する。

でも、ナイロビにどうしても行かなければならない用事がある。
それは「お金」。

生活手当が振り込まれる銀行はナイロビにしかない!

だからお金が無くなるとナイロビに行かないわけにはいかない。
大金持って移動したくないし、かといって小額だけではまたすぐにナイロビに
行かなければならなくなる。

どうにかしてもらいたい。切実な問題だ。









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2007-02-17

チャイファームを見ながら

ここは見渡す限りのお茶畑。
あなたが今飲んでいるその紅茶もひょっとするとここから輸出されているものかもしれない。
ここはケニアのケリチョ。

ナクルの隣のディストリクトにある日本人を尋ねに行きました。




彼女はアンゴラやアフガニスタンといった戦争地域で公衆衛生の
活動をしてきたたくましい女性。

そんな彼女が今ケニアで母子保健プロジェクトの保健データ改善の活動を行なっている。
それはまさに俺がやっている活動であって是非お話を聞きたいということで
お邪魔したわけです。

でも、話したのは好きな映画のこと。好きな音楽のこと。
二人の共通の街ニューオリンズのこと。
そして、人生について。

え、保健データ?

酒飲んで語れるような楽しい話題じゃございませんね。

一つ一つの出会いを大切に、自分が輝いていられる生き方を探していく。
それが大切だよね。

お茶畑を見ながら飲んだコーヒーはとてもいい香りがしました。




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2007-02-15

おいらも出張に連れてって


同僚たちは頻繁に州内の病院関係施設を訪問し
M&E(Monitering & Evaluation) している。

この業務は彼らの最も重要な業務であり、言うまでもなく
保健のプロフェッショナルによって遂行される業務である。
なので俺が彼らについていっても保健の素人である俺にできることは何もない。

そこで俺は州内の保健施設におけるITの調査ということで何度か
提案してきたんだけどずっと

“考えとくよ” で終わってきた。




だけど、前回のWORKSHOPの成果が出たのか今回ようやくOKが出ました。

Reproductive Health Survey Teamと同行させてもらって
前回のワークショップで紹介したLANのニーズアセスメントってのが建前上の目的。

だけどホントはケニアの田舎を見てみたかっただけ。

月曜から5間の予定だったけどやっぱりここはケニア。
出発したのは木曜の朝。。

初日の今日はナクルから車で4時間ほどのサンブル に行きました。

サンブルはサンブル族の住む地区でケニア北部の半乾燥地域。
ちなみに民族抗争などもまれに発生する地域であるため
JICA的には移動禁止の地域である。(だから、内緒ね)

サンブル族はあの有名なマサイ族とほぼ同じ文化圏に属し
遊牧生活を送る誇り高い戦士たちの部族である。

とにかく驚きの連続だった。
まず、見渡す限りがナショナルパークのような景色。

もちろんそこはナショナルパークではなくマララル(サンブルの都市)
に続く唯一の幹線道路なのだけどナショナルパークより動物に遭遇した。

シマウマ、ラクダ、インパラ、アミメキリン、ダチョウなどは
本当に牛のように普通にいる。
ジャッカルといった肉食動物もすぐ横を歩いていた。

伝統的な生活を守ることで有名なマサイだけど彼らも
普段の生活ではマサイ柄の布をまとってるくらいで
戦士の格好をしている姿は観光客向けのホテルくらいでしか見かけない。
タウンで見るマサイは洋服を着てるしね。

でも、サンブルは違った。
みんな戦士の格好をしていた。
タウンでもどこでも男性は短剣を腰に挿していて
(マサイの槍と違ってサンブルは短剣なのだ)
原色を派手に使った布と装飾品で着飾り髪の毛は赤い泥で塗り固めている。

女性は巨大なビーズの首飾りをしてマサイとは微妙に違う色使いの布で身を隠していた。

ちなみにマララルには何もない。
小さなお店と役所の建物が数件あるだけ。
そんなところの病院にLAN作りましょう。
なんて俺は言いに行ったのだ。

まぁ、わかってたことだけどLANより必要なものが
世の中には腐るほどあるってことをこの目で見れたことはよかったな。









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2007-02-14

今日の言葉(ガーナ)

The heart that truly loves has no room for grudges.

