2007-06-16

まっくろくろすけ



ギルギルという近くの町に住む隊員の家に遊びに行った。

髪の毛を切ってもらいたかったんだよね。

だいぶ伸びてきたし、ケニアの床屋は坊主しかないから
自分で切るか誰かに切ってもらうしかない。

ということで散髪。

頼んだ相手も素人だから思ったようには切れないし
お互い二日酔いで気分が悪くて早く終わらせたかった。

"でも、この髪型はちょっとなぁ・・・"

"だけど、この空気でこれ以上散髪を続けるのもねぇ。。"


ってことで俺は雰囲気を盛り上げるために最終兵器を使った。



俺の髪ってすごくネコッ毛でギュッて握るとまっくろくろすけになるんだよね。


ということで俺は切った髪の毛でまっくろくろすけを作ってみた。

みんな大喜びして写真取りまくって大はしゃぎ。

そんなこんなで俺の散髪も何とか終了。
まっくろくろすけも3匹できました!





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2007-06-15

Memento Mori

いつものように出勤しようと思ってマタトゥ乗り場へ。

マタトゥが2台止まってわれ先にと俺をマタトゥに乗り込ませよう
としているいつもの風景。

俺は何となく後ろのマタトゥに乗った。

いつものようにフラミンゴでピンクに染まったナクル湖を
見下ろしながらマタトゥはタウンへ向かう。

いつものように信号もラウンドアバウトも無い交差点でマタトゥは
右折のタイミングをうかがう。

この交差点はかなり交通量がありかなり危ない。

運転の荒いドライバーもここだけは慎重に左右を確認する。

だけど、前を走っていたマタトゥは車が来ているのにも関わらず
そのまま右折した。

きっと相手の車が止まってくれるって思ったんだろう。
それとも気付いていなかったのだろうか。

ハイウェイをハイスピードで走っている車はスピードを落とさないまま
そのマタトゥに突っ込んだ。

バッスーンっという音とともに火花が散った。

ガラスが飛び散りマタトゥは1回転した。



幸い重傷者はいなかったようだが、精密検査してみないと
わからないような後遺症が残る人もいるだろう。

あの時、前のマタトゥに乗っていたら・・・


ここでは全てが命懸け。

でも、それって日本でも同じなはずなんだよね。

死を想い、生を知る。


自分だけは死なないと思っている人は想像力が足りないのだと思う。

俺がどのマタトゥに乗るかまでは想像できないけどさ。。


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2007-06-12

世界を旅したノート




それは2005年のケニア独立記念日の12月12日だった。

俺はケニアに来て間もなくでスワヒリ語の授業ばかりで退屈してた頃。

あまりに退屈で"同期の隊員はみんな何してんのかなぁ?"って思い巡らせてた。

そんな時ひらめいたのが班日誌。

訓練中、班のメンバーの輪番制で班日誌と言うものを提出するという
まるで小学生のような制度があった。

それを派遣後もやってみよう!というアイデア。

その班日誌はケニアから始まって

ウガンダ、タンザニア、マラウィ、ジンバブウェ、ガーナ、イエメン、シリア、
ポーランド、ハンガリー、モンゴル、インドネシア、ベトナムと回って今日ケニアに届いた。



1周するのに1年半もかかっちゃったよ。

ボロボロになっちゃったけどこれがホントに世界を巡って今ケニアに来てると
思うと感動的。

みんな元気そうに頑張ってる姿も知れて嬉しくなった。

なんとか後もう1周できないかな~。



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2007-06-10

Matatu ni Matata. Crazy matatu.





昔ケニアは3シリングでバスに乗れたらしくスワヒリ語で3を意味するタトゥ
からバスのことをマタトゥと呼ぶ。

ハイエースを改造した一番メジャーなのは定員15名。
(3人×5列。ドライバーとコンダクター含む)

数年前から定員遵守の法律が定められて都市を結ぶマタトゥは定員を
超えることは滅多にない。

だけど、田舎はそうは行かない。

大人が25名ほど乗り込む。子供をカウントしたら30は超える。

扉なんか閉まるわけなくて、人がはみ出したまま出発する。

たいていは道路がボコボコなのでスピードが出ないからまだいい。
(もちろん揺れで相当体力は奪われる)

道が良かったりすると逆に危ない。
山道をヒトがはみ出た車が時速100Km で走りぬけるのだ。


冷や汗かいてるのは俺くらいなもんでケニア人はそんな状況でも俺の耳から
3cmくらいの距離で大声で会話を楽しんでいる。

もちろん警察もたまには取締りをしているのだが、小銭を渡せばそれで終わり。

しょっちゅうそれで事故が起こって人が死んでるんだけど、
それしか交通手段が無いからか、もしくは気にしていないのか
このクレイジーマタトゥは無くならない。



あぁ、疲れた。。

150kmの移動に5時間。悪路と大混雑のなか命懸けで移動せにゃならん
のがアフリカってことです。




このT-シャツは乗った人しかわからんだろうね。



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2007-06-09

ヌカにクギ

"糠に釘(ぬかにくぎ) 手ごたえがなく、ききめがないことのたとえ。"
(国語大辞典(新装版)小学館 1988)



わかってもらいたくて、
気づいて欲しくて

俺は5時間かけてその人に会いに行った。

今までの俺だったらきっと

「アイツはダメな奴だ」

で終わらせていたと思う。

だけど、ダメだとわかっていながらそれを伝えないのはやさしくないと思うんだ。


わざわざ5時間かけて「あんたはダメだ」って言いに行く俺の気持ち。
わかってくれると思ったし。。



でも、なんだろうね。

打っても響かない。
何を言っても、その人の口から出てくるのは

「でも、・・・」、「だけど、・・・」


謙虚にヒトの話を聞くことってのはどうやって手に入れるんだろうね。
決して、生まれついてのものでもなければ、子供のうちに決まってしまう資質
では無いと思うんだけど。。


とにかく、ヌカにクギを打つってのはシンドイ。
でも、打たなきゃならん時は打つしかないのさ。


ヌカだってクギを打たれたりゃ何かは変わるはずだしね。




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2007-06-08

ケニアンマフィア

ケニアにも当然のことながらギャングがいて、政治的にも繋がっている。
彼らはムンギキと呼ばれている。(詳細は下記参照)
今年は大統領選挙もあって彼らの出番が来たといった感じ。

ナイロビを中心に銃撃戦や残忍な犯行が連日のように新聞をにぎわせている。

俺の住むナクルはそれほどではないのだが、やはり油断はできない。

今日は金曜日。
いつものようにデイダンと夜の街を練り歩く約束をしていた。
俺は近所の日本人の家でビールをご馳走になりながら彼からの電話を待っていた。

「コージ。今どこだ?」

「今、近所の友達のところだよ。何時ごろ出かける?」

「今日はムンギキの取締りがナクルであるらしい。今日は中止だ。
コージも絶対に出歩くなよ。」



そんな情報どこから仕入れるんだ?
日本人とだけ一緒にいたら絶対わからない。

デイダン、今夜もありがとう。

平和な街で出会えてたらもっと遊べたのにね。。


(以下、ムンギキについて。JICAケニア安全対策情報より)



JICAケニア安全対策情報

  ムンギキへの取り締まり強化に伴う注意喚起  



 すでに新聞などでも報道されているとおり、ナイロビおよびセントラル州ではムンギキ
とマタツオペレーターとの抗争の激化を受けて、警察がムンギキの取り締まりを強化して
います。警察は、これまでに2000名近いムンギキ関係者と見られる容疑者を拘束する一方
で、ナイロビ市内ではムンギキと見られる銃器を所持した強盗と警察官と銃撃戦を繰り返
しています。



5月17日にはナイロビ市内で強盗団と警察官との間で3件の銃撃戦が発生(2件はダウンタ
ウン地域で発生し、残り1件は日本人関係者もよく訪れるサリットセンター付近で発生)
し、警察官6-8名が命を落としたと言われています。



5月27日には、カリオバンギで警察官が強盗の容疑者2名を逮捕し戻る途中、仲間のムンギ
キとみられる集団が待ち伏せして攻撃し銃撃戦となり、警察官2名と容疑者2名に加え、10
歳の少年と高齢の男性1名の計6名が死亡したと伝えられています。



警察官との銃撃戦に加え、5月18日から22日にかけては、首と胴体を切断するという残虐
な殺人事件がキアンブ及びムランガで発生しています。

さらに、独立記念日の6月1日には、オザヤとカンゲマで警察の副長2名とその家族が射殺
され、6月2日にはムランガで2名のマタツドライバーが惨殺されています。



また、6月4日にはマザレスラムで明け方巡回していた2名の警察官が殺され、同じマザレ
スラムで5日には警察官とムンギキとの激しい抗争で22名-27名が死亡しています。また同
日、ムランガではムンギキにより4人の一般市民(老人)が殺害されています。

警察は7日に、500名を動員し、ムンギキが潜伏していると見られるマザレスラム内コソボ
地区の一斉捜索を強行。11名のムンギキメンバーが射殺されました。 



1990年代に出現したムンギキは、キクユ族至上主義を唱え、いわゆる「カルト」と見
られていましたが、現在はマタツドライバーからみかじめ料を取り上げ(支払わないドラ
イバーに暴力をふるう)るなどギャングと化しています。また、当初は髪型をドレッドに
し容易に見分けることができましたが、警察の取り締まりをうけ、現在は普通の髪型とな
り一般人と区別ができなくなっています。現時点では日本人ないしは在ケニアの外国人を
標的にしているとの情報はありませんが、政治家との関係も取りざたされており、今後大
統領選挙に向けてさらに凶悪化する可能性が否定できません。



つきましては、当事務所が提供する情報に加え、JICA関係者の皆様も住居、勤務先、通勤
経路などの治安について、積極的に情報収集を行い、危険を避けるようにお願いします。
また、警察官には不必要に近づかず、マタツを利用する場合は明るいうちに移動するよう
にしてください。

最後になりますが、今年は大統領選挙の年であり12月に想定される投票日に向けて政治的
な緊張の高まりとともに治安が悪化する懸念があるので、引続き夜間は早めに帰宅するよ
うにお願いします。

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2007-06-06

オデコのメガネで・・・

かゆい。かゆすぎる。
ダニ?南京虫?とにかく人のカラダを何だと思ってるんだ!

これは説教してやらんとならんね。

ということで、

オデコのメガネでデコデコデコリーン!



* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

ねぇねぇ、虫君。
どうして僕の体をそんなに刺すの?

だって、おいしいんだもん!
それに食べないと僕死んでしまうんだよ。

刺すのは良いとしてもかゆくしなくてもいいじゃないか。
かゆくてかゆくて僕、眠れないよ。

かゆくしたいわけじゃないんだよ。
君が勝手にかゆがってるだけだよ。

え!そうなの?僕、ぜんぜん知らなかったなぁ~。
だけど、こんなに痕を残さなくてもいいんじゃない?
僕のカラダ見てよ。
ほら。根性焼きみたいな痕が50個くらいあるじゃないか!
これじゃ、相当気合入ってるヤンキーかいじめられっ子だよ!

確かにひどいね・・・
でも、別に痕を残したいわけじゃないんだよ。
君が勝手に痕を作ってるだけだよ。

え!そうなの?僕、ぜんぜん知らなかったなぁ~。
じゃぁ、僕のカラダ君に聞いてみよう!

ねぇねぇ、カラダ君。
どうして虫君に刺されるとかゆくて痕が残るの?

だって、刺されても何ともなかったら君は虫君に指され放題で
病気になって死んでしまうかもしれないでしょ?
君のためにそうしてるんだよ。

え!そうなの?僕、ぜんぜん知らなかったなぁ~。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


つまり、みんな生きるために精一杯ってことだね。
俺も精一杯生きていかないとカラダ君に申し訳ないね。





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2007-06-05

お金で買える安全

先日も治安のことを書いたけれどちょっと笑っていられないような状況になってきた。

JICAには "この学校は安全だ" と言ったのだけど、それは比較的という意味。
全体的な治安が悪化するうちにその比較的の安全が決して安全とはいえない状況に
なってきている。


俺の住む学校内に県知事が住むことになった。

県知事は24時間警察に護衛されることになっている。
つまり、この学校に銃を持った警察が配置されることになる。

今もアスカリ(警備員)はいるけど彼らは銃を持つことを許されていない。

ケニア人は県知事には警察がいるってみんな知ってるからこの学校は
以前よりも安全になると誰もが思ったし、俺も思った。


しかし、その県知事の家が襲われた。


数名の強盗が何重にもつけられた防犯グリルを取り壊し、
寝室まで侵入して物品を奪って逃げた。
(警備はいなかったらしい)


同僚たちも今までは

"ケニアは危ないから気をつけなよ"

って俺に言ってたのに最近は

"大丈夫だって。心配するな。"

って不審な笑顔で答える。何だか怖い。。


今年の年末にはケニアで大統領選挙が行われる。

それに乗じていろんな犯罪が増えるらしい。
ケニア人も普段はとってもおとなしいのだけど一度火がつくと
怖いほど興奮する性格を持っていて、選挙の前後は何が起きるか
予想がつかない。

実際に周りのケニア人も徐々に浮き足立ってきている気がする。


ということで俺も個人でアスカリを雇うことにしました。

時間も守るし、礼儀正しいし、暇なときの話し相手にもなる。
それに安心してぬ眠れるようになったかな。


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2007-06-04

モブジャスティス

mob justice

直訳すると"群集による正義"になるのだろうか。

悪事を働いた人物を群衆が直接制裁を下すことを言う。
具体的には群集が容疑者を捕まえてリンチして殺してしまうこと。

ケニアももちろん司法が存在して法律によって裁かれることになってる。
でも、このモブジャスティスがまだまだ横行している。

俺はまだ見た事ないけど、ここナクルでも何度か起きている。


知り合いでその現場を見た人がいて、その状況を生々しく説明してくれた。



学校内に泥棒が入り誰かが見つけて取り押さえた。
彼らは泥棒を警察には連れて行かずに縛りつけて
順番に暴行を働き始めた。

何も取られていない人も、教師も生徒もみんなが
笑いながら棒や石で殴りつける。

最後の蹴りでその泥棒の首の骨が折れる音が聞こえた。

その泥棒は車に乗せられてどこかに運ばれていったのだが
誰に聞いても笑って"地獄に行くのさ"と答えるだけ。


"正義とは何か?"