Ghanaian proverb




Yes, indeed.
True love makes us humble, right?

what do you think?

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2007-02-13

Do not go back to the bad habid

禁煙して1カ月がたつ。
実は去年の誕生日にも禁煙をしてみた。

理由は喫煙して10年が経つからというだけ。
当然続かなかった。


酒を呑む時はOKと決めていたことで
結局毎日飲んでしまい、毎日吸うことになった。

別に本気で禁煙したいと思っているわけではない。
俺の中でタバコはとても大切なものだし。
喫煙を機に手に入れた大切な友達もたくさんいる。
タバコは一生吸い続けると思ってた。

でも、ケニアにきてふと気づいた。
最近の俺はタバコに支配されている。と。

吸えない時間が続くとイライラする。
タバコが吸いたくて人の話に集中できなかったり。
朝、目を覚ましてすぐにタバコに火をつけていたり。

そんな自分がとても弱く感じたんだ。

だからケニア山の山頂で宣言した。

今回は続いた。
酒の席でも吸わないようにした。

そんな生活が1カ月。
何かが変わるかと期待していた。

飯がうまくなる。
体が軽くなる。とかね。

でも、相変わらず食欲は無いし、体が軽くなるようなこともない。
ニコチンの禁断症状はなくなったけどやっぱりいつまで経っても
タバコを吸いたいという欲望はなくならない。

インターネットで調べてみたら、吸いたいという欲望は何十年経っても
無くならないらしい。

だからこそ、やめたい。という強い意志が必要らしい。

知らなかった。。

この苦しみと一生つき合っていくのか。
タバコって恐ろしいな。

俺は吸ってもいいかなって今も思ってるくらいだから、きっとこの先また
吸ってしまうことだろう。

でも、タバコに支配されるような生活には戻りたくない。

吸いたいって思ってる時点で支配されているってことは一度タバコを吸ってしまったら
完全に逃れることはできないということだろうか。

だとしたら、やっぱりやめた方がいいのか?吸った方がいいのか?

よくわからないが、自分にとって意味の無いタバコ。
ただの習慣になってる喫煙は辞めよう。
もう一度タバコとうまくつき合っていける自分を取り戻そう。


はい。ここに禁煙失敗者がまた一人生まれました!




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2007-02-12

戦争と想像力

たまに耳にする言葉

「なんでもやってみりゃいいじゃん」

その言葉を完全に否定するつもりはない。

でも、人間には知恵があるはずだ。


本能だけでいきている動物とは違うからこそ自制する知恵が必要だと思う。
自分の行動が何をもたらすか想像する力をもっと使うべきだ。

もちろん、全てを予測することはできないし、先のことを考えてばかりいて
何も行動できない人は見ていて哀れだ。

だけど、

「とりあえずやってみたらたくさん人が死にました」

ってことを笑ってすませてはならない。

"戦争反対。戦争は絶対にダメ。"

そりゃ正しい。
でも、戦争したくて戦争している人って世の中にどれだけいるんだろう?

想像して欲しい。

自分の愛する家族が殺されても復讐をしないと言い切れるか?

自分が最も大切にしているものを故意に破壊されたらどうするか?

自分のことで精一杯な時にでも友人のために時間をさくことができるか?

好きになれない人にたいしていつも手を差し述べられると言い切れるか?


どうして戦争がなくならないのか?
自分の中で一人一人が見つめあう必要があると思う。
きっと、素直に戦争反対なんて言えないと思う。

でも、戦争は良くない。誰が何と言おうと。

人間のなかにはそうした矛盾があることを理解すべきだ。
だからこそ、想像力が必要なんだ。

これをやったらこうなる。だから、

「なんでもやってみりゃいいじゃん」

なんて言葉を気楽に使って欲しくない。

常に冷静にそして熱く考えて行動できるようになりたい。



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2007-02-11

言葉と思考

ケニアの国語はスワヒリ語である。
そしてケニアの公用語は英語である。
そしてケニアには50以上の部族語が存在する。

俺が日常使用している言葉は英語が80%、スワヒリ語が15%、残りは現地語。
(日本語除く)



どれも完全なコミュニケーションに至るにはほど遠く、現地語は挨拶しかしらない。
外国語でコミュニケートする時は二つのモードがある。

1)外国語で物を考えて外国語で伝えるモード。
2)日本語で物を考えて外国語で伝えるモード。

1)の場合感じるのは語学力に自分の思考能力も比例するということ。

どういうことかというと俺の英語はネイティブの小学生くらいのレベルなわけだが
俺の思考能力もそのレベルにまで落ちてしまうということ。

ケニアの人にとってスワヒリ語も英語も学校で習う。
多くの家庭では部族語が話されている。

日常の会話ではスワヒリ語が話され、仕事では英語が話される。
彼らの英語は文法的にも正しいし、ネイティブのようにすらすら話すし、聞き取っている。

だけど、彼らがどれだけ英語で物を考えているかということは??だ。
新聞やテレビで聞いたことのあるフレーズを使い回しているだけのように軽い会話。
ちょっと質問しても、回答はいつも教科書通り。
スワヒリ語にしても同じ。

現地語については俺が現地語を話せないから理解できないが、
言語を支配されるということは思考を支配されるということだ。

俺は英語は彼らよりヘタクソだが、言語を支配されなくて本当によかったと思う。


2)の場合感じるのはこの日本語の微妙なニュアンスを完全に伝えることは不可能だということ。

逆にいうと、ネイティブの話す微妙なニュアンスを俺がどれほど英語を勉強しようと
不可能だということ。

つまり、外国語を完全に理解することはできないということ。
これは認識することはとても重要なことだと思う。

理解できないからこそ、伝えなければならないし、組みとろうとしなければならない
ってことを忘れてはならない。
(そういう意味ではネイティブどうしでも同じことだね)

いずれにしろ、俺はもっと語学の訓練が必要である事には間違いない。
頑張ります。



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2007-02-09

WORKSHOPしよう!

以前からやりたいと言っていた県のHealth Record Officer向けのWORKSHOPが実現した。
当初自分が考えていた壮大な構想はあきらめて自分ができる範囲での内容をやらせてもらった。

題して"IT In Health Records"。



ITを使ったらどういう事ができるのかをプレゼンテーションし、自分とワイナイナは
そのお手伝いをしますよというのを伝えるのが趣旨。

その準備もワイナイナと一緒にしていた。
ワイナイナの作成したプレゼンテーションは不十分だけど、まあまあのできだと思う。
プレゼンターはワイナイナにして俺は黒子に徹する予定だった。

残る二人の同僚も保健情報がいかに重要か、どうすべきかと言う内容の
プレゼンテーションをすることになっていた。

いろいろと俺も口出したい事はあったけど、彼らのプレゼン資料を見ると特に
俺が付け足す事はなかった。

*実はここが一番の問題なんだ。
みんな頭ではどうしたらいいかわかってるけど、実現できない。
その問題を探る事がもっとも重要な事。
でも、今回は俺はそこにまでタッチする時間的余裕もなかったのでお預け。

さて、ワークショップの当日。
ワイナイナがいない。

ワイナイナガイナイナ。。。

電話すると、リプロダクティブヘルスの調査に呼ばれてしまった。とのこと。
ケルーニョもいない。彼はいつもいないのだが、今日は大事な日だ。
電話すると、別のプロジェクトの出張に呼ばれたとの事。

おい、おい。
キプトーンに言うと

「お前なら大丈夫だ。俺が手助けしてやるから大丈夫だ」

できるできないじゃなくて、ケニア人がやることが大事なんだ。
と言ってもいないんんだから仕方が無い。

ということで俺がプレゼンテーションすることに。
もともと英語が下手な事はみんな知っているからそんなに問題もなかったけど
キプトーンもほかのオフィサーに呼ばれてその場にいなかった。

何のためのワークショップなんだ?