同僚とモブジャスティスについて話し合ったことがある。

"人を殺すことは良いことか?"

"悪いことに決まってる"

"じゃあ、悪いことをした人を殺すことは良いことか?"

"裁判によって裁かれるべきだ"

"でも、モブジャスティスってあるでしょ?"

"・・・警察に連れてっても2日もありゃ釈放されるんだ。
やるっきゃないだろ?"


確かに、俺も自分の愛する人が殺されてその犯人が2日で釈放されて
何事もなかったように生活されたら俺はそいつを殺すかもしれない。

でも、泥棒しただけで殺すのか?

ひょっとしたらそいつは無実かもしれない。

モブジャスティスを間近に見た人が言うには

"彼らは確実に楽しんでいた"らしい。

群集心理というものだろうか。

一度火がついた群集は手がつけられない。

それをただの野蛮の行為と片付けるのは簡単なこと。

そもそも裁判によって殺されることが正しいと言い切れるのだろうか?
戦争で人を殺すことは認められるのか?


"正義とは何か?"


あるケニア人がこんなことを言っていた。

"ケニアでは10円盗んだだけで殺される人もいれば
何百億円も盗んでも地位と名誉が保たれる人がいる"


10円盗んでモブジャスティスで殺される人。
政治腐敗で何百億円も着服する権力者。

裁判所の判決もちょっとした賄賂で決まる。

国民の信頼をなくした政府はモブジャスティスされるのだろうか。



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2007-06-01

古今東西 男は女に支配されているのだ。

今週末は3連休。

"森の中でキャンプして朝までサイと一緒に踊り明かそう!"

と誘ってくれたのはデイダン。ベンの車で金曜の昼から出発だ!

で金曜日。デイダンから電話が。

"コージ。ベンは俺たちを置いていったよ・・・。"


可哀そうな俺たち。





夕方からデイダンの家で酒飲みながらDVDを見てた。

デイダンがぽつりと言った。

"俺の彼女アメリカでナースしてるって知ってるだろ?"

"最近、うまく行ってないんだろ?どうなった?"

"ムズング(白人)の子供作ったってよ。結婚するらしい。"


可哀そうな俺たち。


こうなりゃ踊りに行くしかないな!ってことでTownへ。

とにかくデイダンは "女が必要だ。女が。。" と言っては店を変えていく。

3つめのクラブでようやくモノになりそうな女と出会ったデイダンは
楽しそうに踊っていた。

俺も気持ちよく酔っ払って踊っていると何やら騒ぎ声が聞こえてくる。
騒ぎの方を見るとデイダンが客と取っ組み合いになっている。

とにかくデイダンを落ち着かせて店を出た。

要は女を巡るいざこざ。


ケニアも日本も世界は女を中心に回っているのだ。


可哀そうな俺たち。



それでも、女が好きなのね。

Yeah!デイダン来週も行こうな!!



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2007-05-29

友達か仕事か

俺の配属先は保健局。
でも、俺はコンピュータエンジニア。

保健局の人にとってコンピュータはあったら嬉しいだろうけど
コンピュータが仕事ではない。

だから、俺は彼らに仕事を強制することはできない。

彼らも自分の仕事で忙しいからね。

だから、彼らの仕事の合間を縫って自分の活動を進めていくしかない。
彼らのスケジュールを常に確認して "今日はここまでやろうね。" と言って
同僚のワイナイナと仕事を進めていくのだ。


"コージ。今週は俺は空いてるから一気に進めちゃおうぜ!"

俺は期待していた。でも、そんな風には進まないこともわかってはいた。


朝から見知らぬおばちゃんが来ていてワイナイナにエクセルの
データ集計をやらせている。

聞くところによると彼女はワイナイナの友達で今はカレッジにいて
大事なレポートを書くためにワイナイナの助けを借りているとのこと。

こんなことは良くあることだから何とも思わなかったんだけど
俺の活動のこともあるからワイナイナに聞いてみた。


"いつ、終わるの?"

"午前中には終わるから、午後から一緒に仕事しような!"

でも、やっぱり午後には終わらなかった。
次の日もそのおばちゃんが来て同じことの繰り返し。
そして、その次の日も・・・。

さすがに俺もイライラしてきてこう聞いた。

"いつ、終わるのか?それを教えて欲しいんだ。"

"今度こそ、今日の午前中には終わる。俺を信じてくれ。"

その言葉を信じたわけじゃないけれどやっぱり終わらなくって
俺は珍しく怒りをあらわにして"もう、俺帰るよ。"と言ってオフィスを出てしまった。


その夜、ワイナイナにこんなテキストメッセージを送った。


"今、一人で飲んでるよ。今日お前にはガッカリしたよ。
明日こそは一緒に仕事しような。"

するとこんな返事が返ってきた。

"私たちが友達を助けなければならないということをコージは理解しなければならない。友達はどこかで私たちを助けてくれてるんだよ。
でも、俺たちにも仕事があるのは事実。明日から一緒に続けよう。"


"俺が今までに一度でも友達を助けるなって言ったことがあるかい?
業務中であっても俺は友達を助けることは否定しないよ。
ただ、スケジュールをきちんと把握して伝えて欲しいだけなんだよ。
明日からまたがんばろう!"


で、翌日。

俺もワイナイナも突然呼ばれたワークショップに参加させられた。

この国でスケジュールを立てることなんて不可能なのかな。。。


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2007-05-26

エイズ対策隊員って必要なの?



サッカーの試合にあわせてHIV/AIDSのレクチャーが
ジョイント開催されることになった。

試合の合間に20分ほどエイズ対策隊員が子供たちに
簡単なHIV/AIDSのレクチャーをする。

個人的には "あくまでサッカーでの交流" の方が良いんじゃないかっ
て思ってるけど、ちょっとしたことで子供たちが喜んでくれるなら
そりゃやるべきだよね。

そのレクチャーはエイズ対策隊員1名だけでやることになっていた。

"一人で大丈夫かな?"

なんて思ったけど俺は前日にナイロビ入りして
その日はコンピュータ分科会のミーティングで忙しかったので
そのレクチャーにはノータッチだった。

それに、その隊員が自らやりたいと希望したのだし、
その人はケニアに来る前もエイズ対策の経験がある人だし、
任地で頻繁にワークショップもやってるみたいだし、
20分程度のレクチャーなら大丈夫でしょ。

って思ってた。。



1試合目が終わり、疲れと敗北に打ちひしがれているときにその隊員から

"ちょっとレクチャーを手伝って欲しいんだけど・・・"

"いいですよ。何すればいいんすか?"

"わたし英語もスワヒリ語も話せないから通訳してくれないかな?"

"え?"

俺も語学は得意じゃないし、同時通訳なんてできるわけない。
何をするのか尋ねても本人もよくわかっていないといった状況。

それって今お願いすることなの?
任地であなたは何語で活動してるの?
そもそも自分でやるって言ったんじゃないの?

なんて思ったけれどそのレクチャーはもう5分後に始まる。

止めさせた法が良いかもと思ったけど、彼女が謙遜してるだけだと期待して
その場に臨んだ。


でも結果は予想以上にひどい物だった。


エイズという問題はすごくセンシティブなトピックであり、
知識よりも行動に訴えなければあまり意味がない。

だから、いろんなアクティビティを交えて本人に当事者意識を
持ってもらえるようにファシリテーターは工夫する必要がある。

それに加えて参加者の背景も十分に考慮しなければならない。

どういうリスクがあるグループなのか?
どういう性的行動を取りやすいグループなのか?
どういう生活環境・社会的立場におかれているのか?

センシティブな問題だけに言葉というのが本当に大切になる。
言語による誤解や中傷が起きてはならない場合も多い。

母国語で説明するのですらホントに難しいのに英語やスワヒリ語で
説明すると言うのはホントに大変なことだ。

だから、語学に自信が無いなら事前に原稿を用意してチェックしてもらう
必要もあるだろう。
もしくは語学の得意な人にファシリテートをお願いする場合もあるだろう。
もちろん、事前に十分な話し合いをして。

とにかくこういった問題がクリアできなければ効果は期待できない。

場合によっては逆効果にすらなりうる。



”母親からエイズは感染します。リスキーです。”


確かにこれは事実。
両親が健在で自分がすでに成人だったらこれを聞いても

"へー。そうなんだ。"

って思うだけだろう。

でも、今回の子供たちの中にはまだ小さい子供もいる。
エイズ孤児も多いし、母親がどんな人かも知らない子供も多い。

彼らにとってはこの一言はどんな意味を持つだろうか?

決して "リスキーです" の一言で片付けられる問題じゃない。
(リスキーですって表現自体どうかと思う)

子供の不安を解消させるような知識と情報を提供してあげないと
ただ不安をあおってしまうだけ。

事実その言葉を聞いて子供も教師も一瞬凍りついた。
それを見てた俺たち隊員も凍りついた。

だけど、ファシリテーターはそれに気づかないまま次へ次へと
進めてしまった。

俺も何とかフォローしたかったけれど、次へ次へとレクチャーは進んでいく。
それに彼女が何をしたいのか知らないのでどうにもできなかった。

レクチャー終了後はすぐにサッカーの試合があったし、
試合終了後はすぐにナイロビに帰らなければならなかったので
結局、子供たちにフォローすることができなかった。。


みんなが言ってた。

"やらないほうが良かったな"


ただでさえエイズ対策隊員という職種は何をしているのかわかりにくい職種。

なかにはコンドーム配って回るだけって思ってる隊員もいる。

その日のレクチャーについてみんなで話し合っていて、
学校で働いている隊員がとても仲の良い生徒とこんな会話をしたらしい。


"お前が惚れた女がエイズに感染してたらどうする?"

"キスは平気だぜ"

"セックスは?"

"コンドームつけりゃ大丈夫さ。"

"そうなんだ。本気で惚れたなら俺はその女と結婚するよ。"


それを聞いた彼らはこんなことを言っていた。

"エイズ対策隊員って必要なのか?"


すごく残念だった。

必要かどうかは俺にもわからない。
だけど、エイズ対策ってのには

友達同士にしかできないことがあって、

その国の人でしかできないことがあって、

外国人にしかできないこともある。

そして、エイズ対策隊員でしかできないこともある。

のだと思う。

そういう自分の立場で自分にできることをひとりでも多くの人が
やっていくことがとても大切なことなんだと思う。

俺も自分の立場で出来ることをやっていこうと思う。

とりあえず彼女と一緒にもう一度きちんとしたレクチャーでもしようかと思う。





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初勝利をあげました。




ハートにシュート第2戦ってことで前回同様マチャコス更生院に行ってきた。

惨敗に終わった前回

今回はリベンジマッチ。
勝利を奪うことで "諦めない精神" を子供たちに感じてもらおう!

っていうか、とにかく俺らが勝ちたいだけ。
勝ってうまいビールを飲もう!


1試合目。

JOCV 2 - 6 MACHAKOS

あぁ、なんてこった。。
俺たちはもう、ダメなおっさんになってしまったのか?


そんな焦りを感じながら迎えた第2試合。


JOCV 4 - 2 MACHAKOS

勝ちましたよ~!

子供たちも悔しそうだったな。

悔しさで人は成長するんだよ。

喜びで人は努力が出来るようになるんだよ。

そして、仲間によって人は強く、優しくなれるんだよ。


今回は2度目の出会いだったし、すごくいい感じの交流ができた。

人生は一期一会なんても言うけれど2度会えるなら2度会いたい。
もっと会えるならもっと会いたい。

そうでしょ?