ホントにマネージメントがなっていない。
でも、ケニアってこんなもんなんだよね。
でも、このままじゃいかんよね。

あんたらの仕事が州内の住民の命を救う事になるんだ!
そのプライドを持って仕事をしよう!

って言おうと思ったら同じ事を言い出した人がいた。
ちょっと感動した。

*実はここが一番の問題なんだ。
みんな頭ではどうしたらいいかわかってるけど、(以下同文)。



先は長いです。




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2007-02-07

寿司とSUSHI。空手とKARATE。

例えば10年日本で修行を積んだとしてもフランス人は寿司職人にはなれないと思う。
おいしい寿司を握ることはできるだろう。

でも、寿司カウンターでフランス人が「らっしゃい!」って言って握ってくれても
それは寿司じゃないと思う。

それはSUSHIだ。


文化は空間を含むのだ。


先日、住んでいる学校の生徒が空手クラブを始めたのでぜひ教えてくれと頼まれた。

「俺、空手なんてやったことないよ」

って言っても全然信じてくれない。

とりあえず行ってみると高校時代に空手をやったことのあるという生徒が
他の生徒に空手を教えていた。

破れた空手着を着て(それが空手着ではないとは決して彼には言えない・・・)
パンツ丸見えで

「マエゲリィ」(前蹴り)
「マワシュゲリィ」(回し蹴り)
「ウォッシ」(オッス)
(注:声裏返ってる)

とか言いながらの真剣に空手をやっている。
以前どこかで見たケニアの空手道場よりは全然うまい。

でも、やっぱりどこかにアフリカンダンスのリズムが入っていて
空手というよりはダンスのようだ。

俺は日本で空手を見たことはない。無論やったこともない。
だけど、これは空手ではないと思った。

でも、真剣に取り組む彼らを見て俺はある決断を下した。

「KARATEでいいじゃないか・・・」

ということで私、毎日1時間30分みっちりとケニア人とKARATEしてます。

日本人としてケニア人にKARATEを習うことは正直情けないことだと思う。

でも、ケニア人にだってダンスを踊れない奴がいるようにありのままの日本人を
知ってもらうことも大事だよね。

いいエクササイズになってることは間違いないしね。
代わりに日本語教えてるしさ。
でも、あくまでKARATEだから声は裏返らせて教えてる。へへへ。






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2007-02-06

今日の言葉(ナイジェリア)

自分に自信がもてなくなって

自分の気持ちがわからなくなって

自分のことをを好きになれなくなって

相手のことも好きになれなくなって

そんな自分がもっと嫌になって

これ以上自分に嘘をつきたくないとかで

これ以上相手を傷つけたくないとかで

本当のことを捨ててしまう。




本当のことが見えているなら、その想いを消さないで。。


Do not burn your house down just because a rat annoyed you

Nigerian proverb



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2007-02-04

自分は途上国が合わない

1年以上アフリカに住んでいるとこんな言葉を耳にする事がある。

「やっぱり自分には途上国は向いていない。。」

途上国の生活。
不便。不潔。不快。

確かにこうした生活を何とも思わないような人、
むしろ楽しめる人もいる。

でも、週末のキャンプじゃないんだよ。
不便な生活しながら朝から晩まで働くんだ。



汗だくになって働いても、シャワーもない。
どれだけ疲れてても洗濯は手洗い。
メシも作らなきゃならない。
虫はウジャウジャでるし、刺されると命に関わるような虫もいる。
娯楽なんてなんもないさ。

そんな生活を楽しめる人ってどれだけいるんだろ?

たいていの人はみんな便利で清潔で快適な生活がいいに決まってる。

でも、それは途上国の人だって同じさ。
決して途上国の人が不便で不潔な生活に向いているわけじゃない。

みんな不便で不潔で不快な生活が嫌に決まってる。

だけど
そういう状況を変えたい。何とかしたい。
と思ったから俺たちは途上国にいるんでしょ。

世界中の人が快適に住めるほど地球の資源がないってことを
理解して持続可能な世界をつくり出したい。
と思ったから俺たちは途上国にいるんでしょ。

自分だけ快適な生活できたらいいと言うなら先進国で快適に過ごしてればいい。
俺達にはそれができるんだから。

でも、そんな世の中に疑問をもったから今途上国にいるんでしょ。

初心を忘れがちなこの時期。
もう一度あの頃の自分の気持ちを取り戻してもう一度できる事にチャレンジしたい。









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2007-02-03

映画を撮ろう!

同期の中で映画撮影が趣味の隊員がいる。
彼曰く、脚本や演出をみんなでつくり出す過程が醍醐味とのこと。

ということで、彼が俺の家に撮影しに来た。

名目は同期隊員の誕生日ムービーということだがショートコントを撮りまくる。

彼は酒は全く飲まないので俺は一人で飲み続けて勝手にいい気持ちになって
撮影は順調に進んだ。

何だか映画作りって楽しいな。
同期みんなで帰国前に一本撮ろうということになった。

主役はもちろん「俺」ね。







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2007-01-29

ワイナイナ復帰

2カ月の休暇からあいつがようやく帰ってきた。



やることはものすごくたくさんある。

休暇中にドネーションされたインターネットの設定。
WBSの計画の遂行。
そして、来週末に予定されている重要な会議の準備。
それと、出張の準備。

こっちの方は2カ月も待ってたくらいだから準備は完璧。
でも、俺がやっちゃったら意味がないから温めておいただけ。

「ワイナイナ。お帰り。
さて、俺達が最初にやるべきことはなんでしょうか?」

「何だっけ?それより家に電気を引こうと思ってるんだ。
電力会社に10分だけ行ってきていい?」

「・・・いいよ。」

彼が帰ってきたのは16:30。
10分が6時間になるのだ。
その後も彼の電気を引くための戦いはしばらく続き、ろくに仕事になっていない。

休暇中にやっとけよ。。。






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2007-01-28

フォトグラファーその2

昨日会った大石さんが今日はナショナルパークを回ると言う。
俺は参加する予定はなかったのだけれどパークで働いている隊員の家に
泊まっていたので俺も合流させてもらうことに。


動物カメラマンではない大石さんだが、そこはフォトグラファー。

200mmの望遠レンズを持って生まれて初めてというサファリに
興奮を隠し切れていないように見えた。

「あれがシロサイですよ。」
「どれ?」
「あの、遠くの方に見えるやつです。」

レンズを向ける大石さん。
でも200mmのレンズでは動物写真を撮るには足りない。

「ダメだわ。写らない。次行きましょ。」

サファリでいい写真を撮るのは難しい。

300mm以上の望遠レンズは必須だし、三脚を使うのも難しいから
高感度フィルムで高速シャッターを使わないと手ぶれでまともに写らない。

そうなるとデジタルの方が断然有利なんだけど、サファリは埃がひどい。
デジタルは埃に弱いからすぐに壊れる。

そもそもサファリは動物を楽しむ物だけではない。
無論、写真を撮って楽しむ物だけでもない。

あんな壮大な風景を小さなフィルムに切りとること自体素人には無理なんだ。

だったら、思いっきりその風景を体で感じて体に刻むことの方が大事なことだと思う。

でも、彼女はプロ。
それで飯を食っているんだ。

サファリの風を感じるそぶりは全くなくその200mmのレンズに写る世界が彼女の
サファリの世界のように見えた。


彼女の撮った写真を見てみたい。
世界各地でいろいろな物や風景を切り取ってきた人があの景色を、
俺が毎日歩いているあの街をどうやって切り取ったのか見てみたい。

俺が感じている景色と彼女が感じた景色はどう違うんだろう?