次はティカ更生院で試合。

サッカーを通じていろいろなネットワークができたらいいな。


おそろいのユニフォームも作ってみたよ。




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2007-05-25

ブンカカイをヤロウカイ

いろいろと考えてきたコンピュータ分科会について
当面の方針が固まった。<参考1> <参考2>

「コンピュータ系隊員の要請内容の精査」

「隊員向けのニュースレター発行」

のふたつを柱に当面の活動内容とし後輩隊員の受け皿として分科会の
土台作りを行う。



いろいろとやりたいことを持っていた隊員もいたけれど
この話し合いを設定するだけで2ヶ月もかかっている。

今のコンピュータ系隊員は学校隊員がいないので休みも土日だけ、
任地も遠いし、活動内容も、同僚の技術レベルも様々。

どう考えても効果的な活動はできないという結論に達した。

しかし、今後は学校隊員が増えていくことが予定されている。
彼らなら活動内容も近いし、学期休みなどにいろいろ準備もできるだろう。

そんな彼らのためにも分科会としての土台作りはしていきたい。

と言うことで自分たちでできることを考えてみた結果がこの二つ。


「コンピュータ系隊員の要請内容の精査」


今の世の中ケニアであろうがどこであろうがコンピュータが
無い職場はあまり無い。

でも、コンピュータ技術を持った人は圧倒的に少ないので
コンピュータ系の隊員はどんな配属先からも引っ張りダコである。

しかし、配属先もJICAもコンピュータのことをよく知らないので
技術協力とはかけ離れた状況に置かれる隊員が少なくない。

持っている技術が全く活かせなかったり。
ただの便利屋として扱われたり。
トラブル時以外は全く仕事が無かったり。

これだけ多様化しいるコンピュータのニーズをコンピュータの素人が
正確に把握することはそもそも不可能なのかもしれない。

だったら、隊員がそのお手伝いをしたらいいのではないか?


JICAが開拓したコンピュータ系の要請を現役隊員がチェックして
隊員と配属先のミスマッチを極力減らしていこうというのが目的。

・ホントに技術協力が可能な受け入れ態勢があるのか?
・隊員に求められる技術要素、経験は何か?

最終的にはJICAがコンピュータ系の隊員の要請を開拓する際に考慮すべき
点を網羅したチェックリストを作成する予定。

そして、こうしたフローを他職種にも展開できるような運用体制を作って
いくつもり。


「隊員向けのニュースレター発行」

ケニアでコンピュータ隊員として活動していて感じることの一つ。

"ケニア人も日本人もコンピュータスキルはおなじ。"

何かあるとすぐにコンピュータ系隊員に頼ってしまう隊員のなんと多いこと!

"直して~!" "助けて~!"

コンピュータは正しくメンテナンスしないと動かなくなる。
たとえメンテナンスしていても壊れる部分は壊れる。
壊れたら直さなければならない。
直すにはお金がかかる。

この当たり前のことを理解していない人が日本人にも多すぎる。

これだけ一般的になったコンピュータだからそれは理想的な姿とも言えるけれど
メーカーサポートが無いここケニアではそういう訳には行かない。

しかも、たいていの隊員が配属先でコンピュータを教えていたりするんだから
このままでマズイのではないか?


まずは隊員からでしょ!

ってことで、隊員向けにごく基礎的なコンピュータの仕組み、
メンテナンスのスキル、必要なコストなどを伝えるニュースレターを
発行することにした。

それを読んだ隊員が配属先のケニア人へ展開してもらうことがこの
ニュースレターの最大の狙い。


こう書くと何だかとても素晴らしいことのようだけど
実現させて継続させなければ意味は無い。

がんばります。



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2007-05-23

相対的貧乏

ケニアは確かに貧しい。

だけど、ケニアより貧しい国はたくさんあるし、
国中が飢えているというような国ではない。

仕事がある人は贅沢さえしなければ十分生きていける給料をもらっている。

でも、ケニアにいると貧しさを感じる。
物質的な貧しさでなく精神的な貧しさを。


お金は持ってるのに誰かが奢ってくれないなら
昼飯を食べないおじちゃん。

お釣りを多くもらってもそれを返さないで心から嬉しそうな
顔をしてスキップしながら帰っていくおばあちゃん。

バスで隣の人がお金を落としたらそれをすかさず拾って
自分の財布に入れるおばちゃん。

乞食ではない子供が物をたかるのでその親に注意したら
"もっともらっとけ!"と言う親父。


こんな話もある。


田舎で両親をエイズで亡くした少女が道で1000Ksh札を拾った。
(1000Ksh=1600円 価値的には1万円札と同等)

それをネコババしないで学校の先生に届けたということが全国紙のニュースになる。
それも2面にわたる大特集。

「なぜ、彼女はネコババしなかったのか?」

って本気で討論しているってのは悲しい話だよね。


絶対的貧困と相対的貧困と言う言葉がある。

お金を持っていても周りと比べるとやはり貧乏になってしまう。
逆にお金持っていなくても周りも持っていなければ
余り自分が貧乏だとは感じない。

ケニアの場合は金持ちは本当に金持ちだから
相対的貧困度合いが高いのだろう。

相対的貧困は心まで貧しくしかねない。

格差が広がっていくのは日本も同じ。

俺も日本に帰ったら相対的貧乏になってしまうのだが
心までは貧しくしたくないと強く思う。



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2007-05-22

このごろの活動状況

ケニアに来て1年半。

一番活動が充実する時期とも言われる。
俺もやることはたくさんある。

いろいろと遊びに行きたいし、いろんな人にも会いたいけど
週末だけで遊ぶのは交通手段の乏しいこの国では難しくって
結局遊びにいけないことが多い。

では、平日はよっぽど忙しいかと思ってる人もいるかもしれないけど、
実際は全然そんなことはない。


8時間のオフィスワークのうち実際に仕事してるのは3時間もあれば良いほうで
たいてい、1時間とか2時間ほど。

それ以外は一人で活動の準備(これも仕事って言えば仕事だが)か
ネットサーフィンしたり、おしゃべりしたり。

というのも、同僚は本業の仕事(保健業務)で忙しいから。
そんな彼らの空いた時間を俺の活動につき合わせているといったところ。

ありがたいのはワイナイナという一緒に仕事をしている人がとても
意欲的だということ。

だけど、周りのスタッフがどうしようもない奴が多くてワイナイナは
いつもその仕事の尻拭いに時間をさかれている。

彼は本当にいい奴だから友達も多くて仕事中も"おしゃべり"しにくる
人がたくさんいる。

"こっちは今仕事してるのに邪魔しないでくれ!!"

ってイライラするのは俺だけのようだ。


こんな状況だからこそ、俺は常にオフィスにいなければならない。
ワイナイナの稼動状況を見張って、空いた時間にすかさず

"さて、これやろうか。"

と言って仕事を進めていく。

でも、こんなやり方では全く計画通りには進むわけなくてこのままでは
任期中には終了しそうもない。

今の状況ではたとえ任期を延長したとしても終わらないと思う。

いままでもワイナイナの時間の確保のためにあれこれと手を打ってきたけど
抜本的な処置が必要だ。

今、俺は試されている。。


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2007-05-21

"人に感謝する"ということ



今日Dr.GがKenyaを発った。
次に彼に会うのはいつ、どこなのだろうか。

彼には本当にお世話になった。

歳は俺なんかよりも20くらい上。
アメリカの超一流大学の博士号を持ち、若くして国際機関のトップや大使館で
働いたりと普通にしてたら俺とは住む世界が違う人だ。

職場は違うけどひょんなことからご近所として生活することになった。


とにかく世話好きで、話し好き。

どんどん人の領域に入り込んでくる。

最初は正直苦手だった。
それにケニアに来てまでしょっちゅう日本人と一緒にいるのも何となく嫌だった。

だけど、ケニアに来て8ヶ月くらいたった頃だったと思う。

ケニアでの期待を打ち破られ、嫌なことばかり身に降りかかり、
自分の心が荒れかけていた頃だった。

その頃の俺は自分のことで精一杯で相手の気持ちを思いやる余裕が無かった。
いや、俺は今まで自分のことしか考えていなかったというほうが正しいかもしれない。

そんな俺に彼はこう言った。


"コージ君は人に感謝するってことを理解していない"




一瞬めんどくさいと思った。

"こんな状況で人のことまでかまってられるか!"
"俺にこれ以上かまわないでくれ!"

ちょうど住居の契約問題でもめていた頃だったし
引っ越してしまって彼から距離を取ろうとも考えた。


だけど、その彼の言葉が忘れられなかった。

その頃の俺は人に感謝するって意味をかなり意識していたし、
わかっているつもりだったから。

そして俺は思った。

"ここでこの言葉から逃げてはいけない"

だけど、本当にその頃はこれ以上自分を追い込んだら潰れると思った。
どうしていいかわからなくなった。
思い切ってその正直な気持ちを彼にぶちあけてみた。


"確かに、俺は人に感謝するってことわかっていないのかもしれません。
でも、俺は人に感謝する気持ちを持っているつもりなんです。

きっと、それを表現する方法を知らないんだと思う。
そして、今の俺にはそれができる自信が無いんです。

すぐには変われないと思う。

だけど、感謝するってこと俺なりに考えて行きたい。”


それを聞いて彼はこんなことを言った。


"俺が君の年の頃は正直言って誰にも感謝なんかしてなかったんだよ。
すぐじゃなくて良いんだよ。"


そしてそれからも、ことあることに俺を叱ってくれた。

だんだんと彼のことが好きになっていった。

だけど俺から彼を飲みに誘ったことはなかった。昨年末までは。
彼には奥さんがいるし、仕事で忙しいから。


昨年末。俺はちょっとしたことで完全に自分を見失っていた。
自分がどんな行動を取るか自分でもわからない状況だった。

きっとまた人の気持ちを無視するような態度を取ってしまうと思った。
そして、そんな時に彼にまた説教されたら俺は取り返しのつかないような態度を
彼にとってしまうと思った。

そんなことより俺は誰でもいいから自分の気持ちを理解して欲しかったんだと思う。
俺が何をしたらいいのか誰でもいいから教えて欲しかった。

そうでないと本当に自分がどうなってしまうかわからなかった。

そして彼を初めて自分から飲みに誘った。


彼は俺の話を一通り聞いてからこう言った。

"そっか、話してくれてありがとう。でも、それはコージ君の力不足だよ。"

結局この人も俺の気持ちを判ってくれないのかと話したことを後悔した。

だけど、続けて彼はこういった。

"誰にも話したことはないけど、俺もコージ君と同じような経験があるんだ。
(中略)
間違いなくこれからコージ君は成長するよ。人生の肥やしみたいなもんだね。"


ありきたりの言葉のようだけど、不思議と少しだけ気が楽になった。


そのあたりからちょくちょくと一緒に飲むようになり、
いろんなことを語り合った。


俺は人生の節目節目で

"この人に会うために今俺はここにいるんだな"

と思える人に出会ってきた。

だけど、ケニアに来てもなかなかそういう人に出会えなくって

"ケニアに来たのは間違いだったのかもしれない"

と感じることもあった。

だけど今は思う。

彼に出会えたことはこの先の自分に大きく影響を与える。

ケニアに来て良かったと思える。

人に感謝するって意味。
まだまだかもしれないけれどあの頃よりはわかってきたと思う。

残り半年。
彼に胸を張って再会するためにもケニアでがんばっていきたいと思う。


ありがとう。Dr.G




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2007-05-12

Kwaheri Party  "唄え、踊れ!"編



雨季にしては珍しいほどスッコーンと晴れた。

ビールがうまい。

みんなが持ち寄ってくれたご飯がうまい。
そしてニワトリのスープがホントにうまい。

野外で音楽かけて酒飲んでりゃみんなテンションもあがるのは必死。

太鼓を叩き、笛を吹き、ギターを弾いて、日本の歌をみんなで歌う。
そして踊る。

太鼓や笛で踊ってりゃケニア人も黙っちゃいない。

気がつくとケニア人が大勢こちらを見てる。

もう、とにかくカリブ(Welcome)ってことで
ケニア人と一緒に東村山音頭を1丁目から4丁目まで踊り倒す。

しまいにはラジオ体操を第1から第6まで踊り果たす。

酔っ払って寝てたはずの徳島県民が"エライコッチャ"の一言で
突然目を覚まし、阿波踊りを踊り倒す。

気がつくと志村けん、ラジオ体操、阿波踊り、少林寺拳法、ケニアンダンス、江頭2:50
が一体となった日本人とケニア人。


いやいや、本当に楽しかった。

少しは彼に恩返しができたかな?















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Kwaheri Party I 準備編










今日はDr.Gの送別会。

近所の日本人に声をかけて俺の家の庭でポットラックパーティー。
俺は生きたニワトリを2羽用意することにした。

前日に市場で鶏を買った。

"ニワトリ絞めるなんて訳ないぜ!"なんて思ってた。


家に帰る途中のマタトゥの中で俺のひざの上でおとなしくしているニワトリたち。
俺の家でもおとなしくしているニワトリたち。

かわいい・・・



俺にできるのだろうか?

その時一緒にいた友人も同じ思いを抱いていたようだ。

"名前でもつける?"

と言った俺に普段は冷静な彼は

"それだけはやめよう。。"

と声を荒らげた。


結局その日はニワトリと一緒に彼と遅くまで得体の知れない酒を飲んで
当日の朝は最悪の二日酔い。

二人とも頭を抱えながらニワトリを見ないようにしていた。

"やれるのか?"

"お前やれよ!"

二人の無言の会話が続く。

"やらねばならぬ!"

意を決してニワトリを掴み物干し台にぶら下げる。

そんなときDr.Gがやってきて

"ほんとにやるの~?"

などと俺らの決心を揺らがせる。

しかし、気がつくとDr.Gが包丁を取り出しチョイチョイとニワトリを絞めてしまった。

"あんたが主賓なのに・・"


とはいえ、彼の絞め方は一番ニワトリにダメージがないやり方だと思う。
(※吊るして頚動脈を傷つけて絶命させるやり方)

首を切る瞬間"コッケー"と鳴いただけで後はそのまま静かに絶命した。
流れる血を見ながら皆でトリに感謝と冥福を祈る。

その後はみんなで仲良く羽をむしってブツ切りにして鍋にぶち込む。
頭のテッペンから足の先まで全て煮込むこと3時間。
味付けは塩コショウだけなのに信じられないほど美味しいスープが完成した。

ありがとう、コケとケコ。
(実は俺の中では名前をつけていた・・)

余すところなく全て美味しく頂きました。
パーティーに来たみんなも本当に喜んでくれたよ!










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2007-05-10

なぜ酒を飲むのでしょう?

時々このブログにも書いている近所の専門家。
彼が今月日本に帰国する。

今までも週に2回くらいは飲んでいたけれど今月はもうほとんど毎日。
ずっと近所づきあいしてきてるからほとんど話すネタもないんだけど、
彼としばらく会えなくなると考えると淋しくて飲みに誘ったり、
誘われたりで今夜もいつものBarへ。

毎日酒を飲んで翌朝に胃腸が悲鳴を上げている感覚が日本のときみたい。

体に良いわけないのはわかってます。


でも、そういう時間が俺にとっては本当に大切なんだ。

わからない人にはわからないだろうけどね。


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2007-05-03

結果重視、過程重視?

RRI(Rapid Results Initiative )という言葉がある。

例えばエイズの検査が現在100名受けているとして、
100日後には200名に増やそうと目標を設定する。

10日後には20名検査を受けていなければ目標達成にはならない。
20日後には40名。50日後には200名。
それを短期間で定期的に報告することで現場の意識を高く保たせて
目標を達成させるというのがこの目的。

今回そのトレーニングに参加した。

今までもいくつかの項目で実施されていたこのRRI。
成果は著しく良い。

ということで、対象を大幅に増やそうというのが今回の目的。

でも、ちょっと疑問。


Health RecordsはMonthlyで報告されるように作られている。
10日、20日、50日、100日で報告するシステムはない。

ただでさえ、Health Records Officerは多忙なのに、
RRIのためにまた独自に集計しなければならない。
果たして正確な情報が得られるのか?

RRIは結果だけにフォーカスしているので過程は評価されない。
果たして適切な診察がされるのか?

毎月の集計を回収するだけで苦労している状況で、
E-mailもFAXもなければ郵便だって数日かかるようなところも多い。
果たしてこの短い周期で回収できるのか?


成果がわかりやすいこの方式。
今後も増えていくことだろう。

問題は山積みではあるけれど、
ひとつひとつ問題を解消していけば
きっと良いことなんだろう。


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2007-04-30

しつこいようだが治安のこと

こんなことばかり書いていると誰もケニアに来たいと思わなくなるかもしれない。
だけど、事実なので。。


先日自分の住む学校のすぐ横で日中(AM10:00)に銃撃戦があった。
強盗団と警察による激しい銃撃戦(40発ほどらしい)の末に4名が射殺された。

その翌週にはまた学校内で強盗が発生した。

年末には俺が空き巣に入られているし、その前も立て続けに強盗が入った。

その情報を聞いてJICAも対策を考えているとのこと。


"より安全な家に引っ越してください"



だけど、俺は知っている。

この学校の外がどれほど危ないか。

JICAは学校内の治安しかしらないから強盗や銃撃戦の話を聞いて
危ないと思うのだろう。

でも、学校の外ではほとんど毎週のように強盗が発生している。
学校の前の通りはケニア人の間では"カージャック通り"と呼ばれている。
銃声も時たま聞こえる。

だから俺はJICAにこう言った。

"この学校を撤退するならナクルから撤退ですよ。"

それ以来JICAから連絡はない。。



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2007-04-28

HIV/AIDS M&Eトレーニング "Braking Telephone"

今回のトレーニングはケニア中の全ての病院を対象にしてる。
つまり、ケニア中の病院のスタッフがこのツールの使い方のトレーニングを受けるのだ。
州立病院、県立病院、私立病院そして無数にある診療所。
加えて今回はHBC(Home Based Care)も対象になってるから
CBO(Community Based Organization)などのNGOにもトレーニングをする必要がある。

一度に全部は不可能なのでまずは州オフィサーが集まってトレーニングを受ける。

そして州オフィサーが州内の県オフィサーを呼んでトレーニングを行う。

そして県オフィサーが県内の関係者をトレーニングする。

現実的にはこれしかやり方は無いのかもしれない。
だけど、トレーニングマテリアルというのは実際の情報収集ツールのみ。

それを元にしてファシリテーターが、

"ここの項目はこうやって記入してください。" 

とトレーニングが進む。


わかりにくいところもあったりして議論になることも少なくない。
そんな時に席をはずしている出席者もいたりする。
ツールにミスプリントもあったりするし、
議論がまとまらないまま曖昧に終わってしまったりもする。


ところで、こういったワークショップではEnergizerとかIce Breaking
とか呼ばれる余興のゲームがよく行われる。

雰囲気を良くしたり、疲れた体をほぐすのが目的。

今回もいろいろやったんだけど印象的だったのが"伝言ゲーム"だった。
ケニアではBraking Telephoneと呼ばれている。

"People Living With HIV/AIDS need Care and Love"

で始まった伝言ゲームは

"Kila kitu ni Mbaya" (Everything is bad)

で終わりみんな大爆笑してた。


今回のトレーニングが地方の病院にメチャクチャに伝わって
結局 Everything is bad で終わらないことを祈る。。



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2007-04-27

HIV/AIDS M&Eトレーニング "現場主義"

今回のトレーニングで議論になったこと。

突き詰めていくと原因は二つ。

"俺らはエイズだけ扱っているわけではないのだ"

"俺らが一番現場を知ってるんだ"


エイズというのは世界的にも問題になってるし、
お金をかければある程度成果も出る病気なので
援助機関としては格好の標的になる。

だからエイズ対策における資金はわりと潤沢にある。
今回も新しいツールを導入するのに相当なお金をつぎ込んでいる。
(そのお金は日本とアメリカの税金です)

だけど、ケニアにはエイズ以外の病気もたくさんある。
そうした情報もきちんと集めなくてはならない。


でも、お金がつかない情報は集計用の用紙も印刷できないありさま。

加えて、いろんな援助機関が好き勝手に情報を欲しがったりする。

だから、新しいフォーマットが導入されて今まで集計してきた
データが集計できなくなったり、他の情報と重複したり、
矛盾したりという問題が発生する。


そんなことはJICAも含めて援助機関は全然知らないし、
ケニアの国家レベルで働いている人もよく知らない。

俺の同僚の州オフィサーは知っていたとしても経験としてなかったりする。

だけど、そこは現場の県オフィサー。

たった一つの集計フォーマットからいろんな意見が出るわ、出るわ。

彼らは本当に経験もあるし、優秀な頭脳も持っている。
エイズの現場で何年も働いているんだしね。

そんな彼らと顔見知りになれたってのはきっとすごく貴重なことなんだと思う。

彼らの意見がもっと取り入れられて、Clients Oriented の情報収集が
可能になればもっと良くなるのかな?

でも、情報収集はやっぱりきちんとした指揮系統の元でトップダウンで
やる必要もあるよね。

・・・難しいんだなぁ。

こんなことを最初は俺一人でやろうとしていたと思うとゾッとする。




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2007-04-26

HIV/AIDS M&Eトレーニング "万里の道も一歩から"

HIV/AIDSのモニタリング&エバリュエーション(M&E)
のトレーニングを5日間にかけて参加した。

日本語だと"監視と評価"ということになるのだろうけど要は、

ケニアでいつ、どこで、何人の人が

どんな検査を受けて
どんな結果が出て
どんな治療を受けているか

といった統計を取って計画通りに進んでいるか、次は何をするのか、
といったことを目的としている。


今までもこうした統計は取ってはいたのだけれど、
バラバラに情報が集められてたり、
統計を取るフォーマットが統一されていなかったりで
信頼できる統計とは言えなかった。

そこでJICAの専門家も協力して新たな情報収集のツールが作られた。


それをケニア中に展開するためにまずは州ごとに
県の保健局長、エイズ対策担当長、保健情報担当長を
集めてツールの使い方を説明するのが今回の目的である。

一言にエイズと言ってもかなり幅広い分野が関係してくる。

VCT(Voluntary Counselling and Testing)
PMTCT(Prevention Mother To Child Transmission)
ART(Anti Retroviral Treatment)
DTC(Diagnostic Test and Counselling)
STD(Sexual Transmit Disease)
Blood Safty

の6エリア全てでエイズに関わる情報を収集するという。

それぞれに新たなレジストリーブックを発行し、
どのようなデータを記入して、どのように集計するか。
どのタイミングで誰がどこにサマリーを提出するか。

そんなことを5日間かけてみっちりと勉強した。

今までの俺なら

"ふ~ん。こんな記録をとるんだね。"

で終わっていただろうけれど、いくつか現場を回った経験と
今回のワークショップに参加したことで考え方は変わった。

"こりゃ、大変だよ。。"


実際の現場では例えばPMTCTと一言で言っても実際は
出産前(Antenatal)、出産(Matanity)、出産後(Postnatal)では
全然違う診察がなされている。

だから、それぞれでそれぞれのレジストリーがあるわけで
それぞれに集計していかなければならない。

小さい病院では保健記録係などいないから看護婦か医師が
記録をとらなければならない。

全て手書きによる記録だから集計と言っても本当に大変。

集計がきちんとできたとしてもその書類を回収するのがまた大変。
公共機関の移動手段が無い病院もあるし、
車が通れないところにある病院もある。


コンピュータ化されれば本当に楽になることだろうけど
数千とある病院全てにコンピュータを配置するのは不可能。
トレーニングも必要だろうし、
電気も無いところだってあるし、
メンテナンスできる人なんていないしね。

そんな状況の中でも、やらなければならない。


エイズという問題は深い。
社会的弱者を狙う病気だから。

だけど逆にエイズという病気と闘うことは
単に病気だけでなく社会的な弱さを克服する闘いでもあるんだ。

もし、ケニアがエイズという病気を克服できたなら、
ケニアが得られるものは本当に大きなものになることだろう。

俺ができることなんて本当に少ないけれど
何とか少しでもお手伝いができたら嬉しいと思う。

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2007-04-25

今日の言葉(ジンバブウェ)

"If you sing the song of misery, you are finished."

Zimbabwean proverb



歌うなら楽しい歌がいいよね。
でも、たまには惨めな歌も聞きたいけどね。

この言葉はちょっと笑えたな。
ジンバブウェのムビラ聞いてみたい!!


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2007-04-23

ハートにシュート "スポーツの可能性"編










しつこいようだが、サッカーのことをもう少し。

マチャコス男子更生院で活動する隊員の同僚の先生はとてもいい人だった。
日本人がたくさん来て子供たちとサッカーをしてくれると聞いて本当に喜んでいた。


"きてくれてありがとう!子供たちが本当に喜ぶよ!"

彼の表情を見ていればその気持ちが嘘ではないのはすぐに分かる。


1試合目が終わり、俺たちは疲れ果てていた。

そして誰もが "タバコ吸いて~" と思っていたときに
その先生が更生院を案内してくれた。

正直、ちょっとめんどくさかった。

それに俺たちはあるポリシーを持っていた。

"あくまでサッカーでの交流"


とにかく"良い事"が好きな協力隊。

"サッカーはできないけれど、俺/私は子供たちにこれをしてあげたい!"

って言い出す隊員が出てくるだろう。

それは悪いことではないけれど、俺たちはあくまでサッカーを通じた
コミュニケーションをしよう!

スポーツの素晴らしさに本当の意味で気づいてもらいたいから。


だけど、その先生の

"子供たちとお話をしてあげてください。
彼らは人に話を聞いてもらえるだけで嬉しいんです。
自分が同じ人間なんだと思えるからです。"

という提案に異論のある者はいなかった。

日本人一人ずつに数名の子供たちが集まって自由に話し合った。

俺は6人の子供たちと話し合った。
協力隊という肩書きはできるだけ捨てたかったのでくだらない話を選んだ。

女の子の話とか、嫌いな勉強の科目とか、施設抜け出したら何がしたいとか。。

1時間ほどの話では完全に打ち解けられなかったのかもしれないけど
彼らの美しいココロには本当にマイッタ。。

彼らはみな犯罪を犯した者や孤児、ストリートチルドレンだ。
みな俺なんかにはとうてい耐え切れないほどの辛い過去を持っているはず。
だけど、彼らは本当に純粋だった。

子供は社会を映す鏡だと思う。

だからこそ俺たち大人が子供の見本にならなきゃならないんだって
改めて強く思った。


"みんな日曜日は教会に行って何を祈るんだい?"