俺もカメラは持ってる。
日本にいる時から旅先には必ずカメラを持っていった。
でも、人物はほとんど撮ったことがない。

レンズを通すことによって俺とその人物のなかにへんな緊張が入るから。

風景もほとんど撮らない。

本当にきれいな景色はレンズを通さないほうがやっぱり美しいから。

だから、実際ほとんど写真は撮らない。

ここケニアでも治安の問題もあるけどフィルム写真は数えるほども撮っていない。

あんまり写真が好きじゃないんだと思う。

でも、写真を撮る目を持つことで今まで目に入らなかったものが見えてくることがある。
毎日見ている風景が突然違った物のように見えるときがある。
ありきたりの景色が突然不思議なほど感動的に見えるときがある。
ふとした表情にその人の全てが現れてるように見えるときがある。

だから、写真を撮る目で物を見るのは好きだ。

ケニアでも心の中で下ろしたシャッターの数は数え切れない。






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2007-01-27

フォトグラファー

前回の副大臣のようにフラミンゴが有名なナクルにはお客が多い。
その度に隊員が呼ばれて接待じみたことをする。
接待は本当に好きじゃない。断ることもできる。


だけど、自分が協力隊じゃなかったら会うことも難しい人に会えるんだから
こういうチャンスを逃すのはもったいない。

人生は人脈作りだ。

どこの出会いがどこでつながるかわかりゃしない。
だからこそ、一つ一つの出会いを大切にしたい。

で、今回はフォトグラファーの大石芳野さん。
女性フォトグラファーとしては珍しくずーっとフリーで
紛争地域の写真を撮り続けている方。

正直、お会いするまでは知らなかった。
JICAの2007年度のカレンダーにも使われてるし、
マンスリーJICAに裏表紙で特集もされている人。

そんな大石さんがHIV/AIDSの取り組みの取材ということでケニアにやってきたのだ。

小柄などこにでもいそうな中年の女性といった感じで、
有名なフォトグラファーというオーラは全く感じない。
(でも品の良さというか、可憐な感じがした)

食事の途中もなんとなく取材モードで僕らの活動の内容を聞いては
ノートにメモをしている。

昼食会くらい和やかにしたいし、仕事ではない出会いを求めている
俺としては嫌なムード。

フォトグラファーとしてのサガなんでしょうかね。
逆にこっちから質問するとうまく誤魔化して会話にならない。

昼食が終り、予定を尋ねると街の写真を撮りたいとのこと。


「ストリートチルドレンはどこで見られるの?」

「そこらじゅうにいますよ。。。」

なんとなく気が滅入って同期の隊員の家に飲みにいった。




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2007-01-23

今日の言葉(スワヒリ)

Words without actions are useless

Swahili proverb




言葉なんてしょせん言葉だ。



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2007-01-19

人の弱さ

かつての俺は弱者にたいして冷たかった。

「お前の努力が足りないからだ」


お前にできなくて俺にできるのは俺が努力して勝ち取ったからであって、
元から俺に備わっていた能力じゃない。

そんな甘えている人を容赦なく切り捨ててきた。
それが彼らのためでもあると思ったし、
彼らのせいで自分が足を引っ張られるのは勘弁してもらいたかったから。

ビジネスやスポーツといった真剣な世界ではそれが正しいことだったし、
そうしないと生き残れなかった。

でも、会社を辞めていろんな人達と出会うなかで、
そしてここケニアでもいろいろな人たちと出会って、
いろんな経験をして、いつのころからかこう思うようになった。

俺が努力できたのは誰かが俺を支えてくれたからだ。
彼らができなくて俺ができるなら、
俺が彼らを支えてあげるべきだったんじゃないのか?