"みんなが平和に生きていけますようにって祈るんだよ。"

"嘘つくんじゃないよ。俺だったら金が欲しいって祈るね。"

"確かにそういう時もあるけど、平和の方が大事だと思うんだよ。"

"例えば何を祈るんだい?"

"ソマリアの平和や友達が高校に行けますようにとか。"


そんな話し合いを終えてもう一試合。

子供たちと打ち解けた後のサッカーは格段に楽しかった。

やっぱりスポーツはいい。

大人も子供も経験者も初心者も日本人もケニア人も犯罪者もストチルも
一つのボールを真剣に追いかけて仲間を助け、時に叱り、共に悔しみ、喜ぶ。

今後も続けていこうと思う。



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2007-04-22

ハートにシュート "これだったんだ"編




試合の翌朝。全身が筋肉痛。
隊員のドミトリーはみな腰を押さえながら

 "はぁ~" "よっこらせっ"

と言う声があちこちから聞こえてまるで老人ホーム状態だ。


しかし、負けてしまったとはいえこの心地良い疲れは何だろう。。


ここ数日コンピュータの分科会も含めて配属先以外の活動について想いを巡らしていた。
自分の配属先にとってメリットのある活動をあれこれ考えていたけれど
どうもシックリ来ない。

配属先とは関係ない活動をやるか!と思って学校の子供たちとかに
"コンピュータをデモしたり体験させたりするか!"
なんて考えたけどやっぱりシックリ来ない。

そう。俺はコンピュータが好きじゃない。
それで日本の会社を辞めたんだしね。

それに協力隊なんだから

"何かすごいことをケニア人に見せてやろう!"
"何かケニア人に対して良い事をしよう!"

っていう意識が自分の中にあることに気づいて何となく嫌気がしていた。


そんな時に誘われたサッカーの試合。


"これだよ!これ!" って思った。




ケニア人とか、日本人とか、ボランティアとか技術移転とか関係ないことがしたかった。
"教えてあげます。見せてあげます。"

俺が求めているのはそんなんじゃない。
きっとケニア人が求めてるのもそんなんじゃない。

そんなことに自分の活動を犠牲にするのはやっぱり違うんだって改めて思った。



真剣にそして楽しく子供たちとサッカーをする。
その想いは子供たちにも伝わっていた。

隊員もそれぞれに感じるものがあって元気良く任地に帰って行った。

この写真を見たらそれが嘘じゃないって分かるでしょ?






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2007-04-21

ハートにシュート "裸足の理由"編




眠い。。

頭が割れるように痛い。。

そんな状態でマチャコス男子更生院に向かう。

ナイロビからマタトゥで1時間30分。
そこからトゥクトゥクで10分ほどで到着。

グランドはかなりの傾斜があり、芝と言うよりサバンナ状態。
ゴールは木の柱が立っているだけ。
子供たちはみな裸足。

予想はしていたのであまり気にはしなかった。


ここでケニアのサッカー事情を簡単に説明しておく。

サッカーはやはりケニアでも一番の人気スポーツで、
空き地と言う空き地で老若男女がサッカーをしているのを良く見る。

ケニアのサッカーのレベルはとても低い。

とにかくみんなボールを持ったらロングキック。

そのボールをとにかく追いかけるだけ。

高校生や地元のクラブチームの試合を見ていてもあまりのレベルの低さに
俺は"日本の小学生の方がうまいなぁ。。"と思っていた。


だから、いくら体力の無い協力隊チームでも負けることは無いと思ってた。
しかも俺はベッカム仕様のスパイクを購入したしね(約1500円)。
裸足のガキどもに負けるはずは無いと思ってた。
(小学校・中学校とサッカーやってたしね)




【試合結果】
第一試合

JOCV 3 - 6 MACHAKOS


第二試合

JOCV 3 - 4 MACHAKOS


完敗でした。


まず、体力の無さは想像以上だった。
標高の高さもあるけど全く走れない。
加えて前日の酒。

ハーフタイムでゲロ吐いているチームメイトを見ながら

"こりゃ勝てねぇなぁ・・・" と思わざるを得なかった。


しかし、それ以上に思ったのは彼らは決してヘタではないということ。

あのグラウンド状況ではドリブルは不可能。
細かいパスも繋げない。
結果としてロングパスが効果的なことに気づいた。

スパイクなんかより裸足の方がボールを蹴れる。

彼らは彼らの状況の中でベストを知っているんだ・・・。

これってサッカーに限ったことではないと思う。
そこに住んでるものにしか理解できない彼らのベストがあるんだと思う。

とにかく、次は必ず勝つぞ!!

負けるのは悔しいーーー



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2007-04-20

ハートにシュート "前日の夜"編

ケニアの隊員では更生院で青少年に体育などを教えている隊員が数名いる。
彼らはみなサッカーが好きで、子供たちにサッカーを教えていたりする。

更生院の子供たちは8歳から18歳くらい。

犯罪を犯して収容された子供たちの他にエイズ孤児、ストリートチルドレンなどが
収容されていて日本の更生院とはちょっと意味あいが違う。

心に深い傷を持った子供たちも多く、落ち着きの無い子供や集団行動がとれない
子供たちも多い。

"そんな彼らと一緒にサッカーをしようじゃないか!"

ということでケニア隊員の間で作られたサッカーチームの第一戦が
マチャコス男子更生院で開催された。


金曜日の夕方からナイロビに集合し真剣にサッカーの戦術を確認しあう。

"やるからには勝つ!"

何よりも大事なのはスポーツの素晴らしさを彼らに伝えることだ。

真剣に勝利を狙うこと。
チームメイトとのチームワーク。

そんな姿勢を子供たちに見せて何かを感じ取ってもらいたい。

そんな熱い俺たちのミーティングは酒も入り気がつくと朝5時。。

あぁ、二日酔い、睡眠不足・・・

大丈夫なのか??

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2007-04-18

毒殺

ケニアの呪いについては今までも何度か書いてきた。

実際の魔力も俺はあると信じているが、やはり毒を用いた呪いも多い。

人に恨みを買われると毒を盛られて殺されるのだ。


実際にケニアにはまだまだ解明されていないであろう薬草がたくさんある。

ビールやソーダのビンは必ず飲む人の前で開封される。

決して人と同じグラスを使うことをしない。


ケニアの隊員で同僚とうまく行っておらず毒殺の噂が流れ任地変更を
迫られている人もいる。


俺がケルーニョ追放を考えていることを話すとみな

"毒殺されるかもよ" って真剣にアドバイスしてくれる。



だけど俺はケルーニョを追い出すのが狙いじゃないんだ。
彼のやる気を高めたいだけ。

結果として彼が左遷されたとしても彼が俺を毒殺したいと思うような
やり方はしないつもり。

どうやって?

うまく説明できないけれど、こういうの結構得意なんです。
ケニア人に通用するかわかんないけど、要は誠意だと思うんだ。

誠意でケニアの毒が解毒されるかお楽しみに~


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2007-04-15

ようやく雨が降ったので

今年も異常気象のようで雨季のはずなのになかなか雨が降らない。
本当ならイースター休みに俺の家の畑を耕す予定だったんだけど
全く雨が降らないので酒飲んでた。

で、今週からようやく雨が降り始めたので畑を耕しました。

去年は大家さんがやってくれたんだけど今年は大家もいないので
自分でやってみることに。


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10m×5mとたいした大きさではないのだけど、
雑草が生い茂って石ばかりの畑を一人で耕すのは並大抵じゃない。

コンピューターしかいじってない俺の手はあっという間にマメが潰れて血だらけ。

土より石の方が多いんじゃないの?っていいたくなるような畑。

腰は痛むし、日差しも強い。

第一、ケニアでは野菜は5円とか10円で山ほど買える。
水も十分にあるわけじゃないし、草むしりできる時間も限られてる。
つまりそんなに良い野菜が育つわけじゃない。

買った方が安くて美味い。

じゃあ、なんで畑をやるのか?

"面白いんだよね"

雨が降るのが嬉しくなる。

太陽が愛しくなる。

食事が楽しみになる。

日本でもやれるならやりたいけど時間も土地もない。

だったらここでやるっきゃないでしょ?

去年の経験を活かして今年はおいしい野菜を作ろうっと!



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2007-04-14

のるかそるか

今日はワイナイナと週末デート。

毎日職場で顔合わせてるのに週末まで会う必要はないでしょ?
なんて思うんだけど俺もワイナイナもやることないようでタウンで酒を飲む。

でも、本当は俺には狙いがあった。

オフィスでは聞けないことを彼に聞きたかったんだ。

それはケルーニョのこと。


俺の直属のカウンターパートである彼はほとんど職場に顔を出さない。

サイドビジネスに精を出しているか、酒を飲んでいるのだ。

俺が来たときから彼はそういう態度だったけれど、俺が何を言っても
"俺は外回りして働いているんだ。"って言われて終わりだった。

ボスに告げ口すれば彼に何らかの処置が行われるだろうことはわかっていたけれど
外国人である俺がそれをすることにためらいがあった。

彼にも家族がいるし生活がある。
働かないのは彼だけじゃない。

2年しかケニアにいない俺が彼の人生を狂わせていいものか?

そんな風に考えていた。

でも、今もって考えると俺の活動がなかなか進まない最大の理由は彼だ。
そして、彼に対して不満を抱いている人は俺だけではない。

そんな想いをワイナイナに相談してみた。

"あいつは、最悪だ"

ワイナイナによると彼のせいで我々の州の保健情報のクオリティは
ケニアで最低だという。

県の保健情報担当者もケルーニョに対する不満は爆発寸前だと言う。

そこで俺も最後の切り札をワイナイナに出した。

"俺の後任は来ない。来るとしてもRiftvalleyじゃなくてNyanzaに来るだろう。
Nyanzaの保健情報担当者はとても優秀らしいからね。"


ワイナイナはそれを聞いて興奮しながらこう言った。

"コージ。こうなったらミソレ(ボス)に言いつけるしかない。
これ以上あいつに任せてたらダメだ。
やってくれるな?コージ。"


え?俺?

なんて思ったけど、そのうち帰る外国人である俺にしかできないことってあるよね。

いっちょ、やってみようかな!?



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2007-04-13

ケニア流の酒の飲み方



ケニアで仲間同士で酒を飲むときはたいてい順番に
酒を奢り合うのがルール。

3人で飲んでたらまず3本の酒をオーダーし、それがなくなると
次の人がまた3本オーダーする。

誰かが飲み終わると自動的に追加でオーダーされるので
ペースが遅れると自分のテーブルに未開封の酒がたまって行く。

帰るタイミングは自分の番が来たときに

"これで最後にしようか?"

と、それとなく切り出すのがスマートなやり方。


だけど、相手が金持ちだったりすると順番は関係なくてその人が
全部おごってくれることになる。

そうなると、帰るタイミングを切り出すことが難しい。

次々に酒がやってきて、どんどんテーブルにビールがたまって行く。
そんな状況で"じゃあ、帰るね"とは言えない。

言ったとしても

"それ、全部飲んでから帰りなよ。"

って優しく言ってくれる。。

それでがんばって全部飲んだら、やっぱりもう一本追加される。

こんな感じでいつまでたっても帰れなくなるのだ。。


昨日は5時から飲み始めて12時過ぎまで帰れなかった。。

治安さえ良ければ最高な文化なんだけどねぇぇ。。。




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2007-04-11

skypeで大はしゃぎ

職場にドネーションで常時接続高速インターネットがやってきて数ヶ月。
みなインターネットでメールを見たり、ニュースを読んだり。

でも、思ったより利用状況は高くない。

そんなにメールがくるわけじゃないし、メール出す相手がそんなにいないから。
ネットで読めるケニアのニュースは少ないから。

おじさん、おばさんばかりのこの職場ではやはりインターネットより
リアルなおしゃべりの方が魅力的な様子。


ネットより仲間とおしゃべりしてる方が楽しい。
昼飯を食べる金はなくても高い携帯電話を使っておしゃべりする。


そんなある日ナイロビからやってきた人がSkypeをインストールしていった。

目的はナイロビとビデオ会議をするため。

無料で電話ができると聞いて彼らは大興奮。
テスト通話でも子供のようにはしゃいでた。

めちゃくちゃデカイ声で

"もしもし?""もしもし?""もしもし?""もしもし?""もしもし?""もしもし?"

とずっと繰り返してる。
何となくほほえましい光景。


でも、次の日には彼らは気づいてしまった。

"電話をかける人がいない。。"

ケニアでSkype使えるネット環境なんてほとんどないからね。

結局、その日以来Skypeは使われていない。。





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2007-04-09

イースターホリデイ

ケニアは休日が少ない。
連休はクリスマスとイースターだけ。

で、そのイースター休みがやってきた。
役所勤めの俺にとってはかなり貴重な4連休。

でも、どこにも行く気がしなくて任地でのんびりしようと思った。

気がつくと近所の専門家の人と昼から毎日飲み明かしてた。

"さすがに体に良くないでしょ?"ってことになって、
山賊が出るって言われてる近くの山へピクニックに行った。


実際はすごく美しいところで巨大なクレーターとフラミンゴに染まる湖を
見ながら汗でアルコールを吹き飛ばした。

結局すごく気に入って次の日も行ってしまった。

日曜の夜は近所のケニア人の友達の家で酒飲んで大騒ぎした。
デイダンと"結局女ってのはよぉ・・"って話しながら酒飲んで
ケニアも日本も恋愛に関しては大体おんなじだって通じ合った。
それからデイダンがどっかで手に入れた日本のエロビデオを見ながらみんなで大爆笑。

最後の日は5時間の散歩を終えてから家の庭の草むしりした。
死ぬほど蚊に刺されながら、もはや雑草とは呼べないほど巨大な草たちを刈り取った。


そんなこんなで4日間という休みは終わった。
使った金額ゼロ。(奢ってもらってばかりいた)

何だかよくわからない過ごし方だったけど、悪くなかった。
旅行もいいけど、こんなのもいいな。


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2007-04-06

将来のことを考えている


"あんな世界を作りたいんだ"


俺にそれができるの?

俺に足りないのは何?

俺にできるのは何?

今俺がすべきことは何?


そんなことを考えてる。



人生とは "何をするのか"

ではなくて "どう生きるか" 

なのであれば俺はおそらくその世界のために死ぬまで
もがき続けることになるんだと思う。

苦しい生き方かもしれない。
もっと簡単な生き方、自分の身の丈に合った生き方があるとは思う。

かつて俺はそんな生き方を選んだ。

"自分の生きたいように生きるなんて自分勝手なだけだ"
"世の中は夢語ってるほど甘くはないんだ"


そんな風に自分を追いこんで、
作られた社会のなかで必死に働いて
自分の本当の心を閉じ込めて生きてきた。

でも俺は知ってたんだ。

"自分に嘘をついて生きていくことはできやしない"って。

運命とかいう言葉は使いたくはないけれど、
ガキのころから知ってたんだ。

自分がどう生きていくかってことを。

だけど自信がなかった。
だから自分を見ようとしなかった。

でも、恥ずかしいくらいに、痛いくらいに、自分の心をさぐっているうちに
自信なんてあんまり関係ないってことがわかってきた。

自分の心が見えてればそれに従うしかないんだ。

必要なのは自分の心を見ようとする勇気。
そして、それに負けないだけの強さ。

そこから自信は生まれるのかな。


正直言ってメチャメチャ怖いよ。
今でも逃げ出したいくらいさ。
だけど、楽しみなんだ。ワクワクするんだ。

そんな気持ちわかるでしょ?



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2007-04-02

Uongo ni spice(嘘はスパイス)




エイプリルフールで嘘をついた。

そしたら

笑ってくれた人がいた。

心配してくれた人がいた。

怒ってくれた人がいた。

叱ってくれた人がいた。


嘘は良くない。
それは間違いない。

でも、ケニア人はよくこんなことを言う。

"嘘はスパイス"

嘘をうまく使うことで物事が、人生が素晴らしいものにもなる。


ユーモアを笑う心は心を豊かにする。

人を心配する思いやりは心を優しくする。

悪いことに怒ることは心を清くする。

友を叱ることは心を強くする。


でも、スパイスの使いすぎは良くないよね。
もう嘘はつかないっす。


みんな愛してるよ~。
ごめんね~。


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2007-04-01

きょうはなんの日?

普段、正直に生きてる俺だもん。
この日くらいはいいでしょ?
今日は4月1日。

そう、えいぷりるふーる。

誰が決めたのか知らんけど、俺はこういうの大好き。

嘘をつくことで誰かがハッピーになれることがあるのなら
俺は本気で嘘をつくさ。

ということで、しばらくケニアで踏ん張ります。
へへへ~。




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2007-03-31

Nilikwa na wageni kutoka Zanbia!

ケニアでの研修に参加するためにザンビアから理数科教師の協力隊員が3名やってきた。
内2名は同期で、久しぶりの再開を果たすためにナイロビに行ってきた。

内陸国のザンビアから来た彼らはナイロビの日本料理屋の刺身と寿司に大興奮。
ちなみに俺も滅多にナイロビで寿司なんて食べないので大興奮。

そのあとはナイロビのクラブへ出かけてトーク・トーク&ダンス・ダンス。


訓練中の思い出話から、任国での活動など。
たわいもないことから、真剣な話まで。

すっげー辛かった経験も酒飲んで、踊ってしまえばあっという間に笑い話さ。

やっぱり仲間はいいですね。
そしてやっぱり都会はいいですね。

あぁ、ケニアにみんな遊びに来られればいいのになぁ。。





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2007-03-30

今日の言葉(タンザニア)


"Respect little things"
Tnazanian proverb

いかにも途上国って感じのところで、
いかにも協力隊って感じの活動をしている。

そんな隊員は取材を受けることも多い。
なかには、マスコミに大々的に取り上げられるような人もいる。

そんな隊員の活動を見て協力隊に憧れる人がたくさんいる。

俺はそんなことを狙ってたわけじゃないけど、そんなことをするんだと思ってた。


俺の人生はいつもそうだった。
いつも何かをしようと思ったときに物事がうまい方向に進んでいった。

俺は幸運の星の下に生まれたんだと思ってたようなところがあった。


で、今の俺。

"・・・"

"なんてちっぽけなんだろう。。"

"こんなことしか俺にはできないんだろうか。。"

取材なんか絶対来ないだろうし、
俺の活動を見て協力隊になりたいって思う人なんていないだろう。

なんて考えたりして、
しばらくは自分を情けなく思ったり、
相手が求めていない活動に手を伸ばそうとしたときもあった。

きっと、俺がいなくたって彼らは困らないし、
俺がいなくなったらきっとすぐに俺のことを忘れてしまうだろう。

まったく俺のことに興味を示さないし、期待もしてない。
やることなすこと全てがうまく行かない。

そんななかで、できることを辛抱強くやってきた。
ちっぽけだなぁって今でも思う。


でも、最近はそんなちっぽけなことに俺はプライドをもてるようになってきたんだ。

ちっぽけながらも、作り上げた俺の地位と仕事。
ちっぽけながらも、ちょっとずつ変わりだした彼らの態度。

そんなものがどれほどケニアのためになるのか、彼らのためになるか?
それは自信はない。

でも、今は負け惜しみでなくてこう思える。

この配属先でよかったな。。

自分の弱さを知れたから。
人の痛みを知れたから。
今までの俺の人生は気づかないところでいろんな人が支えてくれてたってことに気づけたから。


ちっぽけなことからでっかいことを学ぶことができる。
ちっぽけなことがでっかいことに繋がる。


これからの自分がちょっとだけ楽しみになってきた。



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2007-03-28

ブンカカイはエエンカイ その2

分科会のことをいろいろ書いたけど、一つ理想とする形態を知ってました。

それはケニアの"エイズ対策プロジェクト"。


JICAには専門家というボランティアではなく給与とプロジェクト予算を与えられた
特別な専門性を持った人が数多く派遣されている。

また、ボランティアを調整する仕事としてフィールドコーディネーター(FC)
という人もいる。

このプロジェクトでは
エイズの国家機関に専門家を配置し、
州機関にFCを配置し、
県機関に隊員を配置している。

(ちなみに俺もそのメンバーの一人)

JICAの予算を国のトップからボトムまで効果的に使うことができるし、
それぞれが自分の立場を理解して活動することができる。

そして、各レベルでの情報を共有すると言う目的で数カ月おきに集まっている。

これなら自分の活動にもメリットがあるし、何日も配属先を留守にする必要はない。

でも、それを隊員だけでやることなんかできないよね。
これにしたって、文句を言っている人少なくないし。。

俺の場合はこのプロジェクトからちょっとはみ出てて活動の幅が広がるような
情報はほとんどないしね。


現実として今、自分が考えていることは

"同じ任地の隊員で任地の住民のために自分たちができることをやる"

ってことです。

同じ任地(もしくはご近所)の隊員は全然職種も活動内容も違う人ばかりだけど
街の住民にお世話になっているのは共通している。

なんか恩返しできるような活動ができないか、近いうちにみんなに相談してみよーっと。




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2007-03-27

ブンカカイはエエンカイ?

ケニアのコンピュータ技術隊員の間で分科会が作られようとしている。
それは広域研修の前後あたりから話には出ていた。

俺は今のところ参加を見送っている。

理由はナイロビに行くのが大変だから。
平日に配属先を休んで行くほどの理由が見つからないから。


"分科会活動(ブンカカイ・カツドウ)"

主に隊員が持っている技術を集結して自分ひとりではできない
活動をやろうって会の活動。

俺はこういうの嫌いではない。




会社員時代も勉強会とかよく開いてた。
それにみんなで何かするってやっぱ楽しいじゃん。


でも、協力隊の場合は "任国の人と共に" ってのが重くのしかかって
隊員だけの活動に対して毛嫌いする人もいたりする。

俺は日本人だけでやる活動が悪いことばかりだとも思ってない。
日本人(外国人)にしかできないことってやっぱあると思う。

だけど、以前書いたように最初の1年はこうした活動はすべきじゃないと
思ってるから今までは"見ざる、聞かざる"で通してきた。

だけど、もう俺も1年経ってるわけだし、分科会ってのをやってもいいかとは思ってる。


でも、それをやるのって簡単なことじゃない。
地方の隊員と連絡取ることだけでも難しいしね。

でも、それ以上に難しいのは
"なんでそれをやるの?"っていうconsensusを取ることだと思う。

隊員はそれぞれにそれぞれの活動を持っているわけだし、
それぞれにメリットがなければ続かないだろう。

任地での活動のウップンを晴らすかのようにド派手な活動になってしまったり、
仲間といろんなところ行けて楽しい!で終わってしまったり。

配属先の同僚を巻き込んでいければいいのだけれど、
交通費や日当なんかの問題で挫折してしまう。

そういうことに知恵や時間を費やしている時間があったらやっぱり
配属先で時間を費やしたい。

配属先での活動と分科会の活動の両立はやっぱり難しい。

仕事なんてそれほどあるわけじゃないけれど、
途上国では何が起きるか予想もつかないから、
常に職場で人の行動に目を光らせていないとならない。

それで自分の活動が大きく進んだり、全てがダメになったりするから。
それを考えるとやっぱりそんなに職場を留守にはできない。

そんなこんなで分科会はあまりうまくは行かないもの。

じゃぁ、やらなきゃいいじゃん。
ってことになるけれど、それもつまんないよなぁ。

それぞれが持ってる技術を持ち寄って自分ひとりでは到底できないような
"きっかけ"を途上国の人たちに与えられるのなら素晴らしいよね。

職場を留守にした分、職場に還元できるような活動になればいいけれど
それを作り上げるには相当の犠牲を払わないとならないもの。

う~ん。
やっぱり難しいなぁ。
他の国の分科会の活動ってどうなんだろう?

そんな難しいこと考えてないのかな?
それとも俺の思いもよらないステキなやり方が存在するのだろうか?




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2007-03-24

分析するまでもない夢

標高の高いところでは睡眠が浅くなるらしい。
俺のマットレスはケニア人も"要らない"って言うくらいベッコベッコで眠りにくい。
酒の力を借りないと寝付けないことも多いから眠りはさらに浅くなる。

だから、いろんな夢を見る。
それも自分の精神状況をわかりやすいほどに映し出すような夢を。。

こないだ見た夢はこんなかんじだった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ラグビーの大事な試合がある。
負けたら引退。

集合時間に遅れそうな俺は急いでいた。

そんなときに俺は道でばったりケニア人と出会って話し込んでしまう。

そのうちに俺は試合のことをすっかり忘れてしまってケニア人と
散歩に出かけてしまうのだ。

そして試合のことを思い出した。
時計を見るともう試合終了の時間。

あわてて会場に向かった。

チームのメンバーは俺と目を合わそうともしない。

俺は正直に"ケニア人と遊んでた"って謝ろうと決めていたんだけど

俺の口から出た言葉は

"いやー、困ってるケニア人がいたんで助けてたんだよ~。ごめんごめん。"


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

俺はいろんなものを犠牲にしてケニアにやって来た。
その覚悟もあったし、なんかをやってやるってみんなに言いきってやってきた。

そんな彼らに嘘をつくようなことはしたくない。

でも、俺は彼らに胸を張って言えるようなことをしているだろうか?
いつか俺はケニアでの時間を美化してしまうんじゃないか?