人は強く生まれるんではなく強くなる生き物。
であれば弱い人間を突き放すのではなく、強くさせる。
ともに強くなる姿勢が必要なんじゃないか。

正しいことは正しい。
でも、正しいことが全てじゃないこともある。

今まで正しいと思っていた世界がいかに狭い世界であるかをここアフリカで痛感している。




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2007-01-17

風邪ひいた。

あんなに余裕かましたケニア山登山だったけど、
家についたら熱が出た。
情けないね。。。


でも、ワイナイナもまだ休暇中だしゆっくりするか。
ってことで今週は自宅でのんびりしていた。

まだ、自炊をする気にはなれないけれどゆで卵を作るまでには復活した。
ゆで卵とパンをほうばって少しだけ、人間らしい生活を取り戻したような気がした。

嫌なこともケニア山登れば少しは忘れられるかな。。。
なんて期待してたけどやっぱ無理。

忘れることなんかできるわけないんだから、しっかり見つめあって自分の中で消化しきんないといつまでたってもひきずってしまうだろうからここはどれほど辛くとも向かい合っていこうと改めて決意を固める。

なんとなく、前向きになれてきた気がする。

たまには風邪引いてみるのも悪くないかもね?




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2007-01-16

今日の言葉(アフリカ)

Do not separate your mind from your tongue

African proverb



ケニア山で誓った禁煙。
守んないとね。


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2007-01-15

今日の言葉(ガーナ)

Having no one to be with is worse than poverty.

Ghanaian proverb


この言葉を貧乏人のひがみと捉えるか、
貧乏の意味を知らない人が言ったたわごとと捉えるか。

それは人それぞれだけど一緒にいる人がいないというのが
淋しいことには間違いない。

来年の今日、俺は砂丘で大切な仲間と会うことになってる。

金はやっぱり必要だと思う。
貧乏は罪だとも思う。
人の心まで貧しくしてしまうから。

でも、やっぱりそれだけじゃないよね。

砂丘で砂は語ってくれると信じてる。

“お金なんてただの紙切れさ”ってね。



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2007-01-13

今日の言葉 (南部アフリカ)


A wise man adapts to his surroundings but a fool expects his surroundings to adapt to him.

South African proverb



日めくりアフリカ諺カレンダーを購入した。
ちょっと高かったけど1日3円と考えると決して無駄使いでもないだろう。

そして、朝そのカレンダーをめくるのが楽しみでもある。

知らない英単語を覚えられたり、ハッとするような言葉に出会ったりと
本当に買って良かったと思う。

そして、今日1月13日は南部アフリカの諺。

隊員に限らずともこの言葉に多くの物を感じることだろう。

これからもみなに伝えたいと思うような言葉に出会ったら伝えていきたいと思ってます。


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2007-01-12

Mt.ケニア 登頂記録 その3 "感謝感激"編

ケニア山登山3か目。

朝3時。まだ真っ暗な中を懐中電灯を頼りに登っていく。
なんで、こんな朝早くから?

それは、日の出を山頂で見るから。

でも、登ってみてわかった。
本当の理由は、

”明るいと恐くて登れないから”

太陽が出ると山頂付近の雪が融けてカツラクの危険も高い。
写真で伝わるかわからないけど、本当に直角のような崖を登っていくんだ。

捕まるところなんて何もない。
一歩足を滑らせたら確実に死ぬ。
そんなところを登っていくのは体力よりも勇気が必要だった。

そんなこんなで何とか山頂に到着。
山頂からは年に数回しか見えないというキリマンジャロが見えた。

初めての登山。そして、いきなりの5000m級。
感想は

"登山よりハイキングの方が楽しいね。"

でも、本当にきれいだった。登って良かったって心から思う。

この日は15時間歩き続けてヘタヘタになった。
でも、とにかく無事だ。

重い荷物をもってくれたポーターさん。
本当にありがとう。

おいしい料理を作ってくれたコックさん。
本当にありがとう。

安全にガイドしてくれたガイドさん。
本当にありがとう。

自分のペースを守りつつ、みんなを気遣いあったパーティのメンバー。
本当にありがとう。

3日も晴天が続くことは滅多にないと言われるケニア山での好天。
本当にありがとう。

そして、こんなに不摂生な生活をしながらも登頂できるほどの健康な体を
与えてくれた両親に感謝。
本当にありがとう。


山頂でとりあえず禁煙を誓ってみました。

感謝、感謝、感謝。








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2007-01-11

Mt.ケニア 登頂記録 その2 "Is this 天国?"編

ケニア山登山2日目。

個人的には今日がBESTだった。
ありえないような美しい景色のなかをぐんぐんと進む。

天国ってこんなところかな?