そんな焦りのようなものを感じてたんだろう。

今は多少無理したっていいと思ってる。
ケニアのため。自分のため。みんなのために胸を張れなくても
嘘をつかないですむ程度のことはやってやろうと思う。




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2007-03-20

フォトグラファー その3

以前いっしょに食事してゲームサファリをした写真家が他の隊員と
トラブルを起こしていたことを知った。

http://tef-tef.blogspot.com/2007/01/blog-post_27.html
http://tef-tef.blogspot.com/2007/01/blog-post_28.html

その写真家はエイズ対策隊員の活動をサラーと見てこう言ったらしい。

「瀕死のエイズ患者の写真が撮りたいんだけど・・・」

その発言に隊員は怒りを抑えられなかったという。


自分の活動は末期のエイズ患者のケアではないし、
エイズと言う病気をろくに知らない人が突然やってきて
エイズで苦しんでいる写真を撮って日本で公表するという。

エイズは確かに怖い。
でも、知識と行動によって防げる病気なんだ。
だからこそ、隊員が必死になってエイズの拡大を防ごうとしている。

瀕死の患者の写真を見て無知な人は
「エイズってコワーイ!」、「アフリカってかわいそう。。」
なんて思うかもしれない。

エイズは日本にもあるし、ネガティブなイメージを抱くことは
結果としてエイズ予防にはマイナスになる。
それはアフリカではもはや常識。

アフリカではエイズ患者は希望を持って生きようと多くの人と
(本当に多くの人と)ともにいろいろな活動をしている。

そんな姿を見てもらいたかった彼女はその写真家に対して
怒りを感じると共に日本のエイズに対する知識の低さを嘆いていた。



写真ってなんだろう。

写真に写るものに嘘はない。
でも、真実であるかどうかは判断つかない。

写真家は写真で表現するわけだし、
瀕死のエイズ患者で表現することは彼女の自由であるかもしれない。

希望を持って生きているエイズ患者も嘘じゃないし、
瀕死のエイズ患者も嘘じゃない。

写真は撮る者の自由だし、どう解釈するかは観る者の自由。
真実は一つだけじゃないかもしれない。

"撮られる者の表現"と"撮る者の表現"、
そして"観る者の解釈"が一致する写真なんてあるのかな?

とにかく、せっかくがんばってる隊員のところに一流の写真家が
訪れたんだから十分に話し合って納得できる写真を撮ってもらいたかったな。

写真家も今回の取材にエイズが含まれているんだから多少は勉強してきてほしかったな。
感性だけで撮った写真に付き合わされるなんてまっぴらごめんですから。






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2007-03-19

アフリカナイズド

俺がアフリカに来て最もイライラするのは
日本人が日本人の良いところを失い、
アフリカの悪いところばかりを吸収しているのを見ること。

それでアフリカの悪口なんか言われたら俺はそいつとは口もききたくない。

日本人なのに平気で時間に遅れたり、
約束を守らなかったり、
計画も持たずに仕事をしたり。

現地に溶け込むことはとても大切だけど自分が日本人であるという
意識は忘れちゃダメだと俺は思ってる。



で、何が言いたいかというとセルゴンのこと。

彼はちょっと前まで同じオフィスで働いていたんだけどナイロビに転勤になった。
今回トレーニングでナイロビに来ていたので彼に会いに行った。

彼はEpidemiology(疫病学)の修士号を持ち、まだ若いのだがその働きが
認められて異例の昇進をとげて保健省でかなりのポストを与えられた。

彼はもちろんケニア人でケニア生まれのケニア育ち。
でも、時間を守る。約束も守る。計画どおりに仕事をこなす。
論理的に物事を進めていく。

でも、やっぱりケニア人だから挨拶は大事にするし、
家族や友人をとても大切にする。
人に対してとてもやさしいし、誰かを正面きって批判することもない。

そんな彼は俺の悩みについても親身にそして適切にアドバイスしてくれる。

"ケルーニョが酒ばっか飲んで仕事に来ないんだよ。
でも俺が注意するのってどうなんだろう?"

"酒を飲んで仕事に来ないことがいいことか?
誰かが言ってあげないと職場のためにも彼のためにもならないだろ。"


"CDCがくれたサーバーなんだけどパスワード知らないから置いたままだよ。
別に必要ないし、CDCの私欲だから俺はどうでもいいや。"

"確かにそうかもしれないけど、誰かのお金が使われているんだよ。
そのお金を最大限に利用することが俺たちの仕事じゃないのかい?
コージにしかできないならお前がやらないでどうするんだ?"


いろんな人のいろんな良い所を吸収していければステキだよね。
だからステキな人ともっと出会いたいし、
自分がもっとステキな人になって誰かが俺から何かを学んでくれたら
すごく嬉しいと思う。




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2007-03-17

"がんばれ"って意味

いつの頃からか"がんばれ"っていう言葉がネガティブな意味を持つようになってしまった。

それは、"がんばれ"って言われることでその人が
"もっとがんばらないと・・・"と思って無理をしてしまうから。

それはわかる。
会社員時代に多忙とプレッシャーにより鬱病にかかる人を何人も見てきた。


でも、俺は"がんばれ"って言葉が好きだ。


好きな人にはやっぱりがんばってもらいたいからね。
大切な友達にはやっぱり"がんばれ"って言うよ。

それで相手が

"自分のことをわかってくれない"

なんて考えてしまうかもしれないけど
やっぱり他人のことはわかりあえっこないんだから
俺は"がんばれ"って言うよ。

その"がんばれ"ってのに含まれた意味を感じてくれる相手ならね。


"俺はあんたに輝いていてほしいんだ!"

"俺はあんたのやり方でがんばってほしいんだ!"

"だけど、俺はあんたが出来る限りを尽くしたうえで諦めるんならどんな結果でも受け入れるさ!"


そんな思いがこもった"がんばれ"って言葉。
好きな人にだから使いたい。

そして自分もがんばって生きていたい。


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2007-03-16

データマネージメント トレーニング

ケニアのエイズ対策はだいぶ進んできてて
ARTと呼ばれる免疫力を維持する薬も無料で配布されている。

(ART:病気を治すことはできないけど進行を抑える薬。
感染者はこの薬を一生飲み続けることでエイズの発症を抑えることができる。)


この薬は一生飲み続けなければならないから薬が途絶えることはあってはならない。
いかに効率的に薬を感染者に配布するか?
といったロジスティックなレベルの対策が今ケニアでは重要視されている。


それにはいかに正確に迅速に状況を把握することが必要。

どんなデータが必要で、
どうやって集計して、
どうやって分析して、
どうやってデータを利用するか?

そんなことを目的としたトレーニングに参加した。

Epi-Infoと呼ばれる無料で配布されている疫学用の統計ソフトウェアを使用した
高度な分析技術を学んだ。




確かに便利だけど、どうやって同僚たちに伝えていけばいいのだろう?

データベースを使用したこのソフト。
エクセルと違ってデータそのものを視覚的に操れないぶん、きちんと利用方法を
身につけないとデータの分析はおろかデータの蓄積もできなくなる可能性がある。

難しい課題だけど、やる価値はあるかな。

がんばってみます。



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2007-03-10

人間というもの

よく聞く言葉。

"途上国の人は怠け者"

確かにそうだ。
ろくに働きもせずに不満ばかり言ってる人が多い。


でも、もう少し広い視野でものを見てみる。


仕事をしても金なんかたまらない。
仕事をしなくても何とか食える。

やりがいのない仕事。
人に感謝されない仕事。

どれだけ頑張ったって先進国にはなれない世の中の仕組み。
先進国が今の富を手に入れるために自分たちから搾取してきた事実。

そんななかでどれだけの人が生きがいを持ちながら働けるだろう?

俺がケニアで生まれてケニアで育ってたらきっと今のようには働けない。
きっと昼から酒飲んでふらふらしてるんだと思う。

どれほどの人間が”自分は怠け者ではない”と言い切れるだろうか?

人間はそんなに強くない。

人を動かしたいと思うなら人間というものをもっと知る必要があると思う。



よく聞く言葉。

"途上国の汚職はひどい"


確かにそう見える。
ケニアでは何兆円というお金が個人の懐に消えている。
国中に貧しい人がいて、われわれやケニア人の税金が個人の肥やしになっている。


でも、もう少し広い視野でものを見てみる。

日本に不正はないのか?

書類を一つ書き換えるだけで欲しい物が手に入る。
真面目に働いていては絶対に手に入らないお金が手に入る。

それで逮捕されるような制度もない。
それをチェックするシステムがないから。
だから多かれ少なかれみんなやってる。

確かに人々は貧しい。
でも、先進国はみんな金持ちじゃないか!
どうして俺が金持ちになっちゃいけないんだ?

そんななかでどれだけの人が目の前の大金に手をつけないで入れるだろう?

俺がケニアで生まれてケニアで育ってたらきっと不正をしてただろう。
それが悪いことだと言うことにすら気づかずに。

人間はそんなに強くない。

世の中を良くしたいと思うなら人間というものをもっと知る必要がある。






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2007-03-09

アフリカの国々



キーゲン君と話すと必ずこの話題になる

「コージ。ケニアはダメな国だよ。」

「でも、お前の国だろ?もっとプライドを持ちなよ。」

「プライド?どうやったらこんな国にプライドをもてるんだい?
みんなケニア人に生まれたことを後悔してるんだぜ。」


全員がキーゲン君のようなことを言うわけじゃないけど、
少数の意見ではないと思う。

これじゃぁ、だめだ。。



なんて思うけど、アフリカってものを考えるとキーゲン君が言うことも
簡単には否定はできない。


サハラ砂漠によって遮断された大陸。
そして獰猛な巨大野生動物に支配された大陸。

農業したって収穫前にきっと全て象に食べられちゃうさ。
おっきい家を建てようったって工事してる間にライオンに食べられちゃうさ。


国家というものは富の集約と配分のシステムだと思う。
それにはまず誰かが富を得なければならない。

それによって食料調達という労働から解放された集団が生まれ、
彼らが国家というシステムを作り出し、科学や芸術を生み出す。

そして巨大な脳みそを持った人類はそれがビッグバンであるかのように飛躍的な進歩を見せる。
だけど国家を持たない国はいつまでたっても石器時代のまま。

結局アフリカにおいてヨーロッパ列強に支配されるまで国家を作り出せなかった。

※もちろん、植民地以前にもアフリカにもいろいろあったけど
ヨーロッパはもちろんアジアの国と比べても遅れてたのは間違いない。
価値観があまりにも違いすぎた。。


そして、アフリカは植民地として国家が作り上げられた。
勝手に引かれた国境。
勝手に作られた国家システム。
それはアフリカ人のためのものなんかじゃ決してない。

きっとアフリカの人たちは
"独立したらきっと夢の世界が待ってる"って思ったことと思う。

でも、実際に待っていたのは先進国が作り上げた世界的な弱肉強食のシステムだった。

圧倒的な差を持った状態で熾烈な競争を繰り広げる世界のシステムに追いつけるはずがない。
他の国が数千年もかけて作り上げてきたシステムを独立して50年もたたない国が作れるはずがない。

でも、未来はないのか?なんては思わない。
ちょっとずつちょっとずつ良くなってると思うんだ。

植民地時代を知らない世代が国家を担う時代がもうじき来る。
ケニアと言う国家に生まれて育った世代が国家を担う時代がもうじき来る。
ケニアで教育を受けた世代が国家を担う時代がもうじき来る。


時間はかかるかもしれないけれど、キーゲン君の子供や孫の世代は少なくとも
ケニア人として生まれて後悔しているなんて言葉を聞かずに住む国になっていてほしいと思う。




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2007-03-03

本当の友ならば

人生の先輩であり、よき友でもある人と酒を飲みながら話してた。


"あんたの人生だから俺は何も言わない"

"人生いろいろ、人それぞれ"

相手の価値観を尊重するという名のもとに他人に干渉することが少なくなってる気がする。


人と人の関係は価値観の押し付け合いさ。



本当の友達なら誰がなんと言おうと自分が間違ってると思ったら
ぶん殴ってでも自分の価値観を押し付けるべきだ。

そして友達なら一度くらいの過ちは許せ。
でも、決して裏切りは許すな。
そして友を裏切るな。

良い友を持ちたいなら自分を磨け。
魅力ある人間に魅力ある友達が集まるのだから。


もっと泥臭い人間関係を築いたっていいんじゃない?

そんな男くさい会話を男くさい二人で止むことなく続けた。
この人と出会えて良かったって思えた夜。





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2007-03-02

出張レポート6 ”呪いのメカニズム”

以前mixiの日記でケニアの呪いについて書いたけど、今回もいろいろ感じたので。

それはエルドレットのモーテルで朝食を取り車に戻ろうとしていた時だった。

車を洗っている男が突然、悲鳴を上げて倒れた。
倒れたときに頭を打って血を流しながら、痙攣してる。
その男はその場にいた人の車で病院に連れて行かれた。

おそらく、癲癇の発作。あるいは心臓発作なんだろうけど俺はそういうの
見たこともなかったからかなり衝撃を受けた。

ドライバーのキーゲン君はそれを見てこう言った。

"彼はここのモーテルのオーナーの息子だ。
きっとオーナーはこのモーテルを建てるときに悪いことをしたんだ。
だから、その呪いが彼の息子にかかったんだな。"




呪い。

ケニア人には呪いが確かに息づいている。
彼らはそれによって人に恨まれることを避けようとする。
呪いが社会的規範となっているのだ。

"呪いにかかるから悪いことをしてはいけない"

それってとてもわかりやすい理論だ。
でも、呪いってのは呪い返すこともできる。
呪いを破ることもできる。

そして何より、

"悪いことをしてはいけないのは人に迷惑をかけるから"

といった倫理観が欠落している。
だから、呪いが効かなくなっときその社会は恐ろしい状況になりかねない。

全てが呪いのせいとは言わないけれど今のケニア。やっぱりおかしい。

国民の半分以上が貧困に苦しんでいるというのに金持ちがいっぱいいる。
なかには世界の富豪トップ10にランクインしたことがある人がいる。
ケニアの大統領の給料はアメリカの大統領より日本の首相より高い。

おかしいでしょ?

彼らのお金が少しでも国民に渡ればたいていのことは自分でできる国なのにさ。。

呪いの文化はそれが崩壊したときに全ての人に呪いが降りかかる結末なのかもしれない。。



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2007-03-01

出張レポート5 ”リプロダクティブ”

今回の出張の本来の目的はリプロダクティブヘルスのスーパーヴィジョン。
(そこに俺が付いてっただけ)

今まで大きな怪我も病気もしたことがない俺は病院自体あまり縁がない。
しかも出産なんてなおさら。

今回いろんな病院のリプロダクティブヘルス施設を見て回った。

”え!ここで出産?”

って思うような気がするけど、たいていのケニア人は自宅で出産する。
家ったって野外みたいなもんだから、それに比べれば安全なんだろう。

そこで俺の同僚が一つ一つの処理や道具の使い方をチェックしていく。
そんな同僚の知識には敬服するのだがそこはケニア人。
話がながーーーーい。

一つの病院をチェックするのに4時間から5時間。
その間患者は待ち続けることになる。

お金のかかる病院に来るほどだからよっぽどひどい患者も多いだろう。
しかも車なんか持ってないから何十キロも歩いてきたんだろう。

どうにかしたいけど、彼らがやっていることも大切なことだしね。。







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2007-02-28

出張レポート4 ”ケニアITレポート”

今回の出張の目的は前にも書いたようにIT調査。
特にLANのニーズアセスメント。

はっきり言ってLANが県レベルで必要だとはこれぽっちも考えていない。
それに現実的に無理だから。


まず、田舎にある県病院は土地が余ってるから大きい建物を作るんじゃなくて
小さい建物をポコポコ建てる。

その距離もすごく離れてたりするから技術的にネットワーク化するのが難しい。
コンピュータも数台しかないからコストに見合わない。


現実のところ今ケニアのコンピュータはウィルスによって全滅しかねない状況にある。
インターネットアクセスがないのがほとんどだけど今はUSBメモリーを媒介にして
ウィルスが猛烈な勢いで広がっている。


俺が来たと知るとコージが全て解決してくれると思って大歓迎される。
でも、一度ウィルスに感染されたら無理な場合がほとんど。

アンチウィルス買うお金ないし、アップデートするインターネットもない。
無防備なコンピュータ達はあっという間に感染して息も絶え絶え。
もしくはご臨終。

時間もツールも限られた今回の出張で俺にできることはほとんどなくて
結局そのままにするしかないんだけど彼らは落胆の目で俺を見る。

そんな時俺は

”コンピュータウィルスにはHIVのような治癒不可能なものもある。
予防がもっとも大切なんだ!”

と言っている。

きっと今後の活動はウィルスに対する予防啓発が中心となることだろう。
エイズ対策隊員みたいだねぇ。





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2007-02-27

出張レポート3 "貧しさとは"



ツルカナへの移動は危険に満ちている。
JICAは移動を禁止しているし、ツルカナで働いている知り合いのWHOの職員に
聞いてみたら銃を持った警備を連れて行っていると言う。

ケニア人の友達にツルカナへ行くと言ったら「死ぬなよ」って言われた。


ロドワーの街は安全だ。
でも、そこに向かうまでの道が危険なのだ。

ツルカナ族とポコット族のボーダーで家畜の奪い合いを発端とした部族抗争が
盛んでそこの住民はみな銃器を持っている。

公共移動手段のほとんど無いその地域では移動は徒歩かヒッチハイクに限られる。
だから、道中何度もヒッチハイクを求められた。

俺が乗ってる車は定員ギリギリ乗ってるから断るんだけど
なかにはライフルを持ってる人にヒッチハイクされる。

これは怖いよ。

乗せたって何されるかわからないから無視して通り過ぎるしかない。
全速力で駆け抜ける。
いつ撃たれるかわからない。
でも、道はデコボコですっげー揺れるし、パンクしたら囲まれるだろう。。
マジで怖かった。


そんなところを通り抜けたところで俺はキーゲン君に質問をした。

”ねぇ、キーゲン。彼らは銃を買う金あるならもっと良い生活できると思わない?”

”コージ。ここの人らは貧乏のように見えるけど俺なんかよりずっと金持ちなんだよ”

キーゲン君の理論はこうだ。

ここに住む人たちは遊牧を営んでいる。
彼らのなかには1000頭を超える牛を保有している人も少なくない。
牛は1頭3万円くらいの値段になる。
つまり3000万円の資産を持っているんだ。
でも、彼らはそれを現金にすることは無い。

金よりも牛が大切だから。


水もないし、病院も少ない。
食べ物も限られてるから栄養も偏っている。
とても健康とは言えない彼らを見て先進国の人たちは
援助という名の下に病院を作ったり、薬を届けたりしている。

でも、先進国の人で3000万円も資産持っている人ってほとんどいないよね。

ちなみにキーゲン君は月に1万円も稼いでない。
牛も1頭も持っていない。


貧しさってのはお金だけでは判断できない。
でも、彼らがお金より牛を選んだからといって薬が要らないってことにはならない。

いろいろなことを考えさせられたツルカナでした。






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2007-02-26

出張レポート2 "呪われた湖"



出張2日目。
今日はロドワー付近の病院に行った。

サンブルとは違ってロドワーのタウンにいる人は洋服を着ている人と
伝統衣装着ている人が半々くらい。
でも、なかには全裸のひともいた。

街の中をネクタイ締めた人と布を羽織った人、全裸の人が普通に歩いている
光景は不思議なもんだった。

でも、全裸ってのはやっぱりおかしいよねぇ?

ということでドライバーのキーゲン君に聞いてみた。

”ねぇねぇ、キーゲン。何であのひと裸なの?”


”アイツは呪術師に呪いをかけられて精神を壊されたんだ”

”ちなみにさっき歩いていたロープをケツに食い込ませて歩いてたのは呪術師だぜ”


キーゲン君が言うにはこの地域にはまだまだ呪術が横行しているとのこと。
呪いを解くには呪いが封じ込まれたキジーツというものを見つけ出さなければ
ならないのだがここの呪術師はキジーツをツルカナ湖に捨ててしまうから
決して見つからないという。


そんな呪いがたくさん捨てられた湖に行ってきました。

ビクトリア湖、タンガニカ湖、マラウィ湖、ボルタ湖に続いてアフリカで
5番目にでかい湖。

海のようにでかい湖でティラピアなんかが獲れる。

ここにキジーツが捨てられたらもう呪いなんか解けないよねぇ。。

HIVといった病気も呪いとされてしまいがちだけれどそこは援助で支えられている
とも言えるツルカナ。
HIVのテストに来る人は少なくない。

写真はツルカナ湖に程近い病院。
みんなしっかりと働いていました。





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2007-02-25

出張レポート1 "暑いのと寒いのどっちがお好き?"



こないだの出張の続きということで
今回は州の北部の4県を回ることになった。

ツルカナ、ウェストポコット、トランスンゾイア、ウアシンギシュの4県。

ちなみにウアシンギシュ以外は全てJICA的に渡航禁止区域です。
(だから内緒ね)



今日はその初日。

ナクルからエルダマラビーン、カリオバンギを超えてエルドレットでランチ。
そしてキタレ、カペングリアを抜けてツルカナの首都ロドワーへ。
行程11時間。500kmの旅。
道は最悪で何度も頭をぶつけながらようやくたどり着いたロドワー。

(ケニアの地名ってなんかカッコいいでしょ?だから敢えて地名を全て書いてみた)

ロドワーは人がほとんど住み着かないような乾燥地域で、半砂漠。
物乞いも”金くれー”じゃなくて”水くれー”と言ってくる。

昼は40度を超え夜も30度を下回ることは無い。

暑い。。。

久しぶりに感じる暑さ。
じっとしてるだけで汗が出る。
何かをするたびに汗が吹き出る。

暑い国で活動をしている協力隊員ってのは大変だなぁ。。

なんて思ったけど不思議とテンションがあがるんだよな。
暑さって不思議と開放的な気分にさせてくれるんだよね。

俺の住んでるナクルは昼は30度を超えるけど夜は10度を下回る。
治安もかなり悪いから夜はテンションがあがんない。
ビールも何となくおいしくない。

でも、ここロドワーで飲むビールはうまい。
住んでる人なんてほとんどいないから街にいるのは
トラック運転手とか俺らみたいな役人とか国際援助団体の人たちばかり。

いろんな人がごっちゃになって何となくアジアの安宿に
入り込んだみたいだった。

ロドワーの夜が眠れなかったのは暑さだけではなかった。



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2007-02-21

ナイロビへの道

俺はナイロビには極力行きたくない。

以下、その理由。


時間がかかる。

移動時間は3時間程度。
でも、ケニアの移動手段マタツってのはすっごく効率が悪くて非常に待たされる。


14人乗りのハイエースを改造したバスは満員にならないと出発しないシステムを採用している。
しかもそれぞれのバス会社がそれぞれに客待ちをしているのでそう簡単には満員にならない。

1~2時間は平気で待たされる。ひどい時は5時間!
しかも、その間1分おきに
「チャイナ!」と声をかけられる。
物売りがやってくる。
物乞いがやってくる。

すべて対応することは不可能でやがて無視せざるをえなくなる。
しかし、無視するたびに心が痛む。
そして、出発前に疲れ果てる。


道が悪い。

他の途上国を知ってる人がケニアに来て最初に驚くのがケニアの道路の悪さ。
俺はアフリカってこんなものでしょって思ってたから最初はなんとも思って
なかったけど、どうやらアフリカの中でも断トツに悪いらしい。
(てことは世界で最悪か?)

日本でいう東名高速みたいな超重要幹線道路がアナボコだらけ。
なんでも政治腐敗により20年ほどメンテナンスが行なわれていないらしい。
そして、今年の異常気象による大雨で道はさらに悪くなった。

だから揺れが半端じゃない。
埃が半端じゃない。
パンクもしょっちゅう。
故障で動けない車や横転しているトラックがそこら中にある。
事故で死ぬ人の多いこと多いこと。
これじゃあ土の道路のほうがよっぽどいい。


狭い。

ケニアは数年前から定員厳守の法律がひかれていて都市間を結ぶマタツが定員を
越えて走ることは滅多にない。
とはいえそれでも14名が乗り込むのだ。
みんなかなりの荷物を積み込むし、となりに大柄な人が座ったりしたら身動きが
とれない。

閉所恐怖性の俺にはかなりコタエル。
(ちなみにローカルの場合は定員は関係なし。
俺の場合は最大24名乗車を経験してる。
かなりのアクロバティックな姿勢が求められる。)


治安が悪い。

これが最大の理由。
俺が利用する道路はカージャックが頻発している。
夜間の移動なんて自殺行為だ。
あるデータによると週平均4件のカージャックが発生しているという。
被害にあった隊員もいる。しかも16時とまだ明るい時間にだ。
そして、こないだもアメリカ人2人が射殺された。。


もちろん平気で移動している隊員もいるし、深刻な被害に会った隊員はいないの
だけれど、俺はこんなリスクを負ってまでナイロビに行こうとは思わない。

そしてそのナイロビが最も治安が悪いわけで常に心のどこかに緊張感があって
変な疲労感がある。

久しぶりの仲間との再会もその緊張感のせいなのか盛り上がり切れなくて
テンションはいっこうに上がらない。

やっぱり隊員とは任地で会った方が何かとおもしろいと痛感する。

でも、ナイロビにどうしても行かなければならない用事がある。
それは「お金」。

生活手当が振り込まれる銀行はナイロビにしかない!

だからお金が無くなるとナイロビに行かないわけにはいかない。
大金持って移動したくないし、かといって小額だけではまたすぐにナイロビに
行かなければならなくなる。

どうにかしてもらいたい。切実な問題だ。









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2007-02-17

チャイファームを見ながら

ここは見渡す限りのお茶畑。
あなたが今飲んでいるその紅茶もひょっとするとここから輸出されているものかもしれない。
ここはケニアのケリチョ。

ナクルの隣のディストリクトにある日本人を尋ねに行きました。




彼女はアンゴラやアフガニスタンといった戦争地域で公衆衛生の
活動をしてきたたくましい女性。

そんな彼女が今ケニアで母子保健プロジェクトの保健データ改善の活動を行なっている。
それはまさに俺がやっている活動であって是非お話を聞きたいということで
お邪魔したわけです。

でも、話したのは好きな映画のこと。好きな音楽のこと。
二人の共通の街ニューオリンズのこと。
そして、人生について。

え、保健データ?

酒飲んで語れるような楽しい話題じゃございませんね。

一つ一つの出会いを大切に、自分が輝いていられる生き方を探していく。
それが大切だよね。

お茶畑を見ながら飲んだコーヒーはとてもいい香りがしました。




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