なんて真剣に考えてしまう。
見たことのない植生とケニア山の頂が俺達を取り囲み、
きれいなセセラギの麓でお昼ご飯。

俺のテンションは最高潮。

山登りって気持ちいいー!!

朝7時から15時くらいまで歩き続けたけど全然疲れてない。
スッゴい天気がいいからね。

富士山より高いところでTシャツ一枚なんだもん。
赤道だなーって感じる。

標高は4000mを越えていて、なかには高山病の症状が出始めた人もいる。
でも俺は1年以上標高2000mのところに住んでるから全然平気。
(ヘモグロビンの数が倍以上に増えてるしね)

2か目のハットからは山頂が目の前に見える。
ケニア山はなだらかな丘のようなところに突然針のような山頂が
つき出ているような形をしている山だ。
昨日、今日はハイキングみたいなもんだったけど明日は違う。

あの崖のようなところを登るのだ。。
ちょっとビビッテます。







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2007-01-10

Mt.ケニア 登頂記録 その1 "Is this 登山?"編

前々から企画に上がっていたケニア山登山。
標高は5199m。アフリカ第2の高さ。
経験者に言わせるとキリマンジャロよりも登るのがハードとも言われるケニア山。



俺は登山なんてしたことない。
しかも今の俺は人生でもっとも体力に自信がない。
体重は50Kgを下回っている。

絶対に無理だと思ってたから参加しないつもりだった。
仕事もあるしね。

だけどワイナイナから電話が。

"やっぱ、1月いっぱいは休むわ"

"・・・"

よし、登ってやろうじゃないの。そのケニア山とやらを。


ということで初日。
ナイロビから車で赤道を越えてナニュキという街まで移動して、
そこから初日のハットまで3時間ほどのハイキング。

象が出る森を抜けて、鼻歌交じりでテクテク歩いて到着。
標高は3000mくらい。

楽勝です。

でも、よく見てください。


我々の荷物は小さい。

そう、タオルやカメラといった物以外はすべてポーターが運んでくれる。
食事もコックが作ってくれる。
俺達はちいちゃいリュック背負って作られた飯を食べて

"きれーい"
"うまーい"

とか言ってるだけ。
これは登山なのか?

とにかく、満点の星空を見ながら初日は終了。






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2007-01-06

副大臣がナクルへやってきた。

日本から某省の副大臣さんがナクルにやってきた。
年度末になるとこうした意味のわからない訪問が増える。
JICA的にはこういう時に協力隊は使える接待のネタになる。

ということでナクルの隊員が副大臣との昼食会に参加することに。


場所はナクルで一、二を争う高級ホテル。
でも、しょせんはナクル。
サービスも味も大したことはない。
そこに大使やJICA所長、そして副大臣とそのお連れの方々が集まった。

副大臣もさすがそこまで上り詰めただけあって話術は巧みだった。
当たり触りなく、うまくその場をまとめていく能力は素晴らしいと思った。

でも、なかにはやはり心に響く言葉もあった。

"日本がここまで豊になったのもここ数十年の話なんです。

ちょっと豊になっただけで日本はあっというまにどこか

おかしくなってしまった。

私は途上国よりも日本の未来の方が心配です。

どうか、日本も途上国もその差はほとんどないということを

忘れないでください。"


と、だいたいこんなような内容。
常々自分もこういうことを考えていただけに拍手を送りたくなった。

援助してあげる。なんて傲慢な態度さ。

今の日本があるのも今の日本人が偉いわけでもなんでもない。
ご先祖さまが作り上げてくれた歴史とちょっとした好運が重なっただけのこと。
そして、自分が日本人として生まれてきたことだってただの偶然さ。




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